プロローグ
「ルド。てめぇを勇者パーティーから追放する」
「……え?」
じめじめとして、饐えた匂いのするダンジョン――D、Cは既に攻略済みだったので、この日はBランクだった――の攻略を済ませて、ダンジョンの出口へと向かっていた途中。
それは、突然の宣告だった。
〝次回からはAランクダンジョンだな、気を引き締めて臨もう〟と思っていた矢先。
全く予想していなかった言葉に、中肉中背の黒髪少年――ルドは言葉を失う。
そんなルドに、長身の茶髪少年――勇者は、溜まった鬱憤を立て続けにぶつけた。
「あ? 何〝予想外〟みたいな顔してんだてめぇ?」
「てめぇなんざクビに決まってんだろうが!」
「ジェイミーが『もう少し様子を見よう』って言うから我慢してやってたが、もう限界だ!」
「武闘家の癖に動きがトロいとか、舐めてんのか!?」
「敵に攻撃を当てられない武闘家なんている意味がねぇ!」
「てめぇには存在価値が無いんだよ!」
「失せろ! 使えないゴミが!」
ただ呆然と立ち尽くすルドを置いて、勇者は唾を吐きつつ、仲間たちと共に立ち去って行った。
まだそれ程時間は経っていないが、それでも、今まで何度も共にダンジョンに挑んで来た仲間たちだ。
命を預け合った同志たち。
そんな彼らが、誰一人としてルドを見ようともしない。
――否、一人だけいた。
最後尾を歩く、オレンジ色のロングヘアをポニーテールにした僧侶の少女――ジェイミーだ。
異世界から〝勇者パーティー〟として召喚されたという彼ら彼女らの中で、唯一、「もう一人仲間がいた方が良いんじゃないかな?」と提案して、冒険者ギルドにて偶然出会ったルドを見て、「あの子が良いと思う!」と、誘ってくれた少女だ。
彼女だけは、心底申し訳無さそうな表情でルドを見ると――
「……ごめんなさい……」
と、勇者に聞こえてはまた激昂されるからであろうか、口だけを動かして告げ、目を伏せると、パーティーの後をついていった。
※―※―※
ここは、キングカプート王国の王都クローズから馬車で数時間の距離にあるダンジョンの中。
突然の解雇に、ルドは落ち込んで――
「ふむ。何が悪かったのだろうか?」
――いなかった。
勇者パーティーの仲間たち――今となっては〝元〟だが――が完全に姿を消した後、ルドは腕を組みながら俯き、ただ淡々と思考していた。
「ガアアアアアアアアア!」
――クリスタルリザードに頭部を齧られながら。
その名の通り、全身が水晶で出来ている巨大な蜥蜴形のモンスター――水晶蜥蜴は、火蜥蜴と違って炎を吐かない代わりに、その硬度は比較にならないほど高い。
牙も爪も当然水晶であり、無防備な頭を噛まれたならば、歴戦の猛者でさえ致命傷を負うのは必至だ。
布の服のみという、お手本のように身軽な武闘家の装備しか身に付けていないルドであれば、尚更だが――
「俺は、勇者パーティーに貢献するという〝目標〟を〝達成〟するために努力して来た。何がいけなかったんだろうか?」
「ガ!? グァ!?」
――ガジガジと頭部を噛まれながらも傷一つつかないルドに、クリスタルリザードが戸惑う。
これが、ルドの行って来た〝努力〟の成果だった。
自分が唯一出来た〝硬化〟を窮める事が、勇者パーティーのためになるとルドは本気で信じていた。
敵からどれだけ攻撃されても全くダメージを受けない、という味方が一人いれば、僧侶はそいつの回復を考えなくても済むし、少なくとも一匹は敵の注意を自分に引き付け続けられるはずだ。そうなれば、味方は戦いやすくなるだろう。
そう思って、朝も昼も晩も、ダンジョンの中でも外でも、戦闘中も移動中も休憩中も、ただひたすらに〝硬化〟を試し、より硬くなれるようにとトライアンドエラーを愚直に積み重ねた。
その結果、最近では、どれだけ強いモンスターに攻撃されても、傷一つ負わない程になっていた。
にも拘らず、勇者パーティーから追放された。
「原因は何だ? どこで間違えた?」
ただただ考えを巡らせるルドの〝硬化〟に負けて、高い硬度を誇る自身の牙が折れた事で、水晶蜥蜴は――
「ガ……ガアアアアアアアアア!」
――勝てないと悟ったのか、逃走した。
――と、その瞬間――
「!」
――ルドは、突如思い出した。
「そうだ……何で忘れてたんだ?」
――自分が〝異世界転生者〟である事を。
以前は、違う世界――現代日本にて暮らしていた事を。
※―※―※
そこでは、彼は、川流大地という名前の少年だった。
ひっそりと息を殺して生息する陰キャだった彼が女子生徒と話す機会など、皆無だった。
そんな彼に対して――
「おはよう、川流君!」
――唯一気さくに話してくれる女子がいた。
辺身という名前の、中学三年間ずっと同じクラスで、一緒に図書委員をやり続けてくれた少女。
ちょっとした運命を感じていた事もあって、中学卒業式に告白した(本当はただ礼を言うだけのつもりだったが、もう卒業という事もあって、話している内に感極まってしまい、つい、告白してしまったのだった)。
――が。
「は? そういうのは、一度鏡見てから言って」
――小っ酷く振られた。
OKされるとは思っていなかったが、まさか――
「ブサイクなのに? バカなのに? 運動神経悪いのに? 家が貧乏なのに? それなのにあたしに告白なんて出来る訳? キモ過ぎるんだけど」
――〝容姿・学力・運動神経・貧困〟全てを馬鹿にされた上で、振られるとは思ってもいなかった。
では、何故彼女は彼のような者に優しく接したかと言うと――
「そんなの、〝推薦貰うため〟以外にある?」
――全ては、〝孤立している生徒に手を差し伸べる姿を見せる事〟で、教師の心証を良くして、志望校の推薦を貰うためだった。
ショックを受けた彼は、高校入学後、更に根暗になり――
――暴飲(ジュースだが)暴食を繰り返して――
一気に体重が増えて、高校三年生の四月には、身長百七十センチ、体重百七十キロになっていた。
Fラン高校――所謂底辺校に進学していた彼は、高校三年生の四月のある日、街中で、中学時代に告白した少女と再会した。
すると、彼女は――
「え、ちょっと待って。あんた、激太りしてんじゃん! キャハハハハハハハハハ! ただでさえ貧乏陰キャだったのに! しかも、あんたが行ってるのって、案の定あのFラン高校よね? 知らない内に、〝貧乏バカ豚陰キャ〟爆誕してるし! マジウケるんですけど! キャハハハハハハハハハ!」
周囲の者たちが振り返るほどに爆笑しながら、彼を罵倒した。
(くそっ! くそっ!!)
心の中でそう呟いた彼は、その帰り道で――悔しくて、泣いた。
(見てろよ……!)
そして、見返す事を決意した。
〝良い大学に行って、一流企業に就職して、ガンガン稼ぐこと〟を誓ったのだ。
それから、睡眠時間を削って、一日二十時間勉強する日々が始まる。
その結果――
「! やった!! やったぞ!!!」
――現役で東大に合格した。
更に――
「俺の〝目標達成〟は、ここで終わらない! むしろ、ここが始まりだ!」
――入学までに地獄の筋トレ――毎日、腕立て伏せ千回、腹筋千回、背筋千回と共に百キロ走り続けて――
「おしゃああああああああ!!!」
――〝百キロダイエット〟に成功する。
こうして、〝目標達成〟が身体に刻まれ、行動原理となった彼だったが――
ある日――
「!!!」
――輝かしい未来を歩む寸前に、トラックに轢かれて死亡した。
そして、現在に至る。
※―※―※
「あの日、俺は死んだ。そして、気付いたら、どこまでも真っ白な空間にいて、女神が俺を転生させたんだ」
前世よりも少し高い背丈となり、天然パーマだったのがストレートヘアになっているルドが、現代日本にいた頃と違い、全く別人の声でそう呟くと、俯いたまま思考を重ねる。
「何か女神から貰った気がするんだよな……この〝硬化〟の能力が、女神から貰った才能って事か? 普通に考えたら、そうなんだろうけど、何かそうじゃないような気もする……女神はあの時、何て言ってた? 何か、〝とても重要なこと〟だった気がするが……ああ、思い出せない!」
「取り敢えず、まずは落ち着いて、じっくり考えてみよう。何事も焦りは禁物だ」と自分に言い聞かせながら、ルドは、地面から迫り出している、手頃な岩の上に座る。
「そうそう、こんな感じの、丁度良い岩の上に座って――って、え? 岩?」
思わず立ち上がるルド。
確かに、ダンジョン内の天井・地面・壁ともに、ゴツゴツとした岩肌が見えるが、こんな岩は、先程は無かった。
しかも、御丁寧に、その上部は平ら且つ滑らかになっており、座りやすくなっている。
「………………」
何か不気味なものを見たかのように、黙って見詰めていたルドだったが――
「俺に新たな力が目覚めてたりして。〝出でよ、もう一つの岩の椅子!〟なんちゃって」
冗談交じりにそう呟きながら、無造作に手を翳すと――
「………………へ?」
――ゴゴゴゴ、と、地面から岩が迫り上がって来た。
二つ並んだ岩の椅子を、間の抜けた顔で見たルドは――
「スゲー! いつの間にか、新たな能力ゲットしてるし!」
――興奮の余り、叫んだ。
地面――土や岩を操る力――それは、土魔法に属するものだ。
よくよく考えてみると、今までルドが唯一使える能力として鍛えて来た〝硬化〟も、土魔法っぽいため、武闘家ではある彼だが、何らかの理由で土魔法が使えるのかもしれない。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
今度は壁に向かってルドが手を翳すと――
「おおお! これも行けるじゃん!」
――右側の壁が迫り出して来た。
「じゃあ、これは?」
上方に手を向けると――
「マジか! 何でもアリだな!」
――下に向かって天井が動き出した。
※―※―※
そのまま暫く色々と試した後。
「ふぅ」
一仕事終えたように息を一つすると、ルドは岩製椅子に腰掛けた。
天井・壁・地面を動かしてみると、自分の体内にて、魔力の流れを感じる(〝硬化〟能力を使っていた時にはまだ不慣れだったためか、気付かなかったが、今思えば、ああ、あれが魔力の流れだったのだな、という事は分かる)。
が、不思議なことに、魔力が減っている感じがしない。
もしかしたら、減少してはいるのかもしれないが、それすら感じ取れない。
どれだけ魔法を使っても、一向に無くなる気配がしないのだ。
〝少なくなる〟とか、〝足りなくなる〟という感覚すらない。
「無尽蔵の魔力! 良いじゃないか!」
見下ろした自身の両手を、ぐっと握り締める。
「さて、どうするか……」
前後に延びる一本道の前後からやって来るモンスターたちの襲撃を、一時的に天井・壁・地面を動かして通路を塞ぐことで防ぎながら、ルドは思案する。
〝目標を設定して、努力して達成する〟というのが、彼の行動原理だ。
前世にて、〝東大合格〟と〝百キロダイエット成功〟という〝目標達成〟を成し遂げた際のえも言われぬ達成感を、どうして忘れることが出来ようか。
残念ながら、東大に合格する為に一年間死に物狂いで勉強して得た知識は、異世界転生した時(気付いた時には、十六歳くらいの少年の姿で、冒険者ギルドに佇んでいた)にほとんど忘れてしまっているが、〝目標設定〟と〝努力して達成〟という経験を積む事が出来たので(ダイエットと併せて二回分)、別にそれほど惜しいとは思っていない。
元々頭が良い訳では無かったのに、あれだけ大きな目標を達成出来たのだ。
また新たな〝目標設定〟をして、愚直に努力すれば良いだけだ。
という事で、勇者パーティーのために貢献する必要が無くなった事から、ルドは、何か違う〝目標〟を設定する事にした。
「女神から貰った才能が何だったか……も気になるけど、まぁ、それは放っておいても、追い追い思い出しそうだしな。それよりも、〝アレ〟にしよう」
それまでは気になりつつも後回しにしていた〝アレ〟を、〝目標〟にする事にした。
それは何かと言うと――
「吸血鬼――って訳じゃないよな? 血が飲みたいとか一回も思った事無いし」
――何故か、〝自身の姿が、全く鏡に映らない〟という事だった。
そのため――
「決めた! 俺の顔を映せるような〝鏡〟を探し出そう! もしくは、〝鏡っぽい物〟だ!」
――自分の顔を映す事が出来る〝鏡〟、またはそれに準ずる物を見付けるために旅に出ようと決めた。
異世界転生したものの、今回の生でも、自分は決してイケメンではない事は分かる。
街の人々の反応から、それは十分に推し量れる。
だが、彼ら彼女らの反応からすると、前世と違って、不細工という訳でもないようだ。
恐らくは、平均的な、平凡な容姿をしているのだろう。
平凡な見た目でも良い。
自分の顔を自分で確認したい。
それが、ルドが新たに決めた目標だった。
自分の顔を自分で見ること。
それがそれ程大切なことなのか。
彼自身も、このような事態に陥るまでは、そうは思っていなかった。
だが、異世界転生した後、鏡に顔が映らず、自分がどんな顔をしているのかが分からなくなった際に、まるで自分のアイデンティティがどこにも無いかのような感覚に陥ったのだ。
そのような経緯で新たな目標を定めたルドだが、探し出す対象に関しては、〝鏡〟である事には拘らなかった。
例えば――
「こういうのとか、な」
――と、土魔法で、眼前に新たに迫り上がらせた椅子の表面を、極限までツルツルにして、鏡のようにしてみせる。
ダンジョン内に設置された松明によって照らされた天井が、ぼんやりと映っているが、覗き込んでも、自分の姿は映らない。
このように、本来〝鏡〟として使用される事を意図されていないものであろうが、物を映す事が出来れば、それも対象とすることにした。
むしろ、〝通常の鏡に映らないルド〟にとっては、そのようなものにこそ、可能性があるかもしれない。
腰を上げたルドは――
「じゃあ、〝鏡〟探しをしつつ、帰るか」
――そう軽く呟くと――
「「「「「ギャアアアアアアアアアアア」」」」」
――壁によって堰き止められていたモンスターたちの背後にももう一つ壁を出現させて、勢い良く前後から圧し潰して皆殺しにした後、壁を左右に動かして通路を再び出現させ、つい先程悲鳴と共に絶命したモンスターの死体を全て地面の中へと沈めて、綺麗になった道の上を悠々と歩いていった。
※―※―※
ルドがモンスターの群れを圧死させる少し前――
同じダンジョン内で、別の者――一人の少女が――
「お前はクビだ」
「!」
――別の冒険者パーティーから追放されていた。