11.悪役令嬢の祖父母⑤
その日は夜も遅くなったということで、おじい様がたのお屋敷に泊まることになった。食後には、おばあ様に長々と説教されるお父様の姿があったが、どこか嬉しそうに見えた。
「しまったなぁ、よく考えたら空き部屋が2つしかないんだった。」
「お兄様、今日は一緒に寝ないかしら?」
「ノアがいいなら。」
「ということで、お兄様と一緒の部屋でお願いします。お兄様と一緒に久しぶりに寝れるなんて嬉しいですわ。」
「そうかい?ごめんね、2人とも。アン。」
「かしこまりました。では、ご案内させていただきます。」
「ではおじい様、おばあ様、お父様。おやすみなさいませ。」
説教中のおばあ様とお父様、おじい様におやすみのご挨拶をした後、アンに案内されお兄様と向かう。
「お泊まりってテンションあがりますね。お兄様。」
「そうだね。」
案内された部屋はシンプルだが、十分に大きな部屋だった。
「なにかございましたら、こちらのベルでお知らせください。それと隣の部屋が、坊ちゃんの、ランド様のお部屋になります。」
おじい様、おばあ様がもっていたのと同じベルを渡される。
「分かりましたわ。ありがとう、アン。おやすみなさい。」
「おやすみなさいませ。」
おやすみの言葉を伝えたが、まだ眠くはない。しかし、今日は慣れない環境で、色々あったのだ。お兄様はどうなのだろうか。
「お兄様。」
小声で呼んでみる。これで返事が無ければ大人しく寝よう。
「どうかした?」
どうやらお兄様も起きていたようだ。
「いえ、もう寝たかなと思って。特に用はないです。すいません。」
「まだ眠れそうにないんだ。眠たくなるまで僕の話相手になってくれないかな?ノア。」
「はい!勿論です!」
「なら僕がいない時におじい様とおばあ様とどんな話をしたか、教えてよ。」
「ではお兄様も私がいない時にどんなお話をしたか聞かせてください。」
※※※
アンに案内され子供たちはいなくなり、母も「今日はこれまでにしときます。」といい寝室に向かってしまった。説教はあれだったが、嬉しかった。1人息子で甘やかされすぎだと思われガチだが、その逆で母は厳しく、よく説教を喰らっていたことを思い出す。リュートが生まれてからは、関係も疎遠になってしまったため、久しぶりの説教だった。
結局、エルセーヌの葬式も父とアンだけで、母と会うことはなかった。そこまで嫌っていたのに、エルセーヌの命日に送られてくる花を母が送っていたと聞き、耳を疑う程だった。
「またこっぴどく説教されてしまったな、ランド。」
「父上。」
「いやー部屋にいるかと思ってたのだが。すまなかった、早めに教えてあげればよかったな。しかし、何時間も扉の前で待つなんて。クックック。しかも使用人から聞いた話だが、扉の外で1人ブツブツなにかいってたらしいじゃないか。」
「な!もうほっといてください。」
返事は帰ってこなかったが、それでも俺は母がいるであろう寝室に向かって話しかけていた。息子と娘のこと。今がどれだけ幸せで、エルセーヌに感謝しているかを。知ってほしかったから。
「まぁまぁ、そう怒るなよ。1杯つきあってくれないか?」
父の手には、年代もののワインが。
「…1杯だけなら。」
幼い俺にいつか父が言っていた。
『酒を飲める年になったら、一緒に飲めるんだがな。』
学園を卒業してすぐエルセーヌと結婚をしたことで、母との仲は最悪となり、リュートが生まれる頃にはこの屋敷に引越してしまって会うこともほとんど無く、父と酒を交わすことは、今が初めてとなる。
「いい子だな、リュート君もノアちゃんも。」
「私には勿体ないくらいです。」
そう本当に勿体ないくらいいい子に元気に育ってくれた。
「母親が居なくても、ちゃんとした父親がいれば子供は立派に育つものだ。」
「だといいんですが。」
「そうに決まってるだろう?リュート君とノアちゃんを見れば誰もがそう思うさ。」
「ありがとうございます、父上。」
再婚の話は幾度と上がったし、考えた。でも、エルセーヌ以外の人を妻に迎えたいとはどうしても思えなかったし、エルセーヌ以外に愛の言葉なんて言いたく無かったから全て断ってきた。ただ、胸にのしかかる重い言葉。
『子供には母親が必要なんだから。』
その言葉を聞く度、自分が間違っているのかという錯覚に陥る。俺の決断のせいで、2人の人生が狂ってしまうかもしれない。その事が怖かった。
でも今、その不安は無くなった。俺の考えを肯定してくれる一言が、俺の長年の不安を溶かしてくれたのだ。
「今までなにもしてやれなくてごめんな。これからはなにかあったら、全面的に協力するから。勿論クリオラも。」
「そう、ですね。そうさせていただきます。」
謝るのはこちらの方なのに。俺と母との仲が更に拗れるのを避けるために中立を保ってくれた父が、1番大変だっただろうに。
涙が零れる間、父上はずっと背中をさすってくれた。
※※※
「そうだったんだね。」
私はマルポーゼ伯爵夫人と母のことをお兄様に話した。やっぱりお兄様も知らなかったらしい。
「母上の代わりに見守ってくれるのは分かるけど、お見合いの話は今はいいんだけどな。」
「そう言えば、どうしてお兄様は婚約を嫌がるのですか?私だって婚約者はいますのに。」
「ノアの場合、申し込まれた相手が王族だからね。でもノアが嫌だと言ったら何を差し出しても拒否してくれると思うよ。それに、父上は無理に今結婚を考えなくてもいいっていってくれたし。それなら、ノアが結婚するまではノアを優先したくて。」
「な、え?!」
まさか、ここで私の名前が出るなんて思わなかった。
「婚約者がいたら、その婚約者を優先させなければいけない時がどうしてもあるだろうから、それなら今はノアの傍に居たいなって思ったんだ。」
誰もが1度は虜になるリュート。私も例外ではない。そんなリュートに、そんなことを真剣に言われたら…
(死、死ねる…)
「ノア?あれ、もう寝ちゃったかな。おやすみノア。いい夢を。」
すぐに隣からは可愛らしい寝息が聞こえてくるが、今だ私の心臓はバクバクで眠れる気がしないのであった。
次の日の午前中、おじい様とおばあ様にお別れをし、馬車に乗った。結局昨夜は眠れなかったため、勿論その時間は熟睡である。