五話 近道はなく、地道が近道
やあみんなこんにちは、唐突だが俺は今、すごく死にそうになっている。
肉体的にではない、精神的にだ。とはいってもいじめやらハラスメントやらそういう深刻なものじゃない。
全力で運動して一歩も動けないくらいに疲れ切ったにも関わらず、その疲労を強制的に回復されてまた全力で運動をする、これをかれこれ…何回だろうか?
10回を越えた頃から忘れてしまった。というか、そもそも数える余裕がないほどに疲れてしまうのだが。
失礼、説明が酷く飛躍していた。
なので、順を追って説明しようと思う。
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まず、俺は他の四人と別れた後、ルーサーに連れられるがままにその場を離れ、少し移動した先の俺の修行場に到着した時、俺はどういった修行をするのかルーサーに尋ねた。
それに対してルーサーは俺達の周囲に、運動場のトラック一周分くらいの広さの白線を、魔法みたいな力で一瞬で引くのと同時に、その外周を走るように俺に言った。
もちろん、オレサマは少し前に持久走を終えた後だったので、走るのは懲り懲りだと断ったが当然それを許してもらえるはずもなく、俺はまた走り始めることになった訳だが。
でも、俺は思った訳ですよ。
オイオイ、ちょっと待ってくれよ、と。
いや、ここ精神世界の中だからどんだけ運動しても成長しねぇって言ってたから意味ねぇんじゃねぇのか、と!思ったワケなんですよ。
そうは言っても、つい先ほど走りたくないって言った時に大分ルーサーさんが怖い雰囲気を発し始めてしまったんで、俺はその状態のルーサーさんに抗議しようと思えるだけの勇気を持っていないことに気づいたんですね。
それで結局流されるがままに俺はまーた走らされることになった訳ですよ。
だけど、その時の俺はまだ、それからの修行がいかに過酷なものなのかを知らなかったんですね。
「はぁ…キッツ。まさかまた走ることになるとは…。」
結局ルーサーに言われるがままに走り出した俺は、トラックの外周を走っていた。
今は走り出してから大体4、5分経った頃で、さっきの持久走で見ればまだしばらくの余裕がある。
終了時間を基準で見て、今のところ走っている時間を比べれば、だが。
今の俺の時点で既に少し限界を感じ始めているのだ。
「どうした?先程の持久走と比べてペースが悪いぞ?」
「ちょっ…!ヒドイって…!いろいろ…!」
あー、また叫んだから変に疲れちまったよ!
呼吸を整えー…足を動かしー…疲れた!
こんな調子で俺は同じように走り込みを続ける、が、もちろん…。
(数分後…)
「ぐへぇ…むり…キッツィですよ…。」
「タイムは8分56秒。先程よりも記録が下がっているが…最後の最後の粘りを見せなかったからだな。」
「毎回あれは無理っ!」
俺は自分の主張をきっぱりと断言する…かのように後ろ向きな言葉を言い放った。
確かに前回の俺は最後の最後に限界を越えての全力全開の力を出したが、それは無駄に強力な精神力故だ。
つまり、ただ無駄に根性を張って限界以上に無理をした訳で、俺の普通の記録に加えてそれを勘定に入れられた時にはもうその記録を超えられる気がしないですね。
外の世界みたいに、動けばその分成長できるならいざ知らず、ここでは身体能力も魔力も鍛えられないからほんとさっきのやつの記録がマジの限界だと思うね。
つーか、コレほんとになんでやってるんだ…。
走り終わった後、息を切らせつつ、胃の中から何かが反転召喚されそうな感覚を感じながら、疲労で地面に寝転がっている中、俺はそう思っていた。
「マジ…走るのマジ疲れんですケド!!」
「そうか、それじゃあそろそろ起きてくれ。」
「いやっ、話聞いてんの…って、あれ?なんか疲れ取れたんだけど。」
ルーサーが『そろそろ起きてくれ。』と言った直後くらいから俺の体の疲労が全て消えた。
息切れも、胃から何かが反転召喚されそうな感覚も、疲労感も全てが消え、まるで運動などしていなかったかのように俺の疲労は快癒していた。
「え!?何コレ!?すげー!気力体力全回復だ!」
俺は立ち上がり、腕を回したり簡単に柔軟体操をしたりして体の動きを確認する。
いや、すげー!
マジで元通り動けるぞ!
「いやー、こんなのできるんだったらさっきのもしてくれたら良かったのにー。」
「面倒だったからな。」
「えー、ひどくね?マジ、ドひどいで?」
面倒だったからって回復をしないなんて…別にしてくれても良くない?と、俺は思うが、何を言ったところでやる必要のないことは、やる気がないなら絶対にやらない。
彼はそういうやつなんですナ。
無理に言うのもなんかやだな、とも俺は思うので気分乗った時だけでも力貸してくれりゃ、別にいいやと思うことにする。
「いつまでボーッと突っ立っているつもりだ?早く走り込みに戻れ。」
「ん?なんて?仰ったのかよく分からないんですけど?」
「走り込みに戻れ。」
「いや、え?マジで?」
オレさっき気力体力全回復って言ったけど、今気力めちゃくちゃ減った。
いやいや、ちょっと待ってくれよ、と。
流石にもう冗談とかの次元は過ぎてるぞ。
それに、さ。
ここで走っても外の俺は一切成長してないんだろ!?
んじゃ、走っても意味ないじゃん!
ていうかもう俺は走りたくねーんですよ!
流石にもう聞かせてもらわなきゃ、納得できねーですので聞かせて頂きます!
「いやいや、さ。ここでどんだけ動いても外の俺の体力は成長しないんでしょ?」
「ああ、その通りだ。」
「それだけじゃなくてさ、他にも何か改善があるって訳でもないでしょ?」
「いいや、それは違うな。」
流石にどんだけ運動しても体力とか改善しないならこのままずっと走ってもメリット無いでしょ…。
ルーサーはそれは違うと言うが、俺はそうは思えない。
そして何よりもう走りたくない。
フン、ここまで来たら納得するまでとことん話し込んでやろうじゃありませんか。
「じゃあ何のメリットがあるんだよー!もうやりたくなくなってきたんだよー!」
「それならちゃんと説明しよう。君の身体能力の総合評価は、器用貧乏にすらなりきれない貧民、といったところか。」
ヒドい、早速ヒドいこと言われた。
だが、それも間違ったことではないと自覚しているから、このまま聞いていよう。
「持久力・体力、運動の精密性や効率などを数値で表した時、そのほぼ全てが平均以下になる。単純な筋力だけは僅かに平均を上回るが、それ以上に持久力の不足が目立っている。」
確かに、持久力の不足に関してもその通りだ。
前に戦ったスライムみたいに、今後も戦闘があるのは間違いない訳だから、今みたいに持久力が欠けた状態ではそこが弱点になりかねない。
「君の性格から判断する限りでは、弓や魔法などの遠隔攻撃よりは近接戦闘を好んでいるだろう。その近接戦闘をこなせるだけの最低限の体力すら君は持っていない訳だが、君の望みは最大限叶えてやりたいと思っている。もちろん、そのためにこなすべき修練は一般のものよりも厳しいものになるが、その量は最低限で済むように考慮はした。その上でまずは、君自身が最大限に疲労が溜まった状態から、血反吐を吐いてでもある程度の運動を継続させられるだけの精神力とある程度熟練した体の動かし方を得てもらおう、と思った訳だ。」
滔滔と言葉を語り連ねるその様は、俺を圧倒し、心の中に浮かびかけた一切の反論を黙らせるようなものだった。
「あー、うん。ゴメン何の反論もできねーわ。」
なんとか一言発することはできたものの、彼の語り口はそれでもなお止まない。
「常に狙って扱うことができるものでは無いものかもしれないが、ここでの最初の持久走の時のような、限界を越えての全力、最後の最後の爆発力、といったものも才能として見れば可能性は十分にある。まあせいぜい、今は感覚を磨き続けることだな。」
早口にそこまで語り切った彼は少し疲れたかのように一息、ため息を吐く。
「おーけー、分かった。っていうか、最初から説明しとけよな!?今は大体分かったけど、そうする方が後になって説明する手間がかかることは無かったと思う!うん!間違いない!」
まあ、やりたくはないっていうのは変わらないんですケド。
やることに対しての意味が分かったのはデカい気がしなくもない。
とはいえ…はあ…今日は一体、あと何回程疲れ切るまで走ることになるんだろうか…。
その後俺は幾度となく、限界まで走り込みを続け、疲労で倒れてまたルーサーにそれを即座に回復され、また走り込みを続ける、というループをしばらく繰り返すことになったのである。
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俺が再びの走り込みで地獄を見ていたその頃、丸山オジさんはルーサーから修行として魔法の指南を受けていた。
「さて、丸山君。君は身体能力が少し不足気味な部分がある。体力の改善は別の機会に回すとして、主に魔法を習得してもらおうと考えているのだが、構わないか?」
「うん分かったよ、ルーサー君。そういえば、さっき魔法の適性を測ってもらったけど、僕の適性はどんなものだったのかな?」
「確か君の適性は風、土、癒の三属性だったな?まず、癒属性は治癒の技に長けている。それに風と土属性を交えれば味方の支援などにも応用できるはずだ。」
「なるほど…つまり僕はみんなの支援をできるってことだよね?」
僕は他のみんなよりも運動が苦手だけど、それでも他に僕が役に立てることがあるのなら協力を惜しむわけにはいかない。
それに何より、少し子供っぽいと言われるかもしれないけど、魔法とはどういったものなのか?っていう興味もない訳じゃないし。
適性の話を聞く限りはかっこいい魔法で敵を攻撃!という感じの魔法ではないかな、と思う。
僕個人としても、誰かを傷つけるような技はあまり好きではないからちょうど良かった。
「ああ、そうだ。君の魔法は戦況に多大な影響を与え得る。とはいえ最初のうちから扱えるものだと、規模の大きいものはない。まずは基本的な魔力の扱い方を簡単に習得してから、基礎的な魔法、それから応用技術を培う。そしてある程度規模の大きい魔法を指南した後、敵の制圧と護身を目的とする最低限の杖術と魔法を織り交ぜた戦い方を実践する、という順に進んでいく。今の修行が全て終われば…いや、なんでもない。以上だ。」
「うん、分かったよ。ええっと…お手柔らかにお願いするね…?」
「善処する。さて、まずは魔力の扱い方からだな。」
そこまで言ってから、ルーサーは突然自身の左手の手の甲の皮を右手に持った小刀でスパッと切り裂く。
その創傷はさほど深いものでは無いが、傷口からは血が流れている。
「ちょ、ちょっとルーサー君!?急に何を!?お、応急処置だけでも早くしないと!」
「慌てるな、まずは回復魔法から身につけてもらう。これはそのための練習だ。こちらの右手に君の左手を出せ。」
ルーサーが突然行った自傷行為に対して、ひどく慌てた様子の丸山さんだったが、ルーサーからの言葉に冷静さを取り戻す。
「そ、そうなんだ…。びっくりするから、次からはちゃんと説明してね…。あ!手、だね?はい。」
僕はそう言ってからルーサー君に手を出せ、と言われた通り手を差し出す。
確かに、回復魔法を練習するのならそれの練習には怪我を負う必要があるのかもしれないけど、何の予告もなしに突然自傷する、というのは少し…いや、かなりびっくりしてしまった。
もしかして、回復魔法の練習が続くなら、その度に彼や僕が傷をつけなければならないのだろうか…。
僕はあまり血に慣れていないし、彼に何度も自分を傷つけさせてしまうのは正直避けたい。でも、彼はきっと僕が十分な技術を養えるまでは何度もこうするかもしれないから、最低限で済ませられるように頑張ろう。
そんなことを思っていたんだけど、ルーサー君は一向に新たな動きを示さない。
僕はちゃんと言われた通りに右手を…あ、違う、間違えた。
僕は慌てて右手を下げ、改めて左手を差し出す。
「感謝する。」
うわぁ、恥ずかしい。
すごいうっかりしてた。まさか右と左を普通に間違えるなんて…。
僕が気づくまで彼は何も言わなかったけど、それで考えれば、注意されるのもそれはそれで恥ずかしかったかも、と考えるとちょっとした気遣いなのかもしれない。
それからルーサー君は僕が差し出した左手の上に彼の右手をポンと乗せる。
「最初は僕が君の体を介して魔法を発動させる。体の内側の魔力を動かす感覚を掴むことだ。右手を僕の左手の甲に近づけておいてくれ。」
「うん、分かった。これで…ここからどうなるの?」
「今から僕が君の体の魔力を介して魔法を行使する。その時に君は魔力の動く感覚をしっかり掴め。それでは、始めるぞ。」
ルーサー君はそう言うと、彼が右手を置いた、僕の左手から不思議な感覚がする。
筋肉に力を込めているという訳ではないはずなのだが、筋肉に力が入っているかのような、不思議な力が僕の体を流れていくのが分かった。
その不思議な力が左手を通じて僕の胴体の辺りにまで到達する。
その力が僕の中で力強く渦を巻く、一点に集まるなど、奇妙な感覚を伴い動く力、それがどんな動きをしているのかが不思議と分かる。
一頻り力が動いた後、今度はその力が僕の右手の方に流れていく。
それから力が僕の右手の手の平から溢れ出すような感覚を覚えた時、僕の手の平に光る玉のようなものが生成され、それが彼の手の甲の傷口を包み込む。
すると、彼の手の甲の傷からの出血は止み、傷口もみるみるうちにふさがっていった。
そして、彼は傷が塞がるのを確認し終えると、右手を僕の左手から離しこちらから3歩ほど離れた後、どこからともなく取り出したハンカチのような布で、左手の甲に付着した血を拭き取り、傷口のあった部分を眺めた。
「悪くない。我ながら良い精度だ。さて、丸山君、どうだったかな?感覚は掴めたかい?」
「う、うん。ありがとう。」
これまでに一度も経験したことのない不思議な感覚を覚えてから、僕は自分の中にある力を初めて感じ取れたような気がする。
これからはこの力を使って誰かを助けることができるのだろう。
誰かを攻撃するっていうよりも、僕にはこっちの方が性に合いそうだ。このまま修練を続けて、みんなの助けになれるように頑張ろう。
そう思いながら、僕は試しに両手にさっき感じた感覚と同じ感覚を再現してみる。
すると、さっきと似た光が僕の手に満ちているように感じた。
「今の時点でそれだけ扱えるのなら十分だ。他の魔法や杖術もこの調子で練習していこうじゃないか。」
僕はルーサー君の言葉を聞きながら、これからの修練に対して、より強く関心を抱くのだった。
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その頃鳴宮さんは、丸山さんと同じようにルーサーから魔力を扱う感覚の指南を受けた後、ルーサーと魔法についての話をしていた。
彼の触れていた僕の手と、そこにみなぎる不思議な力を眺め、その力の存在を確かめるように手や力を少し動かしながら考えに耽る。
当然、その間もルーサーが話を続けているのでそれに耳を傾けながらのようだ。
にしても、魔力ねぇ…。
うまく使えば色々と、悪いコトできそうじゃん。
ほーんと、ただ遊び場を提供してくれるって言ってただけだったのに、そんなに簡単に言う遊びにしては結構しっかりしてるよね。
僕がそう、ちょっとした悪だくみをしている間にも彼は言葉を紡いで行く。それに対して、僕は考え事をやめないようにしながら会話に応じていた。
「君の魔力適正は強く闇属性に、僅かに風と土、瘉属性魔法にある。瘉属性魔法は主に傷や怪我の治癒、風属性魔法は主に物体の操作に優れ、土は物体の形成に長ける属性だ。」
「ふーん?それで、闇属性魔法ってのは?」
「闇属性魔法は攻撃が大きな役割と言えるが、その他にもやり方によって様々な効果を得られるものだ。状況に応じた応用力が問われる。」
ここまで話を聞く限りは僕の魔力は『活用の幅が広い分、扱いも難しい。』といったところか。
だが、これはまだ飽くまでも憶測。
闇属性の魔力や魔法の使い勝手は如何程か?
瘉属性魔法はどれほどの効果を与え得るのか?
風属性魔法はどの物体を、どれほど動かせるのか?
今の状態でも幾つか気になることはあるが、自分に知識のない状態で下手に憶測を重ねるよりも、正確な知識を得てそれに基づく思考と試行を行う方が効率的だろう。
まずは僕が納得するまで彼に質問をぶつけるとしようか。
それに…僕も最初は今回の誘いに対してやる気も興味も無かったが、今では若干の興味が湧いてきていた。
今、僕の目の前で無表情のまま淡々と魔力と魔法の説明をする彼に対して、僕がまるで彼の手のひらの上で転がされてしまっているような気がしたことへの、僕の無意味な若干の当てつけも込めて、少し態度を厳しく彼に質問をぶつける。
「具体的にはどんな感じになるっての?魔法とか魔力とかって言われても、僕達には馴染みないしイメージできそうにないんだけどさぁ。」
「本当に、やり方による。相手が格下なら戦いが始まってすぐに敵を無力化することもできる。他に簡単に思い浮かぶものでは、相手の生命力や魔力を奪うことも可能だ。」
「へぇ?それなら最初から敵の生命力を全部奪ったら簡単に勝てるんじゃないの?」
「いいや、普通の方法で魔力や生命力を奪おうとしてもそう簡単にはいかない。相手が誰であろうと、距離が相手に触れられるほど近くでないと難度が段違いに増す上、仮に触れていてもそれなりに集中力を要する程度には難度が高い。だからと言って近づいて相手から攻撃をされれば、回避に成功したとしても、その後も肉薄して魔法を使いながら戦うというのは困難を極める。」
はあ…どうやら思ってた以上に難度が高そうだね。
一般人が相手だとしても、魔力や生命力を奪うには相手に触れられるほど近づかなきゃ使えないし、だからといって相手が攻撃されてしまったら、例えその攻撃を回避しても使えない。
だったらどうしろっての?
何?拘束されてる相手にやれっての?
拘束できてるような相手なら、わざわざ魔力や生命力を奪う奴の出番なんてないっての。
「いやいや、冗談キツいよ?そんなのやれる訳ないって。」
「問題ない。これは普通に使うなら、の話だ。戦闘で運用するなら、他に方法がある。だが、いちいち説明するには少々長い。説明は実践の段階で行わせてもらう。」
「はぁ、びっくりした。ま、ちゃんとしたやり方があるなら別に良いけど。」
なーんだ、他に方法があるんなら早くそう言って欲しいもんだよ。
コイツを見てたら思っちゃう。僕の気のせいかも知んないけどさ、もしかしたらコイツ僕をムカつかせて楽しんでるんじゃないか、って。
まあコイツにはムカついてるとはいえ、さっき聞いた内容の中では、どうやって戦えば良いのかも全く検討がつかないような内容だったが、これがどうすれば戦闘に応用できるようになるのか、興味は湧いてきた。
ま、どうせ今は説明する気なんてないんだろうし、せいぜい期待だけさせてもらうとするよ。
「もちろん、できることはさっき挙げたものだけではない。細かいことは自分のスタイルに合わせて考えるべきだろうな。」
「ふーん。それじゃこれだけ先に聞かせてもらうけど、闇属性の魔力を、僕の戦闘の主軸にすることはできるの?」
これだけでも聞いておけば、少なくとも闇属性魔法というものの扱いの程度や優位性を自分の中でも多少はイメージできるはずだ。
残念ながら、内容の想像は今のところ全くつきそうにはないが。
「訓練しだいではおそらく可能だろう。だが、僕の見立ての内では魔力のみを主体に戦うよりも良いスタイルを考えている。具体的なプランも考えついているんだが、興味はあるかな?」
はぁ…その言い方、ほんとズルいね。
ここまでの時点で、今の僕にはこれまでの僕では知り得なかった物事にまで経験が広がり始め、今はまだ僅かだが好奇心を感じている。
加えて、僕としてもこういう力は今後、僕の好きなようにやるためには鍛えておいた方が後々得になるだろうと思う。
それらを抜きにしても、彼の遊び場を提供するという提案は生半なものではないという感心もあり、これからに興味を抱かずにはいられないでいるのだ。
彼は僕のこの興味関心を、知ってか知らずか手玉に取るような形での問いかけを僕に投げかけた。
ほんと、ムカつかせてくれるよね。
当然、僕の返事は。
「いいねぇ。聞かせてよ。」
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その頃、アルサスとルーサーの二人は移動を続けていた。
その間二人は特段の会話をすることがないままで、早くもなく遅くもないペースで歩きながら進んでいた。
だが会話がないなら静かであるか、と言えばそうではない。
『ピィーイッ!』
どういう訳かアルサスが、ルーサーの後ろを付いていきながらそれなりの高音で指笛を吹いているからだ。
『ピィピィピィ…ピィーイッ!』
彼の前を先導するルーサーは最初の内はしばらく無視を決め込んでいたものの、その内耐えられなくなったかのように口を開いた。
「全く…一体何がしたいんだ?君は…。」
「なんか、いい感じに馬が来て、乗せてくれたりしないかなって思って。」
「何も分からんな…。」
「それなりに懐いてくれた馬はこうやって呼んでたんだよー。」と、続けるアルサスに対してルーサーは言葉を返すでもなく大きくため息をつくだけであった。
彼が過去に愛馬を呼ぶ時の合図などの事情は、過去にそう言った話を聞いたことがあるという訳でもないため、そう詳しくはない。
彼の馬を呼ぼうとしていたという考え自体は、彼自身の口からそう説明されれば、そうなのか。と、僕は納得する他にないが、それを抜きにしたとしてもこちらとしては何故こうも唐突に『口笛を吹いて馬が呼んでみよう。』という思考に至ったのかを聞きたいところだ。
いいや、正確に言えば聞きたくはない。
聞けばまた訳の分からないノリに付き合わされることになりかねないだろうからな。
隆公も似たような思考をよくしている訳だが、この際は、余程の時でもない限りはいちいち気にすることはやめた方が良いのかもしれない。
「さて、もうここで十分だろう。」
「随分長く歩いたね。馬が来てくれた方が楽だったかもしれないけど…やっぱり来てくれないよねー?」
アルサスはいつもと変わらない真顔のままに見える表情でありながら、いつもよりはほんの少し、気持ち程度だけ落ち込んだ声色でそう呟いた。
そんなアルサスの言葉を認識しながら、ルーサーは敢えてそれを無視する。
「そうだな。さて、随分歩いたお陰で他の者達の修行場所とはかなり離れられた。」
「あ、そっか。他の君も君だから、君は他の君の状態とか分かるんだね。」
「もう少し言葉を整理して喋り出してもらいたいところだが、その通りだ。」
今僕たちの立つこの地点は、他の修行場から5kmほど離れた地点で、既に修行を始めているであろう彼らの移動距離で比べるとかなりの差がある。
というのも僕は、彼に対しては少しばかり他の者達とは修行の内容を変えるべきだと思っているのだ。
「さて、そろそろ始めようと思うが、魔力は扱えそうか?」
「久しぶりだからどーだろー?感覚とか変わってたらどうしようって思うくらいかな。」
「それなら、軽くリハビリを済ませるくらいにしようじゃないか。簡単な相手を用意させてもらうが、何か必要なものはあるか?」
それから、彼に必要なものを聞き、想像以上に細かい注文を受けながら武器や籠手などの簡単な防具などを様々用意する。
ここは精神内の空間であるため、この空間内限りで何かを創り出すことはそう難しいことではない。
分かりやすく説明すれば、頭の中で好きな形の武器などを想像することができるなら、精神内のみでならそれを実際に形にすることが可能であるということだ。
敢えて言うなら、『絵に描いた餅』は実現しようもないことの喩えだが、『絵に描いた、餅を食う絵』ならばそこに意味の破綻はない。
僕はアルサスからの注文の通りの品を逐次用意しつつ、そんなことを思う。
それから数分して、彼から伝えられた注文の品を全て揃えた僕はそれらを彼に渡しながら、口を開いた。
「君の手のサイズに合う、指の動きをあまり妨げない手甲に、刀身の長さ80cmのブロードソードに、サイズは縦が約0.5m、横が約0.4m、厚さが約0.1mの片手用の盾、弦は強めに張りそれなりにしなりの出た120cmのロングボウ、君の体重の4、5割程の重さの大剣と、比較的軽量で特殊な重心の槍。全く…面倒な注文をしてくれたものだね。」
「ありがとう。助かるよ。」
彼はどうやら多彩に武器を扱う戦法を得意とするらしい。
主に使うのは片手剣と片手盾を同時に使い、場合に応じて弓矢も用いて戦うスタイルだ。
流石に大剣や槍は戦闘中に持ち替えながら、とはいかないらしく、大剣や槍を使う時は片手剣と盾を使うことはできないようで、多くの場合では剣と盾、または大剣、または槍、という3択の中から戦いの前に予めどの武器を使うかを決めておくらしい。
そして、今は剣と盾を背負っているようだ。
そのおかげで彼の背中には今、片手剣と弓、盾に加えて矢筒を背負っているという、とてもではないが普通の見た目をしているとは思えない格好になっている。
(ガシャ…ガチャン…。)
・・・何をしているんだろうか。
さっきまで、彼は背負った剣を手に持って構えたり、盾を取り出して構えたり、僕の用意した各種の武器を軽く素振りするなどしていた。
そこまでは良い。
そこまででは新しい武具の感覚に慣れようとしているのかもしれないだとか、考えられることは幾つかあった。
だが途中から、盾を地面に置きそれを踏みつけたり、更にはジャンプして両足で激しく踏みつける動きなどを、慣れた動きで素早く繰り返している。
わざわざ跳躍して勢いをつけてまで盾を踏みつけるとは、盾に何か恨みでもあるというのだろうか?
今度は、地面に片手剣を突き刺し、それを支柱にする形で盾を立てかける。
それから彼はその盾から少し離れてから弓に矢を番え、力強くもゆっくりと弦を引き、盾に向けて矢を放つ。
風を軽やかに切りながら空を進むその矢は、盾の中央から少し外れつつも装甲を破り貫いていた。
「うーん、ちょっと弦が張り過ぎかな。少し緩めよう。あと、盾は少し脆いような気がする。あ、あと、盾の形とかちょっと気になるかな。」
アルサスはそう言いながら、自分でできる範囲での武器の調整をしている。
弓の弦の調整は彼が自分でやっている訳だが、その盾の修繕や改良は僕がやる訳で。
比較的簡単に作り出せるとはいえ、このままの調子で何度も何度も武具を壊されては、一体何度作り直せば良いのか分かったものではない。
その後、僕は彼の自発的な装備の耐久力等のテストをやめさせ、僕が用意した敵と実践的な戦闘を行う中での改良案を求めることにした。
結局、彼がさっき矢で貫いた盾はより強靭な構造を持たせることで耐久力を増し、一旦はどうにか解決、ということにした。
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歩いている間、少し間隔を空けつつ他の『僕』に感覚を向けていた。
今、隆公は移動してからの持久走、その四回目を始めたところのようだ。
現段階では大した変化は見られないが、ここまででも僅かだけ記録に上昇傾向が見られる。
偶然と片付けることは容易だが、彼は運動だけで見ても素人で、今はおそらく正しい体の動かし方から身につけようとしているのだろう。
だが、この程度ではまだ彼の力が開花に至るにはまだ程遠い。
それなりに戦闘をこなせるようになるだけでも、かなりの時間を要するに違いない。各種調整は忘れず行うとしよう。
鳴宮は今は魔法の扱いを少し突き詰めてもらっているところだ。
闇属性魔法は多少扱いが難しい側面があるが、正しく扱うことができれば強力な力を発揮できる。
それに加えて、彼は瘉、風属性の魔力にも適性を持っている。
それぞれ別々に運用しても問題は無いが、どうせなら組み合わせてしまった方が効率が良い。
加えて、彼の適性の大部分を占める闇属性魔法は、遠隔で扱うことに対して、他の属性ほど優れていない。
そのため、どうしても近接戦闘に関しても考慮を捨てるわけにはいかないのだ。
それもあって、彼には少し昔の感覚を取り戻してもらった方が良いだろう。
そのために、彼にも少し武器の振り方、体の使い方を覚え直してもらおうか、と言ったところだ。
丸山は今は基礎的な強化、回復の手段と魔法や魔力の知識についての説明を織り交ぜつつ実践演習を行っている。
案外、彼は筋がいい。初めてにしてはそれなりのペースで魔法を習得している。
この調子なら魔法の習得自体にはそう時間は掛からないだろうが、彼の問題は実戦の中でどこまで立ち回ることができるかだ。
彼には杖術を習得してもらうつもりだが、杖術は戦闘で要求される練度がかなり高い。
突きで敵との距離を保ち、敵の持つ武器を弾き飛ばす、攻撃をいなすなど、戦闘中に求められる駆け引きはそれだけではない。
杖は魔法を扱うために媒介とする道具、というのが一般的な認識に多いと思う。それは実際のところその通りなのだが、戦闘の間に少人数で立ち回るなら、遠距離の魔法のみで対応しきれる事象は多くなく、しばしば近接戦闘にまで発展してしまう。そのため、彼らの中で不自然なく動くためには、杖を物理的な用途でも使える必要がある訳だ。
そこで、杖術で自身を狙った攻撃を捌くことができれば、敵の攻撃を受けながら魔法を使える、というようなどんな立ち位置でも活躍できる役割に立てることだろう。
だが杖術と魔法を戦闘中に、適度に織り交ぜつつ立ち回る感覚を実際に掴むことが彼に容易にできるか、と言われればおそらくそう簡単にはいかないと思う。とにかく今は経過を観察するべきだ。
アルサスは今…一対多の戦いを練習している。
正面から敵の集団が向かって来ている時や、気づかず敵に包囲されてしまっていた時の想定や、森の中や足場の悪い砂地の上など、様々な環境下で戦う感覚を掴み直している。
彼は間違いなく、今修行をしている者の中では単純な戦闘技術において最も先を進んでいる。
力だけで見ても、その気になれば彼自身の身の丈ほどもある大剣を振り回す剛腕や重装備に身を包んだ状態ですら素早い体捌きが可能な膂力を持っている。
それに加えて、周囲の敵を正確に見極め素早く的確な判断を下せる集中力と判断力、敵からの攻撃を盾で弾いたり、回避したりなど、完璧に見極め打ち勝つ技術力、また、非戦闘時の潜伏接近技術。
彼の持ち味はこれだけでは無いが、一々挙げようすれば枚挙に暇がない。だがまあ、今回わざわざそこを僕が気にする必要はないだろう。
冒険が始まってからはきっと、彼の力は他の者たちへの良い刺激や目標となることだろう。
簡単に振り返ってみた限り、ここまでの修行の進行は順調で、この調子ならば事前の予想通りに多少の遅れが出てもお釣りが来るくらいには実力を伸ばすことができるだろう。
流石僕だ。
「さて。」
「は、はいっ!?」
僕が彼女、エテュミアに声を掛けると、彼女は小さな怯えと驚きの混ざった声で返事を返した。
彼女のことだ、歩き続けていた間に何の会話もないことに少し気まずさを感じたが、何かを話したくても何を話すべきか分からない。それで結局何も話せないまま、僕に突然声をかけられて驚いた、といったところだろう。
まだまだ欠点だらけだ。
「君はこれから、どうしたいと考えている?」
「ど、どうって…どうしたら良いんでしょうか…?」
僕の問いに彼女は、何かに迷うかのような表情でところどころ言葉を詰まらせながら、ぽつりぽつりと答える。
その反応を見た僕は、自分の中で論旨を説明するための言葉を先程より丁寧に組み立ててからもう一度声として口に出す。
「言い方が悪かったか。今回は主に戦闘分野においてだが、何か希望や計画などはあるか?最悪、戦闘に関係のないことでも構わない。」
「わ、分かりません…どうしたら…?教えてください…。」
「ふむ…。そうか。」
僕はそんな彼女の自信なさげな返事を聞いて、彼女からの具体的な意見を受け取ることは期待できないと半ば確実な確信を得た僕は思わず嘆息してしまう。
その嘆息の後、僕は自分なりの見解を言語化し、この話題においては最後の説明と提案となるであろう言葉を新たに続けた。
「君には少し前に、ある程度の訓練を行ったはずだな?それからは然程時間が経っていない。だから君はまだその感覚を忘れてはいないはずだ。加えて、特段今から修めねばならない事柄も存在しない。むしろ君にはこれ以上の僕の指導はおそらく不要だ。君は既に自身で成長を続けるべき領域に進んでいる、故に僕の指導に頼るべきではないだろう。それを踏まえ、これから先はどうしたいか何か考えはあるか?」
「い、今はまだ、特にないです…。」
分かってはいたことだが、あまりに歯切れが悪い…。そう思ってしまったが、自分がどういった方向に成長するべきか?という質問に的確に答えることはどんな人間でも容易ではないだろう。
今はまだ結果を焦る時ではない。
彼女が今後どうなるか、僕は気を長く持ってそれを見届けるとしよう。
「では、今回は簡単なテストに留めておくとしよう。以降の成長は実戦の内容次第、と言ったところか。それで構わないな?」
「わ、分かりましたっ!」
おそらくは必要ないだろうが、まずは前回の訓練で彼女に行った内容の確認を簡単にするとしよう。
彼女は他の誰よりも学習能力や自己適用力が強い。
今後はそれを活かして、どう成長していくのか。
予想がつかない分、期待は高まっている。どうか僕の期待を裏切らないで欲しいものだ。
ともあれ、今は全員それぞれの実力向上に最大限努めるとしよう。