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04

 食事して、一眠りして、それから着替えてキャンプを畳んだ。

 目指すは上階、ひたすらに登っていくだけの短い旅路だ。


 リオンは強かった。驚く程に、強くなってた。

 リオンと組んでいたのは3年ほど前――丁度ナーガと出会う少し前くらいまでだ。14歳でアーディアス・ダストにやって来たこいつは、当初は大変な問題児だった。本人がというよりも、周囲の女が大変だった。モテすぎて奪い合いが起こっていたのを見た時は、何の冗談かと思ったものだ。結局最後は、戦力バランスだけは良さそうな、あまり評判の良くないパーティに貰われていった。

 都の貴族家から追放され、街を追われて探索者に身を落とした、と噂に聞いた。

 ローグが拾ったときには、たった1人で、鄙びた街に似合わないしゃれた服も髪も泥まみれに汚し、血と吐瀉物と漏らした糞尿で見た目も臭いも散々な有様だったのを覚えている。拾った場所はダンジョン中層と深層の間くらいで、角竜相手に今にも殺されそうになっていた。小さな手に握られていたのは木の枝だった。即時悪癖が発動し、彼の前の魔物を屠っていた。


 死にたいのかと怒鳴りつけて、着ていたものは全部脱がして、傷を手当てし、毛布にくるんでテントの中に放り込んだ。温かい茶を飲ませば苦いと顔をしかめるのに、「いいから、飲め」と怒鳴りつけた。スープを作って食べさせて、汚れた服は洗って干し、服の破れは繕った。染みついた汚れは取れなかったが、取りあえず臭いはなんとかなったものを着せて、それから地上へ戻ったのだ。


 パーティからは追い出されたと泣いていた。どうやら初めから少年の持つ金が目当てで、彼を仲間に入れたらしい。彼をダンジョンに置き去りにし、死なせた上で遺産として相続しようと。僕の美しすぎる顔が気に食わなかったんですよきっと、と斜に構えたような顔で笑ったので、取りあえず殴った。


 そして、それが縁でB級へ上がる際の昇格依頼の一部として育成を押しつけられた。

 初めは何にも知らないガキだった。剣を振るうことだけは辛うじて少しだけ、それ以外はからっきしだった。

 今の姿からはとても想像出来ない。


「角竜を一撃かぁ。強くなったなぁ」

「そりゃ、これくらい出来なきゃ昇格なんてないし」


 攻撃力は一流だ。角竜の鱗は固い。生半可な攻撃は鱗に阻まれ、その身にまでは届かない。

 誉めたつもりだったのだが、リオンはなんだか不服そうだ。「やっとここまで追いついたんだ」とかなんとか、ブツブツ言ってる。

 確かにローグも、角竜に苦戦はさしてしないが、それでも一撃で屠るまでは出来ない……はずだ。たぶん。

 ……ああ、悪癖が出た時は、一撃だな。


 順調過ぎるくらい順調な帰路。その間に、ローグも自分の今の体であるナーガの体に慣れるべく、動かしていた。

 探索者として、深層に潜るローグに付いてこられるくらいには、持久力もあれば脚力もある体だった。筋肉はさほどない癖に。魔力の伝導率の異様に良い肉体は、ローグが得意とする魔力による肉体強化戦闘とも相性が良かった。


「その体でおっさんの剣振るってるの、冗談としか思えない」

「いやぁ、割とイケるぞ!」

「あっぶな! 無闇にブン回すの止めてくれる!?」


 ローグが使っていた剣は大剣で、ナーガの身長ほどもある。それがまるで木の棒のように軽々と振り回せた。楽しい。

 やり過ぎると後で筋肉痛がくる。きた。


「……動けなくなるまでやるとか、バカじゃないの」

「……悪ぃ」

「悪いと思うなら2度とやるなよ!? ほら、口開けて」

「流石に自分で食える……」

「良いからさっさと口開けろ」


 食事を手ずから与えるとか、餌付けっぽいなと思いつつ大人しくしたがった。なんだかリオンが楽しそうだったので。

 こいつ案外こういう世話焼きなとこあるんだよな。……根が優しいんだろなぁ。

 残念ながら、今のところローグが元から使っていた魔術以外の魔術は使えない。ナーガが使っているところを見たことはあるが、使い方が分からないのと、呪文も知らなかったからだ。多分呪文がいる。魔術師は杖を構えてなんやかんやと唱えているし。

 元々ローグは魔法剣士だ。正し、使える魔法は自己強化のみ。使えないものを知ってもしょうがないからと学ぶのを諦めて一般魔法には手を出していなかったが、こんなことなら少しは真面目に学ぶのだった。


 筋肉痛は一日休んですぐに治った。なお、その日は「だからって寝かしておいてはやれないし」とリオンに負ぶって貰って上へ向かった。恥だ。2度と筋肉痛になるようなことはしない。

 負ぶってもらって分かったことだが、こいつからは花の匂いがする。都の香水とかいうヤツだろうか。オシャレかよ。こんな血とヘドロを固めたみたいなダンジョンの中でまで。……でもなんだろうな。なんだか少し懐かしい気がした。




   ◇ ◇ ◇




 その翌日、人と出会った。

 双頭狼の群れに襲われていた。人数は3人。体が動いた。ナーガの体なのに、勝手に魔力が体を満たして、手が剣を振るっていた。


「ナーガちゃんに助けて貰えるなんて光栄だなぁ!」

「そうだそうだ!」

「すごい強いんだね……ってか、ナーガちゃんって剣士だっけ? あれ?」

「でも、そんな必死の形相で助けてくれるなんて――」

「ちっげーよ! これは俺のあくへ――むぐぅ」

「あーハイハイ、よく頑張ったね、誉めてあげる。あ、この子があんたたちを助けたのは、オレの指示だからそこのとこ勘違いしないように」


 後ろから口を塞がれて回収された。回収したのは勿論リオンだ。

 俺の手を握りしめて感謝なのかなんなのかだらしない顔で目や口から汁垂れ流していた男達はリオンの登場に真顔になった。


「このワンコに苦戦するようじゃ、ここらはあんたたちの適正深度じゃないってことだ。大人しくさっさと戻った方がいいよ。次は助けがあると思うな」

「な、ナーガちゃんに指示とか、A級だからって何様だと――」

「勘違いするな。オレがこの子を先に助けて、恩返ししたいって言うからお願いしただけだよ。所謂恩送りってやつだ。あんたたちもこの子に恩を感じるなら、同じように襲われてる誰かを助けてあげてくれ」


 耳元でぼそりと呟かれた。「隠す気ないわけ?」と。いやいや、隠すも何も――あ、そうだ、今の俺はナーガの体だ。体が入れ替わったなんて、あまり人に知られて良いことではない。ナーガの為にも。

 男達の背を見送りながら、男達に握りしめられた手を、自分の手で抱きかかえるように引き寄せた。……少しだけ震えていたのは、きっと気のせいだ。


「あんたは出来るだけ喋るな」

「言い方ァ!」

「しょうがないだろ。ボロボロにボロ出してんだから」

「うぐ……それは……そうかもしれんけど……」

「そういうとこフォローするためにも組むんだろ。少しは頼ってくれ、なんたって僕はA級だからね!」


 フフン、と少し得意げに笑う顔は、昔からちっとも変わらない。多分自分ではキメ顔かなんかのつもりなんだろうな。……可愛いだけだぞその顔。


 手を差し出されて、その手を取った。温かくて、頼もしい大きな手だった。自分の手がひどく小さくなってしまったからだろう、余計にそれを強く感じた。でも、握られても、引かれても、ぜんぜん平気だ。むしろなんだか、少し嬉しい。


「さっさと戻ろう。地下はやっぱり気が滅入るよ」

「うん」


 上階までは、あと少し。




   ◇ ◇ ◇




「出たー!!!」

「地上だー!!!」


 2人で揃って雄叫びを上げた。空だ! まぶしい! 曇っているけど!!!

 深層まで行って帰ってくると、地上に出たときの開放感は毎度のことながらたまらんな!


「あ!」

「何、どうしたの」

「ガーゴイルの核忘れてた!」

「今更!? ってか、それはおっさんが受けた依頼だから、ナーガは関係ないだろ」

「あ、そっか」


 チャリ、とリオンが取り出したのはドッグタグだ。刻まれた名前は「ローグ」。……俺のドッグタグだ。

 ドッグタグは探索者が身につけて潜るもので、亡くなった探索者を見つけたときに持ち帰りを推奨される唯一の物だ。ネックレスの様に首から掛ける金属タグには、名前と所属番号、ランク、パーティ名が刻まれている。2枚一組になっていて、片方はそのまま遺体に残し、持ち帰り用の一枚を持ち帰るのだ。どうしてそうするのかは知らない。昔からの風習だった。


 ちなみに、他の荷に関しては、発見者が好きにして良いことになっている。勿論遺族がいる場合には譲渡が推奨はされるが、義務ではない。譲渡自体も、礼金がどれだけ出るかによっても変わることが多かった。まぁ荷物になるしな。装備以外で金目のもの身につけて潜るようなアホはいないし。大抵は遺族用にそいつが身につけていたアクセサリー類を何か1つ持って帰ることが多いか。

 ローグに――俺に遺族はいない。荷は、リオンが処理してくれた。使えそうなものをより分けて、彼の荷に統合された。防具などはサイズが違うから、篭手だけを彼が引き継いだ。ひどくしんみりした顔で、篭手の表面を撫でる横顔が印象に残った。剣はナーガが――まぁ俺なんだが――引き継いだ。


「アレスタさん、ちょっと部屋を用意して貰えますか」

「どうしたの? 突然――…………え? それって、まさか」

「とにかく、部屋を。お願いします」


 ギルドに着いて、真っ直ぐにアレスタの元へ2人で向かった。ちらりと彼女にタグを見せれば、顔色が変わるのがはっきりとわかった。血の気の引いた顔は、気丈な彼女には珍しい。

 すぐに部屋が手配され、3人で入った。アレスタが注意深く施錠した。


「……それは、ローグのタグね」

「はい、そのことでご相談がありまして」

「相談の前に事情を話して。あの人が、たかがガーゴイルの討伐で死んだりするわけないじゃない! 一体何があったのよ!」

「アレスタ、声がデカい」

「は!? そもそも、なんであなたがローグの剣を持ってるの!? 振るえもしない大剣担いで、何のつもり!?」

「……アレスタさん、落ち着いて。説明します」


 リオンが静かに告げると、アレスタはそれ以上の言葉を飲み込んだ。こくりと頷き、椅子に座る。

 依頼者との面談などに使われる部屋は、中心に7~8人は座れる大きなソファセットが置かれている。その片側の中央に彼女が、逆の中央にリオンとナーガ姿のローグが座った。


「まず始めに。彼女がローグです」

「説明下手だなお前」

「ちょっと待って初っぱなから何言われてるのか分からないわ」

「大丈夫、僕も最初何がなんだか分かりませんでしたから」


 それから、リオンは静かな口調で割と最初から事情を説明した。

 しかし不思議だ、俺が説明した内容と微妙に違う。抗議しようとしたら視線だけで黙らされた。圧が怖い。


 ナーガが自分以外の付きまといにブチ切れて俺に呪いを放ち、副作用で動けなくなったところで魔物に襲われ、そこで俺の悪癖が発動したが呪いの作用で弱体化した俺が魔物に殺されかけたこと。致命傷を負わせた代償に、ナーガが無傷の自分の体を差し出すため2人の魂を入れ変えたこと。致命傷を負った体に移ったナーガはそのまま死亡。無傷の体に移された俺が、現在ナーガの体を持ったローグとして生きているということ。


「……確かに、彼女がそういう古代魔法を復活させたという話は聞いてたけど――冗談、じゃないの……よね?」


 アレスタの言葉にリオンが頷く。

 彼女に打ち明けたのは、相談通り、予定通りだ。「どうせあんたはボロを出すんだから、フォロー要員はもうちょっと増やさないと間に合わない。ギルド内部に協力者がいた方がいい」というリオンの意見が通った形だ。そしてどうせ巻き込むならリオンとローグの担当でもあり、ナーガの件も含めて事情に詳しいアレスタが良いだろうということになった。


「ローグ、なの?」

「おう。心配かけてすまねぇな」

「……ローグね、その喋り方……。はぁー……それにしてもなんでよりによってローグがナーガでナーガがローグで……」

「それで、色々あって、僕と一緒にパーティを組むことになりました」

「はぁ!? あなたたちで!? どうして!?」

「フォローの為に」

「それはそうね……なるほど、確かに、それしかないわね……今のローグを1人にしておいたら惨状しかないわ……」

「酷い言われようだな。1人でも平気だって」

「「そんなわけないだろ(でしょ)」」


 声を揃えて否定された。


「それでですね、パーティとしては、アレスタさんに担当をお願いしたいんです。ついでにナーガの担当も、アレスタさんに移せませんか?」

「ああ……ナーガちゃんの担当か……あれはちょっと厄介ね……まぁ頑張ってみる」

「難しい?」

「厄介なのに担当されちゃってるのよ、彼女」

「面倒臭いヤツだよな、あいつ」

「都落ちのヤツでね、ナーガちゃんを狙ってるの。色んな意味で」

「ああ、そういう……まぁ大丈夫でしょ、それなら。僕A級ですし、僕と組んだなら下手な手出しは出来ないはずです」

「それがなんと親戚にA級がいるのよ、そいつ」


 そしてその親戚の家がそれなりの階級の家らしい。面倒くささに拍車が掛かる。

 とは言え、現状ではあの職員にそのまま担当して貰うわけにもいかない。何しろ事情を知らなすぎるし、こちらとしても明かす気がない。


 その後は、ローグの死亡手続きへと移った。アレスタが痛みを堪えるような顔をしたのが意外でもあり、少しだけ、嬉しくもあった。趣味が悪いことは分かっているが、自分の死を惜しんでくれる人がいるのは、悪くない気分だった。

 死亡の証明書を幾枚か出して貰う。これを持って、宿屋の解約や公共機関への届け出を出すのだ。墓を購入するにも要る。

 え、マジでたてるのか、墓。結構高かったはずだぞ、あれ。共同で良くねぇ? と言ったら却下された。


「ギルド貯蓄はどうする? ナーガちゃんに引き継ぐ……のはちょっと不自然ね。リオンくんに一旦相続してもらいましょうか。一応かつてのパーティメンバーだし」

「ギルド貯蓄? 何だそれ、俺は初耳だぞ」

「あ……あ、ああ! そう言えば、そうだったわ! えーと、ごめんなさいね、言うのを忘れて、勝手にこちらで積み立ててたのよ」

「あれ、アレスタさん説明するの忘れるなんて珍しい。僕もやってるヤツですよね。ていうか、基本的にギルド所属なら皆やってるヤツですよね? 義務的な?」

「え、ええ。探索者って金銭感覚がちょっと微妙な人が多いから」

「取りあえず僕が相続します。手続きお願いします。相続した後どうするかは、後で相談しますから」


 にこやかに会話が交わされ、処理された。……? 微妙に違和感を感じるが……まぁ良いか。そんなこともあるだろう、アレスタだって人間だ。

 金銭感覚なら俺よりリオンの方がしっかりしてるしな。任せておいたら良いだろう。


 一通り話が終わり、さて退室するかというその時に、厄介事はやって来た。

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