16.悪役令嬢とマルベスの孫
「えぇ!あのユランが?!」
「そうなのよ!ビックリでしょ!」
「信じられない、ゲームの展開的にどうなのかしら。」
「まぁ、ユランが舞台から降りればノアが死罪になる運命もなくなると思うから、嬉しいんだけどね。」
「マリは割とユラン好きだったんだけどなぁー。」
「結構人気あったもんね、ユランは。」
『ドキラブ学園』
私が前世でハマっていたゲームである。そして、今ここでゲームの話を共にしている彼女も、ドキラブ学園を知っている。言わば同じ転生者なのだ。
※※※
「な、にしてるんですの。王子。」
「ノ、ノア!?いや、これは違うんです。」
王子に会いに王宮にきていた私が、王子のいる客室に案内された時王子は、知らない女の子を押し倒していた。
「なにが、違うんですの。」
「彼女が手にお茶をこぼしてしまって。慌てて怪我の様子を見ようと思ったら、机の足に引っ掛けてしまって。」
「…く」
「え?」
「早くどけなさい!」
普通の女の子なら、ここで王子に対し不貞腐れ、女の子に向かって牽制するが、私はこの子が誰なのか知っている。
「大丈夫ですか!」
王子を退かし、手を差し伸べる。
「マリベナ様。」
そう、彼女は私の親愛する執事、マルベス様の孫である。
孫がいるとは聞いていたが、まさかここで会うなんて。なんと運のいい。
馴染みのある門番が、彼女が来ていることを教えてくれた。マルベス様に訪ねると王子の所にいるっていうから、急いでやってきたのだった。
「は、はい、ありがとうございます。えっと、あなたがノア=パンドュース様でいらっしゃいますよね?」
「はい!そうですわ。1度マルベナ様とお話したいと思っておりましたの。もし良かったら一緒にお話しませんか?」
「…」
「マルベナ様?」
「す、すいません。様なんていりませんので。平民ですし。ノア様がそう仰るのであれば、是非。」
と王子を差し置いて、庭でお茶をするのだった。
「いいんですか?グレン様を置いてきて。」
「いいのです。それに、女の子だけでお話をするのに王子は邪魔ですから。」
勿論、王子は着いてこようとした。しかし、
『事故だったといえど私以外の女の子を押し倒すなんて、ありえませんわ。反省していてください。』
という私の言葉に何も言えなくなっていた。
「ノア様はグレン様が大好きだったのでは?」
「政略結婚ですもの。」
「…やっぱりゲーム通りじゃないのかしら。」
小さく呟くマリベナの声を私が聞き漏らすことはなかった。
「ゲーム?」
「あ、いえ、なんでも。」
少し焦った様子。もしかしてと思い、「ドキラブ学園」と音量を抑えていう。
「やっぱりあなたもそうなのね!」
「え!もしかしてマリベナ様も!!」
そして意気投合したのであった。
※※※
「おかしいと思ったのよ。グレン様がノアばっかりの話をするなんて。」
「そうなの?」
「だって、ゲームじゃいつも退屈そうにしていたはずなのに、それがノアの話しかしないのよ。興味もちすぎでしょ。愛されてんじゃん、なおちゃん。いいなぁー、マリもモブじゃなくてもっといいキャラに生まれたかったなぁー。」
「いや、悪役令嬢は嫌でしょ。死罪か、国外追放、平民落ちの人生だよ。」
「まぁでも、それもさヒロインがグレン様かリュート様以外を選んだら、なにもないわけでしょ?」
「まぁ、そうね。」
攻略対象は全部で4人。つまりあと2人いるのだ。もしヒロインがその2人を選んだら、そのルートに関係ない私は何事もなく今の生活を送れる。
「ヒロインがそのルートじゃないといいね。」
「でも私、年下と結婚はねー。」
「なおちゃん、元々28歳なんだっけ。」
「うん。ゲームではキャーってなったけど現実に自分を置き換えるとちょっと。」
「だからって、おじいちゃんにアピールするとかないでしょ。ふふ。」
「でもマルベス様、紳士じゃない!?」
「まぁね、カッコイイおじいちゃんって感じ。」
なんだか変な感じだ。こうやって普通のように会話するのも久しぶりで、相手は元々女子高生だという。しかも絶対クラスの中心人物にあたる属性の人だろうし通常なら関わりたくないタイプなのに、こんなに話しやすいなんて。同じ趣味をもつ者同士だからだろうか。
「なおちゃんは誰派だったの?私は断然グレン様だけど。」
「そりゃ私もグレン様だったけど。」
「ならいいじゃん。」
「でも。」
「まぁ、今はグレン様も幼いし可愛いって感じだから余計に気になっちゃうんだろうね。大きくなれば気にならなくなると思うよ。マリも初めてグレン様に会った時キャーってなったもん。」
「マリちゃんはいつから記憶が?」
「グレン様と初めて会った時かな。私の家はお父さんも王宮で働いているからお母さんが寝込んだ時は誰も面倒みれないからって連れて来られてね。その時、ちょうど退屈してたグレン様と遊ぶことになったの。どこかで見たことあるなぁって思った時、突然思い出したって感じ。グレン様5歳。その可愛いらしさは神の子だったわ。」
「なるほどね。」
トントン
「失礼します。ノア様。マルベス様がお迎えに来られました。」
「すぐ行きますと伝えてください。」
「かしこまりました。」
「はぁー、残念。もうちょっとなおちゃんと話したかったんだけどなぁ。」
「また、会ってくれる?」
「当然じゃん。ゲームの話なんかさ、誰ともできなかったから嬉しいんだよね。それに流れも気になるし。またねなおちゃん。」
「またね、マリちゃん。」
部屋を出れば、侯爵家の令嬢と、執事の孫としての振る舞いに戻る。
「ノア様、本日は孫がお世話になりました。なにか粗相などはございませんでしたでしょうか。」
「なにもないですわ。マリベナさんとは楽しい時間を過ごせましたもの。またお会いしましょう、マリベナさん。」
「私でよければいつでもお待ちしております。ノア様。」
夕日が辺りをあかあかと照らす中、帰る2人の姿が見えなくなるまで眺めていた。