4.悪役令嬢、剣術を始める
「お父様、お願いがあります。」
記憶を取り戻して、はや1ヶ月。次期王妃としての教育を受けることで精一杯であったが、慣れもありようやくそれ以外のことにも目を向ける時間が作れそうだ。
「で、あなたは何をしてるんですか?」
「まぁ、王子。来ていらっしゃったのですね。
それなら、早く教えてくれれば良かったのに。」
「まぁ事前に知らせなかったのは、申し訳ないですが、侍女があなたに僕の到着を伝えて20分経つんですが。」
「集中してて話を聞いていなかったのかも。申し訳ございません。」
「僕は、侍女があなたに伝えるとこを見ていたのですが、話を聞いていないどころか、追い返そうとしていましたよね?」
「あらら。」
ニコッと笑いながら言うところが、恐ろしい王子である。
勿論、王子が来ていることは先程聞いたが、メイドには『私は今、王妃教育により手を離せないからお引き取りくださいと王子に伝えて欲しい』という返答をした。
まさか、それが見られていたなんて…
正統派王子をきどっているが、なんて黒いのだ。
「僕は驚きました。王妃教育とはどれのことでしょう。」
「これに決まっていますわ。」
「なぜ、王妃教育に剣術が必要なのかが分かりません。」
そう、お父様にお願いしたのは私にも剣術の稽古をつけて欲しいということ。勿論、父や兄は猛反対していたが、
「王妃というのは王の隣に立つ者。そして、時には王を守る必要がありますの。また、王妃の座を狙うものは大勢いるため、王と共に国を治めるためにはある程度自分のことは守れるようにしないといけないと思いますの。」
これを言うと、父も兄も渋々納得し、許可を得ることができたのだ。今日の稽古は終わったため、今は自主的に素振りをやっている最中であった。
「あなたが僕を守るのですか?普通、反対なのでは。」
「守られるだけでは王の横に立つことはできません。守り、守られ合う関係になりたいのです。」
今、剣術を身につけて、ある程度の力を付けることが出来れば、追い出された場合の職に繋がるかもしれないし。いや、繋がるのではなく、繋げるのだ。私が今後生きていくにはそれしかない!
「現王妃はそのような教育を受けていないのですが。」
「王妃様は存在自体が王を支えているので、十分なのです。人によって、持つ才能が違うと思いますが。」
「まぁ、そうですね。でも僕もあなたが傍にいるだけで安心感があると思いますが。」
「あら、ありがとうございます、王子。しかし、決めたのです。次期王妃としてどうなりたいのか。それを覆すことはできません。しかし、一般的に令嬢がそのようなことをしないのも存じております故、もし、剣術を嗜むご令嬢がお好みでなければ婚約を破棄してくださってもけっ」
「破棄はしません。そうですね、あなたが護身術を身につけていればどんな時も生存率は高くなりますし、少しは安心できるかもしれません。まぁ勿論、そのような事態になる前に僕や、護衛の者が守りますので、無茶はしないこと。それだけは忘れないでいてください。」
「えぇ、胸に刻んでおきます。」
「しかし、嬉しいものですね。あなたが僕との将来をそこまで考えてくれていただなんて。」
「次期王妃になるのですもの。当然ですわ。」
「あなたは忙しいことですし、あまりマルベスを待たせる訳にはいかないですし、今日はこれでお暇し」
「マ、マルベス様が来られているのですか?!何故それを早く言わないのです!ココリア、ココリア!!」
「はい、お嬢様。」
「王子を先に客室に向かわせてください。私は着替えていきます。マルベス様にはもう少しだけ、待って頂けないか聞いてみて下さい。勿論、マルベス様の時間を優先しなさい。」
「かしこまりました。」
「では王子、私は一旦失礼させていただきます。」
「分かりました。」
令嬢として入ることはマナー違反のため、小走りで自室へと向う。
「申し訳ございません、王子。お嬢様はある意味で真っ直ぐな性格をしておりますゆえ。」
「分かっていますよ、それを承知で傍にいるのですから。しかし、マルベスと僕との対応に差がありすぎませんか?もう少し何とかして欲しいものですが。」
「…客室にご案内致します。」
「はい。」
マルベスのことで頭がいっぱいで、急いでその場を離れたノアに、2人の会話が耳に入ることは勿論なかった。