1話 侵入する二人
春にぴったりのホラーです。
ウソですけど。
夜道を走る。
市街地を抜けて小学校のグラウンドのフェンス沿いを進む。
「チィッ、もう!」
春を過ぎて蒸し暑い中、虫が時々顔に当たる。
全く今日は苛立たしいほどの怪談日和だ。
私、6年の星野月菜は今夜、自分の小学校の”七不思議”を確かめに行く。
体力には自信があるけど134センチのチビなので、歩幅が小さくてもどかしい。
「ごめん、待った?」
裏門に立つ長い影に話しかける。
「いんやー、全然ー。
長い付き合いだから1、2分の遅れなんて気にしないよー」
「ハァハァ……くっつくな、暑いだろ!」
コイツは榊美夜。
1年生から同じクラスの腐れ縁。
ちなみに6年は3クラスあり、毎年クラス替えが行われる。
165センチの巨体に迫られると暑苦しい。
おまけに成長の早い大きな胸を押し付けられるからよけい苦しい!
美夜は落ち着いた色のロング丈のジャンパースカートを好んで着る。
しかもモデル並みにスタイルが良いから大人に見えるし。
一緒に遊びに行くとよく母娘に間違われる、クソッ!
一人で街を歩くと時々チャラそうなお兄さんにナンパされるらしい。
小学生から見るとそういうお兄さんは怖いけど、美夜は全く恐れる様子はない。
良く言えば大らか。
長い付き合いだからわかるけど、呑気でぼんやりしてるだけなんだよな。
しかも何かと私に抱き着いてくるので多少イラつく。
別にイヤではないんだけどさ。
他人に見られると恥ずかしいんだよ!
「それでー。
こういうイベントには真っ先に駆けつけるるなっちが今日は何で遅れたの?」
「準備があったんだよ」
ポケットの中の物を出して見せる。
「数珠にお札に、このビニールの白い粉はまさか、カクセイ……」
「そんなお決まりのボケはいらん。
塩だ、塩」
「ふーん、るなっち用意周到だねぇ。
もしかして怖いの?」
「怖くねーよ。
万が一、変に憑かれでもしたらウザいだろ」
「さすがるなっちー。
伊達にヘヴィメタ好きの女子小学生じゃないねー」
「……それ今関係あるか?」
「骸骨のTシャツ着てくるなんて、
お化けを挑発してるとしか思えないよ?」
ストリートアート風のエッジの効いたデザインのドクロのTシャツと緑のカーゴパンツ。
それが今日の私の恰好。
骸骨言うな、ドクロはカッコイイだろ、ドクロ柄。
「そういうところがるなっちは他のクラスの女の子にも人気なんだよねー」
「は? 何で」
「小っちゃい子が背伸びしてるーって――痛い!」
「小っちゃい子って言うな!」
「るなっちは空手習ってるんだから手加減して殴ってよー、もーっ」
「うっせぇ、そんなデカい体してんだから多少は大丈夫だろ。
それより早く行くぞ」
「あれ?
裏門から入らないの」
「アホなのか?
学校の門に警備会社のセンサーがあるに決まってるだろ。
こっちのフェンスに穴が開いてるところがあるから」
裏門から裏庭のある方へ向かう。
途中、学校の敷地内にある大木の脇を通る。
ここまで来ると木の影になって通りからは発見されにくい。
「穴って……直径3センチならるなっちは通れるかも知れないけどー。
私は無理だよ?」
「5センチなら大丈夫だな」
「マジですか!?――って痛いいたい、殴らないで!」
「んなワケあるか!
お前は私の身長をバカにしすぎだ!」
「気のせいですよ、気にしすぎでーす」
「チッ。
多分その穴はお前でも通れるよ、たぶん。
……無理ならそのデカイ胸を切り落とせ!」
「ひどーい、るなっちー。
せくはらー」
フェンスを難なく通り抜けて校舎へと近づく。
暗く沈む校舎は昼間よりも大きく見える。
「校舎は入れるの?
全部鍵が閉まってるんじゃない」
「今日の下校時間のギリギリまで校舎に残って、
西校舎のトイレの窓の鍵を開けておいた」
「あ、だから今日は一緒に帰れなかったのかー」
「というか、お前は家の方向が反対なんだから一緒に帰る必要無いだろ。
なんでいつも家まで着いてくるだよ」
「だってるなっちがちゃんと帰れるか心配――痛い!」
「ガキ扱いするなー!」
「違うって。
るなっちは小さくて可愛いからろーにゃくにゃんにょ、
誰でも持ち帰りたくなる――痛い痛い脇腹は止めて、せめてお尻を叩いてくださいー」
「じゃあ明日のウ〇コが血に染まるまで殴ってやる!」
「それよりも早く行かないと間に合わなくなるよ!」
「え、なに?
どういう事」
「7時16分までに階段の鏡まで行かなきゃ!」
腕時計を見る。
文字盤にドクロが描かれたアナログの時計の針は午後の7時10分を差している。
時間がない、急ごう。
しかし誤算。
外から見上げる1階のトイレの窓は高かった。
「あ、ホントだ。
窓開いてる」
美夜なら余裕で届く距離かもしれないけど。
「私は届かないぞ、どうしようか?」
「え、考えてなかったの?」
「学校の土台がこんなに高いなんて思わなかった……」
中からだと背伸びして鍵に届いたから余裕だと思った、とか言うと絶対バカにされるから言わない。
「じゃあ、私が持ち上げるよ。
はい高いたかーい!」
「赤ちゃん扱いするな!」
「暴れないで、危ないから!
早く窓から入って!」
「チッ、しょうがねぇな。
よいしょっと。
……っておい、押すなよ!」
「わー、るなっちのお尻かわいーっ――痛い痛い。
顔を蹴るのは無しーっ」
「人のケツを撫でた罰だ!
お前も早く入ってこい」
校舎に侵入出来た。
トイレの中が暗いので首から下げたミニライトを付ける。
「よっ、っと。
あ、今こっち見ないでね、パンツ見えるから」
「見ねえよ!
早く入ってこい!」
「えー!?
せっかく新しいパンツはいてきたのにぃー」
「お前は見せたいのか見られたくないのか、どっちだ!?」
「じゃあ見る?」
美夜がスカートを持ち上げようとする。
とりあえず無駄に大きい胸をしばく。
「時間が無いんだろ、急ぐぞ!」
「痛ーい、育ち盛りの胸は痛いんだからね。
胸が育つ気配の無いるなっちにはわからないけど――おっと!」
こいつまだ成長する気か!
2発目のビンタは避けられた。
もう、美夜の相手をしていると夜が明けてしまう。
トイレを出て、暗い廊下を走り階段へと急ぐ。