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寂れた町と現実と

 目を覚ますと夜になっていた。


 近くが暖かいのは、焚き火のせいだろう。

 目の端に炎の影が見える。


 向こうに座り込んでいるベルベットとその肩に寄りかかって寝ているハルカの姿が見えた。


「生きている…」


 魔法と戦闘の反動か、頭と体の痛みが多少あるが、それ以外は大丈夫そうだ。

 起き上がり辺りを見回す。丁寧に敷かれた寝袋の上に寝かされていたようだ。


 ボーデスとかいう奴と戦闘した場所とはずいぶんと離れた場所で野宿しているようだ。遠目に、横転した馬車だけがかすかに見えた。


「起きたか。体は大丈夫か?」

「ああ、うん」

「それは良かった。大変だったらしいな」


 ベルベットが焚き火に枯れ枝をくべながら言った。

 大変だった、か。団長から貰ったペンダントが無ければ、ハルカは殺されていただろう。

 俺をよそにベルベットは続ける。


「だけどよく守った。お前は立派だよクラウス」

「立派、か…俺はそんな大層な物じゃないよ…」

「素直じゃないな。もっと喜べ。お前は大切なものを守ったんだぞ?」


 全てが偶然だ。たまたま何かが嚙み合って上手く行っただけにすぎない。

 暗い顔で話す俺に、ベルベットはやれやれという仕草をして、何かを投げつけてきた。

 飛んできたものを受け取る。食料だった。

 あいにくそこまで腹は減っていないし食べる気も起きない。


「食え。腹を満たせば少しは元気になる」

「…でも」

「無理にでも食え。ハルカもそういうだろ」

「…分かった」


 黒パンを口に入れる。

 味はしなかった。


「クラウス、お前、随分と落ち込んでるみたいだが」

「いや…うん。そうかも」

「お前、自分を勇者か何かと勘違いしてるんじゃないのか?」


 いやいや、それが。勇者らしいんですよ俺は。人型の靄によればだけども。

 そこでこんな夢物語のような話をしても、ベルベットは信じないだろうから、人型の靄の話はしなかった。


「…そうかもね」

「お前はまだ子供だ。驕りをなくせとは言わん。だが、自分の手が届く範囲は必ず守れるようになれ」

「手の届く範囲か…」

「そうだ。今回の場合ではハルカだけ、だ。それ以上を守ろうとは絶対にするな。手を伸ばし過ぎれば、限界は必ず来るし場合によっては共倒れだ」


 手の届く範囲。それだけでいいのか?いずれ魔王を討たなければならない身なのに。


「お前は勇者って感じじゃない。何がお前をそうさせてるのかは知らんが、世界を背負いこもうとはするな。先輩からのアドバイスだ」

「ありがとう、ベルベット」

「別に気にするな。私も昔は、そんなことを考えていた時期があったからな」

「勇者とかそういう?」

「そうだ。選ばれた人間だという驕りがあった。猟兵団の上位にいるっていう、な」


 ベルベットは遠くを見て続ける。


「現実は違った。私は守るべきものを守れなかった。多くの仲間も失っている。お前にはそうなってほしくない」

「ベルベットは何を失ったの?」

「大切な人も、仲間も、全部さ。随分と昔の話」


 ベルベットの目は悲しそうだった。

 俺の大切なもの…今は猟兵団の仲間たちと初めての友達であるハルカだ。

 失いたくはない。

 大切な宝物だ。


「うぅん…」


 ハルカが目を覚ました。

 俺を見るなり、立ち上がって抱き着いて来た。

 良い匂いがした。


「良かった…目が覚めたのね!もう大丈夫?」

「俺は大丈夫だよ、ありがとう。ハルカ」

「いきなり倒れるんだもの、心配するなっていう方が無理よね!」

「ごめん」

「でも、本当に良かった…」


 バッと体を離して笑顔で答えたハルカを見て俺は大分安心した。

 ベルベットの言う通りに素直に喜ぶべきなのかもしれない。

 俺は守れたんだ。大切な宝物を。


「寝ずの番は私がやるから、二人とも寝なさい」

「分かったわ」


 ハルカが俺の隣に座る。不意に手を握られた。

 俺もそれに返すように手を握り返す。


「おやすみなさい、クラウス」

「おやすみ、ハルカ」


 ハルカは俺の手を握ったまま横になった。

 俺は後ろの岩に背を預け、目を閉じた。




「起きろ、寝坊助。朝だぞ」


 ベルベットの声で目を覚ました。

 ハルカは既に起きていて、リュックを背負っている。


「馬車も壊れたし、何より馬がいないから、ここからは徒歩で行く。幸い次の町まではもう少しだ。残念だが町はそこまで大きくないから恐らく馬車も馬も買えん」

「私は別にいいわよ。歩き旅も悪くないわ」


 本当にハルカは肝が据わっているというか芯がある。本当にお姫様かと突っ込みたくなるくらいだ。文句の一つも言わないし、何より何事にも挑戦しようという気がある。


「クラウス、お前の荷物だ。訓練で慣れてるだろ」

「分かった」


 大量の荷物が入っているであろうパンパンのリュックを背負い、先導するベルベットの後ろを歩く。

 これでも、馬車に載っていた荷物の半分にも満たない量だ。

 それだけ馬車を失ったことは大きい。

 予定の日時でマンデット大陸に辿り着けるか、不安になった。


 太陽が大きく傾き、日暮れに近づいた頃、ようやく町に着いた。

 予想以上に寂れていて、どこかゴーストタウンのようにも見えた。


「ここが町?ずいぶん…」

「静かにしろ」


 言いかけたハルカの言葉をベルベットが遮った。ハルカはちょっと嫌な顔になった。

 ベルベットに対してではない、目線の先に対しての物だ。

 ハルカの目線を追って、分かった。そこには肥え太った奴隷商が居た。

 明らかに下品で下衆な目をしており、俺も少し嫌な顔になる。

 奴隷商の近くには座り込んだ奴隷たちとその奴隷を乱雑に扱う兵士が立っている。


「助けてあげられないのかしら」


 小声でハルカが呟く様に言った。

 残念ながら無理だろう。俺たちには奴隷たちを買う金も養う力もない。

 それに、ここで奴隷商や兵士を殺せば、俺たちは晴れてお尋ね者になる。


 俺たちは奴隷商のいる道を避けて、宿屋に入った。

 宿屋は酒場と兼業しているようで、酒場には様々な格好の冒険者と思わしき一団が居た。

 ベルベットが宿をとっている間、俺とハルカは酒場の端の方で椅子に座って待っていた。


「ゴースティア大陸にも奴隷はいるのね。戦争中だし仕方ないのかしら」

「戦争?どことどこが?」

「知らなかったの?紛争が起こっているのよ。もちろんここじゃないけど」

「全然知らなかった」

「少しは周りに目を配ったほうがいいわね、クラウスは」

「…どういう意味さ」

「冗談よ、怒らないで」


 猟兵団にいた時は情報が遮断されていたから、ほとんどの情報源はメリルとアクラ頼りだった。


「こんな時に随分と悠長に話してんなお前ら」


 二人で会話を続けていたら、いきなり冒険者の一人が絡んできた。酒の匂いがする。


「何の用?」

「お前ら、何処から来た?冒険者にしちゃいい身なりしてるじゃねえか。特にお前」


 酔っぱらっている男はハルカを見た。いやらしい目つきだ。

 次の瞬間、男は地面に転がされていた。


「てぇめ!何しやがる!」

「私の仲間に何をしている」


 ベルベットが男を床に倒したのだ。

 男がゆっくりと顔をあげると、無表情だが、怒りの圧を放っているベルベットがそこにいた。

 男の目線がベルベットの胸の紋章に向く。


「猟兵団……ツヴァルヘイグ!?ひぃぃい!!」


 男の声に反応し、周りの目がベルベットへと向く。


「何をしているのかと、聞いている」

「まってくれ、許してくれ!知らなかったんだ!」

「私を怒らせる前に、とっとと消えろ」


 男はすぐに立ち上がり、慌てて酒場から出て行った。

 酒場の中はざわついていて、さっきの雰囲気が嘘の様だ。


「ずいぶんと嫌われたものだな」

「なんでこんなことに…?」

猟兵団うちが紛争に参戦しているからだろうな。聖神フラーマ側で」

「えっ…でも、ツヴァルヘイグ猟兵団は…」

「少年兵や下位の兵士だけは小さな依頼だけしかしない。上位になると話は違ってくる。国に依頼されれば、戦争にも出ることもある」


 知らなかった。誰も教えてくれなかった。そんなことは。


「聖神フラーマと闘神ガルツの派閥でやってるのよ。ツヴァルヘイグ猟兵団が参加しているってことは、聖神フラーマ側が勝つでしょうね」

「…」

「複雑そうな顔してるわねクラウス」

「まあ、ね」


 直接的な原因ではなくとも、所属しているところが戦争をして、その結果奴隷が生まれている聞くと、内心は穏やかではない。

 ベルベットが言ったように俺は手の届く範囲しか守れない。

 それでも、それでも、と考えて複雑な心境になってしまった。


 部屋に荷物を置いてきて、改めて酒場で食事をする。

 出されたものは別に特別美味しいわけでもない黒パンと何かのスープだった。

 ハルカは美味しく完食し、俺は少しだけ残した。

 その後はハルカの提案で、町の市場に行くことになった。

 ベルベットは冒険者ギルドに行ってしまったので、二人で市場まで出た。


 やはり市場も寂れていて、店はあまり出ていない。

 必要なものはベルベットが既に買っているので、本当に見るだけだが。

 それでもハルカは楽しそうだった。

 ハルカは俺の手を握ってぐいぐいと先に進む。

 そして市場の最奥まで来たとき、急にハルカが立ち止まった。


「最悪」

「?」


 最奥では、奴隷市が開かれていたからだ。

 ハルカが踵を返して市場に戻ろうとしたとき、誰かが、ハルカの空いている手を掴んだ。


「助けて…!」


 上半身裸の子供だった。足には枷がはめられている。

 奴隷だ。

 ハルカの行動は早かった。外套を脱ぎ、奴隷の子供に羽織らせた。

 そして小声で魔法を唱え、足枷を破壊した。


 向こうから兵士が二人走ってきた。


「おい!娘!、そこの奴隷を渡してもらおうか!」


 当たり前だがバレている。とんでもないことに巻き込まれた。


「奴隷?何の事かしら?」


 ハルカは凛とした表情で答える。

 俺はもう内心ドキドキだし、何が正解かも分からなかった。

 もはやどう転んでも、悪い方向にしか行かないだろう。


「そこにいる魔族の奴隷だ!嘘を言うなら貴様らも奴隷にしてやるぞ!」


 魔族。言われてみて子供をよく見ると、小さな角が生えていた。


「もう奴隷じゃないわ」

「貴様!死にたいのか!」


 兵士が剣を抜いて振りかぶった。

 ヤバい。

 俺がとった行動は一つ。兵士の一撃を赤い剣で受け止めようとした。

 兵士の剣は、赤い剣の刀身に触れた瞬間、折れた。

 折れたというよりは、赤い剣によって断ち切れたという方が正しいかもしれない。

 兵士は二、三歩程下がり、自分の剣を見ている。


「ば、馬鹿な、剣が折れるなんて!貴様ぁ!何をした!」


 何をしたと言われても困る。俺も激しく動揺していた。

 赤い剣の力なのか何なのか分からなかったが、剣はあの時と同じく、赤くなり、発熱している。


 ざわつく奴隷市の中であの町の入り口で見かけた、太った奴隷商が姿を現した。


「何の騒ぎかと思えば…奴隷一匹脱走しただけで何を手間取っているのですか?」

「はっ…申し訳ありません」


 奴隷商はこちらを見て。正確には俺の剣を見て息を呑んだ。

 その目は明らかに驚いている目だ。


「その剣、まさか…絶剣ですか!なんということだ。本物を見る機会が訪れようとは…」


 奴隷商は突っ立っている兵士を押しのけ、俺に近づいて来た。


「小僧、いや、貴方は何処でソレを手に入れたのです?まあいい…ソレと交換なら、今までの無礼を許し、そこにいる魔族の奴隷を差し上げましょう」

「クラウス…」


 ハルカに目配せされた。だけど…。

 いくらハルカの頼みでも。

 この剣は、俺が団長から貰ったものだ。誰にも渡す気はない。


「断る」


 俺は剣を構え答えた。


「交渉決裂ですね…貴方達も奴隷に…と思いましたが、無礼が過ぎましたね…死になさい!」


 兵士達が剣を、斧を、槍を抜いて迫ってくる。

 ちょうどここは一直線だ。俺が盾になれば、ハルカと奴隷の子供だけは逃げられる。


「走って逃げろ!」

「っ…!」


 ハルカたちが走り出したのを確認して、俺は前を向く。

 猟兵団での訓練を思い出せ。兵士一人の強さはラージュよりも団員達よりも、ずっと下だ。

 ならどうとでもなる。

 駆けだそうとしたその時、俺の真上から何かが飛んできて地面に突き刺さった。


 ベルベットの長槍だ。


 後ろから、ハルカと奴隷の子供を掴んでベルベットが現れた。

 その後ろには何人かの冒険者が居た。


「ちょうどいいところに来ましたね。彼らは罪人です。捕えてくださってありがとうございます!」


 奴隷商が嫌な笑みを浮かべた。


「残念だったな。罪人はお前だよ」

「は?」


 ベルベットは地面に突き刺さった長槍を掴み抜き、奴隷商に刃先を向けた。


「正式な文書がない状態での奴隷売買は重罪となる。このゴースティア大陸ではな」

「なっ!そんな話があるわけがっ…!」

「今さっき決まったばかりだ。というわけでお前は重罪人というわけだ。じゃあな」


 有無を言わさず、ベルベットは奴隷商の心臓を一突きし奴隷商はあっけなく死んだ。

 兵士達も冒険者達に連れていかれた。


 何が起こったか分からず、立ち尽くす俺を、ベルベットは一発殴った。

 結構な威力だった。


「自分が何をしようとしたか分かっているのか?お前の任務はなんだ?ハルカの護衛だろう。勇者を気取ったのか?」

「そういうわけじゃ…ないけど…」

「今回は運が良かったとしか言えん。次からはこうはいかないぞ」


 ベルベットは俺をひと睨みして、ハルカと奴隷の子供を連れて戻っていった。

 一人残された俺はただ立っていた。

 なにも言えなかった。それもそうだ。今回の件は全面的に俺の落ち度だ。

 ハルカを自由にさせ過ぎたのも、俺が悪い。

 奴隷を助けようとさせたことも、俺が悪い。

 二人だけにして逃がそうとしたことも、俺が悪いのだ。


「…」


 俺は俯いたままいた。

 自分の不甲斐なさがただ辛かった。

 現実は重い。思ったよりもずっと重かった。

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