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05

「ナーガさん! 良かった、ご無事だったんですね!」


 部屋を出てすぐに厄介事に捕まった。ナーガの担当職員だ。

 ナーガの手を取り、さぞや恐ろしかったでしょうと涙ながらに無事を祝われた。嬉しくない。


「すみません、オレのパートナーに勝手に触れないで貰えます?」

「……おや、あなたはリオンさん。――パートナーとは?」

「言葉通りの意味です。彼女とパーティを組むことになったので。担当もアレスタさんにお願いしました」


 さりげなく、かつ強引に。リオンが職員と俺の間に入ってくれた。握られていた手も外す。……あ、職員が痛みに顔をしかめているから、かなり力入れて握ってるなリオン。顔は笑っているが、怒気が漂っている。器用だな?


「勝手にそのようなことをされては困ります。今彼女は、私の権限で、都の有力パーティへの加入を申請しているんです。間もなくその返答も届くはずです」

「勝手はどっちですかぁ? それ、彼女は了承してのことですか? 証拠は? 勿論、サイン入りの了承があってのことなんですよね? もしもなくてそんなことをしているなら、職員権限の乱用で有罪ですよ?」

「さ、サインは、内々の話でしたから、まだでしたが! 勿論彼女も乗り気の話ですよ! ね、ナーガさん!」

「……いや、初耳だ――いっ!」

「――口閉じてて。首だけ振って」


 足を踏まれた。痛ぇよ! これはナーガの体なんだぞ加減しろ!

 コクコク頷いて答えてから、職員を振り向いて首を傾げた。知らんぞ、の意思表示ならこれだろ。


「ほら、彼女もそうだと言ってる!」

「いや言ってないですよね、ナーガ?」


 コクコク。


「ほら言ってないって」

「言いましたよね!?」


 首を左右に。

 言ってない、言ってない。


「じゃ、そういうわけです。これ以上彼女の担当をこの人に任せることは出来ません。アレスタさん、担当の変更をお願いします。できればあなたで。個人もパーティ両方ともね」

「……はいはい。あなたも、これ以上この件深掘りされたくないなら、手を引きなさい」

「なぜですか! ナーガさん! 私、散々あなたに協力したじゃないですか! どれだけあのローグとかいう中年の情報をあなたに――」


 そこまで言いかけた職員を、アレスタの手が締め上げた。

 襟首を掴んで捻り上げ、そのまままっすぐ絞め落として意識を刈り取った。

 気のせいじゃなく、アレスタが笑っている。怒りを堪えるが半分、丁度良いときに良いボロを出してくれたが半分、かな。


「余罪はこっちで追求しとくわ」

「お願いします」


 うなずき合う2人を余所に、俺はぽんと手を叩いた。

 なるほどな。ナーガがやけに正確に俺の後を着いてくると思ってたんだが、そういうカラクリがあったワケか。




   ◇ ◇ ◇




「宿の引き払いは、俺が自分でやっとくよ」

「は? 何言ってんの。自分の顔、鏡で見てから言ってよね」


 そうだった。今の俺はナーガだった。


「えーと、でも、俺の宿の場所って」

「定宿は移してないだろ。僕もそこに住んでるし知ってるよ。ナーガがどこ住みかも知……さっきアレスタさんに聞いたから知ってるし、先にそっちに行こうか。ナーガの宿を引き払ってこっちに越す体でそのまま居たら良いよ」

「おぅ。そうする」


 リオンに案内されて、まずはナーガの宿に。リオンと一緒に戻るとなんだかえらく歓迎された。良かったわぁ、やっとまともな人とお付き合い出来たのね、と涙ながらに喜ばれた。何を言われているのかよく分からない。


「お世話になりました」

「良いのよ、幸せになりなさいね」

「はぁ」


 言葉に困る。

 ナーガの荷物は少なかった。年頃の女の子がこれはどうなんだと思えるほどに、私物が少ない。少ない私物は、大半が本だった。主に魔術の教本、その写しだ。文字は見慣れたナーガのものだから、自分で写本したんだろうか。良く見ると製本も歪で腹も整っていないものだった。比較的まともなものは、初等から中等教育の本ばかりだ。

 服は今着ている探索者用のものに加えて部屋着が2枚に普段着が2枚、それだけだった。


「これで全部かな」

「だろうな」


 少し大きめのトランクがあったからそれに詰めたら全部入った。……多分、これに入る分だけしか持たないようにしていたんだろう。

 そういうものに隠れるように、ちらほらと魔物の討伐部位が現れた。主に魔石だ。


「提出し忘れのヤツか? 結構上位のヤツばっかだな」

「……はぁー、ほんっと、ロクデモねー……」

「どうしたんだ、リオン?」


 急にリオンの機嫌が悪化した。握り潰しそうなほど強い力で魔石を握っている。

 大きく溜息を付くと、ざっとそれらを妙に雑な手つきでかき集めた。魔石はそれ同士で当たっても傷ついたりしないし、別に良いとは思うけど。


「別に。あ、これ、後でまとめてギルドに提出して換金しとくね」

「おぅ、頼んだ」

「……まぁ、あんたならそう言うよな……」

「どうした?」

「なんでもない」


 深々と溜息を付く様はなんでもないとは言い難いと思うんだが。

 ナーガ側の引っ越しはスムーズに終了した。今度は俺の定宿だ。


「亡くなった……? 誰が?」

「これが証明書です。確認お願いします」

「……嘘だろ、ローグ……あいつ、本当に……? 先月分の宿代、払ってないんだぞあいつ……」

「あ、それは僕が立て替えますので」

「助かるよリオン……お前があいつと組んでくれてたときは良かったんだがなぁ……こんな、最後まで、なぁ……お前も戻って早々、こんな、なぁ……」


 なんかすまん。

 宿のおっさんは目を赤く腫らして、何度も、「そうか」と繰り返していた。苦いものでも飲み込んだような、なんとも言えない顔をしていた。探索者も定宿にしているやつが何人かいる宿だ、こんな別れも珍しくないだろうに、と思ってから、思い直した。

 そう言えばこの街は、級を上げて出て行くヤツが多いんだと、楽しげに語られたことがあった。

 この宿に定住してしばらく経った頃だったか。人死にが少なくて、出世するヤツが多いと。寂しいが嬉しく誇らしいと言っていたっけ。


 自室の掃除は、それもリオンがすることになった。俺も一緒だ。

 こっちでするよという宿のおっさんに、リオンが別の書類を見せていた。ギルドの印が入っている。どうやら財産相続関係の書類の様だ。併せて出されたのは、俺の遺言書だった。ギルドに預けていたヤツだ。……そういや相続人、リオンと組んだ時にこいつにして提出して、そのままずっと放置してたな。……重ね重ね面倒を掛けている。


 おっさんはそれを見てリオンの肩を叩いて励ました。気を強く持ちなよ、相談なら乗るからね、早まっちゃいけないよ、と。

 ……早まるってなんだろう。俺の部屋、汚部屋って程には汚してないから、別にブチ切れられたりはしないはずだけど。

 リオンも笑って大丈夫です、この子とパーティを組むことにもなりましたから、と俺を紹介していた。ナーガとかい……? 大丈夫かい……? 正気かい……? とえらく心配された。顔色青いぞ? ってかおっさん、ナーガと面識あったっけか?

 大丈夫だよ、こいつ割と紳士的だし。……とは流石に言いにくい。黙ってろとも言われているしな、と思いつつ、リオンの後ろでぼーっとしていた。今夜は肉が食いたいな……。あ、なんか腹減ってきた。


「ああ、そうか……。もう、居ないのだものね……喧嘩になりようもないか」

「喧嘩なんてしませんよ。大丈夫です」


 そしていざ自室へ。

 鍵だけ開けて、宿のおっさんは立ち去った。……関わりたくないんだろうな、荷物に。分かるよ。故人の荷物なんてそんなもんだ。俺も自分のじゃなかったら関わりたくない。顔真っ青だったけど大丈夫かな?


「……じゃ、片づけるか。とは言え、そこまでものもないし、割とすぐかな」

「服は処分だな。古着屋に持ち込めば良いか?」

「一旦こっちで預かるよ。任せて」

「おぅ、頼む」


 そちらを頼みつつ、こっそりと隠したものもある。折れた剣が1本だ。これが見つかるとちょっとばかりややこしいから、寝台の影に忍ばせた。この位置なら多分大丈夫。

 荷物整理はその程度だ。

 片づけ終わった部屋は窓を開けて風を通す。埃の溜まっていた床は、気が付いた時にはリオンが掃き終わっていた。


 すっきりとした部屋はなんだか妙に広く感じた。


「僕の部屋は隣だから」

「え!? お前、隣室だったのか!?」

「……おっさんがダンジョンに出掛けて少ししてから入ったんだよ。前居たとこだし、住み慣れたとこのが良いだろ」

「いやだってずっと空室だったし」


 なんで空室のまま置いておくんだ? と尋ねたことはあったんだ。なんせ何年も空室だ。

 宿のおっさんは事情があるからみたいに言葉を濁していたんだが……。


「それよりさっさと夕飯食べよう! 僕もう腹ぺこだよ」

「そうだな。今日の夕飯何だろうな。肉食おうぜ、肉!」

「……少し言葉使い、どうにかさせた方が良いんだろうか……」


 リオンがまた難しそうな顔をしてる。悩みが多くて大変そうだな。




   ◇ ◇ ◇




 割と平穏な日々だった。

 依頼を受けてダンジョンに潜った後は、装備を調えたり体調を整えたり訓練したりと忙しい。休暇でありつつ、準備期間でもあるからだ。

 俺は肉体改造と訓練と勉強だ。肉を食って肉を食う! たまに菜も。宿のおっさんに食事を頼むと意外そうな顔をされた。


「ナーガちゃん随分お肉食べるようになったんだねぇ」

「体作るには肉だろ、肉。食わないと筋肉出来ないからさ」

「……ローグに教わったのかい? そうかそうか……」


 哀しそうな顔をされて、頭を撫でられた。無理しないようにね、とも言われた。

 無理はしてない。訓練だって前の体の半分以下のメニューに抑えている。それでも最後はスタミナが尽きるんだ。

 幸いにして魔力は豊富だ。今後はそちらを生かす戦闘スタイルに切り替えないといけないだろう。


 問題の職員は余罪がボロボロ出てきたとのことで、都に逆送された。多分あっちで首になる。ならないまでも処分はされるだろ。

 このあたりは全部アレスタとリオンが動いて処理してくれた。


 化粧の濃い女たちに取り囲まれることは何度かあった。リオンにまとわりつくな、おっさんにしとけとのことだった。

 おっさんってつまり俺か、と思ったので「ローグは死んだ」と言ったらなんとも言えない顔をされた。


「そ、それでさっさと乗り換えたってワケ?」


 そう言えば口を閉じてろと怒られてたなと思い出して、首を振った。あいつなぁ、怒ると怖いんだよなんだかんだで。

 思い出したら哀しくなった。足踏まれたのは痛かったなと思ったら涙が滲んだ。


「リオンが好きなのはお……わたし、じゃない」


 言葉使いなんとかしろとも怒られた。一人称はわたしにしろってさ。慣れねぇ。舌、かみそうになって思わず唇を噛んだ。

 痛くて涙が零れた。ほんっと、泣き虫だなこの体!

 でもちゃんと言えて良かったよ。リオンに変な疑惑が立ったら流石に可哀想だからな。あいつはちゃんと女が好きだよ。一緒に組んでたときは割と良く誤解されてたからな、まぁ美形だからそういう誤解もしょうがないかも知れないんだが。

 ……ん? 女が好きだと、ナーガの体はヤバかったりするか? いやいや、流石にないか。中身が俺だもんな。いくらガワが美少女でもないよな、うん。


 なぜか女達は慌てた様に立ち去った。口々になんか言ってたけど、そんな一遍に言われても聞き取れねぇよ。


「ナーガ」


 リオンの呼ぶ声に顔を上げたら、嫌そうな顔をされた。


「何泣いてんの」

「唇噛んだ。痛ぇ」

「はは、そんなんで泣くんだ?」

「こいつ泣き虫なんだよ」


 全部こいつの体が悪い。

 涙を袖で拭っていたら、頭にぽんとリオンの手が乗った。


「そんなことより飯にしよ!」

「おぅ」

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