八話 良薬と変な道草は口に苦い
※本文中の記述は飽くまでも作品内の演出であり、特定の行動を推奨するような意図はございません。
俺は森の木々、その枝葉の中を分け入りながら進んでいた。
(お、『かっこいい(?)木の棒』はっけーん。)
俺は森の中を進む内に、慣れた手つきで『かっこいい(?)木の棒』を拾っていた。
もはや、言葉を発することさえもなく集められた木の棒はポーチの中にはそれなりの量が溜まってしまっている。
だが、今俺のポーチの中にはルーサーから渡された武器、確か名前は『可変装具・ワイル』だったか。それがあるはずなので、最初にスライムと戦った時のように、木の棒を即席の武器として使うことは無いかもしれない。
ならなぜ拾ったのかって?
それはアレだ。何かに使えるかもって思ったし、ポーチの容量にも余裕あるしで、とりあえず拾っておこうと思ったワケですよ。
あの、ゲームとかでインベントリに余裕がある時はとりあえず何かのアイテムでその余白を埋めたくなる、みたいな気分と同じ感じです。
それはそうとして、さっきルーサーから武器を渡された訳だが今はまだ一度も試し振りはしていない。
敵が現れたらその敵との実戦で使ってみつつ慣れていこうと思っているが、その武器が俺に合わず苦戦するような時には木の棒を使うことになる。そうはならないことを祈りたい。
祈るくらいなら予め試しておけ、と思うかもしれないが大丈夫、俺は楽観的なんだ。
いや、どこが大丈夫なんですか?
冷静にセルフツッコミをしてみたら、今になって不安になってきてしまった。
やっぱり敵が来ていない今のうちに試してしておこう。
俺はそう思いながらポーチの中に手を入れ、中身を手で探る。
手を突っ込みながら俺は思った。
腰に付いているポーチの中には不自然な程の量の木の棒が入っていて、中に入っている物を探すには少々、いや、とても邪魔だ。
一体どこの誰がムダにこんな多くの木の棒を拾い集めてるんだか。ハイ、俺でーす。
「おいおい、どこに入ってんだ…。」
俺がそうして武器を取り出すのに手間取っている間に…。
(ガサガサ…。)
俺の背後の草木が、まるで何かが動いたかのような音を立てた。
わーお、やっべ。嫌な予感しかしない。
「グルルル…。」
俺はそう思いながら恐る恐る背後に視線を向けると、茂みの中から顔を向けた狼が、こちらに牙を剥き、グルル、と小さく唸り声を上げながらゆっくりと歩を進めてくる姿が目に入った。
俺の中途半端な楽観が祟ったか、武器と言えるような物を何も用意できていないまま、目を離さず見つめることしかできない俺に対してその狼は警戒しつつもゆっくりと距離を詰めてくる。
待て待て、落ち着け餅つけぺったんぺったん。じゃなくて、落ち着いて観察しろ。観察しつつ、ポーチから武器を探るのはやめるな。
それでだが、あいつはどういう訳か狼にしちゃデカイような気がする。何気に狼を見るのは初めてだから特別大きいという訳ではないのかもしれないが。
具体的なサイズでは、俺の体の腰くらいの体高があり、横の長さ、すなわち体長は俺の身長と同じ程の長さがありそうだ。
冷静に状況を分析しているこの間もずっと武器を探してポーチを探っているのに、全くそれらしいものが見当たらない。
それに、ね。俺がおふざけ力でどうにか誤魔化そうとしているのすらも、全くもって意に介さず狼はじりじりと近づいてきてるもんね。
正直俺はもう、背中を向けて全力ダッシュで逃げたいところなんだが、狼の方が俺より森の中の移動は早いだろうからそれは得策じゃなさそうだ。
応戦するとしても、相手はこの森の中という環境に慣れているのに対し、俺はちょっとの戦闘経験を積んだだけで他のことはズブの素人。
ポーチの中から、ルーサーが用意したという武器を見つけることができるまでは、俺は引くも進むも叶わないのだ。
だから…さ…。
「武器、どこにあんのぉ!」
俺がそう叫びながらポーチの奥に入るだけ腕を突っ込むと、俺の手の先に木の棒とは違う、別の何かが指先に当たったような感覚がした。
えーい、この際なんでも良い!
とりあえず取り出せっ!
「・・・ナニコレ。珍百景?」
今、俺が取り出したものは思わず『ナニコレ。』と声に出してしまうほどに黒いボールだった。
ボールとは言っても、サッカーやバスケットボール程度のサイズではあるがそれらとは違い、全くもって弾力を感じない球体だ、だからスポーツ用のボールではないだろう。あと多分金属製。
だが、金属といっても、鉄なのかと言われればサイズと比べてそこまで重くはないし、手が触れている部分からはさほど冷たさも感じない。
何の金属でできているものなのか俺には分からないが、一体これをどう使えと言うのだろうか。
あ、ブン投げるとか?そりゃ無理だよ?俺ってばハンドボール投げも10メートル飛ばせたら良い方だからね?
それに、これブン投げても余程当たりどころがよくないと有効打としては期待できないし、もし仮に外したり倒しきれなかったらいよいよ打つ手なしだ…ってヤバイヤバイもう時間ねえよも距離5メートルもねえよヤベーよ変なこと考えてなきゃ良かったよどーしよもう投げるか。ウン。
ドロッ…
「うわなに、ドロッと!?」
俺が手に持っていたボールの硬度を信頼してやぶれかぶれで投げつけることを決意しかけた矢先、どうしたことかそのボールの表面がドロドロと液体状に溶けている…いや、表面が波打ち、流動しているような状態になった。
おいおい、これじゃ投げるどころか持ってるのも厳しいぞ!?形崩れてねーでちっとはまとまれ!ルーサーの方もこういう訳分かんねーもんなんかよりも、分かりやすくちゃんとした剣の一本くらい入れといてくれよ!全くー!
俺がそんな風に慌てているのもどこ吹く風と言わんばかりに、狼は距離を詰めてくる。
「えーい、このままやるしかねぇか。もうどうとでもなれ!」
俺は片手に表面が溶けた金属製のボールを持ったまま腰を落とし、敵との戦闘態勢を整えた。
冷静に自分の今の姿を見直すとクソダセェ…ってのは置いといて、俺が武器の用意に手間取った結果、俺と狼の間合いは既にお互い近接攻撃を命中させるに足るだけの至近の状態だ。
そして当の狼は、たった今地面に接する四肢を曲げ、今にも俺に対して飛び掛からんとしている。おそらく攻撃に移るまでもう1秒も無いだろう。
「ガァッ!」
次の瞬間、狼は俺に素早く飛びかかってきた。
口を開き、前肢を持ち上げてはいるが、おそらくこの攻撃の目的は牙による噛みつきでも、爪による引っ掻きでもない。
おそらくは俺の正面から勢いよく俺に飛びつき、俺の体勢を後方に倒れさせるような形で崩させ、その上にのしかかり俺の動きを止めた上で首に噛みつき仕留める、ってとこかなと思う。
その手のゲームには触れたことがあるし、ルーサーからの修行でしこたま扱かれたからよく分かる。
俺は飛びかかってきた狼の体に素早い代わりに軽い蹴りを入れてそれ以上の行動を牽制しつつ体を横に躱し、攻撃を回避する。
ダメージにはならないだろうが牽制にはなるかもしれないと信じたい。
「分かりやすい攻撃ならいけるな、まだ感覚は鈍ってなさそうだ。」
俺がルーサーから教わった戦闘の方法は、基本は『待ち』の戦術だ。
これは、普段は自分の持つ武器を構え、相手の動きに合わせて最低限の動きでできる最大限の反撃を狙う、というものだ。
加えて、殆どの場合で俺は攻撃を回避したり受け流したりする時以外はあまり動かなくても問題ないから、俺の持久力の不足に対する対策にもなっている。
多くの場合は回避し、一部攻撃には剣による受け流しや弾きなどで隙を作り、安定して攻撃を浴びせるという戦い方だ。
今の相手はただの狼と言えど、単純な膂力では俺よりも勝っているだろう。
そんな、自分よりも力で勝る相手に対して正面から馬鹿正直にぶつかる、なんてことをすれば俺みたいなザコはすぐに死ぬ。ってルーサーに修行中言われたし。
それを補うために技術や戦略が重要だ、として修行を受けた訳だが、今の俺の状態はいわばテスト前日の一夜漬けと同じようなもので、今持っている技術は今のままでは長く定着せず、使わずに時間が経てばすぐに忘れてしまうような状態かもしれない。
修行で得た感覚を今のうちに感覚を体に慣らしていこう。そうしていたら、忘れることなく定着していくはずだ。
「つっても、このままじゃな。避け続けるのも限界あるし武器もねぇしで、ジリ貧だ。」
ほんと、修行中はちょうど良い重さの剣をルーサーが手渡しで渡してくれたから良かったものの、今は剣の代わりにこのよく分からない金属のボールが俺の右手の上にあるのみ。
いつの間にか表面の流動は収まっていたものの、今のままでは何にもならない。
にしても、ただのボールのはずなのにどういう訳か手に馴染むんだよな。修行中渡されてた剣もちょうどこのくらいの重さだったくらいしか共通点はないが…。
って、ことは。だ。
「まさかよ?まさかだからね?」
俺は狼の動きを注意深く観察することを意識しつつ、修行中にルーサーから渡された剣の形をよく思い出す。
確か片刃で、何なのかはよく分からないが、青い光の筋みたいなのが刀身とか持ち手とかに付いてたような気がする。
所謂、近未来ファンタジーな感じの剣がイメージとしては近いだろう。
可能な限り鮮明に武器の形を思い出している途中なのだが、当然野生の獣にはそんなことは関係がない。
俺の思考に同調するかのように俺の手の上のボールも再び流動し始めている中、狼も今度は俺に突進しようとしているのが見えているヒヤリハットのヒヤリ状態。
ちょっと待って今のままだと間に合いそうにないから本当にちょっと待って。
いや、もしかしたら来ると見せかけて思ったよりも来ないパターンとかそういう感じのこととかが起こりうる可能性もゼロではないはずと信じてる。
まだだ、まだ!まだ俺は諦めな…。
「グルァッ!」
クルヨネー!ソラソウダヨネー!
無理のある希望的観測だとは分かっていた、流石に覚悟決めますか。
俺は突進してくる狼の顔面辺りに向かって、手に持った半溶けの金属塊をぶつけようとするように手を動かした。
しかし、仮に上手くぶつけることができてもおそらくロクなダメージも期待できないだろうし、なんならこっちがやられるかもしれない。
俺は狼と俺の手の上の金属塊が接するであろう瞬間、今から一瞬の後に起こり得る出来事の想像に思わず目を閉じてしまっていた。
(ガキッ!)
「ガゥッ!?」
だが予想に反して、俺の手からは痛みでもなく、狼を殴ったような感触でもない、別な感覚が伝わってきていた。
「うおぉっ!?マジか!」
俺の手にはいつの間にか、ルーサーからの修行の間に使っていた剣と寸分違わぬものが逆手に握られていた。
それを俺が確認すると同時に、狼は驚いたような唸り声を上げ、口の端から血を流しながら俺から距離を取った。
狼からすれば、自分の顔に対して伸ばされてきた手から少し頭を横に躱して金属塊による殴打を避けつつ、手首辺りに噛みつこうとしたが、そこに俺の手に現れた剣にそれを阻止されたってとこだろう。
あんなよくわからん金属球がルーサーから渡された武器、確か名前は『可変装具・ワイル』だったのか。以降は略して『ワイル』と呼ぶとしよう。
それはそうとしてもあの見た目からは武器だとは分からんて、それは。
「直撃は免れたか…でも結構キツイな…。」
だが、狼の一撃は剣に阻まれても尚、俺の体勢を崩しかけるのに十分な威力を持っていた。
一応俺も強く踏ん張ってはいたのだが、それでも力負けして足をもつれさせながら二、三歩後退してしまっていた。
全く、どんだけパワー自慢なのか…。
結局、今の段階で分かることは、正面切って力と力で打ち合っても俺は力負けするってことだ。
だからこそのルーサーからの修行内容って訳だから、今こそそれをしっかりと活かすべきだ。
「力でムリなら技で勝つってんだ…!」
そう吐き捨てるように呟いてから、俺は狼とお互いに正面で見据え合いながら剣をなんとなく青眼風に構え直す。
向こうも、こっちに武器が突然現れ、ワイルに攻撃を阻まれ多少なりとも傷を負い、少しは動揺しているかもしれない。
だったら、隙を与える間もなくこちらが追撃すべきだ。
そう思っている時、狼は再びこちらへ飛びかかって来るが、今回は俺の手の中に武器がある。
それによる安心感もあってか、今回は冷静に狼の動きを見切り、地面を蹴って横に跳んで攻撃を避ける。
そうしながら俺は剣を左腰の辺りにまで引き、足が着地するのと同時に、右上の方へ切り上げた。
「グアァッ!」
「入った!けんど、まだとどめじゃあねぇ!」
全力の斬撃で狼の肉を切り裂き浅からぬ傷を負わせたが、狼も身を躱して急所から外したのかとどめに至るような一撃にはならなかった。
正直、長く戦闘が続いている訳ではないが、これ以上戦闘を長引かせるのは俺にとってかなりの不利となるだろう。
なぜなら、俺は既にまあまあ疲れたからだ。
それに加えて、目の前に居る相手から臨場感たっぷりの殺気を受け続けながらの初めての実戦、という少し冷静な思考に立ち返ってみれば恐ろしい状況に、少し手が震え始めている。
早めに勝負を決めずに決着をズルズル長引かせたら、その内致命的なミスをするような気がする。
そんな危機感から、俺は隙を与えずに追撃を当てようと足を深く踏み込んで狼に接近し、今度こそ仕留めようという意思を込めて全力で剣を振った。
「いぇあぁッ!!」
自分の口から出た全力のクソダサ掛け声はこの際、気にしないことにする。
俺はそのまま剣を振り抜いたのだが、その斬撃は空を切ってしまう。
どうやら狼の方が直前でバックステップして避けたようだ。
今ので決まらないなら、もうそろそろ素早く動けるだけの体力が無くなりそうだ。なかなかヤバイ。
「ちょいちょい待て待てヤバイヤバイ俺もう結構限界なんだここは一時休戦ってことでお互い戦いはもうやめて平和的に別れるとかムリですか?」
絶え絶えの息を深く吸い込んでから俺は早口にそう呟いてからまた深く息を吸い、息切れの続く呼吸を再開した。
狼も、俺の切りつけた傷を庇うように動き、結果歩こうとする度に片足を引き摺ってしまっている。
さっきバカなことを言いはしたが、正直その通りになることはないかもしれないと思っていた。
(正直もうキツイが…まだこちらが有利だ。このまま油断せずに構えていればその内は…。)
俺はそう思っていたのだが、その考えに反して狼はというと。
「グ…。」
呟くように小さく短い唸り声をあげて俺からバックステップで更なる距離を取り、片足を引き摺りながらそのまま俺に背を向けて走り出した。
「あらっ…?」
俺が呆けたような声をあげるのをよそに、ガサガサと木々を掻き分けながら素早く離れて行き、次第に姿も見えず掻き分ける音も全く聞こえない程の遠くに離れてしまったようだった。
「・・・っしゃー!見たかー!!オラー!!!」
俺は辛くも一人の力で狼を撃退できた喜びから、大声で雄叫びを上げた。
すると、その声に応えるかのように、聞き慣れた声が俺の中に響く。
『うんうん見てたよ!いやぁ、ダサかったねぇ〜。』
「ヒドし。超ヒドし。いやまあ、あんまし否定はできねーんだけども。」
終始ギリギリの戦い、というか始まりは武器すら持ってなかったんだから戦いですらなかった。
正直、今生きていられてるのがかなりの奇跡な気がする。
「ってか!安心したらどっと疲れたわ!」
俺はそう言いながら手に持った剣からパッと手を離して地面に落とし、そのまま地面に腰を下ろした。
『お疲れ様。ダサいって言っても、初めてにしてはかなり様になってた方だと僕は思うよ。』
「初めてだけ良くてもだからな。これからが大事よ、これからが。」
アルサス君は、初めてにしては良い方だ、と言ったが実際どうなのかは俺には分からない。
俺は当然、剣道とか戦闘とかを見聞きしたり経験したりもしたことがないため、アルサス君は本当にそう思っているのか、俺に対して慰めや社交辞令として言っていたのか、というのは俺の主観から判断することはできない。
本音と考えても、初めてにしては良い方だというだけで、このままで満足するわけにもいかないだろう。
前途は多難な気がする。
ともあれ今は考えても分からないような細かいことは考えないようにしよう。
『ところでさっきの狼、かなりの傷だったのに随分と潔く退いた訳だから、さ。もしかしたらまた別の時に再戦することになるかもしれないね。手負は厄介だよー?』
「あ、確かに。冷静に考えたらそうじゃん。って、そういうのは先に言っとけっての!あんま喜べねーじゃん!?」
手負の獣は危険だ、というのは言わずと知れた話だ。
そして今回、狼に動きに影響が出る程の手傷を負わせたにも関わらず、向こうはあっさりと逃げを選択したということは、あれほどの傷を負っても尚生き延びられる手立てや算段があったのかもしれない。
これが後に響かなければ良いのだが。
「とにかく今はこの場を離れるっ!あの狼の縄張りとかだったらもうたまらん!逃げるは恥だが役に立つ!」
『そーそー、そっちそっち。風下に逃げるのが良いよ。』
俺はそう言ってから剣を手に持ち直して立ち上がり、狼が去った方向の反対方向の森に向かって走り始めた。
さっきから少しの間地面に座って休んでいたため、もう体力は殆ど回復できた。
だが、数十秒後…。
「ハァ…ヒィ…いや俺持久力無いんだって…。考え無しに走っちゃダメじゃん…。疲れたんだけど…。」
だが、忘れてはいけない。ここは森の中だ。
道は舗装などされておらずデコボコで、無我夢中に走っていても、茂る草木に足を取られていつも以上に体力を消耗してしまう。それに、ルーサーに渡された、厚手服越しでも木が刺さってまあまあ痛い。
俺は、本当に少しだけの距離を走っただけで息を切らしてしまっていた。
『あっはは、バカじゃん!』
「う、ううるうるうるうるせぇーーーい!」
鳴宮さんの言う通り過ぎて俺ァまともな返事はできませんでした。
その後、俺は少し走って疲れたら歩き、体力が回復すればまた少し走る。
それを体感で30分程続けた。
続けている間、俺は俺自身の体力の無さを深く実感することになりましたとさ。
それはさておき、俺が走っている間にいつの間にか少し高い崖の上に着いていた。
「よし…、ここまで来たら大丈夫だろ…?」
『い、色々お疲れ様。初日なのにすごくドタバタだったよね。』
「ほんとね、俺もここまでとは思わなんだ…。それとなんか一日の振り返りっぽい言い方ッスね?」
息を軽く切らしながら丸山オジさんと言葉を交わす。
俺は何の気なく丸山オジさんの言葉選びからそんな雰囲気を感じたのだが、その理由は俺にもすぐに分かった。
「あー、なるほど。もう時間怪しいのか。それに、見える範囲には街も無い…と。」
太陽がそれなりに傾き始めているのだ。
理想を言えば陽が落ちてしまう前にどうにか街に辿り着きたいのだが、俺が今居る崖の上から見ても街らしきものは何も見つからないため、今日の残り短い日中の時間を最大限に使っても期待は薄いだろう。
であれば、今日は時間に余裕を持ってこの辺り野宿をするのがきっと良いのだろうが、今のままでは野宿するための用意が余りにも足りていない。
風を凌げる洞窟か何かがあれば良かったんだが、生憎見える範囲にはそれらしいものはない。
「取り敢えず野宿の準備急ぐか…。焚き火とかは…いや、先に休む場所を決めねーと。」
『僕のおすすめはこの崖の下。そこまで高い崖じゃないし、少し回り道をすれば下に降りられる道があるよ。』
「なるほど、サンキュー。」
俺はアルサス君のそのアドバイスに従って、崖下へ降りる道を探すために進んで来た道を引き返し、崖を降っていく。
上から見れば底もはっきり見通せる程度の高さしか無い崖であったが、下に移動して見上げて見ればそれなりの高さのように感じる。
この高さでも俺はロッククライミングするという訳にはいかない、という程の高さだ。
そう言えば微妙に感じてしまうが、要はそれなりの高さはある、ということだ。
「なるほど、こんくらいの高さがあるなら動物とかも飛び降りて俺を奇襲〜とかはムリって訳ね。」
『そう。崖を背にするようにしてそれ以外の方向を警戒していれば、夜の間も敵の接近に気づかない、なんてこともそうそう無いと思うよ。』
アルサス君から的確なアドバイスを受けながら、俺は少し思った。
俺は最初の方こそ、アルサス君は戦いや旅に慣れているんだな、と簡単に考えていたが、今更ながら、なかなかに大変な経験をしていたのではないか、とも思い始めた。
確証こそないが、もしかしたら血生臭いようなことも経験していたり、俺には想像もつかないような苛烈な世界を彼は知っているのではないか、と。
これまでにそんな話は聞いた事もないが、彼も過去を詮索されることを嫌っている可能性はある。
もしかしたら、この懸念も全て杞憂なのかも知れないが、一度考え始めたらこういう考えは簡単には拭えないものでもある。
『どんな過去があろうと彼は彼だ。』と、俺は一旦は自分を納得させ、鈍感かつ今更ながらこんなことを考えてしまった自分自身にばつが悪い思いを誤魔化すように少し冗談混じりに彼に返事を返した。
「なるほど、冴えてマッスルね。」
『それほどでも、あるよ。偉大な人間さ、僕は。』
「倒置法だね。」
俺の冗談混じりの返事のさらに数倍ふざけたようなアルサス君の返事に、俺は小さく冗談を返したが、その言葉は笑えるほど面白いものだった訳でもなく、他の皆も返事に困ったのか、誰も反応してくれなかった。
要するにドスベりですよ。これが。
「さて。」
残念ながら、笑いのセンスがない俺から下手な鉄砲数打ちゃ当たるの精神で繰り出される無数のボケ、それがスベることは日常における茶飯のごとき出来事だ。
だから…俺泣いてないもん。泣いてないもーん!
「問題はね。うん。火だよ。火。ファイヤーね。ウン。火が無いと獣が寄ってくるとか。だから、ね。」
『『『『・・・。』』』』
「お、俺は泣いてねぇっ!俺は泣いてねぇっ!!(泣)って、こんなことに時間使ってる場合じゃねーんだわ、これが!」
俺は両手をパンパンと叩きながらそう言い、強引に話を切り替えようとする。
自分でも言ってて悲しいからね。こういうの。
『あ、えっと、私は面白いって思いました…?』
「もう、何も言わねぇでください…。ほんとに泣けてくるからさ…。」
最悪のタイミングでのエテュミアさんの天然炸裂に俺の心は打ち砕かれた。
フォローには全くもってなっていなかったフォローだが、フォローしたかったという心意気を行動で示したことが俺に対してのある程度のフォローに…なってるかもね。
もう自分でも何言ってんのか分からん。
「ハイハイ!これでこの話おしまーい!次、火。ファイヤーね!燃えるもん集めてくるわ!」
『『『『・・・。』』』』
何ですか。またですか?またまた変なこと言いましたか。
また俺なんかやっちゃいました?
これは違うか。
「なんかもう嫌な感じするけど、どうなさいました?」
『いやぁ、ね…?』
鳴宮さんの呆れたような声が聞こえてくる。
「な、なんだっ!?はっきり言ってくれ!火をつけたい!だから燃えるもんを集める!俺は何かを見落としているのか!?」
もう俺の全身から変な汗が吹き出しまくっている。
どうしてくれよう。この空気。
頼む、誰か。誰か俺を助けてくれ。
『君さぁ…。』
(ゴクリ…。)
俺はゴクリと生唾を呑みつつ、鳴宮さんからの言葉を待つ。
彼が何を言うのか、俺には予想が全く…
『自分の拾った「|かっこいい(?)木の棒」の数も覚えてないの?』
「あ…ハイ…。」
俺は鳴宮さんからの指摘を受けて、ポーチの中に手を入れる。
そこには、おおよそ両手でも掴みきれないほど大量の木の棒が収まっていた。
『自分が何を、どれだけ持ってるのかはちゃんと把握しといて欲しいよねぇ。今後は連携も必要なんだからさぁ。』
「枝が、もりもりですね。」
『ハァ…。』
そのため息から、鳴宮さんの呆れ返って言葉も出ないような心情が、その時ばかりはこの俺の無粋の極みのような心にも深く伝わってくるように感じました。
「もしかして、俺ってバカ…?」
『いやいや、良いと思うよ?落ち込んだ時には君を見てたら元気が出てきそうだと思ったからねぇ。』
誰か…ッ!誰か俺を助けてくれぇ…ッ!!
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魔法って便利なんスねー。
火をつけるだけなら、火属性の魔法を簡単なものでも使えたら着火には十分なんだね。
いやー、それにしてもアルサス君は火属性の魔法も使えるようになってたなんて、驚きましたよー。
俺はずっと使えないらしいけどね。ちくせう。
「にしても、ホントに食って良いんスか?コレ。」
俺は、その辺に生えていた雑草を抜き、ついてた土を払ったり、根っこを洗ったりしてテキトーに処理した草を、『かっこいい(?)木の棒』を箸の代わりにして、燃えている火に近づけ軽く炙っている。
『大丈夫、多分毒はないはずだよ。もし毒があっても回復魔法が使えたら回復できるしね。味はどうか知らないけど。まあ、グイッと行っちゃおー。』
食べ物の問題を相談したら、雑草で飢えを凌ごうとアルサス君から提案された。
他に案も無かったため、渋々雑草を拾い集めたのだ。
まさか初日で食料に困ることになるとは。
明日は早めに街を見つけて、食料の問題を解決したいところだ。
そう思いながらそこら辺で拾った雑草を、アルサス君に言われた通りに肘の裏側などの皮膚の弱いところに当て、少し待っても問題がないなら少しかじってまた少し待ち問題があるか確認する、という毒があるかどうか調べるパッチテストっていう方法を試した。
その結果、多分毒はないだろうということは分かったが、それでも道端に生えている草を食べるということに対する忌避感や抵抗感が薄まることはなかった。
『危ない時のために回復魔法は僕も覚えたけど…大丈夫なのかな…。』
丸山オジさんは不安げな声を上げるが、当然俺も大丈夫なのか、という不安は持っている。
どうするべきなんだ、俺は。
「しゃーない、食うわい。食えば良いんじゃろー?食ってやりますともっ!」
俺はふざけを交えながら勇気を出して右手で掴み取った雑草を一口分雑に口に放り込み、奥歯で噛み締め咀嚼する。
一度、また一度、と歯を噛み締める度に口の中に広がる雑草の味わい。
その味は予想通りだと言うべきか、はたまた予想以上だと言うべきなのかは分からないが、その味は。
「やっぱ苦ぇわ…。」
涙を飲むほどにマズかった。