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3節



       ――揚星艦<ヴェルダンディ>管制室――



Eureka(エウレカ)!!」



 ネジの外れた男の歓声が、ヴェルダンディ艦内に轟いた。

 幻獣に立ち向かう二人の男の姿を確認した瞬間、スウィニーは両手を振り上げて、歓喜の絶叫を上げた。



「やったぞ、とうとう見つけた! 本当にいたんだ! 伝説は、今ここに、僕の目によって証明された! はっははははははは!」



 突然豹変した副長の様子に、管制室の誰しもが、言葉を失い開いた口を塞げずにいる。

 ただ一人沈黙を守っていた黒マスクの艦長、その耳に無線機からの通信が入る。



『あー……なんか突然、とち狂った叫び声がオープン回線で流れてきたんだけど……何?』

「気にするな、いつもの発作だ」

『あっそ』



 回線の向こうの少女は、特に気にした様子もなく、簡素な反応で話題を切り替える。



『こちらはいつでも出られるわよ。ゼル、状況は?』

「幻獣は表面座標二四六,六四を維持! 形状は不明だが、うねうね伸びている全部が頭だ! 頭部の先端は巨大な口が九割以上を占めている! 小さいのでも五十メートル、中心は渦巻いていて体長は測定不能、とにかく滅茶苦茶でかいって事だけは分かる!」



 モニター越しに数値を追いかけているだけでも、背筋に悪寒が走るほどだ。

 余りに巨大。余りに凄惨。ただ全てを破壊するために産まれたかのような意匠。明らかに、生物として存在する事は許されない規格だった。



『想定――巨大なスニーアワームが、幾つも揉みくちゃになったようだと?』

「的確な例えありがとよカフカ! 今ので見るのも嫌になった!」



 機械的な声に今度こそ背筋を震わせて、ゼルは手元のコンソールに怒鳴った。



『……』

『反芻――スニーアワームとは何か、ですか、ベル?』

『……』

『説明――スニーアワームは、細長い紐状の身体を持つ寄生虫です。牙の並んだ丸い口を持ち、食物などと一緒に体内に潜り込み、内蔵に穴を開けて寄生します。その特性から昆虫から哺乳類まで幅広く寄生でき、やがて成長したスニーアワームは宿主の肛門から――』

『詳細な説明止めてくれる!? こっちまで萎えるでしょうが! こらカフカ、やめなさい! やめ……やめろ!』



 緊張感のない会話が通信機越しに聞こえてくる。彼女たちは、ヴェルダンディの後部ハッチにて、作戦の始まる瞬間を待っている。

 大気圏突入三十秒前を告げるアナウンス。大気摩擦に機体が僅かに震えだし、否応なしに緊張が昂ぶる。気を持ち直したゼルが再び通信機越しに告げる。



「それと、一番大事な情報だ。幻獣の他に二体、人型の生命体がいる」

『人型の生命体? 何よ、その回りくどい言い方は』

「幻獣に匹敵するベルカ反応があるんだよ。理解不能だ、生身で幻獣と戦ってる!」



 モニターに映るのは、今まさに男の放った槍がアロイの頭を粉々にした所だった。金属がまるでゼリーのように吹き飛んでいく。衝撃が映像越しにも届きそうな、圧倒的な力だ。

 幻獣全体のスケールからは足の小指の爪のような損害とは言え、常識では理解できない不可解な力。スウィニーは彼等の一挙一動に驚喜し、子供のように目を輝かせている。



『――ソイツは、敵?』



 対して、通信機の向こうの少女は至って冷静だった。



「分からない、ただ幻獣の敵であることは確かだ」

『敵の敵、か。なら問題はなさそうね』

「対流圏突入まで、残り十秒!」



 微振動に震える管制室にてカウントダウンが始まる。

 一歩進み出た艦長が、通信機のスイッチを入れた。



「準備はいいな」

『<ハーピィ>了解――いつでもいいわよ』

『<セイレーン>及び僚機カフカ、肯定――ベルも頷いております』



 闘志に漲る声に、艦長は小さく頷いた。



「ただ一つだけ命じる……殲滅せよ。己が力を全て賭し、不埒な簒奪者から星を奪い返せ。アロイを排除し、この惑星に繁栄と安寧を授けるのだ」

『繁栄と安寧を』



 通信機の向こうで、金属の擦れる音が響いた。



「対流圏、突破!」



 雲を抜けたヴェルダンデイが、速度を落として大気摩擦から解き放たれる。

 とうとう、恐ろしく巨大な幻獣の姿を眼下に捉える。身体を完全に金属に覆った怪物は、いよいよ眠りから解き放たれ、無数の触手を白い大地に這わせている。

 B級モンスターパニック映画でも見ているような、馬鹿げた蹂躙。

 それを止めるべくヴェルダンディ後部に線が走り、駆動音と共に開かれる。



 解放されたハッチに佇むのは、一人と一機。

 吹きすさぶ風に白髪を棚引かせ、少女は闘志を刃のように研ぎ澄ませている。紺色の戦闘服に身を包み、背中には飛行用のジェットパックを背負っている。



 欠損していた少女の両腕には、金属の腕が取り付けられていた。

 アロイによく似た、美しい銀色。よく見れば表面には格子状の亀裂が走り、爬虫類の鱗のように小さい金属片が連なっている構造をしている事が分かる。

 異様な存在感を放つ金属の義肢は、元からそうであったように彼女の身体に取り付き、しなやかなボディラインと一体化している。 

 隣には、小型なグライダーがエンジンをふかして浮遊している。流線型を描く機体には黄緑色のネオンが走り、闘志を示すように輝いている。



『確認――準備はよいですか、ベル』



 人型の義体からグライダーへと移行したカフカが問う。

 その上に乗ったベルは、小さな頷きを返した。少女と同じ紺色の戦闘服。しかし身体は厳重なベルトによって、グライダーにしっかりと固定されている。

 ベルの鼻から下にかけては、無骨なマスクですっぽりと覆われていた。マスクから伸びた管はカフカのグライダーに繋がり、左右に突き出たスピーカーへと通じている。マスクの縁から覗く肌は、少女の両腕の義肢と同じ、美しく輝く銀色をしていた。

 各々の武装に身を包んだ少女達は、眼下を見下ろし、初めて幻獣と、それが暴れ回る惑星の姿を目の当たりにする。

 緑に覆われた大地。対照的に広がる白い水晶の大地と、中央で咆哮する破壊の化身。

 少女は一瞬、呼吸を忘れた。



「っ――」



 魂を射貫かれたような衝撃に、息を飲み込む。動揺に瞳が見開かれ、思わず開いた口から小さなあえぎ声が漏れる。



『ハッチ開放完了――<ハーピィ><セイレーン>両名、スタンバイ!』

『カウント十! 九、八……』



 動揺する少女を置き去りにして、無線が作戦開始の秒読みを始める。

 隣に並ぶベルが、マスクで下半分を覆われた顔を向けた。

 感情の読めない目が、少女の横顔をじっと見つめる。

 代弁するように、カフカが少女の名前を呼んだ。





『疑問――どうしました、()()()様?』

「……ううん、なんでもないわ」





 少女――シエラは薄く微笑んで、静かに首を横に振った。

 カウントが迫る中、シエラはレッドカーペットを歩くかのように美しく踏み出し――虚空へと身体を投げ出す。





「ちょっと……昔を思い出しただけよ」





 その言葉を最後に、シエラの身体を暴風が包み込んだ。

 即座に背中のジェットエンジンを稼働させ、シエラは空を滑空した。

 遅れて飛翔したベルとカフカが、やや距離を開けて後に続く。

 眼下の光景は地獄と言って相違なかった。幻獣の無数の頭部が暴れ狂い、のたうち回って辺りの大地をなぎ払っている。津波のような銀色の脈動は、自然災害を越えた天災だ。

 そんな破壊の坩堝に向かい、シエラはジェットエンジンの推進力を更に上げた。



 数本の頭が、接近する小さな少女に気がついた。

 牙の並んだ円形の口が向けられ、真っ直ぐ突き出される。

 幾重にも並んだ刃が回転する大口。ほんの少し触れただけで、柔らかい人の身体はたちまちに削り取られ、絶叫する間もなく挽肉にされてしまうだろう。ひとたび捉えられれば、待ち受けるのは死以外に存在しない。



「ブッサイクな面構えね、伝説の怪物さん」



 それでも尚シエラは笑い、空中で身を翻した。

 一回転して軌道を変えた、その足下を幻獣の頭が通り抜けていく。ロケットが通り過ぎたような大轟音が、シエラの腹の奥底を震わせる。



「<ハーピィ>!」



 足下の頭に向けて、シエラは武装を展開した。

 キィン――という澄んだ金属音が、彼女の両腕から奏でられる。

 直後、両腕に装着されていた義肢が()()()

 格子状に寄り集まっていた金属片が、指先から解け、一本の鎖になって空中を踊る。

 たちまち数十メートルの長さになった鞭を、シエラは真下の幻獣の頭部に巻き付けた。



「アンタにお似合いの、ネックレスを巻いてあげる!」



 意気込み、肘までになった両腕を引く。

 直後、閃光が迸った。世界が真白の輝きに覆われ、金属が裂ける絶叫がつんざく。鞭のように巻き付けられた金属片の連なりを一気に引き抜き、幻獣の頭部をねじ切ったのだ。

 大木のような頭部が宙を舞う。おぞましい怪物を前に、シエラは艶やかに身体を揺らし、長く伸びた鞭を空中に踊らせた。



「さあ、かかってきなさい、化け物――一本残らず、細切れにしてあげる」



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