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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
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三話 アホの全力

「へ?あ、ここでやるんだ?急に視界ジャックでちょいびっくり案件でしたね。」


「ああ、ここの方が何かと都合が良いからね。」


 俺とルーサーがそんな風に話している時、鳴宮さんが笑いながら俺に対して話しかけてきた。


「話は聞いてたけど、ただの遊びなのにわざわざ修行なんてやるんだ?ま、頑張んなよ〜。」


「君たちにも参加してもらうが。」


「「え?」」


 ルーサーの短く言い放った言葉に、丸山オジさんと鳴宮さんが完全にシンクロして答えた。


「話は聞いていたんじゃなかったのか?僕はずっと『君たち』に、感覚を身につける修練をさせると言っていたんだが。」


「ぼ、僕は体を動かすのが苦手だし、見てるだけの方が…。でもまあ、ずっと見てるだけっていうのも申し訳ないからその方が良い…かな?」


「いやいや、そういうめんどくさいのはそっちに任せたいんだけど?あと、それについて他の二人はどう思ってんのさ。」


 丸山オジさんは運動が苦手だから積極性は薄いが、参加しようという気持ち自体はあるらしい。

 だが、鳴宮さんはあまり乗り気じゃなさそうだ。

 これは説得に時間かかるパターンか?

 そんな風に思っていると、アルサス君とエテュミアさんがそれぞれ答えた。


「僕も久しぶりにあっちで遊んでみたいとは思ってた。修行の話も、遊ぶ前のリハビリって考えれば悪くないかな。」


「わ、私もやっていいってことですよね…?それなら、私もやりたいです!」


 アルサス君もエテュミアさんもやりたいって思ってたんだ。

 まさかそこまで大人気な感じだとは思ってもいなかった。

 まあ、何はともあれ。


「どうやら、君以外は賛成のようだが君はどうする?」


 鳴宮さん以外は全員やる気ありっていう訳だね。

 この流れなら、多分鳴宮さんも彼の性格からしてやらざるを得ない。

 これまでも、多数決で決まった内容には余り逆らおうとしたことはないから、今回が例外でなければ問題はないだろう。


「はぁ、分かった分かった、じゃあ僕もやらせてもらうよ。でも、あんまり厳しくしすぎないでよ〜?」


「意見は揃ったな。それじゃあさっそく始めよう。」


 ルーサーはそう言うと、パチンと指を鳴らす。

 その音がこの空間に響き渡るのに呼応して、周囲の景色が切り替わっていく。


「おお、すげー!運動場よりずっと広え!」


 景色が全て変化し終えた頃には、俺たちの視界に移る景色は見渡す限りの青々とした草原に切り替わり、太陽の日差しが俺たちを照らしている。

 ルーサーは、この修練は俺の精神世界の中で行う以上イメージトレーニングの域を出ることはないと言っていたが、今の俺の体の感覚は外の世界の感覚と何ら変わらないように感じる。

 ぼーっとしていたら精神内の空間であることを忘れてしまいそうなくらいだ。


「まずは基本的な体力のテストから始めようと思う。君の学校で行われるものと大差はない。」


 ルーサーは俺の方を見ながらそう言う。

 俺はその言葉を聞いて、内心に思い浮かんだ嫌な記憶を隠すかのように声を上げる。


「えー!?俺体力テスト苦手なんだけど!?総合評価でC以上取ったことないし!」


「運動か…。頑張らないと!」


「どう意見したって、君がやるって言ったからにはこっちに拒否権なんて無いんでしょー?」


 丸山オジさんは少し落胆したように呟く。

 運動が苦手なのは仕方がないが、やる気自体は失っていないようで安心だ。

 鳴宮さんは若干不貞腐れてはいるが、もう反対することも諦め始めたようだ。


「いっちに、さん、し。」


「ほーいほい、ほい、ほい。」


 エテュミアさんはいち、に、と掛け声を小さく呟きながら、アルサス君はエテュミアさんの掛け声に合わせてほいほい、と声を出しながら準備運動を始めている。

 これは順応性『高すぎ』からの『たか杉田玄白』ですね。マジ解体新書。

 ・・・冷静にみてみると、俺マジで何言ってんの?

 頭の中でふざけて、後になって冷静になると自分の頭のおかしさに気づく。

 ここまでが俺の頭の中でのおふざけのワンセットだ。

 俺の心の中で行われるいつものとは正反対に、冷静な声色でルーサーは語り出す。


「最初は君たちの持久力を確認する。まず最初にテストのルールを説明させてもらおうか。」


 ルーサーはそう言うが、先程俺の学校でやるヤツと大差が無いとも言っていた。

 まあ、体力テストと考えれば俺の知るものと大きな差を作ることはなく、おそらく多少異なっている程度だろうと思うが、万が一全然違ってたら困るし、ルールの説明は真面目に聞いておこう。


「まず、君たちの準備が終われば全員で横一列に並んでもらう。僕が同時に開始の合図を出す。それを聞いたら全員走り出しだ。君たちが走り出した後、君たちの後方から遅れて白線も進行を始める。その白線に3秒間追い抜かれた状態を維持した場合、その人物はそこでテスト終了。また、一定時間毎に白線の進行速度は上昇する。白線の進行開始時、白線の接近時、白線に追い抜かれた時、白線の加速時、テスト終了時にそれぞれ個別に通告する。以上がルールだが、理解できたかな?」


 突然それなりの長台詞でルールを説明し始め、俺は一瞬混乱しかけたが、冷静に情報を受け取ってみると、俺の学校の体力テストとは少し形式が違うがそこまで差が激しいものでもなかった。

 ルールも複雑というものでもなく、ただ走っている間、白線に追い抜かれないようにある程度の速度を維持させろっていうものだ。

 要は、ちょっとハイテク持久走か。

 ってことは、絶対終わった後とか…フフッ…オラしーらねっ。


「ウッス。」


「うん、分かったよ。」


「はいはい、りょーかい。」


「わかった。」


「分かりました!」


 全員ルールの理解は全く問題ないようだ。

 それは良いとして、ンまっっっったくやりたくないっっっっ!!!

 さて、覚悟決めるか。

 よし、覚悟決めた。


「それなら、全員準備ができたら呼んでくれ。」


 やりたくないけどやんなきゃ終わらねぇなら、さっさとやってさっさと済ませる他ない。

 理解は既にできている。

 ただ、理解できたとしても納得とは別のもので。

 苦しいのは確定している。体育のシャトルランが終わった後は心肺に負担を受け、全身の筋肉が思うように動かず、胃の中身が口から出てきそうな感覚がする。そんな、疲れ切った時に確実に襲ってくるあの苦痛。

 なんだかんだ言って、今回もそうなることが目に見えている。

 嫌だ、と思ってもやらなかったらルーサーに何をされるか分かったものではないので、結局やる方がマシなのだろう。

 各段落の頭を縦読みで、『やりたくない』っっっっっ!!!

 フッ、決まったな。

 ・・・なにが?

 ルーサーは一通り説明し終えた後、少し離れた場所に移動し、どこからか取り出した本を読み始めていた。

 どうやら、俺達の準備ができるまで待っているようだ。


「みんな、準備運動とか大丈夫かな?怪我しないように念入りするようにね!」


「マルさん、了解ッス。」


 丸山オジさんの言葉を受けて俺も準備運動を軽く始める。

 俺は中一の時の体力テストの50m走で、準備運動の不足が祟ったのか足を肉離れしてしまった。

 その後に病院でレントゲンを撮った時、小学校の頃から多量の駄菓子を摂取していたせいか、身長に貢献した足の殆ど全てが筋肉だったことを知った。

 あー、まーた、寄り道トークしてる。

 にしても、丸山さんっていつも周りの人を気遣ってるよなー…マジすげーわ。俺はもはや余裕ナシ。


「はぁ、元気出しなよ。僕だってやりたくてやる訳じゃないんだからさ。君が静かだと張り合いが無くて困るよ。」


「そッスよね。頑張るッス。」


 鳴宮さんは普段は皮肉屋なところがある…というかほぼ全てだけど、こういう苦しい時にはそれとなーく助けてくれたり気遣ってくれたりする。

 それを口に出したら、『余裕ありそうだね』って言って、いつもの皮肉屋な感じに戻っちゃうんだけどね。

 困った時には頼れる大人な感じが安心できる。


「いつものおふざけが今は大人しいね。」


「ちょっと何言ってるのか分かんねぇッス。」


 アルサス(こいつ)はいつもブレない。

 そのブレなさ、俺のおふざけ力を高めることにも繋がりそうだ。

 そんな力を高めたところでどんな意味があるのかは俺は知らない。

 とはいえ、なんだかみんなすげぇよな。

 みんなどっか見習いてぇとことか尊敬したいところがある。


「あ、あの…私も頑張るので一緒に頑張ってくれると嬉しいかもです…げ、元気出してください!」


「あー、かわいい。」


 応援有り難ぇッス。身に染みるッス。

 あれ、気のせいかもしれないけど、気のせいじゃなけりゃさっきの口に出すべき言葉と心の中で思うだけにすべき言葉が全く逆になってない?

 とはいえここまで来たらなりふり構うことなどやめてしまおう。

 頭撫でても良いですか。

 あ、口に出てない。


「あぅ…。」


 あれ、エテュミアさんがなんかちょっと俯いてる。

 それに、なんか顔がちょっと赤いね。

 このままだとぷしゅーと音を立てて蒸気が上がりそうなくらいに。


「え、えっと、ありがとうございます…。」


 エテュミアさんはそう言い終えるとこちらに背を向けて小走りで離れ、少し離れたところでうずくまってしまった。

 あぁ、ゴメン。なんかほんとに機嫌悪くさせちゃったんかもしれない。

 後で謝りに行こう…。


「あぁ、ごめん…。」


「ま、別に機嫌悪くした訳じゃなさそうだけどねぇ。」


 罪悪感から、彼女に聞こえていないような声でそう呟いた俺に、鳴宮さんは声をかけてくれていたが、俺の耳には届いていなかった。


「そろそろみんな準備できたよね?うん、できたよね。」


 アルサス君、最初は質問したのにすぐに断定的に言い切ったよね。

 間違いなく退屈に耐えかねて、さっさと始まれって思ったのが表に現れてしまったのだろう。

 とりあえず、俺もその声を聞いて準備運動でしゃがんでいた姿勢から立ち上がる。


「僕はもう大丈夫だけど、他のみんなは?まだもうちょっと時間が欲しい人っているかな?」


「ヘーイ、時間欲しい人手ぇ挙げて!?」


 丸山さんが周りの全員に聞こえるようにそう問いかける。

 その質問に対しては誰も時間が必要と答える人は居ない。

 やりたくないという気持ちを、テンションの高さで無理矢理やる気に変えつつ問いかけたものに対しても同様だった。


「も、もう大丈夫そうなら、ルーサー君を呼んでくるね?」


「おう、おねげぇしますっ!」


 俺が丸山オジさんにそう言うと、オジさんは少し離れた位置に移動し、待機していたルーサーを呼びに行く。

 ルーサーと丸山オジさんが一言二言ほど言葉を交わした後、二人はこちらに向けて歩いてくる。


「準備ができたと聞いた。問題なければ一列に並んでくれ。順番は気にしなくても良い。」


 ルーサーのその言葉に従って俺達は横一列に並び、各々走り出すため構える。

 ルーサーは俺達五人が全員自分の位置に立ち終え、走り出せる状態になったことを確認してから、少し大きな声で宣言する。


「それではテストを始める!3秒前。3、2、1、始め!」


(っしゃあ!やったらぁ!)


 俺は開始と同時に全力ダッシュ!はすることなく無理のない速度で走り始める。

 こういう、一定時間続けるのではなく自分の体力が尽きない限り続くテスト、今回の持久走みたいなテストで開始と同時に全力で走り出すなどしようものなら、最速で終了が確定してしまう。

 ちゃんとした記録を残すためにもここでのおふざけは流石に我慢だ。

 大丈夫、今さえ我慢できれば…直におふざけをする余裕もなくなる筈さ。ほんっと嫌だけどね。


(にしても…始まったばかりだしみんなまだ余裕そうだな。なんてことを考えてはいるが俺もう既に息切れ始めてるんですけど。クルシ。)


 この中では誰が一番体力があるのだろうか、少なくとも俺はこの中ではあまり体力がない部類に入るだろう。

 俺の目線で、見た目で判断すれば一番走れそうなのはアルサス君か。

 まあ、見た目以外に俺は判断材料を持たないから、どうなるかは全く分からない訳ですけども。

 そんなことを思っていると、


『連絡だ、5秒後に白線の進行が開始する。5、4、3、2、1、開始。』


 というルーサーからの連絡が聞こえてきた。

 こ、こいつ…!?直接脳内に!?

 俺のようなボケたがり星人からすれば、こういったことがあればこのテンプレセリフを言わざるを得ない訳だ。

 白線の内側でお待ちくださーい。お待ちくださったお客様はテスト終了になりまーす。嫌なら走れっ!!イヤァァ!!

 こんな状態でもおふざけをやめられない自分に対して、自分でもやべー奴だな、とは思う。

 とはいえ、まだ走り出しから一分も経っていない。

 今は一秒でも長く記録を伸ばせるように努力するべきだろう。


(5分後…。)


 ヤッベ、大分…大分キツイ。

 今、俺の喉から肺に繋がる気道、めちゃくちゃ苦しくなっております。

 肺自体も大分ヤベーのでございます。

 それに、ちょっと足が重い。3、4キロのおもりがつけられてんのかってくらいには、動かしにくくなっております。

 ちなみに、走っている間最初からチラチラと横の人達を見てた訳なんですけども、既に俺の真横とそれより後ろの方に丸山オジさんの姿が見えない訳でございます。

 多分、彼は…もう…。

 あと、さ…、俺よりかなり前の方にアルサス君が走っているのが見える。

 それは予想通りなので構わないが、加えて鳴宮さんもアルサス君の少し後を着いていく形で走っていて、俺の思っていた以上にスタミナがあるみたいだ。

 それに…何より…。

 その先のことも、当然のように考えていたことがあった訳だが、その思考を遮るように俺の脳内へ直接声が語りかけてきた。


『白線が君の後方5mに接近している。留意しろ。』


 えぇッ!?ちょッ!!

 マジ…ッ、キツ過ぎMAXゥ…ッ!!!

 それを最後に、俺は思考をやめた。

 俺の背後わずか数mにまで接近した白線から少しでも距離を稼ぐために走るペースを上げる。長くは保たないかもしれないがこれで白線から少しは距離を稼げることだろう。

 それ以降俺は最後の時、その寸前に至るまで言語的な思考は放棄した。


(さらに3分後…。)


 俺の感覚では既に一時間近くの時間の流れを感じていたのだが、実際にはまだ十分程度しか経過していない。

 それだけ俺の持久力の貧弱さが凄まじいということだ。

 ヤベェ…マヂ…ゲンカイ…チカイゼ…ベイベー…。

 順位は前に言語的思考を行った時点から一切の変化が無い。

 周囲の持久力はそれだけのものがあるということだが、俺からすれば、俺の前に立つ人々と俺の位置関係の変化が、ただ差が広がるばかりで薄いため、まるで自分だけが一切進めていないような錯覚に陥ってしまったことが恐ろしい。

 俺の持久力でみれば実際は思い込みも何も影響しない程度のものだったのかもしれないが。

 やっぱり何より一番意外なのは…エテュミアさんが一番速ぇってことよ…。

 エテュミアさんは俺達の中だけで見ても、一般的な体格で見ても小柄な体躯をしているのだが、それを感じさせない軽快なテンポと速度で先頭を走り続けている。

 そして、俺の少し前には鳴宮さんが少し思い足取りで走っている。

 最初と比べてペースが僅かに落ちているように見えるから、少しは疲れが出てきたのかもしれないが、この調子ならまだしばらくは続きそうだ。

 鳴宮さんの少し先に、アルサス君が走っている。

 アルサス君は終始ハイペースを保ったまま走行を続けており、彼は『アイツ、マジなにもんだよ?バケモンだよ。』という印象をワタクシに植え付けております。

 そして、エテュミアさんはそんなアルサス君よりもさらに先を走っており、最初から一切ペースが落ちていない。

 想像に反してなかなかすごいね。

 かわいいだけじゃなくて体力もあるなんてすごい。

 ・・・あっはっは、そろそろ本気で限界なのかもしれない。

 なんたってエテュミアさんの話になって急に思考力が下がったもんね。

 ウン、多分偏差値2。良くて。良くてコレね。


『白線が再び接近している。留意しろ。』


 ルーサーの声が頭の中に響いてきた。

 既に俺は限界寸前で、足取りも覚束なくなってきた。

 地面に対しての平衡感覚が弱まり、自分が地面に対して正しく地面を踏み締められているのかどうかも怪しく感じる。

 切れた息のまま、口を開いて呼吸を続けたため、既に喉がカラカラだ。

 頭で何かを考えることも既に殆どできなくなっており、ルーサーの声が頭に響くのも少し遠くからの声に錯覚してしまう。

 多分…ここらがマジの限界だ…っ。


『白線が君を追い抜いた。カウントを始める。3…。』


 とうとう…抜かれたか…。

 俺が一体どれほどの記録を出せたのかは分からないが、それでも俺にとってはかなりの好成績だろう。

 はあ…結局、最初から最後まで前三人には届いてねぇ…。

 元の力が最初から違い過ぎたんだろうな…。

 だが、例え持つ力に隔絶した差があろうと、才能に天と地ほどの差があろうと。

 それを諦める理由にはしたくねぇよな…。


『2…い』


「だぁぁぁぁぁぁああああああっっ!!」


 俺は最後の力を振り絞り、声を上げ、足に全身全霊の力を込める。

 ここからは、最後の最後の追い上げだ。


『ほう、再び白線を超えたか。良いだろう、継続だ。』


 俺は走る足に力を込めて加速する。

 これによって、果たしてどれだけの速度で走ることができているのかは既に分かっていない。

 だが、俺はそんなことを気にすることなく、開始から一度も届かなかった背中に届くため、俺は足に力を込める。

 もはや呼吸をする余裕も無い。

 ルーサーが俺に対してほんの少し感心のこもった声を上げていたのすら、俺の耳には一切聞こえていなかった。

 加速する。

 目指すは先頭。

 鳴宮さんよりも、アルサス君よりも、エテュミアさんよりも先。

 既に限界を迎えたはずの俺の足に、どこから湧き出したか、空っぽの力が乗っていく。


「ハァ…今キッツいんだから…もー…。」


「・・・最後の最後の全力みたいだ。最後まで頑張って。」


 鳴宮さんとアルサス君を追い抜いた。

 その加速は止まぬまま、さらにそこより先に立つ者の背へ向けて加速を続ける。

 俺の耳にキーンと静寂が響く。

 肺と気道の訴える苦しさは呼吸を忘れることで一時的に気付かないでいる。

 後のことは関係ない。

 ただ、一度だけでも追いついてみたい。

 その自分中心の勝利に対する欲望が、俺だけが進めていないという錯覚に感じた恐怖に打ち克たんとする思いが、俺の体を、足を加速させていく。

 その速度はエテュミアさんの現在の走行速度を優に超え、驚異的な速さで距離を縮め…


「ひゃっ!?び、びっくりです…!?」


 ようやく、追い抜いた。


「キッ…ツ…。おつ…かれ…MAX…。」


 そして、ズシャァ!と、倒れるようにすさまじくコケた。

 ええ、それはマジですさまじくね。

 顔面から全力ダッシュの勢いのまま地面にGO!したのでね。

 俺は過度な疲労でそのまま気絶するように意識を失い、目を覚ましたのは持久力テストが終わった後なのであった。

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― 新着の感想 ―
 持久走は精神修行になりそうですね…主人公が最後に出した火事場の馬鹿力も臨場感を感じて良かったです!
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