六話 『切り札』の誕生
俺はあれから、体感時間でも…どれくらいなのだろうか。ただひたすらルーサーから課される修行をこなした。
既に時間の感覚が無くなっているので、どれくらいの時間が経ったのかはもう分からない。
丸一日くらいか、それとももっと長いのか。
体力の回復に時間を要さないことや、食事などの必要もなく空腹感なども感じないこと、この場の景色はどれほどの時間が経っても変化しないことが、尚更俺の時間感覚を狂わせていった。
修行の内容に関して、他の人がどうなのかは知らないが、俺の修行では魔力を持たない俺が魔法の代替として戦う術を学ぶと同時に、敵からの攻撃を避けることに極めて重点的に鍛えられた。
剣一本だけ持たされて、白い靄が集まって人型や魔物っぽい形になったりする仮想の敵を相手にする実技型の訓練を、持久走の以後は只管に繰り返していたのだ。
そのおかげで俺が何回仮想の敵からぶっ叩かれたり、ぶった斬られたりすることになったか。それ全部、ちゃんと痛かったからね。
ルーサーも、最初は然程速くなく、攻撃もそこまで痛くない敵から徐々に強くすることで、攻撃を受ける痛みと攻撃の回避それぞれに少し慣れさせてきた。
正直言ってキツかったが、俺にとって耐えられないほどキツいというレベルには行かないように気をつけつつ、精神的な部分のための休憩も必要最低限だけだったがとらせてくれた。
全く上手いヤツだよ。
まあ、少し慣れただけで痛ェのはめちゃめちゃ嫌なのは変わりないんですがね。
それで考えれば防御力上げて敵からの攻撃を受け止める、所謂盾職は俺にとって最もやりたくない職かもしれない。
そんな俺個人の希望の上、更なる要因として俺に魔力は無いし特別何かの武器の経験があるわけでもないことが、必然的に俺ができる戦い方も限られたものにしたのだ。
その中で、俺が回避に重点を置いた剣士になる、というのは必然だったのかもしれない。
それはそうとして、俺はルーサーから『気』というもんの使い方を魔力の代わりとして教えてもらったんだけど、コレは…ね。
俺は今はあんまり好きじゃないかもしんないです。ハイ。
簡単に言うと俺の中にあるエネルギーを消費してちょっとした状態異常の回復やステータスの強化などを行えるようだが、対象は俺自身だけ。
現状自分以外には使えなくて、攻撃技も使えないらしい。
気って聞いたらさ、空飛べたりとか…さ…ビームとかさ…。
まあ良い、無いものねだりはもうおしまいですわい。
慣れたら魔法の方の強化よりも早く発動させられるようになるらしいし、いろいろやってたら慣れるっしょ!
まあ、今はまだ連続可動時間が全然ですけども。
俺は簡単に修行の内容を振り返る。
今は既に修行は終わりとされ、外で使う時用の旅装を貰って、ルーサーに集合地点として指定された場所まで移動し終えたところだ。
旅装は俺だけでなく、丸山オジさんと鳴宮さんにも渡してるらしいが、アルサス君とエテュミアさんはもともとの服装で問題ないらしい。まあ、現実世界の方ではあんま見かけない服装だったし、ゲーム風な世界ではそっちの方が一般的なのだろう。
あと心なしか、修行前の時よりも少し移動が長かったような気がするが、そんなことはもう曖昧すぎる記憶なのだ。
マジ修行キツすぎて忘れたわ。
「そういやさー、ソイヤッサー。まだ俺全然ザコだと思うんだけど、ほんとにもう修行終わりで良いの?」
「ああ、口惜しいことだがね。この場で今出来ることは全てやった。もしまたの機会があるとすれば、もう少し君の体力や身体能力、気の慣れが改善されてからだな。」
「なるほどなー。つまり、俺が弱いと。」
「そうだ。」
泣けるね。分かってたけど。
まあ、どんなゲームでも最初から主人公が最強で始まることはない。
力が無いから工夫して戦う、上等じゃないか。
ちなみに俺の嫌いな言葉は、一位が応用、二位が工夫、三位が発展だ。
「さて、他もそろそろ到着する頃だ。全員揃ったら少し話したいことがある。君もそろそろ立ってはどうかな?」
地面に仰向けになっている俺に対してルーサーは、やれやれと呆れたような表情を浮かべながらそう言った。
「うぃっす。りょーかい。」
正直もう少しこのまま横になっていたいとは思うが、他のみんなも戻って来るというのに、こんなだらしなく横になった姿なんて見せたいとはあまり思わない。
俺は膝が腹に当たるくらいに下半身を持ち上げ、それをまたまっすぐと伸ばす時の勢いを利用してサッと上半身を起こし、それからゆっくりと立ち上がる。
俺が立ち上がったタイミングで、遠くから誰かが歩いてきているのが見えた。
あれは…誰だ!遠くて分からん。
「おーい!誰か分からんが、おーい!!」
俺は手を振りながら近づいてくる人影に呼びかける。
その人影はまだ誰なのかの判別はつかないが、その人影はどこか気怠げに右手だけを少し持ち上げ掌を少しヒラヒラと揺らしてすぐに手を降ろす。
間違いない、アレ鳴宮さんだ。
徐々にこちらに近づいてくる人影の形からも、今の時点ではなんとか判別できるくらいにはなった。やはり鳴宮さんだ。
それを他所に、少し違う方向からも同じように人影が近づいてくる。
「今度は誰だ?身長的にエテュミアさん以外かな。おーい!誰なんだー!?」
その人影は俺の呼びかけに気づくと、少し小走りになりながら右手を大きく振り返してくる。
その数秒後、小走りになった歩みはすぐに減速し元よりも少し遅いくらいの歩みになった。
丸山オジさんだね。
俺が二つ目の人影を丸山オジさんだと気づいた頃、別の方向から歩いてきていた鳴宮さんが俺の程近くまで歩いてきた。
そして、ニヤニヤと笑いながらこっちに悪戯っぽく話しかけてくる。
「やーぁ、少しぶり。そっちは魔法の修行、順調だった?」
「一言目から舌好調ッスね。そもそものスタートラインに立ててたら、良かったか悪かったかって言えたんスけど。」
「あははっ、まあ、元気出しなよー。」
「ちぇー、自分で言っときながら…ホント調子良いッスねー。」
俺は魔力を持っていないため、魔力の修行などするべくもないことは鳴宮さん自身、既に分かって言っているはずだ。
それを一言目から俺へのからかいの種にしてくるとは、流石鳴宮さんだ。悪い意味で、流石。
俺と鳴宮さんがそんな会話をしている内に、そこへ丸山オジさんも合流し、俺たちに向けて声をかけてくる。
「二人とも、先に来てたんだね!他のみんなはまだ来てないかな?」
丸山オジさんが話しかけて来たのに対して、俺が答えようとしたのよりも早く鳴宮さんがわざとらしい態度で返事をする。
「いやぁ、他のみんなはオジさんが遅いからって先に行っちゃってさぁ。僕たちは、それは可哀想だからってわざわざ待ってあげたんだよ。」
鳴宮さんは普通に嘘をつくなぁ。
まあ流石の丸山オジさんでもこんなに分かりやすい、ウソっぽいウソに騙されることは…。
「ええっ!そうなの!?」
騙されるんかいっ!
いやいや、明らか〜にふざけてる態度ですやん!
まさかまさか、そんな分かりやすいウソを信じる素直なおっちゃんやとは思わへんかったさかい、急に変な関西弁っぽくなったんと相まって、スンゴイ丁寧なツッコミっぽくなってもうてますやん!
うーん、コテコテ。
俺は少し笑いを堪えきれずに鳴宮さんの発言の訂正をする。
「いや待って、丸山さん。そんなことないから。全然ウソだから。みんなまだ来てないだけだから。」
「そ、そうなの?嘘で良かった…びっくりしたよ…。」
「ちぇ、つまんないね。君、ちょっとネタバラシ早くない?もうちょっとからかってからでもさぁ…ま、別に良いけど。」
嘘だったと分かり胸を撫で下ろしている丸山さんと、つまらなそうに唇を尖らせる鳴宮さんと、残りの誰かが来ていないか定期的に周囲を見回す俺。
しかし、残りの二人は他の二人と比べても一向に来る気配がない。
「そういえば、アルサス君とエテュミアさんは?どんな調子?」
俺達三人の会話になるべく巻き込まれないように、無言を貫いていたルーサーに俺は問いかける。
「気にすることは無い。二人とも程なく合流するはずだ。」
ルーサーは簡単にそう言い切ると、素早く口を閉じて片手にいつからか手に持っていた本を開いて読書を再開し、話しかけるなオーラを振り撒き始める。
必要以上に話しかけるな、ということか。
程なく合流するとルーサーは言ってはいるが、その割には後の二人はまだ影すらも見えない…。
もしかしたら二人は全力ダッシュで来る、とかかもしれない。
前やった持久走の時の走りはおそらく全速力ではないと思う。
あの時よりも速く走って来ていると仮定すれば、程なく合流できるというのも間違った話ではないだろう。
まあ、そうは言ってみたものの流石にそんな感じではないかな…?
ボン。
「ん?何の音だ?」
突然、そこまで大きな音ではないものの、聞き逃すこともそうそう無いような大きさの音が辺りに響いた。
さっきの音からして、誰かが遠くで発砲したのかのような…いいや、違うか。
これは…発砲音と言うより、爆発音か?
俺は不審に思い爆発音のした方を見てみるが、爆発した地点と思しき場所からほんの少し煙が立つばかりで、それ以外は特に何もない。
「な、何か音が鳴ったけど…僕の気のせいじゃないよね?」
「確かに僕も聞こえたけどさ…何も無いよ?」
鳴宮さんと丸山オジさんも不審に思い爆発音の聞こえた方を見ているが、今この場にはそれ以上に現状を進展させる要素はない。
一体誰が、何のためにそんな爆発を起こしたのだろうか。
「どうする?ちょっと見に行くッスか?」
「行くなら僕も着いて行くよ。やっぱり気になるって言うのもあるし。」
「はぁ、合流地点はここなんだし別にわざわざ動かなくても良いでしょ?ホントに行くっての?」
確かに鳴宮さんの言うことも一理あるが、もし何かアクシデントがあったら良くない。
何よりやっぱり気になる。
「んじゃ、丸山さんは一応着いて来て、それで鳴宮さんは他の人が来た時に、来た人に報告するとか…。」
「それなら、僕は周囲を警戒しながら護衛で良い?」
「あぁ、アルサス君はそれでお願い…ん?アルサス君?」
青年の声が聞こえてきた、俺の背後へとゆっくりと顔を向ける。
そこには俺と同じくらいの身長で、顔立ちの整った金髪青眼の、羨望より先に嫉妬が…じゃなくて、嫉妬より先に羨望が出てくるようなイケメンが立っていた。
危うく危ねー。あと二ミリで建前と本音が逆になるところだった。
俺の完璧なポーカーフェイスでこのことは誰にも悟られてはいまい!ハハハ!
いやそうじゃなくて、いつの間にアルサス君がここに…!?
「あれっ!?アルサス君、いつの間に!?」
「さっき普通に着地してたけど高さ…ま、いいか。こいつら考えても無駄そうだし。」
丸山さんと鳴宮さんの二人も、突然現れたアルサス君に驚いていたようだ。
俺が鳴宮さん達二人と話すために少しの間だけ、爆発音のした方向から目を離した隙に、背後に立っていたということは、多分その間に着いたってことなのかな、と俺は納得することにした。
「えー、マジいつの間に?ってのは、多分さっきだろうから良いとして、それとは別に何かの爆発音っぽい音が聞こえたんだけど、アルサス君何か知らない?」
「あ、それ多分僕がバクダンで飛んできた時の音だよ。」
気のせいかな?
今、爆弾で飛んできたとか聞こえた気がしたんだけども。
爆弾で飛ぶって…流石に誘爆するとかさ…ゲームやアニメじゃないんだから。
そんなことしたら死んじゃうでしょー?嘘はだめだよー。もー。
「いやいやアルサス君。爆弾で飛ぶとかしてたら死んじゃうでしょー?冗談はもう少し分かりやすくしてくれたまえよー。俺がおバカだからってそう簡単に騙されるわけじゃないんだからねー?誰がおバカやてー?」
落ち着けよ、オレ。いちごオレ。
いくらアルサス君がかなりふざけた内容の発言をしたからと言って、自称ボケたがり星人のオレが彼のボケを正確に把握しきれず取り乱すなんてことはあってはならない。
これはオレのエンターテイナーとしての矜持、なのかもね。よく分かってない。
「それに、さ。爆風で飛ぶっていうのは良いけど、それだと普通に、吹っ飛ぶ勢いよりも自分へのダメージの方が大きいんじゃない?」
「即席で魔力を固めて作った、バクダンの爆風で別のバクダンを飛ばして、飛ばされた方のバクダンに僕がぶつかって飛ばされてきた。っていう感じだから、爆風というよりも、バクダンの爆風で吹き飛んだバクダンにぶつかって飛んできたっていう方が正しいかな。結局はどっちにしても、バクダンで飛んできたよ。」
待ってくれ、分かるようで分からない。
アルサスは「ほら、これ。バクダン。」と続けつつ、どこからともなく両手で担ぐくらいの大きさの、光を放つ不思議な立方体を取り出した。
不思議な物体だが、一体どういうものなのだろうか。今取り出した時、何も無い場所から取り出したように見えるから魔力で作り出した物なのかもしれない。
分かるようで分からないような分かりやすい説明をするアルサスを前に、俺と鳴宮さんと丸山オジさんは三人揃って頭の上に?マークを浮かべていた。
「え?えーっ…??」
丸山オジさんは何も言うことができないまま、疑問の声を上げることしかできていない。
「ハァ…これって僕がおかしいって訳じゃあないんだよね?時々分からなくなりそうなんだけど。」
鳴宮さんはやれやれ、といった態度で彼の行動の論理に対する納得を諦めたようだった。
「これってそんなに変かな?」
アルサス君は右手で持った爆弾をポーイと少し離れた位置に軽く投げ飛ばし、爆発させる。
それなりに大きな爆発音と、それに少し遅れて強い爆風が俺達に吹きつけてきた。
多少加減したのだろうか、最初の方の爆発音と遠距離であるが故の音の減衰を加味しても、最初に聞いた爆発よりは優しく感じた。
変なのは爆弾ではありません。爆弾を身一つで移動に使おうとするアナタのユニークな考えです。
「俺からすれば、変か変じゃないかなら悪いけどだいぶ変かと思う。けどそれもヨシ。」
今の俺のボケたがり力では、こう言うのが限界なのでした。
世にも奇妙な雰囲気に包まれた、俺を含めて4人の間で3秒くらいの静寂が流れた時、俺はその壊滅的な空気感をどうすることもできないと諦めて、天を仰いだ。
その何気ない行動は、あまりに突飛で、あまりに奇抜、加えて類い稀な身体能力、発想力に起因する、ある種の天才の思考の一端に触れたことによる俺自身の半ば放棄されたような思考によるものだったのか。
天災の奇行による、俺自身の理解の限界を超えたが故のものだったのか、今になってはもう分からない。
だが、たった今ふと天を仰いだ俺の視界に映ったのは、俺の精神世界に擬似的に形成された青空…だけではなく、そこの彼方からほぼ垂直に落下してくる、透き通るような長い白髪で黄紅眼の美しい少女だった。
それを見た俺は、何を思うでもなく、何かを言うでもなく、それを眺めている。
「・・・・・さい!」
遠くで、彼女のか細い喉から精いっぱいの声を上げているのが聞こえる。
「・・・くださいっ!」
「あれっ、今何か…?」
「うん、それは僕も聞こえたけど…。ほんっと、今度は何なの?いい加減頭痛が酷くなってきた気がするんだけど…。」
鳴宮さんと丸山オジさんは、声は聞こえたようだが、それがどこから、誰からのものなのかは分かっていないようだ。
アルサス君は…もう既に鳴宮さんと丸山オジさんをそれとなく移動させている。
俺は数秒遅れて思考を思い出したが、もう間に合わない。
「よ、避けてくださいっっ!!」
そんな状況であった以上、当然俺は。
「ぐおあぁっ!?!?」
その少女の落下を体で受け止めていた。
いや、受け止め切れてはいなかった。
ただ、下敷きになりました。
もうペラペラです。
それは嘘です。
(数分後…)
「全く、僕が監督していないだけでここまでの問題を起こせるとはね。逆に感心するよ。」
「そんなに褒めるなよー、照れるだろー?」
「素晴らしい姿勢じゃないか。良ければ君に死後の世界の検証に協力してもらいたいのだが、どうかな?」
「ごめんなさい。」
先程のルーサーの発言は問いの形での確認ではなく、彼の持つ価値観の報告である、というのみでここまでの恐怖を与えられる時が来るとは思いませんでした。という話はさておきます。
俺がエテュミアさんの下敷きになってから、俺は持久走後に続いて、また気絶していた。
今回ばかりは俺を気絶から起こすため、しばらく黙っていたルーサーも流石に俺へ回復措置を施さざるを得なかったらしい。
冗談っぽく言ってるけど、現実世界のオレだったら死んでたね。間違いなく。
エテュミアさんに潰されて死ねるならそれはそれで…いや、普通に嫌だな。死ぬのは冗談で許容できるようなもんじゃない。こればっかりはごめんなさい。
「ほ、ほんとにごめんなさいっ!ルーサーさんとの修行の時に魔力を使い過ぎちゃってて…そのまま飛行魔法が…。」
エテュミアさんはいつも以上に申し訳なさそうに身を縮めながらこちらに謝罪していた。
魔力があったら飛行魔法も使えるんだ…。
あれ、オレ全く本筋じゃないところで傷ついてない?
「あ、いや、そんな謝らんでくださいほんとに…。俺もエテュミアさんの声が聞こえてたのにぼーっとしてたのが良くなかったと思うし…。」
「い、いえ…!それでも、もっと魔力のこととかはもっとちゃんと把握してないといけなかったし、それに…。」
エテュミアさん、多分ちゃんと良い子そうだし反省しようとしてるんだろうけど、ここまで必死そうにしてると俺も下手なことは言えない…。
タスケテ…。
「あー、取り込み中のところ悪いが、そろそろ構わないか?」
そう言うルーサーは一見優しそうな雰囲気の表情で微笑みながらそう言うが、俺は彼の前髪が少し靡いた瞬間、ほんの少し見えたのだ。
額にくっきりと浮かび上がった青筋が…ウン、多分気のせいさ!ハハッ!
ルーサーの言葉に対して、エテュミアさんと丸山オジさん、その後にオレがそれぞれ返事をする。
「は、はいっ!大丈夫です!」
「ぼ、僕たちも大丈夫だよ。」
「みーとぅー。」
俺たちのその返事を聞いてから、ルーサーはあからさまに咳払いをし、俺たちへ話を始めた。
「さて、君達はこれで一旦修行を終わりとする訳だが、忘れてはいけないのが、飽くまでも外の世界でのメインプレイヤーは隆公である、ということだ。」
ルーサーは俺を指さしてそう言う。
すかさずその発言に対して、今度は鳴宮さんが声をあげた。
「外の世界で遊ぶのはアイツだって言うんだったら、僕たちはなんでわざわざこれまでの修行させられたわけ?僕らもプレイヤーなんじゃないの?」
ルーサーに対しての鳴宮さんの発言の内容を聞けば、現状では確かにそういう解釈になるな、と俺も思う。
周囲を軽く見回してみれば、丸山オジさんもアルサス君も首を傾げたり、顎に手を当てて考えていたりなどしている。
俺も、他のみんなにわざわざ着いてきてもらったのに、遊べるのは俺だけっていうのは少し嫌だと思った。
そんな俺たちを前にしているルーサーは特に取り乱すでも考える素振りをするでもなく、そのままの流れで話を続ける。
「当然、そのままでは君達全員がそれぞれ行ってきた修行の意味がない。君もこのままで進めるのは気に入らないだろう?」
ルーサーはそう言いながら俺に向けて視線を向けてくる。
まあ、ルーサーもそれを聞いた俺がどう思うかくらいは流石に分かるか。
「せやな、どうにかできない?」
「この僕が、何の解決策の用意も無いまま上から目線で話をすると思うか?」
「なるほど、ッス。」
結構すると思ってる。
あ、いや、なんでもない。
俺のその考えを知ってか知らずかルーサーは俺にだけ聞こえるように小さな音で舌打ちをしたように聞こえた。
俺、殺されたりするのかな…。
そんなことを俺が思い、俺の体の色が抜けて真っ白になっていくような錯覚を感じている俺を他所にルーサーは淡々と説明を始めた。
「僕達は隆公の中に存在する別人であって、飽くまでも主導は彼だ。だから当然、自身の姿や性能を保有したまま、という条件で外の世界で活動できるのは彼だけということになる。それは、表に出る人格を切り替えることは可能であっても、肉体は人格の変化による影響の範疇に無いためだ。だがそれは、今回の場合ではそれは邪魔な制約となる。それを解決する方法として、君達にある『特性』を付与することを考えた。」
「俺達に『特性』?なんなんそれ?」
というかそもそも『特性』とはなんぞや?
初めて聞いた単語だ。
もしかして、外のゲーム世界での能力とかそういう部類のものなのか!?
それは嬉しい!超能力者…なんて素晴らしい響きだ…。
もしかして、俺のチート能力がコレか!?もしそうなら、キタコレ!
「ああ、君達に付与する特性は『切り札』。この特性は所持者の意思によって発動し、自身に変化を齎す物だ。ただし、それによって発生させられる変化は自身が強く、深く認知及び理解しているものへの変化に限る。それこそ、自分自身そのものに対する認知、理解のように強く深くなければね。」
「そうすれば…どうなるんだ?」
「ふーん、なかなかうまい考え方なんじゃない?」
「あっ、なるほど!そういうことなんだね。」
「なるほど。分かった。」
「な、なるほど…?」
え?どういうこと?
まだいまいちどういうことか分かってないんだけど…。
確か、自分自身に対する認知や理解くらい、しっかりと認知と理解をしているものに肉体を変化させられるって、一体何の意味があるんだ…?
俺が俺になれたところで別に何の変化もないと思うんだが…。
って、みんなわかってそうな感じなの!?
南蛮貿易!?長崎!?デジマ!?マジで!?
たかが三文字までが遠い。
俺がいつものおふざけをしている間に、ルーサーは、とても大きく溜め息を吐き、こう言い放つ。
「一体君はどこまで残念な頭をしているんだ…?」
なんだろう、何一つオブラートに包まれていない暴言を一発受けた気がする。
そんなことは一旦気にしないことにして、分からないことは忘れない内に聞いておかねば…。
「どゆこと…おせーて…?」
「良いか?この特性を得た君達は、自分自身と同程度かそれ以上の認知・理解を持つ対象に自分が変身できる。当然、自分自身にもなろうと思えばなれる訳だ。それは通常であれば全く意味のない行動だが、今の僕達は君のものしか肉体を保有していないという特殊な状態だ。その上で、僕達全員がその特性を得るということを考えてみろ。」
次分からないって言ったらいい加減、良くてぶち殴られるなんていうよろしくない未来が見える気がするので、おふざけはなしでしっかりと考えよう。
えーっと…全員が自分に変身できるっていう能力を持って、肉体が俺のしかないから…。
「あー、あー!あーあーあーあー!!!なるほどね!そういうことなんだね!?」
「漸く理解できたか…。全く、何と形容するべきなのか…。」
なるほど!
つまり、その特性があれば俺は体を改造してー、とかせずにいつでも元の俺に戻れる状態で、かつ表に出る人が変わればそれに対応して姿もその人のになって、他の人も遊べるってことなんだな!?
あれ、案外そんなに強くない能力だな。
あ、そうだ。普通のままだと俺の姿と性能のまま変えられないから、他の人の能力が発揮できなくて、結局俺しかまともに遊べないっていうのを解決するための話なんだったわ。
話の流れを3秒で忘れてた上に新出単語の意味すら満足に理解できなかった、クソ恥ずい…。
あれ、でもこの能力が俺の体を変化させる物だというのなら…。
「それだと、どうにか認知とか理解とかを深く変えられる方法を見つけたら、俺もいつかは魔法を使えるようになれるんじゃね?」
「君にしては鋭い考えだな。だがそれは不可能だ。」
ガーン!
秒で否定されてしまった。
少しは夢を持たせてくれたって良いじゃないかー!
それにしても、なんでダメなんだ?せめて説明は聞きたいところだ。
「魔法に使うエネルギーの魔力という物は、肉体に依存して存在しているものではない。この特性は原則として肉体の変化に留めるべきさ。この特性を都合良く利用して適性を獲得することは不可能だ。それに、精神などを無理に変化させようものなら最悪自分が誰かも忘れてしまうぞ?」
「ちぇー、奇跡なんてねーよ。チキショー。良いよ、もう。自分でどうにかできる方法探すからさ。ケッ、こんくらいじゃ諦めきれねぇんだよー。」
俺はルーサーからの無慈悲な宣告に打ちのめされたように地面に膝から崩れ落ちたが、それでも俺は希望は捨てない。
まあ、ルーサーの説明で楽な道は完全に塞がってることは確認できた。
そんなら、楽じゃない道を探してやるってんですよ。
魔法は使いてぇんですから、今後の旅すがら道すがら、情報とか集めて、いつかはどうにか!できるといいなぁ…。
そんな俺に対して、他のみんなが声を掛けてくれる。
「あっはは!キミも諦めないねぇ!ま、それでも諦めて腐ってるよりは何倍もマシなんじゃない?」
「うん!僕も旅の間協力するよ!何か手掛かりでもあったらその度に君に教えるようにする!」
「今は特に思い当たるアテはないかな、だけど、これから先は知らない。僕もこれから先にアテができれば教えはするね。」
「わ、私も協力しますので!何か力になれることがあったらいつでも言ってくださいっ!」
みんな優しいな…。
マジ超助かる!
仮に俺一人なら無理でも、これだけの仲間がいればいつかはどうにかできるような気がする!
よっしゃ!このまま頑張ってやったるぜ!
「ははは、みんな恥ずかしいッスよー!でもありがとッス。結構、元気出た。」
俺はちっと照れくさそうな表情になるのを抑えきれないまま、他のみんなに簡単に感謝を伝えた。
それを聞いて、鳴宮さんはニヤニヤと笑いながら、丸山オジさんはニコと微笑み、アルサス君は頷きながら、エテュミアさんは小さく胸を張って、4人揃って言った。
「「「「どういたしまして。」」」」
俺は心の奥底で、彼らとのつながりがほんの少し深まったような気がした。