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774番目の働きアリ

作者: 蔵樹りん

「どうしても、出ていくと言うのですか」


「はい。女王さま」


 働きアリは確認する女王アリにそう答えました。


「言っておきますが、この巣を出ても同じことですよ。どこにいってもあなたは同じ苦しみを味わうことになります」


「それでも出ていきたいのです。私にとってこの場所はあまりにも苦しすぎる」


 働きアリはどうしてもこの巣になじむことができませんでした。


 働きアリとしての仕事をちゃんと真面目にこなしているつもりなのですが、いつも気がついたら他の働きアリからよそよそしい態度をとられるようになってしまうのです。


 それならと思って兵隊アリのまねごとをした時もやっぱり駄目でした。


 そもそも働きアリが兵隊アリとして活躍するなんてできるわけありません。たちまち兵隊アリからも冷たく扱われるようになってしまい、ますます居心地が悪くなってしまいました。


 働きアリには友人と呼べるような存在もおらず、この大きな巣の中で心休まるときなど滅多にありませんでした。広い巣のどこにいても、冷たい視線を向けてくるアリしかいないのですから。


 それで働きアリはここを出ていこうと決心し、女王アリに面会してその意志を伝えたのです。


 その考えを覆すのは難しいと判断したのか、女王アリは溜息まじりに働きアリが出ていくことを許可しました。


 これまで世話になったことへのお礼をのべ、立ち去ろうとする働きアリに向かって、女王アリが最後の言葉をかけます。


「それではお行きなさい。774番目の働きアリよ。もうここに戻ってきてはいけませんよ」


 働きアリは驚きました。自分の番号を女王アリが覚えていてくれたことにです。


 巣の中には同じような見た目のアリがたくさんいます。何百匹、いやひょっとすると何千匹もいるかもしれません。


 そんな中でちゃんと自分の番号を間違えることなく呼ばれたというのは、感動に値することでした。


 それでも、やはり働きアリは出ていくことにしました。


 例え女王さまが立派でも優しくても、それは彼を救うことにはならないからです。


 働きアリは別の巣に行ってみることにしました。


 そこで「自分は働きアリです。ここで働かせてください」と頼んだのです。幸い彼はその巣に入る許可をもらうことができました。


 最初はもちろん必死に働きました。他の仲間たちともうまくやっていけるような気がしました。


 でもやがて、他のアリたちの態度がよそよそしくなっていることに働きアリは気付きます。


 結局、自分が最初の巣にいた時と似たような苦しみを味わうことになりました。


 次の巣に行ってもやはり同じでした。どうしても、完全な仲間として巣に溶け込むことができないのです。


 自分はどこか他の働きアリと違っている。だからと言って兵隊アリでもない。


 そこで働きアリはいっそ自分で巣を作ってみればいいのではないかと思いました。


 誰もいない大地で、せっせとアゴと前脚を動かして土を掘りだしていきます。


 やってみると実に楽しい。


 自分の思うような形に出来上がっていく巣に、働きアリは初めてといっていいほどの充足感を覚えていました。時間も忘れて働きアリはその名のとおり働き続けます。


 やがてちっぽけではありますが、自分のための巣が完成しました。


 でも彼は女王アリではなかったため、仲間を作ることはできませんでした。


 巣が出来あがっても、そこにいるのは彼一人だけだったのです。


 でもつらいとは思いませんでした。


 この巣こそが自分の居場所だと、自信を持って断言できます。


 一人ですが、寂しいとも思いません。


 他の働きアリや兵隊アリに囲まれていた時のほうが、よっぽど寂しかったのです。


 その巣のなかで、働きアリは自分のために働きました。つらいからこの誰もいない巣を出ていこう、などという気持ちは少しも湧きませんでした。


 やがて彼にも寿命が訪れました。やはり、その時も一人でした。でもその顔には安らかな笑みが浮かんでいました。


       ――おしまい――

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