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01

「いい加減でナーガさんを連れ回すのは止めてください!」

「……そんなことしてねぇ」

「じゃあどうしていつもナーガさんの行く先があなたと同じ場所なんですか! 彼女は将来有望な魔術師なんです! こんな小さな協会に属しているのが嘘みたいに高度な魔術が行使出来る希有な人なんですよ! 古代魔術の復活さえ手がけているというのに――」

「はいはいそこまでにしてちょうだい、あなたの仕事は別にあるでしょ?」


 ようやく入った助け船に、ローグは大きく息を吐いた。

 ギルド内にある個室は、打ち合わせや商談に使われることもあって防音魔法が張られている。外部に音が漏れないようにした上で行われていた詰問には、いい加減飽き飽きしていたのだ。なにせこちらの意見などまるで聞く耳を持たないのだから。


 探索者と呼ばれる職業がある。ダンジョンと呼ばれる神代の時代から存在する遺跡に潜り、発掘を行うものたちのことだ。文明の発展に大いに寄与してきたそれらは、今ではそれなりに国によって制限され管理されるものとなっていた。

 探索者は探索者によって構成されるギルドに所属し、その規則にしがたい探索を行うのが現状だ。


 ローグもそんな協会に属する探索者の1人だ。

 不吉と言われる黒髪黒目、厳つい顔立ちに筋肉質で大柄な体つきはそれなりに他を威圧する。……威圧はするが、協会内の彼の立場はそこまで低くもないが高くもなかった。その為、職員の対応もそれなりだった。

 例えば、今、所以もなく詰問されていたように。


「アレスタさん、またそうやって問題をうやむやに――」

「はいはい。私の方から良く言って聞かせるわ。あなたこそナーガちゃんに注意はしてるの? 担当はあなたでしょ?」

「生命接呪の古代魔術を復活させたような天才に、私が何か意見するなんてとんでもない。この人が浅ましく後を付けるなんて真似さえしなきゃ、万事解決するんです。リオンさんのことだってそうですよ、ほんっと、碌でもない――」

「個人攻撃は止めて、自分の仕事をしてちょうだい」


 押し出され、職員はそのまま怒りながら廊下に出て行った。去り際に「くれぐれも! ナーガさんへの付きまといは止めてください!」と言い捨てていった。

 その背を見送り、内心でこっそり舌を出した。


「付きまといねぇ」

「してねぇよ」

「知ってるわよ。付きまとってるのナーガちゃんの方でしょ?」

「……やたら周囲に出現はする」

「それを付きまといっていうのよ」


 愛想が悪い自覚はある。一応B級ではあるものの最下位の上、成績は振るわない。自己責任が原則の探索者において、他人の戦いに首を突っ込む悪癖持ちであるが故にトラブルも多い自覚はある。パーティで動くことを推奨される探索者において、頑なにソロを貫き通し協調性も皆無と言われる。

 つまりローグは問題児だった。ついでに言うなら、問題『児』という年でもなかった。中年のおっさんだ。

 有望株の若手探索者に関わって欲しくないと思う職員の気持ちも、分からないではなかった。

 もっとも、好きで関わっているわけじゃないんだが。


 アーディアス・ダストはダンジョン街だ。ダンジョンと共に栄え、ダンジョンによってその経済の大半を回す街。

 幸いにしてほどほどの大きさのダンジョンを擁していたアーディアス・ダストは、ほどほどに栄えている街だった。

 故に、人の出入りは、それなりに激しい。

 ローグに難癖付けてきた職員は、都の本部からの出向職員だ。本人は研修だなんだと言い聞かされて来たようだが、実際はそれなりの家柄であるが故に首に出来ないトラブルメーカーを地方に出した、だ。更生すれば良し、しなかったら――どうするのだろうか。本人的には有望な若手であるナーガを都にスカウトして連れて行きたいらしく地味にこそこそ頑張っている。


「そろそろちゃんと依頼をこなさないとC級に降格されちゃうかもよ?」

「構わねぇよ」

「何言ってるの、折角昇格したのに。はいこれ。深層のガーディアン討伐依頼。これでまた暫くは大丈夫だから」

「……あいつら戦ってて面白くねぇんだよ」

「ワガママ言うな、三十路脳みそ筋肉ダルマが」

「どんな悪口だよ、ってか三十路はお互い様だろお局サマが」


 ぽすんと依頼書で顔をはたかれ憎まれ口をたたき合う。

 ちらりと依頼書に目を走らせれば、いつもどおりの内容だった。討伐証明部位も変わらない。石像であるガーディアンは胸に埋め込まれた魔石が証明の部位となる。


「いっそのこと、正式にパーティ組んだら? ナーガちゃん、15歳になったんでしょ。もう成人よ?」

「……成人しようがなんだろうがガキには変わりねぇだろ。なんで俺がお守りしなきゃならねぇんだ」

「リオンくんとは組んでたじゃない」

「あれは、昇格の依頼で世話してただけだ」

「そんなこと言って。昇格依頼の新人育成なんて半年もたたず終わったし、後の数年間は普通にパーティ組んでたじゃない」

「……つーか、半年程度で放り出したら、死んでたろうが、あのガキ」

「今では立派なA級探索者よ。都で昇格して帰ってくるなんて、大したものよね」

「……あのションベン臭いガキがねぇ」

「いつの話してるのよ」


 いつの話かと言えば、それはリオンが諸事情によりこの街に流れ着き、ギルドに来てすぐの頃のことだ。

 ふと昔を思い出し、ローグは大きく息を吐く。

 そういやあいつも、俺の悪癖に巻き込まれた不運なガキだったな、と。

 ついでにその縁でアレスタに昇格依頼として育成を押しつけられた。

 ……最初の内はローグさんローグさんって割と懐いて可愛かったのに、育成期間が終わった後も一緒に探索にくっ付いてきて次第に「おっさん」呼びになるわ、態度がツンツンしてくるわ、まぁ酷いもんだった。酒の飲み方にも口を出す、食事や装備の手入れや金の使い方やその他諸々、細かいことをぐちぐちぐちぐち……お前は俺の女房か! と怒鳴りつけたこともあった。顔を真っ赤にして「どっちがだよ! ふざけんな!」と怒鳴り返してきたが。その後からギクシャクしだして、間もなく距離を置いたんだったか。

 ここ数年間は都に上ってランクを上げたと聞いている。A級になれば都に拠点を置いて活動するのが普通なのに、わざわざこの街に戻ってくるらしい。


 ナーガも、悪癖で引っかけちまったんだよな。自分で止められないのだから、本当に面倒で厄介な悪癖だ。

 しょうがなかったとは言え、それ以来付きまとわれてる。


 …………そう。付きまとわれている。付いてきている。………………それは、分かっていたのだ。




   ◇ ◇ ◇




「どうしてよ……っ! あたしがあんたに何したか、わかってんでしょ!?」

「……ああ、そうだな」


 魔物の爪に掻っ捌かれた腹からは止めどなく血が溢れ、小さく呟いた口からも血が溢れた。

 痛みには慣れている。もう長いこと、手に武器を握りしめて戦い続けてきたのだ。

 首に掛けたタグを握りしめた。固い金属の表面を指の腹でなぞった。


 目の前には、今屠ったばかりの魔物が横たわっている。濃密な血の臭いは自分のそれだけではない。

 自分に覆い被さる少女――ナーガが泣いていた。ローグが受けた傷は、彼女を庇って出来た傷だ。彼女は強力な魔術を行使した代償で身動きが出来なくなった所を魔物に襲いかかられ、その爪に引き裂かれる所だった。そこを、助けた。いつも通り、ほとんど無意識に体が動いていた。

 彼女がその魔術を行使したのは、ローグに対してだった。強力無比な重圧魔法だ。少女に呪われ、体は重みを増し、動きは極度に制限された。いつも通りの動きが出来なくなっていた。それも、全部ちゃんと分かっていた。



 それでも男は、少女を助けた。彼女が魔物に襲われていたからだ。

 それが理性でも理屈でもどうしようもない、ローグの悪癖だった。



「……あんたがっ! あんたがそんなんだから! だからあたしは……っ!!!」


 正直に言えば、少女に付きまとわれて困っていた。パーティを組んでいるわけでもないのに、どこへ行くにも付いてくるのだ。

 彼女のような存在は、悪癖故に、たまにいる。それでも、しばらく無視し続ければその内消えるのが常だった。だから、彼女もきっと同じだろうと――そうして彼女を放置したツケが回ってきたのだ。


 これは最初に悪癖に巻き込まれた後に少女が喋ったことだ。

 みんな死んじゃった、と呆然と呟いた少女は、泣きながら、まるで懺悔するように、ひたすらにローグに経緯を語った。


 その探索は、彼女にとって初めての探索だった。

 彼女達のパーティは、彼女の両親に叔父と彼女を加えた4人。

 準備は完璧だった。探索用の彼女の衣装は今回の為に新調され、両親や叔父と共に予習も対策もきちんと行い、安全も確保していた。


 そんな彼女達を、ダンジョンハイが襲った。いつも以上に良い成果を上げたことで、眼が眩んだ。適正深度を通り過ぎ、深層にまでたどり着いた。それも余裕で。余りにも順調に階層を深めたことで、油断が生じた。安易に踏みこんだ1歩が悪辣な罠を踏み抜いた。仲間が死に、ダンジョンハイがいきなり終わった。


 ダンジョンハイとは、時折起こるダンジョンの呪いのような代物だ。やたらと調子が良くなり、いつも以上の実力が出せてしまう。それを自分の実力と勘違いすると痛い目を見るのだが――ダンジョンに潜る者ならば、大抵は一度か二度はこいつにやられる。無事に脱せたものだけが、先へと進む権利を得るのだ。


 少女は無事に脱せなかった側だった。仲間を全員失い、たった1人で自分の適正よりも遙か上のダンジョン深層に取り残された。そこで運悪くローグの悪癖に巻き込まれ、命を拾った。結果、惚れた――らしい。

 ローグはその言葉を真摯に受け止めなかった。

 実際、似たようなことを言いながら良いカモ扱いで寄生されたこともこれまで幾度か経験していた。彼女をそうだと決めつけたわけではなかったが、彼女はローグと比べ、若かった。若すぎた。ローグからみれば、彼女はただの保護すべき子供だったのだ。


「ごめん……っ! ごめんなさ……っ! あ、あたし、あたしは……っ!」


 ぼろぼろと涙をこぼしながら、少女は小さな拳を握りしめていた。だんだんと感覚がなくなっていく。まぶたが、重い。

 そんなに泣くな。少女の涙を拭おうと腕を上げようとして、けれどそれは叶わなかった。


 謝るのはこちらの方だ。これは俺の悪癖なのだから。

 泣く必要はないし、謝る必要だってない。むしろお前は、巻き込まれた被害者だ。

 気にするな、そう言おうとして開いた口からは、血の泡が少し零れただけだった。


「ごめんなさい、ローグ。……あたしには、もう、これしか出来ない……」


 瞼を落とした男の体を、少女の魔力が包み込んだ。

 勝手だなぁ、という思いと、……ほんとうに、こいつは、ばかだなぁ、という思いが混じり合って溜息になった。

 最後に唇に触れた柔らかなものには、気がつかないふりをした。

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