5.悪役令嬢、初めての友達
「ようこそ、いらっしゃいました。ディーク男爵、トルカ様。」
「こちらこそ何時ぞやは娘がお世話になりました、ノア嬢。お礼が遅くなり申し訳ございません。」
「いえ、トルカ様、足はもう大丈夫ですか?」
「は、はい、完全に治りました。」
「それなら良かったです。さぁ、どうぞお上がりになって。お父様もお待ちです。」
「失礼致します。」
今日はディーク男爵とその娘、トルカ様がやってくる日であった。トルカ様は、王子の婚約者を決める茶会で、他の令嬢に意地悪されている所を私が助け舟をだした相手であった。当の私は、相手の名前も知らず、すっかり忘れていたのだが、捻挫も治り回復したため、改めてお礼に行きたいという手紙を貰ったのだ。
でも、王子にいった言葉が本当になるとは驚きである。
「では、私はパンドュース侯爵にご挨拶にいきます。
ノア嬢、鈍臭い娘ですがよろしくお願い致します。」
「勿論ですわ、さぁ行きましょう。トルカ様。お茶とお菓子を用意していますの。」
「は、はい。ありがとうございます。」
天気も良い事だしと、庭にティーセットとお菓子を用意してもらった。
「あ、あの、改めましてトルカ=ディークと申します。この前は助けてもらったのにご挨拶も出来ず申し訳ございませんでした。」
「そんなに畏まらなくていいのよ。私たち同い年なんですから。」
「ですが…」
「まさかお礼に来てくれるだなんてビックリしたわ。そんな大したことはしていないのに。」
「い、いえ、私にとっては嬉しかったのです。
…やっぱりご迷惑、でしたか?私は、その男爵家ですし。」
「迷惑?何故??私は凄く嬉しいわ。
家にくるような間柄の方なんていませんもの。それよりも、よく来る気になったなと感動しているのですよ。私の噂、ご存知ないかしら?」
「噂ですか?」
「我儘で、自分より地位が低い方であれば、バカにし、八つ当たりだってする。平気で相手を貶める、みたいな。」
自分で言っててなんだか、本当に最悪の人間だ。私だったらこんな子と仲良くなりたいなど思わないだろう。
「う、噂は聞いた事があります。でも、そうであればあの時私なんか助けるはずがないだろうと。自分のドレスよりも私のドレスのことを気にかけてくださいましたし。噂は、時に事実とは異なるものがありますので、その噂もデタラメではないかと。」
「あなた、出来る子ね!
あなたのこと気にいりましたわ。もし良かったら私とお友達になってくださいませんか?」
「え、え!」
時に噂は事実と異なる場合もある。実際その通りだ。
まぁ、ノアの噂は事実なのだが、今は私なのだからそんな噂は直に消えるだろう。
前世で、誰かが流した悪意ある噂により、私は苦しめられたことがある。否定しても、誰も信じてくれなかった。だから、もう否定することも辞めてしまった。
私は孤独だった。でも、1人だけそんなことは有り得ないと言い張る友達がいた。誰もが私を遠巻きにするのに、その子だけは私の傍にずっといてくれた。私はその子に救われたのだ。
だから、この子となら仲良くなれそうだと思ったのだ。勿論、身分を縦に無理強いなんてしない。それでは意味が無いのだから。
「わ、私は男爵家の…」
「地位なんて関係ないわ。あなたと対等なお友達になりたいの。勿論、強制ではないし、私に不満があればハッキリ言ってくれていいのよ。」
「そんな不満だなんて。わ、私、鈍臭くて、他の方と話しててもイライラさせちゃうことも多くて。」
「そうなの?よく分からないけれど。」
「は、話し方も、おどおどしていて、鬱陶しいって。」
「それがあなたの普通ならそれでいいんじゃないのかしら。私は特に気にすることはなかったけれど。
まぁ、よく考えてみてね。さぁ、折角のお茶とお菓子を楽しみましょう。」
「わ、私で良ければ仲良くして下さい。」
「私、女の子の友達に憧れていましたの。よろしくお願いします、トルカ様。」
「さ、様なんて恐れ多い、のでトルカと呼んでいただければ。」
「では、そう呼ばせていただきますわ。トルカ…」
な、なんだか恥ずかしくなってきた。
「どうかされましたか?ノア様。」
「い、いえ、な、なんともありませんわ。」
「ですが、お顔が赤く」
「なんでもないのよ。さ、さぁ食べましょう。」
友達の名前を呼び捨てだなんて、この世界では初めてだし、前世でも記憶にない。だからか、妙に照れてしまうのか。中身28歳なのに情けなさすぎ。
それにしても、私を救ってくれた友達の名前を覚えていないのだが、その子のことを私はなんて呼んでいたのだろうか。