15「今際の際の言葉」
「ルド君、あの人って、もしかして……」
「ああ、事前情報と照らし合わせると、間違いないだろうな」
村の東側の森を馬で強引に突っ切って北上して来たらしいウェザビー一行の気配を感じるや否や、ルドはラリサと共に、マリリナの家の東側から北側の方へと回り込んで、森の中から様子を見ることにした。
「マイルズとメイの娘――確か、マリリナだったな。随分と大きくなったもんだ」
年の頃は三十代半ばと言ったところだろうか、銀髪に端整な顔立ちをしたウェザビーは、魔法騎士団の銀鎧にその身を包み、躊躇なく庭に入って来ると、馬上から言葉を継いだ。
尚、六名の部下は皆、馬から降りている。
両親の昔馴染みであり、魔法騎士団団長でもある男の訪問だったが――
「うがああああああああああああああああ!」
――マリリナの行動はいつも通りだった。
何を話し掛けられようが、自分のすべき事――〝眼前の剣を抜く事〟に全神経を集中させている。
ウェザビーに対しても、いつも通り、何一つ反応を示さないものかと思われたが――
「ボロボロの家に、ボロボロの服。飯だって何食ってるか分かったもんじゃねぇ」
――マリリナの生家と衣服を一瞥して呆れたように呟いたウェザビーが、次の言葉を発すると――
「マリリナ。両親が死んで、一人っきりで辛かっただろ? 俺様の女になれ。そうすれば、今とは比べ物にならねぇ程に贅沢させてやる」
「………………断……る……!」
――剣の柄を握る手に力を入れたまま、しかしはっきりと、拒絶の言葉を吐いた。
すると、ウェザビーは――
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「!?」
――腹を抱えて笑い出した。
「何が〝断る〟だ! てめぇなんかに本気で言い寄る男がいるとでも思ってんのか、この筋肉女が! ギャハハハハハハハハハハハ!」
一頻り笑った後、ウェザビーは部下たちの方を振り向いた。
「でもまぁ、〝魔法騎士団団長〟である俺様の求愛を拒絶したんだ。おい、てめぇら、このクソアマに教えてやれ。〝魔法騎士団団長様〟に恥を掻かせた奴はどうなる?」
「はっ! 死刑であります!」
「その通りだ! だからよぉ、今からてめぇには死んで貰うぜ?」
「………………」
森の中でその様子を見守っていたラリサが、怒気を含んだ声で囁く。
「何それ!? 酷い! 滅茶苦茶じゃない! そんな法律聞いたことないわよ!」
怒りの余り肩を震わせる彼女に、ルドは――
(必死に生きている少女に、何て事を……!)
(許せん……が、俺が攻撃すると、勢い余って全員殺しちゃいそうだしな……)
(流石に、モンスターと違って、人間を殺すのはちょっと躊躇してしまうな……)
――思考しつつ、静かに訊ねた。
「アイツら全員を『氷牢獄』で氷塊の中に閉じ込めて、気絶させられるか? 多少時間差があっても良いが、出来れば、こちらに気付かれる前に、全員の動きを止めたい」
「! うん、やってみるわ! ただ、複数の相手に対して同時に、っていうのは初めてだから、魔力を練り上げるための時間をちょっと頂戴!」
ルドに頼られたのが嬉しかったのか、小さな声ながら活き活きと答えたラリサは、左手に持った魔法の杖をギュッと握り締めつつ、全身の魔力を杖に集中させ始めた。
そんな中、ウェザビーは、邪悪な笑みを浮かべながらマリリナを見下ろす。
「筋肉が発達し過ぎて気色悪ぃが、顔だけはメイにそっくりだからな。首だけは斬り落として取っておき、魔導具で氷漬けにして、俺様の部屋に飾ってやろう! 有難く思え! このキングカプート王国最強の魔法騎士団団長、ウェザビー様に一生愛して貰えるんだからな! まぁ、生首としてだが。ギャハハハハハハハ!」
「………………」
聞くに堪えない罵詈雑言だが、マリリナは、無言で剣を引っ張り続ける。
不意にウェザビーは、真顔になると――
「反応がねぇと詰まんねぇな。あ、良い事思い付いたぜ? これでもまだ俺様を無視出来るか? え?」
――再び口角を上げて、マリリナに問い掛けた。
「メイの最期の言葉、教えてやるぜ。『……マリリナ……ごめんね……』だとよ。笑っちまうだろ?」
「!?」
――全力を込めていたマリリナの手から――力が抜ける。
「……何で……そんな事を……あんたが……知ってる……?」
盗賊に襲われた母親だが、目撃者はいない。
倒れている母親を発見したのはマリリナであり、その時には、既に事切れていた。
今際の際の言葉など、犯人以外、知っているはずは――
「さぁ、何でだろうな~? ん?」
「!」
――両の口の端を吊り上げて嘯くウェザビーに、マリリナの〝疑念〟は〝確信〟に変わり――
「……許……さない……! うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――マリリナの全身の筋肉が膨れ上がり、人智を超えた膂力が、剣に伝わり――
――地面に亀裂が入るが――
「遅い。殺せ」
「!」
――ウェザビーの部下たちがマリリナに向けて両手を翳した――
――直後――
「『氷牢獄』!」
――北側の森から現れたラリサが手にする魔法の杖が、眩く輝き――
「「「「「――ッ!」」」」」
――ウェザビーの部下たちが次々と氷の檻に閉じ込められていった。
――が。
「コソコソ隠れてやがった割には、なかなかやるな、ガキ。だが、相手が悪かったな」
「そんな!」
――身体を覆った氷塊を一瞬で燃やし切ったウェザビーに、瞠目するラリサ。
――と、そこに――
「ああああああああああああああああああ!」
――魔剣が突き刺さっていた巨大な岩ごと地面から引き抜いたマリリナが――
「ああああああああああああああああああ!」
「……へぇ~」
――両足を地面に減り込ませつつ、天に掲げたそれを、巨岩もろとも、ウェザビーに向けて全力で振り下ろした。
「すごい!」
――思わず声を上げるラリサだったが――
「………………そう言えばよ~」
――舞い上がった土煙の中から、戦闘の場にはそぐわない、軽い調子の声が聞こえて来て――
「俺様が得意としているのは〝炎魔法〟だと思ってる奴が大半みたいだが、実は違うんだぜ?」
――突き刺さっていた岩が完全に粉砕されて、漸く全体の姿を現した魔剣を両手で持って真正面に構えるマリリナの眼前、土煙が消えると、そこには――
「俺様が一番得意なのは、〝モンスターの召喚魔法〟だ」
「!」
――どうやら先刻の攻撃を受け止めてウェザビーを守ったらしい、身体が岩で出来た巨大なモンスター――ゴーレムが立ち上がり、その巨躯でマリリナを見下ろした。




