07
必死で逃げた。
しんがりを務めたのは俺だ。当然だ、俺以外には出来ない。立ち止まろうとする男達の足下にも斬撃を飛ばして、とにかく逃がした。良いからさっさと逃げろよなぁ!!!
「くっそ! しつけぇなクソが!!!」
「ナーガちゃ、口が悪い……!」
「一々そんなん構ってられるか! 良いから走――」
――ヤバいな。指揮系統が優秀すぎる。
足を止めた男達に怒鳴りつけながら、彼らが足を止めた理由にも気がついた。目の前が塞がっていた。三方とも。行き止まりだ。
どうやらうまく追い込まれたらしい。
「……ッ!?」
一瞬の隙を突かれた。目の前に迫る壁に意識を取られていたわけじゃない。それでも、左右の壁を蹴って襲いかかる狼を交わしきれなかった。足を、鋭い爪が切り裂かれた。
クソが。――大丈夫、痛みはするし、血も出ているが――……まだ戦れる!
「……やるしかねぇ!」
一歩前に踏み出した、その肩を、思い切りつかまれ、後ろに引っ張られた。
「……っ!? 何しやが……ッ!?」
「ナーガちゃんは、そこに隠れてて」
行き止まりだった。けれど、端の方の一角が、ほんの少しだけ崩れて隙間が出来ていた。ナーガ1人がやっと体を隠せるほどの細く小さな隙間だった。双頭狼どころか、男達さえ無理な程の。
「……は? 何言って――」
「俺達は、ナーガちゃんにもう2回も命を助けられてる。……ローグのおっさんにもさ、助けられてるんだ。それも、結構何度も」
「そ、そんなん――」
「さっきも言ったろ。俺達は、ナーガちゃんを送るって。命張るって!」
「一生に一回くらい、格好付けてみたいよなぁ!」
「ナーガちゃんにとって、おっさんはヒーローだったんだろ。命助けられてんだもんな。誰も助けてくれない中で、おっさんだけが、助けてくれた!」
「でもな! 俺達だってそうだったんだ! 皆見て見ぬ振りするのが当たり前なのに、おっさんだけが、一瞬だって躊躇わずに、いつだって助けに来てくれた!」
「だから、おっさんが助けたナーガちゃんを、今度は俺達が助けんだよ!」
雄叫びと悲鳴が響く。骨を砕く音が聞こえる。血しぶきが視界を埋める。
男の1人が、俺が出て行かないように、狼が俺に襲いかからないようにと、目の前で防ぐ。足の痛みが邪魔をして、体に力が入らない。放せと言っても、男は頑なに場所を譲らず踏ん張った。狼の鋭い爪が男の体に突き立てられ、生臭い息が間近に迫った。
声よ枯れよと叫んだ。
「止めてくれ! もう良いから! だってお前等被害者だろ! 俺の、ローグの悪癖に巻き込まれただけの、被害者じゃないか!」
「違うよ、ナーガ、ちゃん……」
血まみれの男が、痛みに歪んだ笑みを浮かべた。
「あの人は、俺達の、恩人だ」
血まみれの体が力を失い、崩れ落ちる。涙が溢れて、前が見えない。狼の唸り声が間近に聞こえる。首をねじ込むことの出来ないことに苛立ち、涎を飛ばす。掻き出そうとするかのように、腕が差し入れられ、鋭い爪が壁を抉った。
不意に、奇妙な感覚に襲われた。
泣いている小さな頃の自分が見えた。そうだ、昔、今と同じようなことがあった。
魔物に襲われ追いかけられた。双頭狼ではない、ごく普通の魔狼だった。一緒に逃げているのは、家族だ。両親とまだ小さかった弟だ。弟は父に抱えられていて、でも、一番最初に狼に食われた。残された母と2人で逃げて、でも、追いつかれそうになって、そして、母はローグを木の洞に隠したのだ。母はローグを庇って、ローグの目の前で食われて死んだ。
誰も助けてくれなかった。家族は村の皆に助けを求めたのに、誰1人として手を差し伸べてくれるものはいなかった。
気が付いた時には、全て終わっていた。どんな幸運が働いたのかは分からない。けれど、ローグ1人が生き延びた。
ああ、そうか。
どうして意思に反して体が勝手に動くのかと、いつも不思議に思っていた。
俺が助けていたのは、あの時、誰かに助けて欲しかった『俺』だったのか。
「なんだよ、それ」
それじゃやっぱり、こいつらまとめて俺の巻き込まれ被害者じゃねーかよ!!!
「くっそ、ふざけんな! オイコラ、死ぬなよ! まだ生きてんだろ、死ぬんじゃねーぞ!」
「な、ナーガ、ちゃ――」
「よし生きてるな! 良いか根性見せろ、絶対死ぬな! こいつら全部ぶっ飛ばすまで死ぬんじゃねーぞ! そしたら後で俺が必ず助けてやっから!」
踏みしめた足が痛い。くっそ、痛ぇ! でも大丈夫だ、戦える。こんなクソみたいな魔物共に誰が負けるか! ぶっ殺してやる!
そんで全員でちゃんと、生きて地上まで帰んだよ!
「掛かって来いよ! ぶった切ってやる!」
強がりだ。分かっている。それでも、俺は――
狼共が襲いかかってくる。握りしめた大剣を振り回せば、幾匹かは刃に引っかけ吹き飛ばせたが、それまでだった。
狼の向こうに、床に倒れた男たちが見えた。生きているのか、死んでるのかも分からない。上に乗った狼がなにかを、咀嚼している様が見えた。
「止めろぉぉ!!!」
剣を振りかぶって走り出した。その足が、なにかに取られ、転倒した。倒れた体を、狼たちに襲われる。そうだ、こいつは華奢なんだ。噛みつかれた腕は骨が砕けた。剣を片手に移して振り回す。刃は容易く避けられて、油断なく距離を置いて狙われる。ぐるりと周囲を囲まれていた。
「死んでたまるか……っ!」
死なせてたまるか! 2度も! この子の体を、これ以上傷つけさせるもんか!
歯を食いしばる。涙が零れた。ああ、本当に、この体は泣き虫だ。どうしてこんなに涙が出るんだ。
「……けて」
走馬灯の様に、昔のことを思い出した。
俺の悪癖に巻き込まれた人の顔だ。必死の形相で助けを求める、いくつもの顔、最後にはナーガの、そして――リオンの顔を。
「助けろ!!! リオン!!!」
「なんでそこで命令形だよ!!!」
◇ ◇ ◇
嵐のようだった。イケメン嵐だ。
駆け付けたリオンは、狼たちを割とあっさり一掃した。到着が遅れたのは、特殊個体を先に討伐していたからだったらしい。
こんな雑魚に手こずるなんて珍しい――……と言いかけた彼には、足に気付かれ溜息を吐かれた。悪かったな、ドジ踏んだんだよ。
「よし! 死んでないなお前等!」
「死にかけてるけど生きてるな。でももう、長くないぞこいつら。結構あちこち食われてるし」
「かひゅー、な、ナーガひゃ、い、生きてるぞぉ……と、取りあえず、し、死んではない……」
「ならよし! 約束通り助けてやる」
自分の腕も折れてるし足からも血が流れてるけど取りあえずは気にしない!
「リザレクション!」
高らかに呪文を唱えると、空から光が降り注いだ。この場合の空は天井になるんだろうか、と考えながら、降り注ぐ光を眺めた。
男達の傷は治った。うーんすごいなこの呪文。お陰で魔力が空っぽだけど。
「すごい! 痛くない!」
「千切れ欠けてた足が繋がった! 傷が消えてる!」
「って、ナーガちゃんの足! 足、血が出てる! 治ってない!」
「あ、俺の足の分はないんだ、魔力」
「アホなの? ほらポーション。さっさと飲む!」
「うん、ありがとな」
リオンから渡されたのでとりあえずぐびぐび。うーん不味い。薬草のえぐみが喉を焼く。
ついでにリオンが手当もしてくれた。添え木も付けて、結構ガッチリ包帯巻かれた。
足下に跪いて手当てしてくれるリオンの頭をぼんやりと眺めた。
助けを求めて、助けて貰った。……生まれて初めて、助けて貰った。
ナーガも、こんな気持ちだったんだろうか。ひょっとすると、リオンや、……他の人達も?
胸が温かい。ずっと欠けていた何かが満たされたような、充足感と安心感が内側を埋めていく。
「どうしたの?」
不意に顔を上げたリオンと目が合った。どきりと胸が高鳴った。ぶわりと、何か、満ちていたものとは違うものが溢れた。顔が熱い。えっ、ちょっと待て何だコレ!?
「顔が赤いな、熱出た? 結構傷酷かったから」
「ち、ちがっ、あの、違くてっ! ってか、近い!」
「は? ……ああ、やっぱり熱ある。ったくしょうがないな……」
額に手を当てられて慌てたが、そんなことには構わずに、リオンは荷物から毛布を出した。それでぐるりと簀巻きにされた。
抗議したが聞き入れられない。そのままあっさり担がれた。
「じゃ、行こうか」
「お、おー……?」
「いや良いのか、リオン。ナーガちゃんをその扱い……」
「いや、そりゃ俺等に口出しする権利なんてないのは分かってるけどさぁ……」
女の子に……、さっきのアレどう見てもアレだろ……、ナーガちゃん不憫だな……、何やらもそもそと交わされる声が聞こえてくるけど何言ってんだ、俺は男だ。って、アレってなんだアレって。不憫は、まぁ……そうだな、うん。簀巻きだからな今。
リオンの背中が温かくて、そして前にも思ったけど、なんだか良い匂いがして――……ああ、そうだ、なんか、この匂い、懐かしいんだ。どこかでかいだことがあるような。
毛布の暖かさと、優しい振動と、それから安心出来る匂いに包まれ、いつしか俺は微睡んでいた。
まぁ当然、宿に戻ったら正座でたっぷり2時間ほど説教食らったんだがな。
◇ ◇ ◇
最近の俺はおかしい。
まず第一に、悪癖が発動しなくなった。
勿論助けを求められたら助けるけど、前のように体が勝手に動くことがなくなった。
これはとても良いことだ。トラブルも減った。
そして第二に……というか、そう、こっちの変化が、重大なんだ。困った問題が起きていた。
俺はリオンに、アレルギーを発動してしまったらしいんだ。
近づくだけで、動悸がする。落ち着かない気持ちになって、近寄りたくない。なのに、離れているとなんだか心がスースーするんだ。
過剰反応のことをアレルギーと言うんだろ? だからこれは、多分アレルギーで間違いない。
……ということを昼飯時の酒場で3人組に相談したら、可哀想なものを見る目で見られた。
「鈍いにもほどがあるんだよなぁ」
「そうだそうだ」
「でもその方が良いかもな、なんてったって相手はあのリオンだし」
3人で顔を見合わせてうなずきあう。疎外感すごい。
「リオンがどうかしたのか?」
「いやだってホラ、あいつおっさん大好きじゃん」
「むしろおっさんしか目に入ってない。おっさん以外人間と思ってなくないかあのクソ野郎様」
「何そのクソ野郎様って?」
「いやほらあいつ、腐ってもA級様だし……この街唯一の……」
「でもそれ取りに行ったのもおっさんのためって俺聞いたんだけど」
何ソレ初耳。
「俺等もさ、おっさんに助けて貰ったじゃん? その後酷かったからな、あいつ……」
「牽制と脅しと釘刺しと……」
「俺等あいつと違って性癖普通だし。おっさんに惚れたりしないし……」
「惚れ?」
初耳なんだが。知らんぞそんなの。
「性的な意味で……」
「あいつがおっさん見る目すごかったもんな……」
「おっさん地味にもててたからなぁ、あいつも女男見境なく爆撃してたよな……」
「あ、でも大丈夫だよナーガちゃん。曲がりなりにもあのリオンが自分からパーティ組むって言い出したんだろ、きっと、たぶん、おっさんの次くらいには大事に思われてるよ、そこらの有象無象よりずっと好感度高いと思うよ! たぶん!」
「う、うん?」
もててた? 誰が? 俺が? 今までの人生でモテなんて経験したことないんだが?
話をしていてうっかり温くなったエールをちびちび嘗めながら、野郎共の話を聞いた。
なんでも俺に助けられたヤツらは結構俺に好意を持っててくれたらしい。知らんかった。
「ナーガちゃんがおっさんに惚れたのも分かるし、リオンに惚れたのも、まぁ、分かるよ。こないだのあれはそれなりにやっぱクるもんがあったもんな……最後の扱いがアレだったけど……」
「まぁリオンだからな……」
「そういやさ、話変わるけど、ナーガちゃんはもうおっさんの墓参り行った?」
「墓参り? 墓なんてあったか?」
「リオンが作ったって、ギルドで噂聞いて」
「そうそう」
「俺等はもう行ってきたからな。やっぱり、1つの区切りになるっつーか。寂しかったけどよ、それでもやっぱさ……」
「がっつり泣いてよ、気持ち切り替えれば、自分の気持ちにも向き合えるようになるって!」
「アレルギーとか言って誤魔化さなくてもさ!」
ごまかしではなく。マジでアレルギーなんだって。
力説したが、理解してもらえなかった。最後は酒場から追い出された。墓場への行き方をレクチャーまでされた。
なんだよもー。なんかいい対処法とかねぇかなって思ってたのに。やっぱショック療法とかしかねぇのかな。
出がけに求めた酒瓶を揺らしながら、のんびりと歩いた。まっ昼間から酒なんか飲むなと、リオンに知れたら怒られそうだ。
「……行ってみるか」
ここで行かなければ、一生行かずに済ませてしまいそうだしな。……折角リオンが作ってくれたんだ。
しかし、自分の墓かぁ。なんとも言えない気分だ。
現物を見るまでは、そう思っていた。
「花だ」
墓地の片隅に立てられた小さな墓だった。
懐かしい匂いの花が、一面に植えられていた。それだけじゃない、たくさんの花が、酒瓶が、供えられていた。
視界が滲む。ほんとうにこの子の体は泣き虫だ。どうしてこんなに簡単に泣いてしまうんだ。
遠くで時を告げる鐘の音が響く。
備えられた花はすでに干からびたものから真新しいものまで様々だった。
墓石の前に立った。名前と死亡年だけが刻まれたシンプルなものだった。
墓前にしゃがみ込む。今日は良い天気だ。風が心地良い。
ここに葬られているのはかつての自分の遺髪だけで、あの子の体はここにある。俺の魂と一緒に。
あの子の魂はきっと空へ還ってしまった。あの世で仲間に再会してるかもしれない。いや、きっとしてる。……早すぎるって怒られてるかもしれないな。
ありがとな、ナーガ。俺に命をくれて。
お前の体も、この命も、俺に出来る限り精一杯大切にする。絶対に無駄にはしない。
そんで、目一杯生きた末に死んでそっちに行ったらさ、たっぷりこの世の土産話をしてやるよ。だからそれまで待っててくれな。お前の分まで頑張って生きるから。
……それから、ごめん。お前の気持ちに、ちゃんと向き合わなくて悪かった。
自分の気持ちが分かってなかった。ずっと目を逸らして誤魔化して逃げていたんだ。
俺にはずっと、特別だったヤツがいた。
「来てたんだ」
声を掛けられ、ぎくりと体が強張った。どうやらアレルギーは継続中だ。
いや、そういう考えも逃げだよな。
「ちゃんと医者には通ってる?」
「もう治った」
「それなら良いけど」
少し乱暴に、リオンが俺の横に腰掛けた。
触れた場所から熱が伝わる。
「墓、ありがとな」
「あんたから礼を言われるのも変な感じだね。まぁでも、やっぱり必要だったろ?」
「……ん」
「今となっては別にあんたの為に建てたワケじゃないんだけどさ。見送る側には必要なんだよ、こういうの」
リザレクション使えちゃうような人の墓だから、ほんとはもっと立派な方が良かったのかも知れないけど。と言われて首を傾げた。なんでもあの魔術、清廉な聖職者が長く厳しい修行の果てにようやく会得出来るような術だそうだ。
唱えたらあっさり使えたんだが?
「自分の目に入る範囲の人間を己の身を顧みず助け続ける、を20年以上。そりゃ徳も高くなるってもんだよな」
「……? 何の話だよ。俺のはただの悪癖で――」
「その悪癖も、傍から見たら聖人だって話なんだよ」
その証拠がこの花と酒だろ。
両手を広げてまるでなにかの芝居のように告げる彼は、まるで舞台の上の演者の様だ。
「置いてかないでよ」
ぽつりと呟かれた声は、まるで迷子の子供のようだ。
見つめられて見つめ返して、その目の奥にある飢えた熱を静かに眺めた。初めて会った頃からちっとも変わらないそれに安堵して思わず笑った。声を上げて高らかに、空を見上げながら。
置いて行くなって? ふざけんなよ!
「置いてかれてんのは俺の方だ。俺を置いてったのはお前じゃないか」
「は? 何言って――」
「勝手に1人で都に行った。相談1つされた覚えねぇんだけど? 勝手にパーティ解散したのも、宿引き払ったのも、離れてったのも、全部全部、お前だろ」
「そ、それは、その……おっさんを傷つけたくなくて、……足手まといになりたくなくて。ちゃんと対等な、パートナーになりたくて……っ!」
確かに怒鳴った俺も悪かった。だとしても、だ。
少しだけ素直になろう。誤作動する体は変わらないし、ちょっとだけ色々持て余して辛いけど。
でも多分、これは嫌な変化じゃない。
「待ってたんだからな」
引き寄せられて、抱きしめられた。
むせかえるような花の匂いに包まれながら目を閉じる。
浮かぶのは懐かしい光景――ずっと忘れていた、故郷の景色だ。
そうだ。この花の香りは、母さんの香りだ。血の臭いで上書きされてすっかり忘れていたふるさとの思い出だ。
胸いっぱいに吸い込んで、青年になったかつての少年の背に腕を回した。
立場が逆になっちまったなぁ、と思うと、少しおかしい。昔はローグの方が、抱きしめる側だった。
「言うの忘れてた。――おかえり」
「……ただいま」
温かなぬくもりに満たされて、自分の中に欠けていた最後のなにかがようやく埋まった。そんな気がした。
お互いの鼓動を強く感じながら、彼の肩に顔を埋めた。
取りあえず、顔がやたらと赤面すんのだけは早急になんとかしないといけねぇな、と思いながら。
ここまで拙作にお付き合い下さいました方へ、ありがとうございました( ꈍᴗꈍ)
少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです&ついでに評価もらえると嬉しいです