22「国から追われなくなる方法」
「お前にそんな能力が――いや、そもそも、お前は誰だ?」
険しい表情のままルドが詰問すると、対照的に穏やかな空気を纏ったネックは、だがしかし怪しげな微笑を浮かべて、答えた。
「これはこれは~、失礼~。あたいはさ~、〝ネクロマンサー〟のネックさ~」
「ネクロマンサー、か……」
(確かにそれなら、死体を操れるのも合点がいくが……)
〝死霊魔法使い〟は、〝死霊魔法〟という、死体を〝生ける屍〟にして操るという者だ。
端的に言うと、〝ゾンビを生み出して操るゾンビ使い〟である。
「ほら~、見ての通りさ~」
そう言いながら、ネックが左手で右手首に付けられている小動物の頭蓋骨を優しく撫でると――
「「「!」」」
漆黒のオーラに覆われたそれは、内側から〝肉〟が蠢きながら溢れ出し、骨を覆っていくと、意味ある形を取って――
「チュー、チュー」
――灰色の鼠が出現、ネックの腕を登ると、その肩に乗った。
「この鼠はさ~、死んでるけどさ~、パッと見だと生きてるように見えるからさ~、そこの死体にも同じようにやれば良いだけさ~」
「すごい……!」と、素直に感嘆の声を上げるラリサ、そして、沈黙を貫くマリリナ。
ルドが頑なに警戒を解こうとしないため、ネックは、「やれやれ~」と肩を竦めた。
「仕方ないさ~、出血大サービスさ~。魔法騎士団団長の部下たちの〝記憶〟も操作しておいてあげるさ~。〝ここで何が起こったか〟、その記憶を消しておいてあげるさ~。これなら安心さ~」
そう言うと、気絶したままのウェザビーの部下たちに対して手を翳して――
「これでもうさ~、魔法騎士団団長がアンデッドになった事にはさ~、誰も気付かないさ~」
――その頭部を黒いオーラが一瞬覆ったかと思うと――消えた。
どうやら、〝記憶操作〟をしたらしく、ネックは腰に手を当て、得意顔で胸を張る。
ルドは、ネックから決して目を離すまいとし、その一挙手一投足に注視しつつ、思考を重ねる。
(コイツには確かに、ネクロマンサーとしての能力があるようだ)
(しかも、〝記憶操作〟まで出来るらしい)
(――だが、何故このタイミングで出て来た?)
(〝たまたま国の重要人物を殺してしまった〟、すると〝たまたまネクロマンサーが通り掛かった〟だと?)
(そんな都合の良い事は、有り得ない!)
(となると、考え得ることは一つだ)
(恐らくコイツは、俺たちを監視していた!)
(そして、タイミングを見計らって、出て来たんだ)
(だが、何故だ? 何の目的があってそんな事をした?)
ルドは、無言で――
(『鑑定』)
――密かに〝鑑定魔法〟を発動し、どう見ても胡散臭いネックの情報を読み取ろうとするが――
「!」
(馬鹿な!)
――弾かれてしまい、読み取れない。
驚愕に目を剥くルド。
益々警戒心を強めたルドは、ネックに問い質した。
「何故こんな事をする? こんな事をして、一体お前に何のメリットがある?」
敵意を感じる物言いに、ネックは、「そんな言い方されるとさ~、心外さ~。折角さ~、善意で言ってるのにさ~。それなのにさ~、流石のあたいもさ~、傷付くさ~」と、全く傷付いた様子を見せずに言うと、言葉を継いだ。
「でもまぁ~、何か狙いがあった方がさ~、納得出来てさ~、安心して頼めるって言うならさ~」
ネックが、白く長い人差し指を立てる。
「これから先もさ~、面白い冒険をさ~、見せてくれればさ~、それで良いさ~」
「面白い冒険? それだけか?」
「ああ、そうさ~」
「………………」
相変わらず掴み所がなく、胡散臭いことこの上ない。
が、どういう訳か、ネックから害意は感じられず――
(信じても良いかもしれない……)
ルドの警戒が初めて緩み――
「分かった。〝面白い冒険〟とやらを、お前に見せてやる」
そう頷くルドだったが――
「ルド君、その人がすごいのは分かったけど、大事なのは、マリちゃんの気持ちだよ?」
背後から語り掛けるラリサが、複雑な表情を浮かべた。
そう。
ウェザビーをアンデッド化するという事は、取りも直さず、彼がまた動いて喋っている所を目の当たりにするという事を意味するからだ。
「心配しなくても良いさ~。同じ顔のまま動いてさ~、同じ声で喋るけどさ~、生き返った訳では無くてさ~、もう死んでる訳だからさ~。魂も無いしさ~、本人の意識なんてものも勿論残って無いしさ~。全く同じ顔の人形がさ~、動いているとでも思ってくれればさ~、それで良いさ~」
ネックはそう言うものの、両親の仇だと分かって命懸けで殺した相手が、また眼前で動き、喋るのだ。
頭で分かってはいても、感情がついていかない可能性は大いにある。
「マリちゃん、無理しなくて良いからね」
ラリサの言葉に、しかしマリリナは、首を横に振った。
「大丈夫だ。問題ない。このクズは死んだ。確かにこの手で殺した。だから、アンデッドになってもう一度動こうが、喋ろうが、あたしは何も気にしない」
「本当に?」と心配そうな表情を浮かべるラリサに、「ああ、本当だ」と答えたマリリナは、ネックを正面から見据えた。
「ネック、だったな。あたしの事は気にせず、やってくれ。〝死霊魔法〟とやらを」
「分かったさ~」と頷いたネックは、地面に転がるウェザビーの亡骸に対して手を翳した。
すると――
「「「!」」」
――上下に切断された彼の身体が漆黒のオーラに覆われたかと思うと、まるで磁石同士が吸い寄せられるかのように、スーッと近付いて行き――
――骨と骨、筋肉の繊維と繊維が繋がり――
――初めから傷など無かったかのように、綺麗な肌に戻り――
――物体修復魔法まで使えるのか、銀鎧さえも元に戻って――
――地面に手をつかず、膝も曲げず、足首から先の力のみで強引に地面を抉りつつ身体全体を持ち上げてむくりと起き上がると――
「俺様は、魔法騎士団団長だぜ」
――光を失ったままの虚ろな瞳で、ほとんど口を動かさずに、生気の無い声でぼそぼそと喋った。
その光景を見るや否や――
「ふん!」
「ゴボッ……痛ぇ」
――マリリナが手にした魔剣が一閃、ウェザビーは左右に一刀両断されて――地面に倒れた。
すると、ネックが再びウェザビーの遺体に向けて手を翳して、左右の半身同士をくっつけると、人間離れした挙動で、また彼は起き上がった。
――だが。
「ふん!」
「ガハッ」
――再度マリリナがウェザビーを袈裟斬りして、地面に転がした。
そして、もう一度ネックがウェザビーの死体に対して魔法を発動して――
……という事が、十回ほど繰り返された後。
「ふぅ。あたしは何も気にしていないからな」
「滅茶苦茶気にしてるじゃない!」
思わず勢い良く突っ込むラリサ。
マリリナは、「いや、そんな事は」と、一瞬否定しようとしたものの、素直に認めた。
「まぁ、確かに少しだけ気にしてはいるが」
「少しじゃないでしょ!」
「あたしがどれだけ気にしているかは問題じゃない」と言うと、マリリナは、仲間たちを交互に見た。
「そんな事より、あたしのせいであんたらが国から追われる事が無くなる方が、何百倍も大事だ」
「マリちゃん……」
自分の気持ちを後回しにしてまで思いやってくれるマリリナの笑みに、ラリサは胸が一杯になる。
「って事で、悪かったな、ネック。もう斬りはしない。今度こそ、やってくれ」
「ネクネクネク~。あんたにはさ~、そうする権利があるからさ~。気にすることないさ~」
最後にもう一度ウェザビーの死骸に向けて魔法を使うと、ネックは、「これでもう大丈夫さ~」と、ルドに視線を向けた。
「あと数時間したらさ~、部下たちも起きてさ~、彼らは王都に向かって帰って行くさ~。アンデッド本人は今後はずっとさ~、適当に喋るだけだしさ~、部下たちも記憶も失っているからさ~。これならさ~、誰にもバレないさ~」
「……感謝する」
正体も目的もどこか釈然としないものがあったが、国に追われなくなるというのは、正直助かった。
「ネクネクネク~。あたいが勝手にやってる事さ~。気にすることないさ~」
「じゃあさ~、そろそろあたいは行くさ~」と告げたネックは、踵を返して、「ありがとうございました!」と御辞儀するラリサに対して、背を向けたままひらひらと手を振りながら、北側の森へと入って行き――
「これで少しは罪滅ぼし出来たかな? いつか一緒に遊ぼうね、ルド」
――誰にも聞こえない程の小さな声で、それまでとは全く違う口調でそう呟くと、肩に乗る鼠の頭を撫でつつ――姿を消した。




