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敵襲

 猟兵団の拠点を出て、もう一週間程度たった。とはいえ道はまだ長い。

 ゴースティア大陸は緑豊かな大地で、あちこちに森がある。最短ルートで進んでいるとはいえ、森を抜けることは多い。


 ハルカとは大分仲が良くなったと思う。ハルカの方がグイグイ来るからかもしれないが。

 ハルカは姫様だが、野宿とかに抵抗はないようだ。いつも元気に率先して焚き火の用意をする。割と場慣れしているのかもしれない。

 俺は相変わらず、ハルカとの話や、周囲警戒を担当している。ベルベットはあまり話に入ってこない。たまに相槌をうつくらいなのだが、ハルカはそんなベルベットにもよく話しかけていた。そのたびベルベットは少し困ったような顔になり、お喋りに付き合っていた。

 ハルカは相変わらずの明るさで、よく喋る。

 内容は殆ど魔法とティア王国のおすすめスポットについてだ。

 聞いていて飽きはしないが小休憩が欲しくなる程度だ。


「ねえクラウス、たまにはあなたの話も聞かせて」

「話って言ってもなぁ…たとえば?」

「猟兵団での話がいいわね」

「実は依頼を受けるのは二度目なんだ」

「えっ…じゃあ、新人ってこと?」

「そうなるね…」

「…私の護衛だからもっと強いと思っていたわ。少し残念ね」

「ごめん」

「謝らなくていいわ。それより一度目はどうだったの?」

「敵に完敗した」

「えぇ…」


 ハルカは明らかにドン引きしている。しかし完敗している以上、話を盛ることは不可能だ。正直に言った方がいい。俺は弱いという事もだ。


「俺は弱い、敵の情けが無かったら全滅してた可能性もある」

「でもクラウスは生き残っているじゃない」

「偶然だよ」

「そんなに自分を卑下しない方がいいわよ。せっかく生き残ったのに勿体ないわ」


 下を向く。俺には分からない。自分がハルカの護衛をしている理由も、あの戦闘で生き残れた理由も。

 ため息をつき、顔が苦虫を嚙み潰したような表情になってしまった。


「クラウス!」

「えっは、はい」

「私の前でよくそんな顔が出来るわね。出来るなら笑顔、出来ないならせめて普通の顔で居なさい」

「あ、ごめん」

「分かったならいいわ」


 ツンとした顔のハルカは横になった。

 その時。


 ガタンと音がして馬車が止まった。荷台の前方に移動して幕を開ける。ベルベットが居ない。


「ベルベット…?」


 微かに漂うのは血の匂い。後方から気配がする。ベルベットのじゃぁない。

 どうする。ここで俺が出たらハルカは誰が守る?いや、守り切れるのか?


「なにしてんのさ、クラウス。早く荷台に戻りなよ」

「ベルベット…良かった無事だった…」


 道の脇の木々からベルベットが姿を現した。長槍を抜いている。

 俺は息を吐き出し少し安心した。


「急いでここから離れなきゃぁね…敵が来た」

「敵?」

「どこかで馬車も変えないとね」


 俺は飛ぶように荷台に戻った。ハルカが目を擦り起き上がる。

 馬車の速度が上がる。後ろからの気配が濃くなった。


「ふぁ…もう町なの?」

「違う、敵だ」

「敵?あぁ、アイツらか…」


 ハルカの顔が曇った。


「なに?知り合い?」

「学園時代のね。同期。もう二年もたつってのに馬鹿じゃないのかしら」

「二年って、四歳くらいか?」

「そ。入学したときにイチャモンつけてきたからぼっこぼこにしてやったの。そしたらこの始末よ。めんどくさいことこの上ない」

「ハルカは王国の姫様だろ。なんで狙う」

「隠して入学したからに決まってるでしょ。王族なんてバレたら入学すらできないわ」

「確かに…しかも幼子だしな」

「そそ。苦労掛けるわねクラウス」

「別にいい。護衛が任務だから」

「二人とも、荷物に掴まれ!!」

『!?』


 馬車の速度が急激に上がった。何かが起こったのだ。

 俺は咄嗟に転びかけたハルカを支える。

 後ろの気配は消えていたが、今度は左右から気配がする。

 人じゃない。


「クソッ、散らしが甘かったか!それにしては集まる方が早い…」

「どうしたベルベット!」

「なんでこんな場所に高位の魔物が居るんだ!クラウス、戦闘準備!」

「魔物!?」


 鋼の剣を掴む。こっちは魔物との戦闘は初めてだ。

 馬車の左右から、狼のような魔物が現れた。鋭い牙に角のようなモノが頭部から生えている。

 気配で分かる。こいつらにはこちらに対して明確な殺意がある。


「魔物ぐらい、私が片付けるわよ」

「ハルカ!?」

「大いなる大神よ、わが手に叡智を授け、その苛烈さを貸し与えたまへ…」


『サンダーボルト』


 ハルカが手を掲げ呪文を唱えると、魔法言語のわっかが空に浮かび上がった。魔法輪ってやつだと思う。

 次の瞬間には空から二本の激しい雷が降り、魔物に直撃した。魔物の体は歪に抉れ、道に倒れ込んだ。

 少しだけユノに聞いたことがあるが、今のは恐らく低級魔法の筈で、ここまでの威力も正確性もないはずだった。それをハルカは魔物の位置も見ず、動く物体に正確に命中させたのだ。凄まじい才能である。


「ほら、終わったわ…よ。ってあれ?まだいる?」

「ハルカ、大人しく座っててくれ。来るぞ、クラウス!本命だ!」


 ベルベットの声が聞こえた。後ろを向いた瞬間、俺は驚愕した。

 デカい熊のような化け物が、こっちに向かって走っている。

 明らかに先の狼の魔物の比ではない。コイツは不味い事態だ。


「奴は魔法の効果が薄い、上位種の魔物だ!クラウス、代われ!」

「えっ」

「男の子なんだから馬の手綱くらい握れるだろ!あいつは私が殺る!」


 気持ちとは裏腹に、俺は馬の手綱を握っていた。恐らくこれも靄の呪いだろう。


「私はあいつを止めているからその隙に街道まで走れ!」

「ベルベットは!どうする!」

「私はこいつを始末したら合流する…行けッ!」


 いうが早いか、ベルベットは走る荷台から飛び出していた。そのまま魔物の目に長槍を突き刺した。

 魔物は叫び声をあげベルベットを振り落とした。

 俺はただ、前だけを向いて馬車を走らせていた。

 木々を越え、森を抜ける。


 そして街道に出た瞬間、嫌な気配がして、馬を止めた。

 一瞬だった。何処からか飛んできた矢が、馬の額に突き刺さる。

 衝撃で馬車はゆっくりと横向きに倒れた。


「ハルカッ!」

「クラウス、何事なの?!」

「分からない、敵であることは確かだ…でも山賊とかじゃない…!」


 這って出てきたハルカに手を伸ばしゆっくりと立たせる。

 数人の若者が、俺とハルカを取り囲んだ。

 取り囲んだと言っても大分距離はあるが。

 そのうちの一人が、ハルカだけを視つつ口を開いた。


「久しぶりだなぁ!ハルカ!」

「ボーデスじゃない。久しぶりね。貴方が私を追ってきていたの?」

「高い買い物をしたかいがあったぜ!これでお前に復讐できる!」

「実力が違いすぎるのよ。いい加減諦めて」

「いいや、お前みたいな子供に良いようにやられたままじゃ俺の名前に傷がつくってもんだ」

「子供相手に本気を出しているのも十分に傷がついてると思うけど」

「黙れ!やれ!お前ら!」


 若者たちはそれぞれに長い棒のような杖を持っていて、ぼそぼそと詠唱し始めた。

 何となくわかったが、こいつらは馬鹿だ。

 ハルカはため息をつき指先を空へと伸ばす。


『サンダーボルト』


 ハルカは無詠唱で、魔法を唱えた。

 空から降ってきた雷がボーデスと呼ばれた男以外に直撃した。

 先ほどのような威力はないが、魔法を喰らった全員が、どさどさと倒れ込んでいく。

 これはハルカに聞いた話だが、無詠唱で魔法を唱える場合、ある一定の状況を除き、威力が大幅に減少するらしい。

 恐らく気絶した程度だろうが若者たちは誰一人として立ち上がれなかった。


「な、なに!」

「あとは貴方だけね、ボーデス。そろそろ決着を付けましょう」

「く、暗き沈み淀みが…」

「はい、遅い…!」


『サンダーボルト!』


「ぐがっ…!!」

 またも無詠唱の魔法を唱えたハルカの一撃で、ボーデスは直立したまま感電している。ように見えた。

 が、


「これで終わりでいいでしょう?もう私に構わないで」

「ほ、ざ、け!」


 ボーデスの腕から黒い霧状の魔力が溢れ体を覆った。サンダーボルトが効いていない。

 ヤバい気配がする。

 俺は素早く、ハルカの前に飛び出して、剣を抜いた。


「邪魔するな!ガキ!」

「ハルカ、こいつに魔法は効いてない!さっきの魔物と一緒だ!」

「な、なんで!」

「俺は強くなったんだ!この力でお前の全てを蹂躙してやる!」


 黒い霧の隙間から見えるボーデスは異形の姿に変わっていた。

 メリルやアクラの授業に出てきた。これは魔物化だ。

 紅い石のペンダントが熱くなった。なぜかは分からないが。


 俺は鋼の剣を構え、訓練を思い出す。大丈夫、大丈夫。

 深く息を吐く。

 俺なら出来るし、俺なら守れる。初めの仕事のようにはさせないし、ハルカは殺させない。


「行くぞ!」

「グガアアアアア!!」


 俺は魔物化したボーデスに向かって走り出した。

 ボーデスは鱗のようなものに覆われていて、まるでワニのような怪物と化していた。

 ボーデスの腕が俺に伸びる。俺はソレを受けずに躱し、鱗のない内側を斬り付け、刃は少しだけ腕に傷をつけた。


「グガ…!」


 ボーデスは後ろに少し後退し自分の腕を見ている。傷を見てベロンと舐めだした。見たところ知能も低下している。

 これならいける。俺でも勝てるかもしれない。

 …いいや勝つんだ。ハルカを守らなければいけないのだから。


「はぁッ!!」


 剣を振るって攻撃を続ける。鱗の部分はやはり固く、鋼刃で傷もつかない。狙うなら鱗の無い、腹か足。腹は常に片腕で守られているからやはり足か。

 一撃で斬り落とすには、俺の力では足りないから強化魔法を使うしかない。

 フェイントで振りかぶり、奴の大振りの攻撃を誘う。案の定、俺を一撃で殺す一撃を放ってきた。こんな時こそユノの回避術が役に立つ。

 素早く身を翻し、斬撃を足にお見舞いする瞬間。久しぶりにスイッチを入れて魔法を使った。


『ロー・ブースト』


 俺の剣は奴の片足の膝から下をすっぱりと斬り落とした。バターを切る如く斬り落とせた。

 やはりこの程度の威力は出る筈なのだ。ゴッズが異常だっただけで。

 奴は、バランスを失い倒れた。後は首を切断すれば殺せる。

 そう思って近づいたときに、奴が何かを呟いているのを聞いてしまった。

 それは魔法の詠唱だった。


『…ウィンド…ボルト』


 風が球状に集まり、俺は遠くへ弾き飛ばされた。

 不味い、強い衝撃で剣を落とした。痛みで頭が回らない。でも。ただ、分かるのはこのままではハルカを守れない。それだけだった。

 奴は回復魔法も唱えることなく、足を再生させた。アイツは最初から分かっていた。演技していたのだ。

 そしてハルカの方へと走り出す。

 剣を拾いに行くのは間に合わない。俺は渾身の力で地面を蹴って強化魔法を肉体に掛けた。低級強化魔法ロー・ブーストではない、通常の強化魔法ブーストだ。

 俺の体のマナ循環では普通の魔法は使えない。これは賭けだった。

 そのまま奴に突撃する。奴はよろめきはしたが、倒れはしなかった。

 奴は俺を一瞥したが、それでも歩みは止めなかった。


 考えろ考えろ考えろ。今のままではまた、あの時と一緒だ。

 ペンダントがもっと熱くなる。

 俺は咄嗟にペンダントを握りしめ、剣を振るう様に薙いだ。

 熱風が周囲に広がる。掌に何かを掴む感触が広がり、鋼の剣より軽い剣が現れた。

 ペンダントが剣へと変わったのだ。赤い刀身の剣だ。とりあえずこれは好機でもあるはずだ。

 俺の体はいまだに先ほどの強化魔法が掛かった状態にある筈なのに、なぜか、体は良く動いた。疲労感も眩暈もない。

 これも好機である。


「うおおお!!」


 俺は赤い剣を奴の腕に振り下ろした。奴は先ほどと同じく、腕で防御しようとした。

 だが、剣は簡単に鱗側から腕を斬り落とした。奴は目をシロクロさせて残っているもう一つの腕で俺を殺そうとした。

 遅い、遅すぎる。強化が掛かっている俺にただの一撃では攻撃は当てられない。残っている腕も斬り落とし、剣先を奴ののど元に突きつけた。


「マ、マテ、話シ合ォ…」


 俺は言葉を無視し、その場で素早く回転切りを放ち奴の首を切断した。

 今度こそ、奴は死んだだろう。


 息を深く吐き出して、剣についている血を払った瞬間、強烈な頭痛に襲われた。強化魔法の代償だ。

 剣を落とし、膝をついて頭を抱える俺をハルカは後ろから抱きしめた。


『ヒーリング…!』


 回復魔法だ。ほんの少しだけ痛みが引いて、俺は何とか立ち上がる。

 ありがとうと言いかけ、止まってしまった。ハルカの顔が涙で濡れていたからだ。


「生きててよかった…ごめん、ごめんねクラウス…私が、私のせいで…」

「泣かなくてもいいよ、友達だろ。見捨てないって約束したから…」

「うん、うん…」


 俺はハルカの頭を撫でて剣を拾った。

 先ほどまで濃く赤い色だった刀身は薄紅色へと変わっていた。熱くもなくなっている。


 森の方から気配がして、ベルベットが走ってきた。

 ベルベットは返り血も浴びなかったのか全くの無傷だった。


「すまない、クラウス。ハルカも無事だったか…」

「いや、全然無事ってわけじゃ…な…」


 眩暈がしてうつぶせに倒れた。体が動かない。


「クラウス!?」


 ハルカの声が遠くに聞こえる。

 俺はどうすることも出来ないまま、意識を失った。


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