12「マリリナの両親」
ラリサが瞠目する中、宿屋の主人は、「あいつの両親たちは、俺よりも少し年下なんだが、小さい頃からよく三人でいる所を見掛けたもんだ」と、どこか遠い目をしながら呟くと、説明を続けた。
※―※―※
彼によると、元々マリリナの両親は、この村で生まれ育ったらしい。
マリリナの父親――燃えるような赤い短髪の、どこか夢見がちなマイルズと、母親――長い金髪を靡かせた、美しく穏やかで優しいメイ、そして、銀色の髪を持つ、どこか軽薄な感じのする野心家なウェザビーは、同い年の村人であり、幼馴染だった。
幼少時代は、三人の関係には、何の問題も無かった。
男二人女一人という組み合わせだったが、仲良く遊んでいた。
問題は、思春期に入ってからだ。
「メイ。俺様と付き合え」
顔立ちの整った、他の村娘たちから人気のあるウェザビーが、自信満々にメイに告白したが――
「ごめんなさい」
「!?」
――断られてしまった。
メイは、ウェザビーではなく――
「俺は、いつか勇者になって、この世界を救ってみせる!」
「とっても素敵な夢ね、マイルズ! あたし、応援するわ!」
――そう言って、手製の木剣を毎日振って訓練するマイルズに惚れていた。
マイルズが夢見がちな少年になったのには、理由があった。
それは、村の北東――直ぐ近くの森の中に、〝聖剣〟があったからだ。
いつ頃からあるのかは分からないが、一説によると、三百年前からここにあるとの事だが、真偽の程は定かではない。
そんな〝聖剣〟だが、当時は、誰も触る事が出来なかった。
強力な結界――魔法障壁が周囲に展開されていたからだ。
その結果、村人は勿論、噂を聞き付けてやって来る腕に自信のある冒険者たちも、誰一人として魔法障壁を破壊出来なかった。
触れない事により、更に神秘性を増した〝聖剣〟。
その存在は、一人の少年を浪漫へと駆り立てるには十分だった。
一方、惚れた少女に振られて、自尊心を粉々に打ち砕かれたウェザビーは――
「クソがッ!」
悪態をつくと――
「いつか見てやがれ……!」
その瞳に、どす黒い憎悪の炎を宿していた。
※―※―※
その後。
十五歳になったマイルズは、以前から計画していた通り、王都に行って冒険者になる予定で、メイもついていくつもりだったのだが――
「大変だ、メイ!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
「な、無くなってるんだ……! 〝聖剣〟の結界が!」
「!」
荷造りをしていたメイに、マイルズはそう告げた。
「すごい! すごいぞ! これで俺は、本物の勇者になれるんだ!」
「やったわね、マイルズ!」
高揚感を隠し切れないマイルズに、自分の事のように喜ぶメイ。
早速、マイルズと共にメイが、聖剣のもとへと向かうと、確かに〝聖剣〟の結界は消滅していた。
〝三百年前からここにあった〟という噂話はもしかしたら本当だったのかもしれない。
建物などの人工物が経年劣化するのと同様、魔法障壁の効力にも限りがあったのだ。
「おう! 見とけよ! 今、俺が引っこ抜いて見せるから!」
「うん!」
「ふんぬっ! ……あれ? ふぬぬぬぬぬ! ふぎぎぎぎぎぎぎぎ! うがああああああああああああああああ!」
普段から鍛えていたマイルズが、自慢の筋肉を躍動させて、全力で引き抜こうとするも、ビクともせず――
「はぁ、はぁ、はぁ……さすが聖剣、一筋縄じゃいかないな……だが、絶対に諦めんぞ!」
「そうよ! その意気よ!」
汗だくになりながらも、瞳に宿る闘志の炎は決して消えないマイルズを、メイも笑顔で励ます。
――だが。
「ぐごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――その後、何日、何週間、何ヶ月経っても、聖剣を抜く事は出来なかった。
※―※―※
仕事――のみならず、寝食さえも忘れて聖剣に没頭するマイルズを、メイは決して見限ったりしなかった。
それどころか――メイは、「あたしが支えるんだから!」と、マイルズと結婚した。
そして、マイルズの両親に対して、彼は無理を言って、聖剣の目の前に自分たちのための家を建てて貰った(その一方、マイルズの両親は、村の中で生活し続けた)。
働かない彼の代わりに、メイは狩りをして生計を立てた。
当初マイルズと共に王都へ行って冒険者になるつもりだった彼女は、職業は〝弓使い〟を選択するつもりで訓練を重ねていたので、弓矢の扱いには慣れていたのだ。
※―※―※
一年後――
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
「おおお! よく頑張ったな! メイ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……ああ、あたしたちの赤ちゃん……!」
――マリリナが生まれた。
しかし、マイルズは、相変わらず聖剣を引き抜こうと、ただその事だけに全力を注いでおり、やはりメイが生活費を稼いでいた(マリリナが乳児の間は、彼女を背負って森の中で山菜を採り、少し大きくなってからは、狩りも再開した)。
そして――
「うごわああああああああああああああああああああ!」
マイルズがどれだけ死力を尽くしても、剣はビクともせず――
※―※―※
マリリナ誕生から五年後のある日。
その日、マイルズは――
「……あ……なた……?」
――モンスターに殺された。
メイが狩りに、マリリナは村に遊びに行っており、二人とも不在の間に。
家が村から少し離れている事から、襲いやすかったのか、モンスターは、マイルズのみを狙い、村は襲わなかった。
庭には、凄まじい膂力で全身を殴られ、惨殺されたマイルズの死体と、彼を襲ったらしい、オーガ――身の丈三メートルで、異常に発達した肉体を持ち、鬼のような見た目をした、赤色の肌のモンスター――の死骸があった。
どうやら炎魔法で焼き殺されたらしいオーガだが、この辺りではまず見る事のない上級モンスターだ。
そして、そんなオーガを倒したのは、上等な馬に跨り、部下たちを引き連れた――
「偶然俺様が巡回中で良かったな。俺様のおかげで村は助かった。まぁ、コイツの事は残念だったな、メイ」
「!」
――当時、得意とする炎魔法で実績を積み上げ、史上最年少で魔法騎士団団長へと上り詰めていた、幼馴染であるウェザビーだった。
その後――
「父さん! 父さん!! うわああああああああああああああああん!!!」
――冷たくなった父親と対面したマリリナは、亡骸に縋り付いた。
※―※―※
それからというもの、マリリナは、家に閉じこもって塞ぎ込んでいた。
何日も。何日も。
ある日。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、メイが穏やかに語り掛けた。
「いつまでもくよくよしてちゃ、お父さんが悲しんじゃうわよ? お父さんだって、本当は色んな事があったの。でも、いつも明るく笑顔だったでしょ? お父さんは、同じように、マリリナにも笑っていて欲しいのよ」
そして、村に遊びに行くように促した。
「少しずつで良いから、ね?」
「……うん……」
涙を浮かべながらも、幼いマリリナは頷いた。
それから、一ヶ月が経った頃。
少しずつ明るさを取り戻して行ったマリリナだったが――
その日、村から帰って来た彼女が見たのは――
「いやああああああああああああああああああああああああああ!」
――荒らされた自宅のリビングに転がる、メイの死体だった。




