一話 六分の四は不満足
!注意!
・この作品には作者のクソみたいなボケ要素が多量に含まれます。苦手な方はご注意ください。
やあみんなはじめまして、唐突だが俺は今、すごく死にそうになっている。
肉体的にではない、精神的にだ。とはいってもいじめやらハラスメントやらそういう深刻なものじゃない。
全力で運動して一歩も動けないくらいに疲れ切ったにも関わらず、その疲労を強制的に回復されてまた全力で運動をする、これをかれこれ…何回だろうか?
十回を越えた頃から忘れてしまった。というか、そもそも数える余裕がないほどに疲れてしまうのだが。
なぜこんなことになってしまっているのか、その原因は学校帰りに遡る…。
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俺の名前は『恵雨隆公』。よく、どこかジジ臭い名前だと言われるが、立派な中学二年生。
俺は身長も成績も平均的な、特に特徴もない一般中学生だ。
身長も体重も平均、運動神経も成績も特に目立つ所はない。顔も周囲からはよく、どこかバカっぽ…もとい親しみやすい顔立ちだと言われる。
そんな、所謂フツメンと称される人間である俺は、これまでの人生も大きな苦労をすることなく生きて来た、のだが…。
俺は今、学校が終わってからいつものようにキコキコと一人自転車を漕いで家に帰っている。
友人と共通の話題で談笑した後、当たり障りのない別れの挨拶をしてから自転車に乗り、アスファルトの道を駆けていた。
重い荷物を背負い、疲れかけの足で何も考えずペダルを漕ぎ帰途を辿る、そんな時間は何かを考えるのにはうってつけだ。だからこそ今、俺のちょっとした隠し事…というか悩みを思い出し、少し気分が沈んでしまっていた。
その、悩みというのは…。
『おや、僕らのことを悩みの種扱いかい?良い身分になったものだね。』
『ま、まあまあ、彼もそういうのは気にする年頃だと思うし、多少は大目に見てあげても…。』
俺には、今こんなことを考えてる俺以外にも複数の人格が宿っていることだ。今は出ていない人格も含めれば5人ほど。俺含めたら合計6人。
『そういう君も、彼からとってみれば悩みの種の一つかも知れない訳だが。』
先程の、こういう上から目線で憎まれ口を叩くのは『ルーサー』という男だ。
彼が俺の思考を覗き見ての発言から、何かしら会話に発展しそうな予感がしたので一旦俺は素早く俺の意識の中にいる彼らから精神内で距離をとり、隠れて様子のみを見る。
アヤツはスラッとした長身で、紫紺の輝きを湛える瞳と髪の、キリリとした正統派イケメンな感じ…と言えば聞こえこそ良いものの、大体はこちらのことには無関心で、どこからか取り出した本を読んでいる。
そして俺が心の中で、特別隠そうとせずに考えたことを不定期に覗いて来ては、毎度毎度上から目線な口調と、どこかこちらを見下したような言葉遣いでアドバイスをしてくるのだ。
いつも助かってます。
言葉選びこそ憎まれ口に近いものに偏っているが、その言葉の内容自体は簡潔で正鵠を射たものなのだ。
『そ、そんなこと!ないよね…?隆公くん?』
今こうやって不安げな視線を向けて来ていそうな雰囲気を感じさせる男は『丸山照実』。
大人しい性格に加えてとても優しくお人好しで、髪が少しボサボサで理科の教師がたまに着てそうな白衣みたいな服を崩れた着こなしで着てはいる、総合的に見てかなり頼りない雰囲気のオジさんだ。
ちなみに、年齢は二十代らしいのだが、身だしなみの大雑把さも相まって本当にオジさんのように見えてしまうので、心の中だけでオジさんと呼ぶことにしてます。
『は〜ぁ、賑やかなもんだよ。そんなことでいちいち不安がらなくて良いでしょ?オジさん。』
今突然現れた、若干嫌味な印象を受ける彼は『鳴宮透』。
手入れが雑で、若干質の荒れた髪だったりシャツがズボンから一部出てしまっていたりと、皺の多いスーツ姿からはこれまた大雑把な印象を受けるが、何かと周囲をよく観察し、ずる賢いところもある。
普段の態度から軽薄で、若干自己中心的な気質があるため、丸山オジさんと頻繁に口喧嘩になっている。(オジさんの反応がいつも素直でからかいがいがあると本人は面白がっていたのだが、それはオジさんには内緒だ。)
とまあ、こんな感じで。俺の心の中には複数の人格が宿っているらしく、不思議と精神の中に空間があるかのように、彼らの声が聞こえ、彼らの姿も伝わってくるのだ。
今居る俺以外の3人に加えて、後二人ほど。
また、人格それぞれの意思一つで姿を隠したり、自分の精神領域に戻ったりもできるらしい。
・・・これはルーサーから過去に聞いた話なのだが、俺にとっては少し奥が深過ぎて理解できていない。断じて俺の理解力が不足しているわけではない。断じて、ね。
『そんなことって…彼にとって今は大切な時期だし、それに、一緒に居る人が気分悪く過ごすのは心苦しくないかい?あと、僕は27歳だから!オジさんじゃないよ!』
『あっそ。君がどう思ってるのかは知らないけど、苦しかろうと一緒に居るしかない訳だからさぁ、お互い慣れれば良いんじゃない?』
『今日は何の話をしてるのかなー?』
今、抑揚の少ない冷静な声でありながら、おちゃらけた言葉選びで問いながら現れた男の名は『アルサス・グレイド』。
冷静な性格なのかと思ったら突然突飛なことをしたり言ったり、天然ボケをかましたり、変な部分で伸ばし棒を付けたような喋りをする、この中では多分一番の変わり者だ。
名前からして多分外国人なんだと思ってる。とは言ってもどこの国かとかは全然分からないけど。
あとすごくイケメン。
目が青色で金髪だし、服もなんだかファンタジーさを感じさせ、俺の周りではあまり見かけないものなので、おそらくはどっかの民族衣装なのかな、と思っている。
総合して言えば、黙ってたら絵になる。黙ってたら。
喋れば言ってることがトンチキすぎて俺は笑いが込み上げてくる。
『あぁいや、大したことじゃないんだけどさ?オジさんがオジさんって呼ばれるのにちょっと怒っちゃってねぇ。』
鳴宮さんはどこかふざけたようにヘラヘラ笑いながらそう言い放った。
それに対して、アルサス君は冷静さを一切崩すことなく返す。
『とりあえず、それだけじゃないのは分かるよー。』
『そ、そう!それだけじゃなくて、隆公くんも繊細な年頃だし、こういう僕達が彼の中に居るっていうのも、彼からすれば気にするところもあるんじゃないかなって…あと、僕は怒ってる訳じゃないからね…?』
オジさんはそう言って俺のことを気にかけているが、なんと言うべきだろうか?彼らの存在が悩みというよりは、俺自身に対する悩みに近いのだ。
こういう多重人格っていうのは幼少期に強い心的なストレスに耐えきれなくなった心がストレスに耐えるため、新たな人格を作ってその人格にストレスを背負わせるやらなんやらするらしい。違ってても責任は負わない。
だが、俺にはそんな強いストレスを過去に受けたことは一度もないはずだ。
普通程度のいざこざはあるが、昔から良い家族や環境に囲まれて生きてきている記憶がある。
そうにも関わらず、俺の中には複数の人格があるというのは、もしかしたら俺って大分中二病なのでは?という嫌な危機感を感じている。
自分は正常な一般人であると思いたい。そうでないと言われたら多分泣いてしまう。
という話は一旦さておかせて頂いて、今は何人出てるんだ?
ルーサー、丸山オジさん、鳴宮さん、アルサス君。
今出てきてるのは4人だから、多分最後の一人は出てきていないのだろう。
そう思っていると、
『あ、あの…。今はお取り込み中でしたか…?』
どうやらたった今、ちょうど出てきたようだ。
おそるおそる、と言った様子でそう話しかける彼女は『エテュミア・フェアンパルス』と言い、俺の中に居る人格の中では唯一の女性である小柄な少女。
性格は礼儀正しく若干人見知り気味で、ですます口調を崩さず、引っ込み思案ではあるが純粋で優しい少女だ。
目の色は向かって見れば左の目、彼女からすれば右目は黄色で、その反対の目は赤色の虹彩異色症(ヘテロクロミア?)だ。
髪の色は白銀とも白とも取れる色でツヤがある。
顔も幼げながらも少し大人びた雰囲気を感じさせるような顔立ちで、正直かなりの美少女だと思う。
マジ初恋以上の初恋だわ。
俺の青春、人生初。大体一回限りだから、それは当然だな。
『あっ、ごめん!ちょっと話しかけづらい雰囲気になっちゃってたかな?』
『ま、ちょっとした世間話みたいなもんだからさぁ?別に気にせずに入ってきて良いんだよ。』
『僕もさー、どういう話かは分かってないんだけどねー?』
『い、いえ!そんなことないです!えぇっと、今はどんなお話をしてましたか…?』
エテュミアさんは少し困った表情ながらも明るく返事をする。
おそらく、話題について行けていない自分に周りが合わせてくれていることに気づき、慌てて周りの話題についていこうとしているのだろう。
そう考えてみれば、健気で可愛げがある部分だと思う。
それで言えば、アルサス君も話題にはついていけていなかったようだが、今回はそれでラッキーだった。わざわざ俺の話題で話し込まれるというのも少し気恥ずかしいものだからな。
そう、色々と考えている間にルーサーは彼らから数歩ほど離れた場所で読書をしているようだった。しばらく静かだと思っていたら…随分とマイペースなヤツだ。
なんて、ルーサーに悪態を突いてる場合じゃない。
今の会話の流れからすると、おそらくエテュミアさんに何の話をしていたのか説明をし始めるに違いない。
そうだとすれば、今俺が素知らぬ顔でテキトーな話題を振ってしまえばここからの話題は何の不自然さもなく切り替えられるはず。
とりあえずは声を掛けて、こちらの言葉に注意を集めるべきだろう。
「あれ、なんか全員揃ってるの珍しいッスね。今大丈夫?」
『あっ、聞こえちゃってたかな?うん、大した話じゃないから大丈夫だよ。』
丸山さんはどこか申し訳なさそうにポリポリと頭を掻きながらこっちに体を向ける。
『あぁ、君も居たんだねぇ?それで、わざわざ言いに来るって、何か話したいこととかあるの?』
鳴宮さんは何もなかったかのようにそう言い放ちながら、体は動かさず、めんどくさそうに頭だけをこちらに向けた。
『何か話してたのかもしれないけど、僕は知らないから大丈夫。』
アルサス君はそう、あっけらかんと言い放つ。
話の内容が分かってないなら大丈夫と言わない方が良いのではないでしょうか。
『わ、私も今来たばかりなので!大丈夫です!』
エテュミアさんは、俺の登場に慌てた様子でそう声を上げて言う。
元来の人見知りのために混乱しているのか、アルサス君と同じように、少し変な論理で言葉を発する。
『全く、白々しいことだね…。』
ルーサーは呆れながらあからさまに嘆息しながら、そう呟く。
どうやらルーサーには、俺がずっと隠れて彼らの話を聞いてたのがバレているようだ。
全員が揃うことはあまり無いが、かれこれこんな会話は半年間のうちほぼ毎日続いている。
俺が会話に入ろうとしただけで、こうまで奇妙な空気感が一瞬で形成される様も、もはや皆が見慣れた日常の一部になりつつあるのだ。その内の半数は、俺が変なボケを挟んで話し始めるからなのだが。
俺は奇妙な空気感を強靭な精神力でものともせずに口を開く。
「そう?それじゃちょっと相談なんだけど、まず俺、そろそろテストが近いのね?」
『まーた提出物が危ないから手伝ってくれっていう話なら僕はパース。自分でどうにかしなよぉ?』
「え、いや、ちょっと待って?」
『僕も勉強は自分でやるべきかなって思うよ…。だ、大丈夫!ちゃんと授業は受けてるし、隆公くんならちゃんとできる実力があるはず!』
「それは良いけど、ちょっと待って?」
『僕は君が勉強するのを横で見てるね。』
「ど、どうしてそんなヒドイことを…そこまでするならちょっと手伝ってよ…って、そうじゃないんスよ。」
『お、お勉強は自分でした方が自分の実力になると思います!その方が将来のためにも良いと思いますけど…。』
「ド正論言われるとワタクシ心が痛いのですが。ってホントに待って!」
前のテスト直前にまだできてない提出物の手伝いを無理を言って頼んだのだが、まさか今になってここまで滅多撃ちにされるとは…。
今回はそうじゃない。
確かにまだ提出物は完成していないがテストまではまだ一週間ほどの時間がある。
今日から忘れずにコツコツとやっていれば課題は問題なく済ませられるはずだ。
だが、テストまでの期間は、テストに備えて普段以上に勉強に時間を使わなければならなくなる。その関係上、俺の趣味のゲームをする時間がかなり限られ、友人を遊びに誘うこともできなくなってしまうのだ。さらに、勉強の息抜きの時間は短く貴重で、多く時間を取るわけにはいかない…。
テストに向けた勉強の必要性と、ゲームをしたい欲求の板挟みとなる。
俺は今回、その辺りに関係する相談をしたいと思っているのだ。
「テスト期間はまだあるから提出物の手伝いは多分大丈夫だと思う。だけど…。」
『だけど?』
そのために、効果の高い息抜きや気分転換の方法が何か無いか相談したいと思ったのだ。
俺の言葉に対して丸山オジさんが相槌を打つのを聞きながら話を続ける。
「テスト期間中って全然遊べないじゃん?だから、休憩時間の有意義な使い方とかないかなー…と。」
少し深刻そうな声色でそう言うと、間髪入れずに鳴宮さんが言葉を返す。
『それならさぁ、休憩時間とか取らずに勉強すれば有意義なんじゃないの?』
「なしで。それができる人間なら苦労してねーです。他は何かない?」
全くもって誇れたことではないが、休憩時間を使ってまで勉強を続けるほど俺は勉強熱心ではない。
というか、俺の偏見ではあるがそれができるのは余程の努力や勉強が好きな人くらいではなかろうか。
俺が心の中でそう怪訝に思っていると今度は丸山オジさんが答える。
『そうだなぁ、それなら、合間に少し運動をしてみるのはどうかな?』
「空き時間は夜くらいだと思うんスけど、夜は外に出たら怒られそうなんスよね。でも、家でストレッチくらいならできそうか。できれば思いっきり体を動かしたりしたいもんなんだけども…無理は無理だよなー。」
今家に帰っている時点でそれなりに陽が傾いており、家に帰り着いてからはまもなく陽が沈み切り、周囲は真っ暗になることだろう。
そして、陽が沈んで以降の外出は俺の家の両親は良い顔をしないだろう。というか普通にブチ切れレベルで怒られること請け合いだ。
『僕はおやつを食べたいかな。』
「糖分補給ってことッスか、確かに悪くないかもねアルサス君。ちなみにバナナはおやつに入りますか?」
『年の数までにしておいてね。』
「くうっ…俺の負けだ…。って、なんなんだよこの会話は。」
これが頭を使わずに会話をした男子達の会話か…。ふと我に帰った俺は一瞬前の自分達に対してそう思う。
話を戻す。おやつにしても、俺みたいに大雑把な奴は何も考えずに食べていれば際限なく食べ続けてしまうことだろう。
だから食べ過ぎには要注意だ。
あと、中学生にもなっておやつ食いすぎて晩飯が食い切れずに叱られるなんてのは恥ずかしいことこの上ない。それに、摂取したエネルギーを消費し切れず、そのまま脂肪に変換されてボディブロー耐性獲得、という失態を演じる訳にはいかない。
「正直言えばテストなんか気にせず遊びたいんだけどさ。ま、そんなの俺みたいな奴にはムリだよね。」
『いいや、あながち無理とも言えないかもしれないぞ?』
そう答えるのはルーサーだ。
テストが近いからそれによって気楽に遊ぶことはできない、という言葉に対して、できなくもないと答えるということは、何か気楽に遊べる考えがあるということかもしれない。
「期待していいんだね?冷やかしだったら俺ってば泣いちゃうけど、いいね?」
『フン、泣くかどうかは好きにすれば良い。とにかく、僕の話を聞く気はあるということで構わないね?』
「うんいいよ。」
普段ルーサーはこういった会話に入って来ることは全くと言っていいほどない。にも関わらず、今回突然話に入り込んできたという現状から、俺は口では話を聞くと言ったものの、何か裏があるのではないか、と勘繰りをしてしまう。
鳴宮さんも俺と同じことを思ったのか、訝しげに目を細めながらこちらの会話の内容に聞き耳を立てているようだ。
『途中からだが、君の話を聞いていたよ。気兼ねなく遊べる時間と場所が欲しいのであれば、僕が役に立てそうだ。』
「なになに?なんかできそうなんスか?」
どこかわざとらしく答えるルーサーに対して、俺はそのことをあまり気にすることもなく彼に問い返す。
彼が自ら口を開くことはそう多くない。
そんな中、突然わざわざ自分から口を開いたということは、流石にただの冷やかしだったり、冗談を言いに来たりした訳ではないだろうと思うのだ。
とにかく今は、話を聞いておこう。
『いいや、大したことじゃないさ。それで内容だが、君も毎日睡眠は摂るだろう?君が眠っている間に、君が見る夢を僕がある程度操作して、ゲームのような世界で遊べるようにしてあげようじゃないか。』
「え、そんなスゴそうなことできんの?でも、なんでまた急に?」
『僕達は君の中に居るからこそ、内側からできることがある。だがそれには少し制約があってね。少し心身に負担をかけてしまうから、ある程度は体が発達していなければならなかったんだ。』
「なら、今はそれはもう大丈夫ってことッスか?」
『そうだ。僕達が君の中で初めて目覚めた頃も、一応は大丈夫だと言える範囲内だったんだが、万一に備えて少し余裕は持たせておいた方が良いと思ってね。そろそろ良い頃合いだろうと思っただけさ。』
え、めちゃめちゃ良いヤツじゃん。
俺の体にもリスクがないと言うのなら今すぐにでも試したいところだ。
しかし、本当にそれだけなのだろうか…。
疑いたいという訳ではないのだが、ここまでの時点で彼の性格は、何の見返りもなしに施しを与える、というほど良いものではないように思っている。
何か企みがあるのかもしれない、という不信感はまだ拭いきれそうにない。
「なになに、なんか企んでたりする…?急にそんな魅力的な提案をしてくるとか、ちょっと不安なんだけど…。」
俺がそう言うとルーサーは少し考えるように顎に手を当て、視線を俺から少し外した。
それから彼は淡々と言葉を発していく。
『そうだな…。裏がない、と言えば嘘になる。今からは正直に話そうじゃないか。』
彼は俺の問いかけに声のトーンを一段下げて、より落ち着いた声で話し始める。
なんだ、思ったよりあっさりと認めたぞ?
一体どういう考えがあってのことなのだろうか。
ともあれ、正直に話すと言ってくれた以上、彼の考えは聞いてみよう。
彼は先ほどの言葉ののち、真剣そうな面持ちとなりこう語る。
『何分、君達のような相手に対してこういったことを提案するのは僕も初めてでね。今回のような提案は僕にとっても初の試みになるんだ。だから、今回の提案は僕の技術力を試す実験的な意味合いが強い。』
先程までのわざとらしさは鳴りを潜め、粛々とした様子で語り始める。
大きく変化した彼の話し口調に、俺は思わず生唾を飲みながら彼の言葉に耳を傾ける。
『正直言って、滅多なことではないが、致命的なミスが相次げば君達の命にも関わる事態になり得る。もちろん、不測の事態の時、僕は身命を賭して君の生命の安全を守ると誓おう。これを聞いた上で、もし良ければだが僕の今回の実験に協力してくれないか?』
失礼になってしまうだろうが、俺は彼の言葉を聞いて、正直『らしくない。』と思った。
そう思う俺もルーサーとの付き合いはまだそれほど長くはない。
俺はまだ彼のことを深く知っている訳ではないが、これまでの彼は上から目線で一方的な発言をするばかりだった。
それだけに、今回の彼の発言は俺を対等な相手として見て話しているようで、これまでと違い俺に信頼を求めているような気がしたのだ。
「嘘…ではないよな?」
『当然。本当のことしか言っていない。』
「うっし!なら分かった。お前を信じるよ。俺は寝るだけでいいんスよね?」
『ああ、それで構わない。引き受けてくれて感謝するよ。君が眠っている間に僕は為すべきことを為そうじゃないか。』
「おっけー了解。っと、そろそろ家に着くから一旦またな。」
俺は彼らと話をしながら自転車を漕ぎ、そうする中で家に程近い場所にまで来ていることからそう告げ、一旦心の中の彼らと距離をとる。
家の前の自転車置き場に簡単に自転車を止め、ちゃんと鍵も抜くことを忘れない。
「今日も助かったぜ、『黒光』。マイバイシクル。」
『黒光』は少し前に新調した俺の自転車で、どんな金属か分からないが表面が黒色の金属製のボディが光を受けてツヤツヤと光沢を放つ姿から、俺はそう呼ぶことにした。
このネーミングに黒蜜は関係ない。わらび餅を食った後だったから、とか本当に関係ない。
そう思いながら俺は自転車から離れ、家の扉に向かって歩き、ドアノブに手をかけて家に入る。
そのまま家の玄関に入り靴を脱いでいると、俺が家に入る音が聞こえたのか、中から俺の母さんの声が聞こえてくる。
「おかえりー。」
それに対して、俺も簡単に返事をする。
「ただいマンゴー。」
今日はマンゴーの日だったか、少しレアだ。
他にはマンモスとか、マッスルとか、MAXとかが…誰がこの話題に興味があろうか?
ゲーム実況の動画を見過ぎているからか知らないが、俺は常に俺の発言を聞いている第三者が居るかのように独り言を発することが多い。
それだけなら、少し変なヤツなだけで別に問題は無いのだが、今の俺にはその第三者が本当に5人ほど居るのだから笑えない。
詰んでる。
どっちも大概変なヤツじゃないか。
そんなことを考えながら俺はリビングに入る。
「さて!今日のご飯のご予定は?」
自宅のリビングに入って早々に、キッチンで食事の支度をしているであろう俺の母親にそう尋ねた。
母さんは料理の手を止めないまま俺の方を一瞥して、短く言葉を返す。
「今日は海鮮丼、主にサーモン系。」
「っしゃあ!サーモン丼!」
それを聞いて俺は右手を高く上げ、喜びを表した。
俺の家では稀に夕飯として海鮮丼が出てくる。
その中でも、サーモン主体のものはとてもすごく好きです。
俺のその姿を見ながら、母さんが俺に少し呆れたような表情をしながら笑っていたような気がするが、そこは良い。
「んー?学校で何か良いことでもあった?」
「ナヌッ!?バレたか…!?」
「ふふっ。まあ良いけど、早く着替えてきなさい。」
「了解しました!本官、速やかに着替えて参ります!」
俺はそう言ってからリビングを抜け、自分の部屋に行ってから部屋着に着替えに行く。
それからというもの、俺は家に帰り着いて飯を食っている間も、飯の後風呂に入っている間もずっと気持ちばかりがはやってずっとソワソワしていた。
当然、それでもルーサー達の事は話さない。
ルーサーからの話で出た、ゲームの世界に行く前に病院に行くことになりかねないからね!それはヤダ。
その日は、風呂から上がり歯磨きなどを済ませてすぐにベッドへ向かい、横になった。
そういえば、何か忘れてるよzzz…。
「海鮮丼、もといサーモン丼はめちゃウマでした。マジ感謝。」