29「平和を実現する為に」
その美しい縦ロール桃色ロングヘアを風に靡かせる彼女は、以前と違い、従者を一人も連れていない。
「この者たちを通しなさい」
馬上からにこやかに命じるその姿は、その美貌と気品、そして黄金色の太陽の模様が刺繍された純白のローブという服装も相俟って、神々しい。
「し、しかし、いくらクレア様と言えども――」
中年の門衛が、冷や汗を掻きつつ、仕事を全うしようとするが――
「私の声が聞こえなかったのかしら? 『この者たちを通しなさい』と言ったのだけれど?」
「「!」」
全身の肌が粟立つ程の殺気が、常軌を逸する程の魔力と共に彼女から膨れ上がり、門衛二人が恐怖で硬直――言葉を失う。
「わ、分かりました! どうぞ、お通り下さいませ!」
「感謝いたしますわ」
何とか声を絞り出した門衛がそう告げると、クレアは、殺気を消して穏やかな笑みを浮かべながら、白馬と共に彼らの間を悠々と通り抜けた。
その後ろをルドが無言でついていくと、「もう少しであたしが斬る所だった。命拾いしたな」と、マリリナが剣の柄から手を放しながら続き、「あ、待って!」と、事態を呆然と見守っていたラリサが慌てて追い掛けた。
※―※―※
ローズベネット帝国の帝都キンティス内は、北側に尋常ではない程に高く聳え立つ城壁が見える以外は、キングカプート王国王都とそれ程大きな違いは無かった。
東西に中央通りが通っている点は似通っており、東端に王城があるローズベネット帝国帝都は、西側最奥に王城があるキングカプート王国王都と丁度対になる形となっている。
帝都内部に入った後も、相変わらず馬に乗ったまま中央通りを悠然と進むクレアは――
「「「「「きゃああああああああああ!」」」」」
「「「「「クレア様よおおおおおおお!」」」」」
「皆さま、御機嫌よう。皆さまに、四柱の神の御加護があらんことを」
「「「「「きゃああああああああああ!」」」」」
――ここでも衆目を集めていた。
「えっと、さっきは助けて頂きまして、ありがとうございました!」
クレアの傍らを歩き、恐らく傍から見たら従者のように思われているであろうルドたちの内、ラリサがそう切り出しながら馬上を見上げると、ぴょこんと頭を下げた。
「困っている方をお助けするのは、〝光輝教〟の幹部として当然の務めですわ」
柔らかく微笑を浮かべるクレアに、ラリサは、思わず隣を歩くルドに耳打ちする。
「もっと怖い人かと思っていたけど、良い人みたいね!」
「…………そう……かもな……」
クレアは、世間では、〝光輝教〟の最恐最悪の幹部――〝武力衝突を防ぐ為には武力行使も辞さない〟という〝歩く正義〟と言われている。
ルドは、まだ何とも評価出来ないと思い、曖昧な返事をした。
(〝光輝教〟、か……)
宗教の力というのは、侮れない。
ルドの前世に於いても、宗教によって人々が強く結びつき、団結したり、争ったり……という事は、日常茶飯事だった。
「〝光輝教〟は、〝恒久的な平和〟を実現する為に活動しているんだよな?」
良い機会なので、情報収集しておこうと思いながら、ルドが問い掛ける。
「その通りですわ。私たちは皆、平和な世界を夢見て、日々精進しておりますわ」
「元々、〝光輝教〟がそういう信条のもとに作られたのか?」
「ええ」
クレアの説明によると、二千年前、当時戦争ばかりしていた人類に対して、神が罰を与えるために、四柱の姿で降臨したという。
「四人もいるのか?」
「いえ、一柱――御一人です。神は、確かに四柱の姿で御降臨なされましたが、その全てが同一であり、唯一神の御姿なのですわ」
人類に対する神による罰――それが、〝人類の半数以上を一瞬で消滅させる〟という事だったらしい。
当時の人間たちの多くが、「四ヶ国で戦争ばかりしていた人類に対して、神が罰をお与えになったのだ」と、悔い改めた。
つまり、〝光輝教〟は、神に対して許しを請うものとして、この世に誕生した。
こうして誕生した〝光輝教〟は、当時、人類の九十パーセントが信仰していたという。
現在では、その割合も人数もかなり減ってはいる(〝光輝教〟信者ではない人間の方がずっと多い)が、現在存在する人間の国三ヶ国において、唯一存在する宗教が〝光輝教〟である事と、毎年莫大な寄付金を各国首脳に献上しているため、影響力は大きい。
他の宗教が出現した事もあったが、そのような兆候を見付け次第、即座に〝光輝教〟信者たちが圧力を掛けて潰してきたため、現存している宗教は、〝光輝教〟のみだ。
再び戦争を行えば、神がまた罰を与えると本気で信じているため、〝戦争の火種〟のみならず、争いごとやいざこざを、異常な程に毛嫌いしている。
更には、それだけに留まらず、事の大小を問わず、武力衝突を見掛けた際には、速やかに〝圧倒的な暴力〟で双方を鎮圧する。
各国首脳は、戦争を起こしたくとも、起こせば真っ先に暗殺される恐れがあるために、そのような怪しい動きは取れない(実際に、戦争を引き起こした国王が速やかに暗殺された例が以前にあった)。
宗教団体であるにも拘らず、精鋭部隊がおり、二千年掛けて編み出した超過酷なトレーニングにより鍛え上げられた彼女らの戦闘能力は、世界各国の騎士団のそれを軽く凌駕する。
その中でも特にずば抜けた戦闘能力を持つ少女が、クレアだった。
「私は幹部ではありますが、純粋な戦闘能力では、教団内で最強ですわ」
胸を張る彼女を見て、ルドの脳裏に、先刻の〝戦闘モード〟のクレアの姿が過ぎる。
一行が様々な露店が建ち並ぶ中を歩いて行くと、串焼きなどの食べ物を扱っている店もあり、「ラリサ、飯」と、すっかりラリサの食事にはまっているマリリナが要求すると、「マリちゃん、嬉しいけど、帝都内ではレストランで食事かなぁ」と、ラリサが困ったような笑顔を向けた。
と、その時――
「――で、何故俺たちを助けた?」
先刻の答えでは不十分だと言わんばかりに、ルドが問い質す。
クレアが跨る白馬が脚を止め、ルドたちも立ち止まった。
「私、毎日、感知魔法で、強者の動向を探っていますの。世界中の」
「!」
どうやら、文字通り世界各国にまで魔法の範囲を広げて感知しているらしく、〝教団内最強〟の片鱗が窺える。
「あ、でも、魔王領だけは例外ですわ。感知魔法が弾かれてしまいますの。私の魔法を弾くだなんて、流石は魔王ですわ」
クレアは、「いずれにせよ、強者の動向を探るのは、全て、先述のように〝争いや戦争を未然に防ぐ為ですわ」と言うと、マリリナに視線を向けた。
「先日、キングカプート王国の魔法騎士団団長の魔力が消失したのですが、丁度その直前に剣士と思しき者が強力な力に覚醒したのを感知しましたわ」
「「「!」」」
ルドたち三人に緊張が走る。
「魔法騎士団団長の魔力は、直ぐに元に戻ったのですけれど……何だか、以前とは違う感じがするんですわよね……」
顎に人差し指を当てながら思考するクレアが――
「もしかして、一度死んでまた生き返ったとか……はたまた、アンデッド化したとも考えられますわ。もしそうなら、場所とタイミングから考えて、倒したのはその剣士ですわ」
「「「!」」」
――そう呟くと、ルドは密かに戦闘態勢に入り、マリリナが剣の柄に手を当て、ラリサは杖を強く握り締める。
「誤解しないで欲しいのですけれど、魔法騎士団団長はキングカプート王国最強とか何とか謳っていましたが、彼なんかよりも、私の方がずっと強いですわ。そもそも、私は世界を股にかける〝光輝教〟の幹部ですから、たかが一国内での序列などどうでも良いのですけれども。ということで、彼が生きていようが死んでいようが、どうでも良いですわ」
クレアは、肩を竦めると――
「それよりも私が警戒しているのは、魔王領全体を超強力な魔力で覆って感知出来ないようにしている魔王以外に、もう一人、私の〝魔法〟を――〝鑑定魔法〟の方ですけれども――弾いてしまう人物――」
――視線の方向をずらして――
「――ルドさん、貴方ですわ」
「「「!」」」
――ルドに目を向けると――
「!」
――その一瞬後、ルドだけがクレア(白馬はいない)と共に、遠く離れた荒野に空間転移させられていて――
「ルドさん、貴方を――」
――クレアが手を天に掲げると共に、一瞬で空が黒雲に埋め尽くされて――
「危険分子と見做し、速やかに排除させて頂きますわ!」
「!」
――天からの雷撃がルドに襲い掛かった。




