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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
7/26

七話 溢れ出す活力、なかなか始まらない冒険

「そろそろ、僕の話を続けても構わないかな?」


 ルーサーは俺達の会話の流れを見て、今のタイミングを逃せば喋り出す機会をしばらく逃してしまう、と素早く理解したかのようにそう口に出した。

 俺としても、あのままの雰囲気でどう場を保ったべきか全く分からない。

 彼が実際どう思っての発言かは俺の推測でしかないが、結果としてかなり助かった。

 俺はそう思いながら返事をしないでいると、丸山オジさんが代わりに返事をする。


「ご、ごめん!なんだかこっちで話し込んじゃって…。」


 申し訳なさそうにそう返事をした丸山オジさんに対して、ルーサーは特に気にした様子もなく答えた。


「言葉以上の意味はないさ。他に話したいことがあるなら気にせず話すと良い。」


「えぇっと…ちょっと気を遣わせちゃったかな。でも、もう大丈夫だよ。話の続きをお願いできるかな?」


 丸山オジさんがそう言っている間に、少し前には俺に集まっていた視線は再びルーサーに向き直り、俺を含む他の全員もルーサーからの話を聞く姿勢に戻った。


「ところで、さっきまでと話は少し変わるが、君達は向こう側で遊んでいる間は何か武器が必要になると思うが、僕からの支援の一環として、君達に専用の武器を用意しようと思っている。構わないかな?」


 そういえば、向こう側では魔物が現れるのだから、ルーサーの言う通り確かに武器は必要だ。

 修行前ではスライムと遭遇し、持っていた木の棒を武器の代わりとして使うことで、運良く勝利できたが今後も木の棒一本でやっていくのは厳しい。というか少なくとも俺は無理だろう。

 それに、少なくとも俺は剣を持って戦うつもりなのだが、他のみんなの扱う武器がどうなのか分からない。

 そうである以上、俺と同じもので事足りるのかどうか。

 ルーサーに改めて言われるまでは俺は全くそのことを気にしていなかったが、考えてみれば何かしらの手段を講じねばならない、深刻な問題だろう。


「確かに武器の問題はあるよな。俺は別に用意してもらって良いと思うんだけど、他のみんなはどう思ってる?」


 ルーサーからの提案に対して、俺は寧ろこちらからお願いしたいくらいなのだが、武器の用意に関しては俺一人の問題ではない。

 それぞれ表に出る人が交代する以上、他のみんなの都合も鑑みるべきだ。

 そう思い、俺は他の四人にも意見を求めた。


「僕もルーサー君に頼めるなら、手頃なものを用意してもらいたいかなって思うよ。」


「僕は別にどぉでも?ま、作ってくれる方が楽になるなら作って欲しい、って言っとく。」


「僕はお願いしたいかなー。それなりに武器とかにはこだわりがある…というか、使い心地は気にしたいし。できれば修行中に使った感じのとかを再現してほしーかな。」


「わ、私はルーサーさんにお任せします…。」


 エテュミアさんはお任せで、他は俺を含めてどちらかと言えば作ってほしいとか、とても作ってほしいとかの意見が優勢のようだった。

 というか、もうほぼ全員が作ってほしいとは思ってるってことで良さそうだ。

 ルーサーもそれを把握したようで、俺達に返事をした。


「ああ、了解した。当初の予定通り、全員分の武器をカバーできるモノを最後に渡そう。その他に渡すものは…地図とポーチか。」


「おーん、地図とポーチ?あー、まあ、念のため説明してくれたまえよ。一応イメージはできてんだけど、念のため、さ。」


「良いだろう。まず、地図の方だが…。」


 ルーサーはそう言いながらいつの間に手に持ったのか、彼の右手の中にはあまり見慣れない物体が握られていた。

 その物体は、一般的なスマートフォンよりも少し厚く上下左右の幅はスマートフォンよりも少し狭いサイズ感の、黒色の直方体の形をしていた。


「あ、コレが地図?紙のじゃないんだ?ちなみに、どう使うの?」


「それは今から説明しよう。まずはここの留め具を外す。」


 ルーサーは、スマホを持つようにその物体を手のひらの上で持ちながら、慣れた手つきでもう一方の手でその物体の中心の留め具のようなものを外した。

 そのままの流れで彼は説明を続ける。


「この面の対角どちらかをそれぞれ摘み、広がる方向に引け。そうすれば起動する。だが、あまり力は込めすぎるな。」


 ルーサーは自身の説明の通りにその物体を動かすと、タブレットくらいのサイズだが、その中にはタッチパネルのない、タブレットのフレームだけの部分のような形になった。

 そう思っていた直後、フレームの内部に半透明な画面が生成された。


「んお。なんか出た、けど真ん中にある変な点以外なんも映ってないぞ?」


「この地図は所持者の周囲の地形が自動で地形が記録されていくものだ。その中で自分の現在位置も表示されるものだが、生憎今回が初めての起動でね。一応機械だが水気も特に気にしなくて良い、充電も不要だ。」


「ふーむ?そんなのがあるんなら、大体は迷わずに済みそうでさーね。」


「僕も、初めて行く場所ではよく道に迷うから助かるかな…。」


 鳴宮さんも納得の便利アイテム!これは頼れるね。知らんけど。

 あと、何というか丸山オジさんはイメージ通りなとこあるなと思いました。


「ほんとにゲームのマップみたいなのをイメージしたら良さそうッスね。ずっと使えるアイテムみたいな?良いね、オープンワールドにはピッタリ。」


 この地図だけでも結構便利そうだ。

 現実世界なら、スマホで事足りるかもしれないが、ゲームの世界の方にはスマホがあるとは限らないからな。ま、こういうのがあるのもゲームの世界なら全然アリか。

 これだけでも今後の冒険の快適さが違ってきそうだ。

 それにもし、なかなかハイテクだからお金に困った時にはこれを売れば少しは…。


「予め言っておくが、僕が与えた物を故意に紛失、売却などをしようものなら、それ相応の対応を覚悟することだね。」


 な、なぜバレた…。

 というか、そもそもバレないことの方が少ないのなんでだ。


「あっははー。いやだなー、ルーサーパイセーン。そんなことするわけないじゃーないッスかー。」


「そうならそれで良いさ。さて、次はこれだな。」


 ルーサーは俺のテキトーそうな言葉を軽く流し、次の道具の説明に移る。

 コヤツ…俺様のノリを簡単に流しやがる…。さては、慣れてきやがったなッ!

 俺がいつものように、冷静に振り返ってみれば自分でもバカなノリだな、と思う考えをしているのを尻目にルーサーは次の道具を取り出す。

 ルーサーの先程の説明から考えれば次渡される物はポーチの筈だ。

 そう考えていた通りにルーサーはポーチを取り出した。

 今思えば、ポーチって厳密にはどういう物のことを言うんだ?

 ルーサーがたった今取り出したポーチは、さまざまなゲームとかでたまにありそうな、腰に巻くベルトと一体化してるタイプの物なんだが、イメージの中では肩に掛けるタイプのポーチもあるにはあるような気がする。

 ってのは別にどうでも良いか。


「関係ないけど、ルーサーパイセン。そういうのってどっから出してんの?明らかにソレしまえるスペースないじゃん。」


「このポーチはベルトと一体化している物だ。これには多少細工を施していてね、見た目以上に物をしまって置ける。容量は隆公(きみ)の世界の一般的な背嚢より多少大きい程度だ。ポーチ3つをそれぞれ人数分用意しよう。3つのポーチの内の1つは君達全員で中身を共有するようになっている。回復薬は共有するなど、荷物の分配は好きにすると良い。とりあえず、君達はそれぞれ自分に合うようにそれを身につけておくと良い。」


 ルーサーは俺の言葉に返事をすることもなく、説明に関わる部分を一つ一つ指を差して確認しながら説明している。


「うんうん、あんまり目立たないけどこういう収納も旅をするには助かるよね。」


「これなら食べ物とかも沢山入れておけそうかも…?」


 へー、無視ですか。そうですか。

 ちなみに、エテュミアさんは甘い系のお菓子が大好きみたいで、どういう訳か普段の精神世界の中で食べてる時もあります。どうやるんだろ、アレ。

 それはさておき、見た目以上に物をしまっておける系のバッグやらポーチやらは、多くのゲームやアニメなどで特に説明もなしに搭載されてることも多い。

 昨今は容量が無限だったり、なんなら荷物にすらならない場合もあるが、今回はそこまで便利な物はもらえないようだ。

 とはいえ、アルサス君の言う通りこれだけでも冒険の快適さは変わってくることだろう。

 そう思っていると、ルーサーは独り言のように小さく呟いていた。


「ふむ、少しばかり金も渡しておいてやるか。」


 ルーサーはそう言って、何枚かの硬貨を袋に詰め、その袋を雑にポーチの中に投げ入れた。さっきの説明であった中身が共用のポーチみたいだ。

 わーお、お金まで?思ってた以上に支援が手厚くて助かる。

 そういえばこの後にも、武器くれるって言ってた筈だ。楽しみ〜。

 俺たちはルーサーに言われた通りに各々ポーチを身につけながら、俺は頑なに俺と視線を合わせようとしないルーサーに対していつものふざけた態度を崩さず声をかける。

 なんでそこまで、明らかに逆効果そうなことを続けるのかと聞かれれば、それは(無駄な)意地だからという答えに他ならない。


「いやー、どーもどーもありがとうごぜーます。ルーサーさんには頭が上がりまへんなー!」


「さて、次は武器だが…それはここの外の世界で隆公(かれ)のポーチの中に入れておく。武器は共用だからそこは気にしておけ。」


 ルーサーは俺を指差しながらそう言った。

 なんかコイツ俺の言葉結構無視して来てない…?

 そんな…俺が発言の内、大体は意味のないことしか喋らないヤツみたいに…!うん、大体そうだな。

 ならしゃーなし。そこは多分変わらんからな。

 って、ちょっと待て。

 俺たち全員戦い方とか使う武器とか大体違うからそれぞれカバーできるようにするって言ってたのに、武器が共用ってどういうこった!?


「お待ちくださいルーサーパイセン。全員戦い方とか武器とか違うのに、武器が共用ってのはどういうことなんです?」


「確かに、言われてみれば…ルーサー君、一応僕たちにも説明をお願いしても良いかな?」


「良いだろう。だが、詳しく説明するなら少し長くなるから手短に言わせてもらうが、所有者の望んだ形に変化し所有者の成長とともにほぼ無限に変化、進化する可能性を持つ武器だ。君達の内の誰かが手に持つだけで、所有者の望んだ形になる。名前は、『可変装具・ワイル』だ。細かいことは実際に使ってみて、それでも分からないことがあればまた呼んでくれ。」


「あ、そーなのね。おっけー分かった。」


「よく分からないけど、便利な道具が武器になるんだね。完璧に理解した。」


 分からないと自分で最初に言っているのに完璧に理解した、というよく分からないセリフを仰ったアルサス君はまあ…なんだかんだでそつなくこなすんでしょう。

 何はともあれ、無事、疑問解決!

 必要そうな支援は充実してるし、これからは色々楽しく遊べそうだ。

 いやー、流石ルーサーパイセン。彼ともあろうお人が、何の解決策もない状態で上から目線で話すことなんてある訳がなかった!

 ウン、最初から信じてましたとも。

 いつでもどんな時でもアホな俺を他所にルーサーは普段通りの態度を一切崩さず、言葉を紡ぐ。


「さて、簡単な説明は以上だ。各人、他に何か質問や今のうちにしておきたい準備などはあるか?」


「オラはなーし!」


「僕も特に。」


「今は大丈夫だよ。何かあったらまたその時にかな?」


「僕は梨。ウソ。」


「わ、私も大丈夫です!」


 アルサス君一人、ドレッドノート級でド級のトンチキ発言があったのはさておき、誰もこれ以上の質問などは無いようだ。

 これでようやく…俺の乱れに乱れた体感時間で、丸2日分くらいの修行が終わる。

 やっとゲーム本編が始まりを迎えるに違いない!

 マジ、10分とかで終わる簡単なチュートリアルを想像してたら長すぎて早速バグ発見かと思っちまったくらいだ!


「なら、これで僕からのチュートリアルは終わりだ。君達さえ問題なければ、外の世界へ復帰させたいところだが、それで構わないかな?」


 ルーサーのその発言に対して、俺たちは迷わず返事をする。


「大丈夫だ、問題ないっ!」


「はいはい、僕も大丈夫だよ。」


「僕も大丈夫、準備万端!お願い、ルーサー君。」


「初めての冒険だけど、なんだか懐かしい。なーんてね。」


 俺たちがそう返事をするとルーサーはパチンと指を鳴らす。

 それに呼応するように、俺たちの周囲に広がっていた草原が黒い闇に呑まれていく。

 闇に呑まれているが、それは消えていっているという訳ではない。

 俺が初めて精神世界を知覚し、彼らとの邂逅を果たした時からこの空間には光が無かった。

 目で見えていた訳ではないが、どういう訳か彼らの姿形を認識できていた不思議で空っぽの空間、それが本来のこの場所だ。

 改めて、さっきまでの精神世界は飽くまでルーサーが一時的に作り変えただけのものであるということを俺は実感していた。

 そんな時。


「えっと、私も大丈夫です!」


 エテュミアさんが俺たちに遅れて、消え入りそうな声を無理矢理に跳ね上げそう言っていた。

 とはいえ、結局は何の問題もないという連絡以上の意味は無く、ルーサーによる精神世界内の修行場の消滅は滞りなく進んだのだった。


______________________________________________________


「んおっ!?おー、戻ったんか。」


 ルーサーが精神世界の中の修行場を消滅させ始めてから、俺はその途中まで意識がはっきりしていたにも関わらず、ある時点から突然、以降の記憶が途切れている。

 俺の感覚で言えば、消滅中のある時点から自分自身の意識が突然に途切れ、次に気づいた時は修行が始まる前にスライムと戦った場所に立っていた、という感覚だ。

 今の状態で精神世界の方に意識を向けると、修行中の空間は影も形も感じられず、いつも通りの感覚に戻っていた。

 精神空間の中ではルーサーの気配が希薄になっており、おそらく今は、呼ばれない限り出る気はないモードになってるってことなのだろう。


『それじゃ改めて、冒険の始まりだねぇ。ま、頑張ってなよ。』


『うん、僕達の力が必要になったら呼んで…って、そういえば代わるのってどうやれば良いんだろう…?』


 あ、言われてみればそうだ。

 おそらくルーサーのことだから、俺たちへの特性の付与というのは既に終わっているのだろう。

 それなら、後は交代の仕方を把握するだけなのだが…それに関しては俺達自身が試行錯誤するしかなさそうだ。


「そうッスね…。やっぱり代わり方は分かっといた方が良いと思う。だから、協力してもらっても良い?」


『うん、良いよ良いよー。代わって代わってー。』


『わ、私も協力します!』


 よし、じゃあ早速今から交代の練習をしよう。


「んじゃ、この中で誰から代わりたい?手ー挙げて。」


『代わって代わってー?』


「おーけー、アルサス君。良いですよー。」


 とは言ったものの、何をどうしたら、何がどうなったら代わることができるのか全く分からん。

 多分、感覚的な部分が重要になってくるはず!自分の能力のことだ。大体は感覚に違いない。


『それで、どうやったら代われるのー?』


「いや、オラは分からんよ?」


『うーん、じゃあやってみたいようにやらせてもらうよー。』


「お任せいたしましたー。頼んだ。」


 そう思って俺は目を閉じてボーッとしながらアルサス君と交代するのを待つ。

 にしても、俺の中に居る別の人と入れ替わるってのはどういう感覚のもんなのか。

 経験ねーから全く分かんないですなー、ほんと。

 ま、とりあえずしばらくはアルサス君が代わろうとしてるのを待つか。

 そう思いつつ、目を閉じてボーッとしたままの時間が数秒程経過した。


「あ、これってできてるんじゃないかな?」


 ナヌッ!?

 一体いつの間に代わったんだ!?

 そう思って俺は慌てて目を開く。

 だが、ゆっくりと開けていくその視界には、目を開く以前と全く変わらない景色が広がっていた。


『なーんだ、代わってないんじゃん。もー、びっくりさせないでよねー。』


 いや待て、おかしい。

 確かに今の俺の視界に映る景色には何の変化も無い。

 だが、さっき俺が言葉を発した際には、俺の体の感覚が一切伴っていなかった。

 なんというか…俺の意思から発された言葉が物理的な変化を介さず、直接俺自身に届いているような…。

 今、気づいた。

 この感覚、普段の精神世界で他のみんなの声が聞こえてくる時のものと全く同じだ。

 そういえば、さっきも急にアルサス君に言われて急いで目を開けたつもりだったけど、急いで目を見開いた、という割には瞼が開く、という肉体を伴った感覚が一切無かった。

 だけども、俺自身はその感覚の差に違和感を覚えることも無かった訳だ。


『うーん、どういうこった?』


『あれっ、いつの間にかアルサス君と隆公君が入れ替わってる…?』


『あ、こんちゃーす。こっち来ました。オレでーす。』


 丸山オジさんに声をかけられた俺はとりあえず返事をしておく。

 それから間をおかず、俺が精神世界の中に居て、代わりにアルサス君が居なくなっているということから状況を察した鳴宮さんが声を掛けてくる。


『どうやら、彼の言ってた「切り札(ジョーカー)」っていうのは嘘じゃないみたいだねぇ。そうと分かれば早めに代わり方を覚えておきたいんだけど。もし僕が今君に質問したら、説明できる?』


『多分ムリだね。アルサス君にも協力求ム。』


『ま、多分そうだろうとは思ってたよ。』


 俺たちが精神世界の中でそうやって話をしている間、よく見るタイプのマッスルポーズ…確か、ダブルバイセップスだったか?

 そのポーズをしながら左手、右手という順番で自身の上腕二頭筋を見ていたアルサス君がこっちに声をかけて来る。


「りょーかい。何を説明すれば良い?」


『それじゃあ、悪いけど色々聞かせてもらうよ。じゃ、一つ目、交代する方法はどうやれば良さそう?』


「僕の目線での感覚だけど、幾つか交代前にしておくべきことがあるよ。まずは、今表に出てる人の体の形と動きに自分の意識を同期(リンク)させて。」


 お?俺にはいきなり分からんぞ?

 急にそんな複雑そうな話をされては困ってしまいまする。

 そんな風に頭の上に?マークを浮かべる俺をよそに、アルサス君は話を続ける。


「どんな体の形をしているのか、とか、今どんな動きをしているのか、動いてないならどんな姿勢をしてるのかがなんとなくでも分かるようになれば良いと思う。」


 え、そんなん分かるの?

 知らんかった、つっても俺はこれまでずっと表に出てたし感覚が分かりにくいのは仕方ないか。


『なるほどね。なんとなく分かるよ。君は今…何してんのそれ…。長座体前屈…?』


「うん、せいかーい。」


 いやいや何やってんだ、と。

 いやまあ、長座体前屈はやっちゃダメっていう訳じゃないんだけどね。

 別にやりたいってんだったらやれば良いと思うけどさ。

 なんか、他にもやりたいこととかあるもんなんじゃないのかって思いました。

 フッ、(反応に)困ったヤツだぜ。マジで。


「よいしょ、っと。それができたら、後は感じてる体を自分の体を動かすのと同じ感覚で動かそうとすれば、代わる前にできることはおしまい。それで代われてないなら、他にも条件があるってことだと思うよ。」


『なるほどね。それじゃあ、その条件っていうのに何か心当たりはある?』


 そう言いながら鳴宮さんは俺に視線を向けていた。

 どうやらさっきの質問は俺に対してのものらしい。


『えっ、俺ッスか?なんで?』


『なんでも何も、僕は彼の言ってた意識と体の同期(リンク)まではもうできてる。だけど、そこから先の自分の体を動かすのと同じ感覚で体を動かそうとする、っていうのはやってても代われてない。意思だけでいいのかこっちの空間で動いていないといけないのか、少なくともこの二要因だけじゃ足りないってことらしい。』


 鳴宮さんは俺にそう説明している間も、片腕を軽く軽く振ってみているようだ。

 これでも代われていないなら、他にも条件があるはずってことか。


『あー、じゃあ。つまり一応メインとしての俺が何か関係あるんじゃないかってことッスね?』


『そういうこと。それで、何か心当たりは?』


 他の条件に心当たりなんて言われても、そんなのは特に…。

 いや、待て?もしかしたら?


『あー、分かったかも。一応、いつでも代われるように準備しといて?』


『はいはい、了解。』


 多分だけども、他のみんなが表に出て交代するには俺の許可が必要なんじゃないか、と思いました。

 さっきアルサス君と交代ができたタイミングは、俺が彼に交代を頼んだ直後だった。

 それを口に出す必要があるのかどうかは分からないが、今の状況から判断できる限りでは許可が必要な可能性はあり得るはずだ。


『アルサス君、鳴宮さんと変わってOK!って思ってみてよ。』


「はいほーい。代わっておっけー。」


 アルサス君がそう言った瞬間、今俺が居る精神空間の中で感じていた鳴宮さんの存在感が希薄になり、それと入れ替わるようにアルサス君の精神空間の中での存在感が明瞭に現れた。


「おっ。代われた代われた。感覚的には目立つタイムラグも違和感も無いねぇ。」


 どうやら、アルサス君が交代を許可したと思われる瞬間に鳴宮さんはこの場から消え、アルサス君と入れ替わったらしい。

 どうやら、交代するために、表に出てる人と中に居る代わりたい人との相互許可が必要なんじゃないか説は合ってたっぽいッスね。

 だとしたら、複数人が同時に出ようとしたらどうなるのか、とか結構色々気になることが出てくる。


『ただいマンゴスチン。戻ったよー。』


 なんそれ、マンゴスチン?

 語呂は良いが、マジでなんだそれ?

 言われてみれば俺の母さんも買い物とかから帰ってきた時、偶に言っていたような…それか。

 後で調べよ。

 俺がそう思考の中で寄り道している間、表に出て軽く体を動かしていた鳴宮さんが口を開く。


「自分の体じゃ無いからか分かんないけど、普段ほど上手く動けないっていうか、違和感があるっていうか。体の動きをチェックをしたくなるっていうのは分からなくはないかもね。長座体前屈はしたいとは思わないけど。」


 長座体前屈の話はともかく、鳴宮さんが言うことから考えると、俺と代わって表に出たら何かしら弱体化効果が加わるとかそういうことがあるのかもしれない。


『あ、そうなんですかい?アルサス君、さっきはどうだった?何か変な感覚とかあったりしました?』


『僕の感覚だと、ちょっと上手く動けないってよりも、全体的に動きが制限されてるように感じたよ。反応が鈍いってだけじゃなくて、体の動きも全体的にかなり遅いって感じたかな。』


 感覚が鈍ってるのか、運動能力が低下しているのか、この状況からはまだ断定はできないが、何かしらのマイナスの効果が発動するのかもしれない。

 っていうか、そういう重要そうなのは早めに言ってくれないとびっくりしちまうぜアルサス君!


「ま、今は軽く慣らすくらいで良いとして。次はそろそろオジさんの番じゃない?」


 鳴宮さんは話を軽く流しながらそう言った。


『分かった!準備するよ。あ、あと、普通に反応しちゃったけど、オジさんっていう歳じゃないから!』


 丸山オジさんも、鳴宮さんからオジさんと呼ばれることに慣れてきたのか、最近では少しずつ自然とナチュラルに反応し始めた。

 自然とナチュラルに。

 文章の前後で同じようなことを二回言う構文ができた気がする。

 そんなことはさておき、鳴宮さんは多分オジさんって呼んで、オジさんがそれにオジさんじゃないって反論するのをお決まりの流れにしようとしているのかもしれない。

 俺がそう思っている間に、鳴宮さんと丸山オジさんがスムーズに入れ替わっていた。

 何かと言いつつ相性悪くはないんじゃないか、あの二人。


「あ、代われた!なるほど、こんな感覚なんだね。でも…。」


『やっぱ、オジさんも体の動きとかに違和感ある?』


 オジさんも体に違和感を感じるなら、俺と代わって表に出た人にはマイナスの効果が発動するっていうことはほぼ確実とみて良いだろう。

 それでも一応、エテュミアさんも含めて全員分の確認をしておきたいものだが、とりあえず今は丸山オジさんからの言葉も聞いておこう。


「僕は特に違和感とかは感じない…というか、普段よりもちょっと動きやすいくらいなんだけど…。」


 そう答える丸山オジさんは、腕を回したりその場で足踏みをしたりなどしていた。

 そんな彼の動きは、彼の言葉通り前見た時のような動きの緩慢さがどこか薄れているようにも見える。


『えー、どゆことですか?全員がちょっと動きにくくなるとかそういうのかと思ってたんスけど。』


『ほんと、なぁにが違ってこんなに差が出るんだろうねぇ?』


 えーっと、今のところはアルサス君と鳴宮さんにはちょっと動きにくくなるとかの良くない効果があるのに対して、丸山オジさんだけは普段よりも良く動けるっていう良い効果がある。

 今明らかにしたいのは、それらが何を原因とし、どういった基準をもとに良い効果や悪い効果を発動させるのか、ということだ。

 まあそれはそれとして、そろそろエテュミアさんとも交代するくらいの時間は経っただろう。

 エテュミアさんはこういう、話に途中から加わるのとかそういうことを積極的にしようとすることが少ない、というかそういうの苦手そう。

 今回もその例に漏れず、しばらくの間会話に入るチャンスを逃したまま少し離れた位置でおどおどしていた。


『あ、そうだ。エテュミアさんは?』


 俺はエテュミアさんの方に体を向けながらそう言った。

 その声に対してエテュミアさんは、びくっと体を一度震わせ返事をした。


『は、はいっ!えっと、隆公くんの身体能力を基準として、交代した人の身体能力もそっちに近づくようになってるのかなって思います…?』


『うん?それってどういうこと?』


 俺が色々と省略して話しかけたのは悪かったが、なんだか俺の予想していた話題と大きく外れてしまった。

 うーんと、話の流れから考えるに俺は、『そろそろエテュミアさんと代わっても良いんじゃないか。』という意味で喋り出したのだが、おそらくエテュミアさんの方は、鳴宮さんの『何が違ってこんな差が出るのか。』っていう発言に関して、エテュミアさんにどう考えているのかを尋ねられた、という風に解釈したのだろう。

 さっきの俺みたいな省略しすぎた発言もこういうちょっとした困ったことを招いてしまうのかもしれない。ちょいと気をつけよ。


『そ、そうなんじゃないかなって思ったので…。』


『あーね!そう言われれば確かに、そんな感じするな。』


 エテュミアさんの仮説を聞いて判断すれば、アルサス君と鳴宮さんの身体能力が低下して、丸山オジさんの身体能力が上昇した理由が説明できる。

 すごいね。


『なるほど、つまりは俺の運動神経が下から二番目ってことを再確認できたワケですね。悲しーな、オイ。』


 まあ確かにそうでもないと、超強い敵が出た時には、俺よりも身体能力の高いアルサス君とかが俺の代わりとしてずっと表に出てたら万事安心じゃね?っていう感じになりかねない。

 そういう考え方をすれば、この現象は良いバランス調整になっていそうだ。

 つまり、これから俺が成長すればするほど、鳴宮さんやアルサス君も少しずつ元通りの力を発揮できるようになっていくに違いない。

 こういう風に成長の楽しみがあるのは頑張る理由になるだろう。気のせいかもしれないが、そう思ってからは俄然やる気が出てきた気がする。


『そういえば、アルサス君。俺と交代した時って身体能力どんくらいになってそう?』


『多分、普段の君の倍くらいになってるかな。』


『下がっててそれ?』


『うん、激減してて。』


 早速めげそう。

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