かえる
一日目
大谷 紗月
「あおい?」
放課後、教室に忘れ物をした私は思わず声をかけてしまった。窓の空いた教室には風が入り込みカーテンを揺らしていた。そんな光景の中には私の友達、土田葵の姿があったからだ。
別に葵はこのクラスの生徒だからいてもおかしくはないけども、帰りのホームルームが終わってから少し時間がたつ。この時間に学校に残っているのはせいぜい部活に入っている生徒ぐらいだろう。
「どうしたの?紗月」
こちらを振り向きながら笑顔で返してきた。
「葵は何してるの?」
「野球部の練習を見てた」
そっか、と軽く返す。
あんなことがあった手前、普段はすぐ帰る葵も少しだけ気分転換したかったんだろう。
だから私は、少しだけ声のトーンを上げて、なるべく元気に不自然にならないように声をかけた
「今から帰るんだけど、葵も一緒にどう?」
「うん、いいよ」
*
葵と二人で帰路につく。今は五月半ばで過ごしやすいので私は好きだが曇っていて、周りの足取りは少しおっくうそうだ。そんなみんなとは裏腹に、かえるは上機嫌で歌う。これから振る雨を待ち望んでいるかのように。
うちの高校は普通の高校で偏差値が高いわけでも低いわけでもなく、県内でもちょうど真ん中ぐらいに位置している。しかし、周りの高校に比べて人気が高く人数が多いのは、部活によるところが大きいだろう。部活が多いだけでなく、少し変わった部活なんかもあり、勉強をほどほどに何か新しく試してみたいって人にはうってつけだからだ。
「葵ってなんでもできるイメージだけど書道とかってできない?」
あまりにも唐突だったのか葵は少しびっくりしてから笑顔をしてから答えた
「小さいころに少しだけやってたからできなくはないけど、現役でやってる人に比べたら全然だよ」
「ほんと?じゃあちょっとお願いしてもいいかな?これから最後の大会に向けて練習し始めるんだけど、今のままだと少し人数的にきついんだ。だから、もしよかったら助っ人で出てくれないかな?」
葵は少しうつむいた後にまたいつもの笑みを浮かべながら答えた
「いいよ」
「ほんと?よかった!」
私は続けて喋る
「他力本願かもしれないけど、もともと人数足らなかったし助かるよ!」
私は空の名前を出しそうになったがやめる。空は葵の親友で、つい先日交通事故に遭い入院している。葵にとってはまだ触れてほしくないとこかもしれない。
「それで、みんなで書く字は決まったの?」
「うん、昨日決まったんだ!」
「どんなのを書くの?」
その質問に対し私はふふんと鼻を鳴らし答える。
「大志を抱け!!だよ」
「いい言葉だね」
「でしょ!三年最後の大会だし、遅かれ早かれみんな進路先が決まってくるころ合いじゃん?だからみんなに向けて、自分に向けてのエールなの!」
「紗月はかっこいいね」
「そんなことないよ、葵のほうがよっぽどかっこいいと思うけどな。なんでもできて一年生のころからいろんな部活に助っ人で参加してるでしょ?私なんて小さいころから書道しか得意なことなかったからね」
実際、葵は成績もいいし、運動もできて何でもそつなくこなすイメージがあった。だからいろんな部活に助っ人として呼ばれることも少なくなかったんだと思う。今回私も頼んでるんだし。
「親が多趣味で色々付き合わされてたからね。その延長線上のものならなんとなく。でもそんなこと言ったら、空のほうがすごいよ、空はいろんなことを高いレベルでやってるからね。空のお陰で勝てた部活は多いんじゃないかな」
「あ~確かにちょっとレベル違うよね、私も助けてもらったことあるし。なんていうか、スーパースターって感じでだよね?なのに人あたりまで良いし、すごすぎてまじヤバイ」
「ほんとにすごいよね、空は」
「聞き忘れてたんだけど練習は明日からこれそう?」
「あー助っ人で入るって言った手前悪いんだけど、練習は月曜日しか出れないかな」
「全然いいよ!急だったしね、参加してくれるだけでもうれしい!!」
私は、そう言ってとびっきりの笑顔を見せた。
*
そこから先はたわいもない話をしながら帰った。基本的には、私が「こんなことあったんだ」とか「これやばくない?」など話を振って、葵がそれに相槌で反応してくれたりしていると別れ道まではあっという間で、そろそろ葵とも解散するころだ。
「葵!今日はありがとね!」
「こちらこそ楽しみが増えたよ。ありがと」
「バイバイ!また明日!!」
「ん、また明日」
空のことがあったから心配してたんだけど、いつも通りだから大丈夫そうかな?
「って、私も人の心配できる立場じゃなかった。明日から忙しくなるな~。」
頑張るぞっ!心の中で叫んで私は帰った。
二日目
火川 和也
ビュッッッ、パーン!
ビュッッッ、パーン!
ビュッッッ、パーン!
リズムよく、風を切る音と、的に当たる気持ちいい音が鳴る。俺はこの音を心地よく思うし、すごく好きだ。
ビュッッッ、パーン!
ビュッッッ、パーン!
ビュッッッ、パーン!
ちなみにこの音を奏でているのは俺ではなく、俺の視線の先にいる土田葵だ。俺もさっきまで練習していたが先に終わらせていた。
外からさす夕日が凛と立つ葵を引き立てる。相変わらず、きれいなフォームしてるなぁ。もう少し見ていたけどそろそろ終わりの時間がやってくる。
「あおいー、そろそろ終わりにして帰るぞ」
「分かった。ちょうどきりがいいし終わりにするよ」
そう言って葵は道具を片付け始めた。
「和也はもう着替え終わってたの?」
片付けが終わった葵がそう言ってきた。
「おう、準備ばっちし」
「いつものんびりしてるのに今日は早いんだね。ちょっと待っててすぐに着替えてくる」
そういって更衣室に向かっていく葵の後ろ姿に声をかけた。
「ゆっくりでいいからな!」
今、俺と葵がいるこの場所は学校に隣接している弓道場で、たまに仕事を手伝うという名目のもと毎週火曜日に練習場として貸してもらっている。まあ今まで仕事を手伝わされたことがないところを見るとただの口実なんじゃないかな。いくら高校生と言えど、無償で貸し出すのは他のお客に示しがつかないんだろう。
なんてことを考えていると着替え終わった葵が声をかけてきた。
「お待たせ」
「おう」
*
かえるのなく声が響き渡っている。毎週火曜日は弓道部の練習に出た後、葵とこうして二人で帰るのが日課になっていた。
「でもよかったね。今年は部員が入ってきてくれて、これでやっと団体戦にも出れるようになったね」
「ほんとだよ、興味本位で入ってみたら部員俺一人ってさすがにびびったよね。まあ増えたって言っても葵にも出てもらってやっとだけどね」
弓道部員は俺が入ってからずっと一人だった、だから部員ではない葵が、興味があるからっていう理由で練習に参加できていたんだけど、今年は新一年生が入部してくれたおかげで、葵含めやっと団体戦に出れるから今から楽しみ。
「でもよかったと言えば葵こそ何か良いことでもあったのか?今日は葵の矢が浮足立っているように見えたけど」
「そんなことないと思うけど」
「へぇ、昨日書道部にも勧誘されてたし新しい目標でも見つかったのかと」
そうニヤニヤしながら言うと葵が少し驚いた。
「よく知ってるね」
「俺の友達が書道部にいてね。それで少し話を聞いたんだ」
「なるほどね」
「でももう三年か、あっという間だったな」
そう言うと今度は葵が笑いながら。
「最初の和也なんてわけわからないとこに矢を飛ばしてたもんね」
「おいおい、それを言うなら葵だって...」
「いや、葵はなんだかんだすぐ的に当たるようになってたな。ほんとになんでもすぐできるようになるよな」。
「そんなことないよ。和也がどんくさいだけだろ?」
笑顔で言ってきた。
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ。今では俺の方が上だぜ?」
「そうでした。以後口には気を付けるので和也様は背中にお気を付けください」
「俺刺されるの⁉⁉」
そんなやり取りをしたあと2人で一斉に吹く。
「大丈夫、今日は警察も来てたし刺さないよ」
「いや来てなかったら刺すのかよ」
また二人で笑い出し、少し無言が続く。
ふと魔が差した。
「なあ葵、何があったかは知らないし俺から聞きにいくことはしないけどたまには頼れよ、部員じゃないかもしれないけどここまで一緒にやってきた仲間だろ?」
今回は大丈夫そうだけどいつか俺にできることがあるならその時は、力になりたいから。
「ありがと、和也は優しいよね。」
「じゃあまた今度」
「ああ、また今度」
そう言ってそれぞれの方向に向かう。ふと足を止めて後ろを振り返るとそこにはだんだん小さくなっていく葵の姿。やっぱり少しだけ前より元気に見える。三年に上がってからは表面上だけ取り繕って、どこか抜け殻のような感じだったからこんなにも心から会話できたのは初めてで少しうれしかった。
大会一緒に勝とうぜと柄にもなくそんなことを葵の背中に願うと俺も再び歩き始めた。
三日目
七瀬 水貴
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
学校の終わりを告げるチャイムと同時に俺は急いで教室を出た。
そうして走って向かった先は葵のいる教室だ。俺のクラスと葵のクラスは廊下の端と端なので結構距離がある。
葵の教室に着き、ガラッと勢いよく戸を開けると教室内の生徒が一瞬こっちに注目する。
しかし俺はそんなことはお構い無しにと大きな声で声をかける。
「葵!今日は一緒に帰るぞ!」
「いいよ。ちょっと待ってね」
二つ返事で葵は承諾してくれた
今日はあいつにお願いがあってきたけど予定がなくて良かった。
「お待たせ、帰ろっか」
素早く帰り支度を終わらせた葵が声を掛けてきた。
*
今日はよく晴れていて青空が広がっている。
俺は自転車通学なのですぐに駐輪場に向かい葵の待つ校門に向かう。
「待たせたな」
声をかけ自転車を押しながら葵と一緒に帰り始めた。
「それで今日は何の用?またフォーメーションでも考えて欲しいの?」
唐突に言われ、驚きを隠せないでいると葵がクスッと笑いながら続ける
「だってテスト週間で部活が休みの時でも残って練習する水貴が、わざわざ練習休んで帰りに誘うなんてそれぐらいしかないでしょ?」
全くもってその通りだった。
「お前ってたまに見透かしたような事言うよな」
「水貴がわかりやすいだけだよ」
確かにいろんな人に言われるなと思いながら俺は話を続ける
「実はダンス部も総体に向けて練習を始めてるんだが、なかなか良いフォーメーションが思いつかなくてな、また知恵を借りたい」
葵との出会いは空経由で前にも同じように悩んでいる時、空に話を持ち掛けたところそういうのにうってつけの人がいると紹介されたのがこの葵なのだ。
それからというものの、なるべく自分たちの力で頑張るがどうしても分からない時は葵に話を聞きに行く。そして人が足りなければ空に参加してもらっていた。ちなみに総体とは三年が出れる最後の大会で、これを機に俺も引退となる。
「良いよ、人数とか振り付けとかどんな感じなのか見せてよ。ある程度のフォーメーションとかも決まってるんでしょ?そこから手直しするから」
俺は葵に今のところ決まっているものを渡す。
「なるほどね。これなら1人足せば良い感じになるか。他に部員は?」
「それは俺も思ったんだが、あと残ってるのは高校から始めた新入部員だけで、まだ人前に立てるレベルじゃない」
お互い少し考えながら歩いていて無言になる。
そんな沈黙を打ち破るように何か自信ありげな表情を浮かべながら葵が口を開いた
「なら、助っ人としてて参加してあげるよ」
「まじか!!お前ダンス踊れたのか⁉︎」
驚きで一瞬反応が遅れたがそれもしょうがない。今までいろんな話をしてきて葵が踊れるなんて聞いたことがなかった。空からは詮索を嫌うからやめといたほうがいいと言われていたし、葵は割と自分の話もするから聞こうとも思ってなかった。
「まあそれなりには。この振り付けならギリ踊れるかな」
「何で今まで黙ってたんだよそしたら空と3人で舞台に立てたかもしれないのに」
「ははは、それは魅力的だけどあくまで部員じゃないからね必要最低限の助力しかしないよ、空の方がうまかったし空に出てもらってただけ」
「そっかそれは残念だけど、頼むわ!」
「任せて!」
*
「あとで振り付けの動画送っといて、全体練習は水曜日に顔出しに行くよ」
「ああ、ほんとありがとな!」
もう一度感謝を伝えてから葵と別れ自転車を漕ぎ出す。今日はよく晴れていて、気持ちいい空をよく見渡すと遠くに怪しい雲を見つけた。
「雨が降る前にとっととかえっちまお」
そうして俺は自転車を飛ばした、、、
四日目
森田 早紀
これから訪れる不穏な空気を匂わせるように外はぽつぽつと雨が降っていて廊下にはパチッパチッと音が響く...
私は今、目の前にいる土田葵と将棋を打っている。
今日はこれで2戦目だ、なのでそろそろだと思い私は口を開く。
「なぁ最近妙に元気じゃないか?」
土田葵はいつもの笑顔で聞き返してくる。
「いつも元気だよ」
「質問の仕方を変えよう。君はなぜ最近になって活き活きし始めたのかな?親友の日野空が昏睡状態だというのになのに」
土田葵の眉がぴくっと動いた
「そうだな、先になぜそんなことを思ったのか私の推測を話したほうが早そうだな」
打つ手を止めずに話を続ける
「君はいつも日野空の影に隠れており、周りからの評価を得られてるようには見えなかった。実際のところ君の能力があれば充分であるところも日野空の存在がより凄いものへと要求を高めていた。そんなことに嫌気が刺していたんじゃないかね?」
土田葵は無言で話を促す
「しかしそんなある日、幸か不幸か日野空は昏睡状態に陥る事故に遭ってしまった。そこからは早い、日野空というヒーローを失った者は君の存在を見つけ始める。いつも日野空と一緒にいた君を。書道部からは声をかけられ、今まで隠していたダンス部には自分からできると進言して。」
「今では日野空に代わる学校のヒーローだね、その優越感に浸ってるんじゃないのかな?」
パチッパチッと将棋を打つ音と気付けばザーザーと激しさを増した雨の音だけが鳴り、無言が続いた。
そんな無言を断ち切るように私は口を開いた。
「前にも言ったが君はかえるだよ。空の偉大さに恐れをなして井戸の中に閉じこもった臆病なかえるだ。そして空という存在が無くなった今、やっと外の世界で思いっきり楽しんでるんじゃないのかな?」
どう?当たってるか?と私が聞くと葵はゆっくりと答えた
「質問良いかな?」
「どうぞ」
「まずなんで空が昏睡状態だってしってるの?学校では入院中としかされてないはずだし」
私はその質問にすぐに答える。
「多分この学校でこのことを知っているのは私と君ぐらいだ。君は日野空とは一年の時からずっと一緒にいるぐらい仲が良かったから、日野空の親御さんから聞いたんだろう。ちなみに日野空の担当医は私の親だ」
答え終えると驚いた様子も見せずになおも笑顔でいる。
「次に書道部やダンス部の話は何で知っているの?どちらも今週に入ってからだよ」
「さっきも言ったように君は今学校ではそれなりに有名人なんだ。特に同学年にいれば嫌でも噂は入ってくる。」
「まあ噂がほんとかどうか知らないけどね、試しに出してみただけさ」
ちょうどよく将棋も詰みの形ができて私の勝利が決まった。
負けたからなのか土田葵はあきらめたようにじゃあ最後に答えを教えてあげるねと言った。
「基本的にあってはいるが、少しだけ違う。」
私は少し驚いた。これまでの何度も将棋をさし、何度も言葉を交わした。その積み重ねでそれなりに土田葵がどういう人間なのか、日野空とどういう関係なのか理解しているつもりだったから結構自身があったんだが。
気になって聞いてみる
「一体何が違っていたと言うんだい?」
それはね、と土田葵がゆっくりと口を開き始める。
「 」
土田葵の語られたことに私は驚愕した。
これまで感じてきた驚き、好奇心とは全くもって別物、文字通り頭が真っ白になったのはこれが人生初めてだった。その感覚に感動すら覚えるほどに。
「ハハハッ、まさかそこまでとは!」
「やはり君は面白いよ。それでどうしてそれを私に話す気になったんだい?」。
「そこで笑えるあなたはやっぱり変わってるね。簡単な話だよ、あなたなら口外しないでしょ?」
「そうだね、絶対に口外しないよ」
土田葵という存在は面白い。私は非常に満足していた。満足したからこそ外に漏らすこともしない。そこのところを見透かされていたんだろう。
*
「そろそろ時間だね、ちょうど雨も弱くなってきたところだ。またいつ土砂降りになるともわからないから私はお暇するよ。」
「どうだい?今日は一緒に帰ってみるかい?」
そう土田葵に提案してみると、即答してきた。
「何をいまさら、そんな間柄でもないのに」
「それもそうだ、ではまた今度機会があれば」
「機会があればね」
これから先、話すことはないだろうということをお互い自覚しながら別れの挨拶をする。今思うと誘われれば誰とでも帰る土田葵に断られたのは私が初めてではないのかな?予定があって断ることはあるだろうが、完全に私情で断られたものはいなかっただろう。もしそうだとしたら光栄だね。
そんなどうでもいいことを考えのはやめていつもの道を帰っていく。いつか訪れるであろう見ることのできない光景に思いを馳せながら。
五日目
七瀬 金恵
私は今日こそ葵先輩に一緒に帰りませんかと提案するのだ。これをきっかけに空先輩の話とかいろいろ聞きたいし、なんなら空先輩という学校の誰もが認めるヒーローとお近づきになりたいところだ。空先輩は男女ともに人気があるのに基本的に葵先輩と一緒にいる。そこの輪に入るのが最終目標。だから、ダッシュで葵先輩のもとへと向かう。
そうして、事前に調べておいた葵先輩の教室につき深呼吸をしてから扉を開ける。よかった、まだいた。空先輩が入院しているのになんかずっと誰かしらといるからダメかと思っていた。
声をかけようとした時にあることに気付く、あれいきなり名前は失礼か?でも苗字知らないし。そもそも先輩の教室にいきなり入るなんて常識外れじゃ、冷静になって考えるといろんなところに気付き始め、軽いパニックに陥る。
やばいやばいやばいやばい、周りも私に気付き始めて物珍しそうな目線を向けてくる。やばいどうしよう
もうわけがわからなくなっていると葵先輩が私の横を通って廊下に出る。それで私は我に返り葵先輩の後を追う。
もういい!なんでもいいから声をかけろ!!
「葵先輩!!!一年の七瀬金恵です!!!もしよかったら一緒に帰りませんか!!!!」
気付いた時にはそう叫んでいた。
葵先輩の顔を見れないでいると、私とは反対に落ち着いた声が返ってくる。
「うん、いいよ。一緒に帰ろっか」
ふと顔を上げるとそこには微笑んでいる葵先輩がいた。その笑顔はどこまでも優しそうでどこか嘘くさかった。
*
昨日の雨の影響か今日は雲が残っていて青空を拝むことはできなかった。私の隣には葵先輩がいて、少し緊張している。それもそうだ、初めて話す先輩とは初めて一緒に帰いるのだから無言にもなる。
このままじゃだめだと思い。無理やりにでもこの状況を断ち切る。
「葵先輩と空先輩ってなんであんなに仲がいんですか?」
何を言おうか考えていると、今まで疑問に思っていたことがふと口を出た。しかしいきなり失礼だなと思いすぐに謝る。
「すいませんいきなり!失礼なこと聞いて...えと、なんていうか葵先輩も空先輩もすごくみんなと仲良いいのに二人でいる時が一番楽しそうだったのでつい」
葵先輩は一瞬驚いた顔をしたがすぐに優しい笑顔を浮かべ答えてくれる。
「空とは一年の時に同じクラスになってね。初めて自分と同じぐらい多趣味な人に会ったからかすごい興味を持たれたんだと思う。そこからかな仲良くなったのは」
「そっか、そうですもんね。葵先輩も色々できますもんね。最近では一年生のほうまで噂になってますよ。」
ははは、と少し照れたように笑う。
「それで今日は何か用だった?」
「それはえーと」
確かにまだ話してなかったけどどうしたものか。空先輩と仲良くなりたいからって理由を言うわけにはいかないし。
「葵先輩も空先輩もすごい人たちだから少しでもいろんな話を聞けたらなって思って」
そんな適当な理由を並べると葵先輩は疑惑の目線を向けてくる。ちょっと嘘っぽかったかな?
「そっか」
葵先輩はまた笑みを浮かべて挑発的な視線で続けた。
「金恵ちゃんはよく分かりやすいって言われない?」
「ま、まあそれなりに」
完全に見透かされていた。
「よろしく金恵ちゃん」
「はい、よろしくです!」
*
そんなこんなで葵先輩と談笑しながら帰った。最初はどうなるかと思ったが話は盛り上がった。嫌いなお兄ちゃんも今日だけは感謝しよう。
公園の前までくると警察官の男二人組が歩み寄ってきて目の前に立ち止まる。私はわけもわからずおろおろしながら隣に目を向ける。すると葵先輩は変わらず笑顔で警察官じっと見つめていた。その姿に少しゾッとした。
そうすると警察官の一人が口を開いた。
「土田葵さんですか?」
「はいそうですけど」。
「ご友人の前でしょうから場所を変えてお話を聞きたいのですがよろしいですか?」
「ここで要件を言っていいですよ」
警察官は私の方に視線をやるとすぐに葵先輩に意識を戻した。
「日野空さんの件です」
それを聞いたとたん私の心臓がどくん、と鳴った。
葵先輩に再び目をやるとこちらのことは意に介さず、警察官に向かって口を開いた。
「日野空は死にましたか?」
その言葉に三人とも驚きを隠せない、私の心臓はまたどくん、どくん、と早くなる。
今なんて言った?空先輩が死ぬ?この人は何を言ってるの?入院中って聞いてたけどそんなにひどいの?てかまって、それでなんでまだ警察官が動いているの?事故で決まったんじゃないの?
私の頭が追い付かないでいるともう一人の警察官が何かをあきらめたかのように答えた。
「日野空さんは残念ながら息を引き取りました。そのことであなたには重要参考人として署でお話を伺いたいのです」
私はもう自分が立っているのかもわからない状態に陥って、ただ葵先輩と警察官の話が右から左に流れていく。
日野空を殺しましたよ。
その言葉を聞いて私の意識はなくなった。
六日目
土田 葵
ジリリリリリリリリィィィと目覚ましが鳴り、それを止めるといつものようにレコードをかけ、いつものように本を読みながらコーヒーを飲み始める。今日が普段と何も変わらず過ぎゆく一日のように。今日は丁度良く本を読み終えられた。朝食に手を付けはじめ、食べ終えると今度は歯を磨き、部屋を掃除する。時計は9時を示していた。そろそろ時間だと思い軽くシャワーを浴び、外に出た。
外は良く晴れていて気持ちよく歩いている。この一週間はいろんな人から求められる優越感で楽しかったなぁ。そんなことを考えると目的の公園についた。そこには昨日と同じ二人が立っておりそのまま誘導されてパトカーに乗り込む。
そしてふとある言葉を思い出す。
やはりあの人が言っていた通り土田葵という人物はかえるだった。今まで自分が頼りにされてきた。いざ中学という井戸から出てみると、空がとてつもなく大きく、それを目の当たりにしてまた閉じこもる。一度その大きさを知ってしまったら、同じ井戸から見える空でもより偉大なものに感じる。そして憧れた、いつかああなりたいと。
明日でちょうど一週間だ。日野空を突き飛ばしてから。
七日目
日野 空
ジリリリリリリリリィィィと目覚ましが鳴り、それを止めるとまた眠りにつく。そうしていると、「いつまで寝てるの!!!今日学校行くんでしょ!!!」と親に起こされる。眠い目をこすりながら身支度を済ませ、リビングに降りるとそこには朝食が用意されていた。食べてる時間もないが空腹には勝てないのでパパっと食べ、すぐに準備をし、家を出る。学校まではそれなりに距離があるので自転車に乗り学校まで向かう。季節は五月になり、気温もだんだんと暖かくなっているが、たまに肌寒く感じるのでまだ油断はできない。あくびをしながら自転車を漕いでいると見慣れた後ろ姿を見つけたので、急いで近くまで寄って声をかける。
「おはよ葵!」
「おはよ空」
元気よく挨拶をすると、葵は笑みを浮かべながら返してくれた。
「日曜日に制服なんて着て、何か学校に用事でもあるの?」
「暇だからたまにこうして部活を見に行くんだ。今日は野球部の試合でも見学しようかな」
もったいないなと思う。葵の実力があれば大抵の部活で戦力になれるんだから参加すればいいのに。最近では割とおとなしいが一年の時は結構目立ちたがりに感じたんだけど。
そんなことを考えてると今度は葵の方から質問が飛んできた。
「空こそなんで制服?またどっかの部活にでも参加しに行くの?」
「そうそう!明日から書道部の大会に向けて練習が始まるから、その大会で書く文字を決めに学校に集まるんだよ」
そう答えると葵の顔が少し曇る。いつからだったか、前までは全部笑顔で聞いてくれていたのにたまにこういう顔をするようになった。
葵と声をかけ、こっちに注目を向けてから話を続ける。
「葵なんか悩んでる?なにかあるなら相談乗るよ?こう見えても学校ではヒーローなんて騒がれてたりもするからさ」
冗談交じりで聞いてみると、今度は何か悲しくなったような顔を浮かべる。
「まあ何でもいいけどさ、その気になれば葵だってヒーローになれるんだよ。二人で学校の有名人になろうぜ」
この気持ちに嘘はない。二人で学校のヒーローになるんだ、あの大好きな漫画のように。そんな子供みたいな夢を抱いている。
空と呼ばれ意識を向けると葵が話しを続ける。
「時間は大丈夫なの?」
そう言いながら葵が腕につけてる時計を見せてくる。うん、確かにやばいな
「ちょっと遅れそうだから先行くね!また、学校で!!」
そう言って再び自転車を漕ぎだす。何かを見落としたことにも気づかずに。
今回登場した葵と空は、一人称や名前などで性別がどちらかわからないようになっています。皆様はどちらで想像したでしょうか