四話 『天才』と『天才的なバカ』
「はっ、俺は…今まで何を…。」
気絶から覚めた時のテンプレセリフを、目覚めて1秒で反射的に口に出した。
俺は目を覚ますと、何かによって日が遮られ作られた陰の中に居た。
まるで隠されるように周囲が木々に囲まれた円形の花畑、その中央にある丘のど真ん中に、目立つように一本だけ大木が生えている。
どうやら俺はその木の幹に背を預け、その陰で休んでいたようだ。
それから俺は幹に体重を預けた上体を少し起こし、独り言のつもりで呟く。
「っていうテンプレセリフはさておき、ここどこやねーん。」
「君たちがテスト中に走るコースからは少し離れたエリアだ。」
てっきり、俺は木陰に一人で居るもんだとばかり思っていたが、不意に木の反対側から聞こえてきたルーサーの声に少し驚いた。
「うわびっくりした。居るんかーい。言えや。あ、言ってくれたんだったわ。ありがとう。」
「・・・やれやれ、君が起きた途端にこれか。もう少し眠らせて欲しいのかい?」
「メンゴメンゴ。」
ルーサーの不穏な提案に対して俺は軽すぎる謝罪を返す。
まあ、おそらく彼も本気で言っている訳ではなく、半分は冗談だろうからさほど気にすることもないだろう。
「そういや、俺どんぐらい寝てた?俺のテストの結果は?他のみんなは?」
「全く、少しは落ち着け。まあいい、一つずつ答えていこう。君はかれこれこの中の時間で見て30分ほど眠っていた。君のテストの結果は、9分42秒。この記録は5人中4位の結果だ。それと今は、僕と君に加えて近くに丸山君と鳴宮君がいるはずだ。」
「へー、30分も寝てたんかー。そんで俺の記録はほぼビリ近くなんやなー。頑張ったんだけどさー。」
「とはいえ、君の最後の追い上げには驚かされたよ。最後の爆発力は目を見張るものがある。そこだけは誇っても良いだろう。」
「だけ、ってなんだよだけって!もー。」
それにしても、正直30分も寝てたとは。
限界きてから、その限界超えての全力ダッシュしたけど、やっぱりかなりの無理をしたらしい。
それに、俺の記憶の最後では全力ダッシュの勢いそのままに顔面から地面にダイブした記憶があるが、今の俺の体には傷ひとつない。
ルーサーの言っていた精神内でのイメージトレーニングに近い、というのは、それぞれの肉体の状態を再現しての訓練という意味なのだろう。
元の自分の体とその感覚を再現したから、外と同じように疲れるし、現実の俺ができない動きはここでもできないが、それでも飽くまで精神内の空間での訓練なので今の俺みたいに怪我をすることない、と。
ルーサー自身はこの訓練はイメージトレーニングの域を出ないとも言っていたが、これは想像以上にハードなものなのかもしれない。
ということは、今回俺が出した記録は、精神空間の外の俺が出せる限界と同等なのだろう。
「んで、丸山さんと鳴宮さんは分かったけど、アルサス君とエテュミアさんは?」
「まだここにはいない。」
「と、言いますと?」
「まだテスト継続中だ。」
は?うっそーん。
身体能力一般人、下手をすればそれ以下だけど、この俺ですら10分保たずに脱落したんだぜ?それなのに、それから30分経った今もテスト継続中?
なんだよ、一生追いつける気しねーよー!
「そういや鳴宮さんはもう脱落しちまったんだよな?いつ?」
「君の脱落から約十分後に脱落だ。記録は20分42秒、順位は5位中3位。」
鳴宮さんはまだ人間の範疇だ。
だけど、アルサス君とエテュミアさんはどうなってるでしょーか。
ちょっとパネェんじゃねーのか、と。
確かに、アルサス君は一番持久力がありそうとは言った。
それに加えて、エテュミアさんも俺の予想以上に持久力があった。
それだけなら良い、何ら驚くことではない。
だけど、もう40分近くも走り続けるとか、ヤバすぎー。
40分とか、ちょっと短いけど今の時点でほぼ学校の一限分の時間と同等だ。
授業で同じように持久走をやったら最初から最後まで走り続けてるってことでしょ?
ウン、無理だね。無理でーす。
「・・・終わりそう?」
「いいや、この調子だとまだまだしばらくは続くだろうな。」
「ヤバイヤツラヤデ…。」
それからさらに20分ほど経過した後、一時間経過として、ルーサーが強制的にテストを切り上げ、二人を俺たちの居るここに転移させていた。
もちろん、それまで二人とも脱落することなく走り続けた。
(その後…)
「え、えっと、ただいま戻りました!」
「うん、戻ったよ。」
この人達のフィジカルヤベー、一時間走ってただけでもヤベーのに、走り終えてからすぐルーサーの転移で戻ってきたのに全然息切れてねーじゃーん。
古本屋なのに本ねーじゃーん。
ねぇ、ちょっとふざけるのやめてもらって良いですか?
俺がそんなことを思っていると、俺とルーサーを除いた4人が戻ってきてから話を始めているようだった。
「あ、2人ともお帰り。途中からだけどルーサー君に見せてもらってたよ。すごかったね!」
「ふふん、です!すごーく頑張りました!」
「あのさぁ…本当、2人ともどういう体力してんの?」
「走るくらいならずっとできそうかな。」
聞こえてる範囲だけでも、約一名言ってることがとてもズレている。というかおかしい。
とりあえず、俺もそっちの方に行こうか。
俺は木陰から立ち、四人の居る方へ向かっていき、俺は簡単に挨拶をする。
それの後にルーサーも話し始めた。
「みんな、持久走お疲れ様ッス〜。」
「さて、持久力のテストはこれくらいで良いだろう。それで、次のテストだが…。」
それからの俺たちは簡単な体力テストのような競技を複数行った。
握力を測ったり、握力を測った後怖いもの見たさでアルサス君に手を握ってもらって悶えたり、反復横跳びの記録を測ったり、50m走の記録を測ったり、ボールとか1mくらいの片端に重心の偏った棒とかをそれぞれ投げさせられたりなど、色んなテストを済ませた。
その結果を大体でまとめると、アルサス君とエテュミアさんがほとんど同程度の身体能力で、その次には大体俺と鳴宮さん、丸山オジさんは身体能力にはあまり優れていないという結果になった。
それから、体力テストが一段落した後にルーサーが喋り始める。
「身体能力のテストはこんなものでいいだろう。次は…そうだな。魔法系統に対する適性を測ろうか。」
キタァァァァァアアアアア!!!!!
ビバ!魔法!アイライク魔法!アイウォントゥーユーズ魔ッ法ゥ!
失礼、少々取り乱しました。
ようやく来ました、『魔法』です。
ゲームのような夢の世界。
最初にそう言われた時から心の奥底で、もしかしたらと期待していた『魔法』ですね。
ワタクシが人生で初めて王道RPGゲームをプレイした時、ワタクシの心は雨で濡れた子犬のように震えながら、『魔法』というものに対してロマンを抱いたのであります。
それから中学生になってスマホを買い与えて頂いてから、今更、長い歴史を持つ王道バトルアニメを題材にしたゲームにハマり、主人公のセリフを真似したり、変身や必殺技のモーションを家でこっそり練習したりなど、小学生の、特に低学年がやっていそうなことを今更中学生になってやっているガキがオレサマなのですよ。
そう、ビームとか変身とかはロマン!
カッコいい魔法が使いたい!
常日頃から俺はそんな思いを内に秘めながら生きているのであります。
その願いが、今回夢の中だけでも叶うかもしれないということにワタクシ、今、感激しております。
「まずは簡単に適性を測ろうと思う。全員、この球を一つ持て。」
長年のロマンにソワソワを隠せない俺を尻目に、ルーサーがそう言うと俺たちの前に一人一つ透明な球が現れ、浮かんでいる。
サイズは俺の手のひらに軽く収まる程度で、見た目はガラス玉と差がなさそうだ。
・・・今横の方見て思ったんだけども、このサイズなら俺たちは問題ないが、小柄なエテュミアさんだったら両手で持つくらいにはデカそうだ。
「あ、あれ?これ、ちょっと光り始めたんだけど…ルーサー君!?これ大丈夫なのかい!?」
丸山オジさんが球を持つと、不安と驚きの混ざったようにルーサーに尋ねた。
それに平然とした口調のままルーサーは答える。
「ああ、問題なく作用している。その球は持つ者の魔力の適性がある属性に応じて様々な色の光を放つものだ。赤、青、緑、茶、黄、白、黒の色がある。これはあくまでも魔法の属性別の成長性という面で適性の強さを示すもので、適性のあるもの以外にも魔法を行使すること自体は可能だ。」
「なるほど、そうなんだ。それじゃあ僕は緑、茶色と黄色…だね。」
「ふぅん?それじゃぁ、僕のは黒…と、ちょっと薄いけど緑と茶と黄色と。で、色の意味は何?」
「僕は白かなー?あ、でもちょっとだけ黄色、それと緑だー。なら、白と黄色と緑ってことだね。」
「わ、私は…えっと…これって何色なんですか…?」
各々が球の色を言い合う中、エテュミアさんが不安げに声を上げた。
「わー、ナニコレ。ミラーボール?違いそーだけどパリピ感すげーですな。」
エテュミアさんが手に持つ球からは少し見ただけでも、赤、青、緑、茶、黄、白、黒の色が入り乱れ、それらの光が綺麗なグラデーションを描いている。
「あぁ、そうだったね。君の球のその色は、この道具で検査できる属性の全てに対して適性がある状態に見られるものだよ。適性は、赤、青、緑、茶、黄、白、黒の順で、火、水、風、土、癒、光、闇の適性の有無を示している。」
「な、なるほど…?」
ほお、すげー!
なんか、エテュミアさんっていろいろがすごくねー?
ワシより強くねー?
というか、なんだか不自然なレベルで完璧すぎない?
偶然かもしれないし詳しいことも分からないが、身体能力に優れてるだけでなく、魔力でさえ全ての属性に対して適性を持っているというのもそう頻繁にあり得ることではないだろうと思う。
なんというか、作為的な何かを感じないこともない。が、どうせ考えても分かんないし、かわいいからいっか。
俺がそんなバカなことを考えている間にも、他のみんなはそれぞれ自分の魔力について様々反応しているようだ。
「えーっと、緑は風で茶色が土、黄色は癒属性だったかな…?直感的な感じでイメージしやすいね。」
「僕は風と土と癒と闇?正直、まだあんまりイメージしにくいよねぇ。ハズレじゃないと良いんだけどさ。」
「風、癒、光。の3つだねー。僕の。」
まあ、他の人のことは一旦さておかせて頂くとして…俺もそろそろ現実を見るとしよう。
今、俺の右手の上にある球は魔力の適性を検査するもので、その球を持つ者の属性別の魔力適性の強さに従って一定の色の光を発するものだ。
それで、だ。
何が起こっているのか皆目見当がつかないのだが、というか、見当をつけたくないと思っている自分が八割なのだが、他の人の手の内にあるものとは違い、俺の手の内にある球は一切の光を放っていなかった。
そう、光っていないのだ。
「ねーねールーサーさーん。オレのコレ壊れてたりしない?」
俺がルーサーに対してそう声をかけると、ルーサーは訝しげにこちらに視線を向けてくる。
「・・・いいや、君の球にも動作に不具合はない。貸してみろ。」
「うい。」
俺は右手に持った玉をルーサーに軽く投げ渡す。
ルーサーがそれを右手で受け取ると、その球からは黒っぽい光が放たれた。
よく考えたら黒い光ってなんだ、まあ良いか。
「これで動作に問題がないこと、分かってもらえたかな?」
「えー?マジで?俺の光らなかったんだけど…。」
「ああ、その通り、これは正常な挙動だ。そしてこの結果から分かることも一つだ。」
俺がルーサーに対して球が光らなかったことを伝えると、ルーサーは納得したように頷きつつそう言い、少し長い息を吐いた。
心なしか嫌な予感だ。
「単刀直入に言わせてもらうが、君には適性がないようだ。つまり、基本的に魔法は使えん。」
ハイ、泣きまーす。
もう、ね。
涙チョチョ切れMAXですよ。
俺、魔法使えないとか本当何のためのファンタジーなんだよー!ちっきしょー!!
「泣きますよ?いいですね?」
「好きにすればいい。とはいえ、そうだな…。ここからは君たちにそれぞれ別の修練を課すとしようか。」
ハッハッハ、どうやらルーサーさんでもコレは手の打ちようがないのでしょうね。
だって全然言及しないもんね。
さようなら、俺の魔法使いライフ…。
「代わりと言っては何だが、君には魔法に代わる戦闘の手段を指導しよう。今回はそれで手を打ってくれるかな?」
「ちぇー、分かったよー、しゃーねーかんなー…。」
もう無理なもんは無理として諦めるしかねーですな。
魔法は他のヤツに任せるっ!
俺はテキトーに遊ばせてもらうかんな!
オレサマの活躍、目ぇかっ開いてよく見とけー!
「あ、そういえばさ、魔力がねーヤツってどんくらい居るんだ?」
「特別な原因があれば、世界に一人居るかどうかだな。」
「なんだよそれーっ!!なんなんそれーーっっ!!!!」
殆ど同じことを二回に分けて言ってしまったことはさておき。
何で運が悪い方にそこまで運が良いんだよっ!
その運があんなら、将来宝くじ買ったときに一等当たる方がずっと嬉しいってのー!!
そりゃ誰でもそう思うだろってのー!!
ふぅ、落ち着いた。
わー、急に落ち着くなー。
・・・信じられるか?これずっと一人でボケてるんだぜ?
俺が悲しみのセルフボケ・ツッコミに暮れていると、ルーサーが全員に対して話し始める。
「さて、これからは全員別行動だ。それぞれ僕の考案した訓練をこなしてもらう。内容は主に各人の長所を伸ばすものだ。詳しくは僕がそれぞれ説明する。」
ルーサーがそう言うと、一瞬だけ彼の体に靄がかかったように見えた後、分裂したかのように彼の体が5人に増えた。
「うわっ!増えた!大びっくり案件ですねコレ!」
「わわっ!?る、ルーサー君!何これ!?」
「ふーん、多芸なもんだね。」
「わー、分身の術だ。ニンニン。」
「そ、それをやるなら先に言ってください!びっくりしちゃいます…。」
「あぁ、すまない。驚かせたかな?それは申し訳ないことをした。これからの修練は、僕が全員にそれぞれ一人ずつ付いて行う。それでは、各自最も近い僕の指示に従ってくれ。」
え、何、どゆこと?
ちょいとばかし頭の容量オーバーしてますね。
えーと、とりあえず突然ルーサーが分身して、それぞれ一人につきルーサーが一人、訓練の監督官としてついてくる訳ね?
うん、どゆこと?
なんで突然分身してるのかしら、ワタクシ分かりませんわー。
そう思っていると、分身したルーサーが一人こっちに近づいてくる。
「君には本体である僕が付いてやる。感謝すると良い。」
「わーいわーい。うれしー。うん、どゆことー?」
「はぁ…簡単に説明すれば、ここは精神内の空間だ。今の僕や君たちの体は、精神がそのまま自己認識の通りの仮の体になっている。その状態から、自分の共有意識のもと、意思を複数に分割しようと試みた時、分割した数に応じてこの空間内でのみ自動的に体を持つことができる訳だ。」
あー、うん。
分かってないけど、まあ、分かったとしませう。
とりあえず、全員の修行を見るために全員分の人数に合うだけ分身した、ということで、細かい原理とかそういうのは気にしないことにしよう。
「分からん!けど、分かった!ハイ!この話おしまーい!」
「それならそれで構わん。さて、そろそろ修行場に移動する。行くぞ、ついてこい。」
ルーサーは手を持ち上げ、こちらに手招きするような動きをしながらそう言う。
「おっけーおっけー、んじゃ、みんな一旦またなー。頑張ろーぜ!」
俺はそれに従ってルーサーについていこうとするが、その前に一度他の四人に振り返り、一時の別れの挨拶をする。
それに対して四人がそれぞれ返事を返してくる。
「み、みんなそれぞれ頑張ろう!みんなの役に立てるように頑張ってくるよ!」
「ハイハイ、僕も最低限は頑張るけどさ。あんま期待しないでよー?」
「うん、僕も頑張るね。久しぶりにたくさん動けそうかな。」
「わ、私も頑張りますっ!えっと、またね!」
全員の言葉を聞いてから、俺はルーサーの方に向き直り、彼の進む方についていく。
さーて、ルーサーの修行計画がどんなものなのかは知らないが、できれば効果の高いものを期待したいというのが本音だ。
そうは言っても、人生というものにはえてしてローリスクハイリターンな物事は少ないものだ。
今回もおそらくその例に漏れることなく、得られるリターンに応じてリスクやコストも増大することだろう。
とはいえ、一体どんなものになるのだろうか。
不安半分期待半分と言ったところか。
ルーサーが移動するのにしばらく着いて行きながら、俺はそんなことを考えていた。
「この辺りで問題ないだろう。続きはここで行う。」
「おっけー牧場。そんでさ、俺はここでどんな修行すんの?」
そもそもテストを受けはしたが、俺自身に適した戦い方とか俺は全く分からないし、テストの結果がどう影響したのかも分からない。
修行内容も自分がやることになるものだから、把握しておくことも重要だろう。多分ね。
「そうだな…よし、まずは走れ。走る範囲は君の学校の運動場のトラック一周分の白線を引いておく。」
「え、もう走るのやだよ?」
「・・・。」
待って待って、ちょっと怖いのですけども。
笑顔で固まるのはやめてくだされ。
しかもなんかよく見たら目ェ笑ってねぇし。
あれ、もしかしてコレ拒否権ない感じー?
「いやー、さっきの持久走でもう走るのは嫌だっていうかさー?というか、ここで走っても体力…。」
「拒否権があると思うか?」
「持っている権利は最大限主張させて頂きた…『それなら、もう一度眠ってから考え直すか?』ハイ、やらせて頂きます。」
諦めMAX確定演出出ました。
いや、だってもう、ルーサーさんああやって言いながら、肘より少し高いくらいに持ち上げた右手の掌の上に、なんかヤバそうな黒色の炎みたいなヤツ出してるんだもん。やだって言ったら絶対死ぬね、オレ。
という訳で、うっすら分かってるかもしれないけど、俺はこの先に途轍もなく嫌な予感を感じてるんだ。
多分俺はもう少ししたら地獄を見ることになる、そんな予感が…ね。
みんな、今までありがとう☆