17「犬獣人少女ワンレイ」
目を瞠るラリサが、ルドの視線の先を見ると――
「……何……あれ……?」
西側――ルドたちから見て右手――の森の中を、文字通り縦横無尽に飛び回っている獣――否、獣人の少女がいた。
一瞬野生の獣かと見紛う程に身軽且つ俊敏な彼女は、つい先刻まで着用していたはずの魔法騎士団専用銀鎧を脱いでおり(ラリサが氷塊に閉じ込めたのは、獣人少女が脱いだ銀鎧だけだったらしい)、布の服一枚で、ルドによる土魔法での攻撃――地面を迫り上げて襲い掛からせる――を、木から木へと連続で飛び移りつつ軽々と回避していく。
「お前ら、結構強いのだ! ワンがぶっ殺してやるのだ!」
褐色の肌を持つ彼女は、可愛らしい声で可愛らしい語尾の割に、全く可愛らしくない物騒な内容を叫びながら、可愛らしい耳――形状からすると犬だろうか――をピコピコ動かして茶髪のセミロングヘアと尻尾を上下左右にブンブン揺らしつつ、自慢の拳を叩き付けんと、不敵な笑みを浮かべて隙を窺っている(どうやら、魔法騎士団団員にも拘らず、何故か肉弾戦を得意としているようだ)。
「アイツに加勢されたら厄介だ。ウェザビーから出来るだけ遠ざけつつ、捕獲したい。そのために、まずは『氷牢獄』ではなくて――」
と、ルドがラリサの方を振り向いた――
――一瞬の隙を突いて――
「ルド君――!」
――地面に平行になる形で大木の幹に着地した獣人少女が――
「――後ろ!」
――剛力で大木を圧し折りつつ跳躍、瞬時に距離を詰めて眼前へと迫り――
――大きく目を見開き舌舐めずりした彼女が――
「死ぬのだあああああああああああああ!」
――必殺の一撃をルドに見舞う――
――寸前に――
「『岩防御』」
――地中から巨大な岩が出現、獣人少女の殴打が突き刺さって――
「だああああああああああああああああ!」
――巨岩は粉々に砕け散る――
「今度こそなのだああああああああああ!」
――が。
「『岩針』」
――地面から無数の〝岩で出来た巨大な針〟が生み出されて、獣人少女の全身を貫かんとし――
「ああ、もう! ウザイのだ!」
空中にて上半身を反らして最初の一撃を回避しつつ着地した獣人少女は、連続して後方倒立回転跳びを行いつつ激しい追撃を逃れ、再び距離を取った。
「そのために、まずは『氷牢獄』ではなくて――」
「あ、今の攻撃、無かった事になってるのね」
感知魔法で把握していたのだろうか、獣人少女の方を振り返りもせず、何事も無かったかのように先程の続きを話し始めるルドに、呆れたようにラリサが呟く。
「『氷柱』でアイツを狙ってくれ」
「! それは……」
捕獲用のものではなく、殺傷を目的とした氷魔法で獣人少女を串刺しにしろという言葉に、ラリサが戸惑う。
「安心しろ。どれだけ本気で狙おうが、当たらないから」
「うっ……。そうね……」
ルドの『岩針』でさえ避けられたのだ。
確かに、自分の攻撃など、いとも容易く回避されてしまうだろうが――
(そう言われちゃうと、複雑な気分ね……)
――あの少女を傷付けなくて済むという安堵感と共に、何とも形容し難い気持ちになるラリサ。
ブンブンと頭を振って、気持ちを切り替えたラリサは、「二人で追い詰めて捕まえるぞ」と呼び掛けるルドに、「分かったわ!」と元気良く返事をした。
――しかし。
「あ、あとな。もう一つ伝えておく。もしも――」
――ルドが告げた〝とあること〟に対して――
「……本気なの!?」
「ああ、大丈夫だ。俺を信じろ」
――明らかに顔を曇らせたラリサだったが――
「……ルド君がそこまで言うなら……分かったわ……!」
――渋々頷いた。
「行くぞ」
「うん!」
二人掛かりの捕獲作戦が始まった。
「『岩針』」
「『氷柱』!」
ルドが『岩針』で獣人少女を上方へと誘導して、木々の間、枝から枝へと飛び移りながら移動する彼女を、ラリサが『氷柱』で追撃する。
「無駄なのだ! どれだけ手数を増やそうが、ワンを捉える事は出来ないのだ!」
柔軟性も持ち合わせているらしく、空中で身体を捻り、反らし、かと思えば百八十度開脚して、余裕綽々といった様子で、同時に複数飛んで来る氷柱を避けていく獣人少女。
と、そこに――
「『土移動』」
「! 危なかったのだ!」
回避方向を予測したルドが、自身の真下の地面を大きく隆起させた上でそのまま高速で移動して、手を伸ばして獣人少女の腕を掴もうとするが、あと数センチという所で、避けられる。
ルドとラリサの二人掛かりの魔法と近接という三重の策だったが、それでも獣人少女は捕まえられず――
「食らうのだああああああああああ!」
「『岩防御』」
度々反撃に転じる獣人少女だったが、ルドは難無くそれを防ぎ――
どちらも決め手に欠ける中――
――突如、〝均衡〟が崩れた。
「あっ」
――獣人少女が飛び移った先の枝が、着地の衝撃に耐えられず、折れたのだ。
実は、獣人少女を狙うと見せ掛けて、ルドは森の中にある枝に対して、次々と『岩針』で〝切れ目〟を入れていた。
獣人少女が、その一つに着地してしまったのだ。
身体のバランスを崩して、為す術もなく空中に投げ出される獣人少女。
「貰った」
その隙を逃さず、ルドが『土移動』で素早く移動、獣人少女の足に手を伸ばすが――
「掛かったのだ!」
――どうやら、ルドの仕掛けに気付いており、わざと隙を見せて氷柱の射線上に誘導して、〝逆に罠に嵌めた〟らしい獣人少女は、口角を上げて――
「ルド君! 避けてええええええ!」
――ラリサの悲痛な叫び声が響く中――
――気付いた時には、ルドの眼前に複数の氷柱が迫っており――
「ぐっ」
――今まで何度もモンスターの身体を貫通して来たそれらが、ルドに直撃した。
「ワ~ンハッハッハー! なのだー! 見たか! これが〝獣人族次期族長で最強(になる予定)〟である〝ワンレイ〟の力なのだ! ワンは、強いだけじゃなくて、頭も良いのだ! ワ~ンハッハッハー!」
近くの枝に手を伸ばして掴まってぶら下がりながら勝ち誇る獣人少女――ワンレイの笑い声が――
「ワ~ンハッハッハー………………ハ?」」
――止まり――
――恐る恐る、足下を見ると――
「な、何でなのだあああああああああああ!?」
――その右足首を、ルドが掴んでいた。
どういうカラクリなのか、幾つもの氷柱を食らったはずなのに、ルドは傷一つ負っていない。
実は、ラリサに対して、ルドは事前に、「俺のことは〝いないもの〟として、アイツだけに集中しろ。もし俺に攻撃が当たっても、大丈夫だから」と伝えており、実際にその通りになり、そのお陰で、相手の隙を突く事に成功したのだった。
「こ、この! 放すのだ!」
ワンレイが左脚で、ルドの頭部を勢い良く思い切り蹴る。
先程大木を容易に圧し折った脚力によるそれは、致命傷を与えるに十分であるはずだったが――
「無駄だ。俺の〝硬化〟を超えてダメージを与えられる存在など、この世にいない」
「!?」
ルドには全く通用せず――
「コ、コラ! どこ触ってるのだ!? 止めるのだ!」
「ちょっと、ルド君!?」
足首から膝、太腿、腹部、と徐々にワンレイの身体のより上方の部分を掴んで、移動していくルドに、二人の少女が同時に抗議の声を上げる。
(いや、命懸けの戦闘中なんだが……)
基本的に無敵の〝硬化〟であり、意識して常時掛け続けるようにしてはいるものの、万が一掛け忘れるような事があれば、ルドも普通にダメージを受けてしまうのだ。
相手が少女だろうが何だろうが、戦いの最中にそのような浮ついた気持ちになれる訳がない。
「あっ」
狼狽したワンレイは、枝から手を放してしまい、ルドと共に落下。
地面に転がった頃には――
――ルドは、ワンレイを羽交い締めにしていた。
「こんな拘束、すぐに解いてやるのだ!」
流石獣人、先刻披露した〝人間離れした膂力〟で、身体を押さえつけているルドの両腕を振り解こうとするが――
「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ! 何でなのだ!? おかしいのだああああああああああ!」
――それ程腕力が強いとは思えないルドの拘束は、何故かビクともしなかった。
実際、ルドの身体能力はワンレイと比ぶべくもないが、ルドは〝硬化〟を応用して、拘束した状態の〝姿勢〟のまま、自分自身の身体を〝固定〟しており、言わば決して破壊出来ない硬度の鋼鉄製ロープによって捕縛されているようなものだった。
ゼロ距離であるが故に、腕を振り回す事も出来ず、更に、地面に転がっているため、跳躍すら出来ない。
「ラリサ」
「うん! 『氷牢獄』!」
声に呼応して、ラリサがルドごとワンレイを氷塊の中に閉じ込めて――
「うわああああ! 負けるのはイヤなのだあああああああ!」
――最後の悪足掻きも虚しく、ワンレイは捕らえられた。
「『抽出』!」
急いで駆け寄って来たラリサが、ルドのみを氷の檻から出して救出する。
「やったな」
「うん! 上手く行って良かった!」
笑みを浮かべるラリサだったが、立ち上がったルドの腕に触れつつ、下から顔を見上げる。
「でも、本当に大丈夫、ルド君?」
「ああ、問題ない」
「そう。それなら良かったけど……本当にすごいのね、ルド君の〝硬化〟……」
安堵の溜息を漏らしつつ、ラリサはルドの規格外の能力に舌を巻いた。
「あと、コイツ――ワンレイだが――」
「大丈夫よ! さっきみたいに忘れちゃったりはしないわ!」
「いや、恐らく――さっきの倍くらいは、閉じ込めておいて良いと思う」
「え!? 死んじゃわない!?」
思わず目を丸くするラリサに、ルドは「いや、多分大丈夫だ」と、氷の牢獄に囚われた獣人少女を見下ろしつつ、懸念を払拭せんと答える。
「コイツは恐らく、魔法が使えないにも拘らず、その類い稀なる身体能力で若くして魔法騎士団に入団したタイプだ。簡単に気絶するとは思えん」
「うーん……分かったわ。じゃあ、さっきよりも、ほんの少しだけ長めにするわね」
「ああ、頼んだ」
そんなやり取りをしつつ、ルドが、広場――マリリナの家がある方に目を向けると――
「ああああああああああああああああああ!」
咆哮を上げながら、跳躍して、魔剣による攻撃をゴーレムに対して愚直に続けるマリリナが目に入ったが――
「聖剣だか何だか知らねぇが、無駄だって言ってんだろうが! 力しか取り柄の無いこの筋肉女が! 諦めてそろそろ死ねよ!」
何度も吹っ飛ばされて、尚且つ炎による追撃も受けたのだろう、マリリナの全身は傷だらけで、あちこちに火傷も負っていた。
「マリちゃんが死んじゃう! 助けなきゃ!」
魔法の杖を掲げるラリサを、ルドが手で制する。
「大丈夫だ」
「でも!」
「あの剣は、魔剣〝バルヴィング〟だ。〝森羅万象全てを斬る〟事が出来ると言われている。〝バルヴィング〟に持ち主として相応しいと認められて、その力をきちんと引き出す事が出来れば、あんな奴に負けたりしない」
それでも何か言いたげなラリサだったが――
「!?」
突如上がった轟音に、思わず視線を向けると――
「あ~。悪ぃな。ゴーレムの手が滑っちまったらしい」
ゴーレムの打ち下ろしの右拳が、マリリナの生家を粉々に破壊しており――
「あたしたちの家を! 絶対に許さない!! 殺す!!!」
殺意を込めた声で断言するマリリナだったが――
「てめぇじゃ無理だ」
ウェザビーは冷たく突き放し――
「あ、良い事考えたぜ。家だけじゃ、中途半端だろ?」
――顔を歪めて、邪悪な笑みを浮かべると――
――嫌な予感に眉を顰めるマリリナの背後を一瞥し――
「その粗末な〝墓〟もぐちゃぐちゃにしてやるぜ!」
「!」
――ゴーレムが、マリリナの両親の墓に向けて、その巨大な拳を振り下ろした。




