1.悪役令嬢、思い出す
わたしの名前はノア=パンドュース。公爵家の令嬢である。
それ以外にもうひとつ覚えている名前がある。
そう私は前世の記憶を思い出した。
「このままだと私の人生最悪だ!」
※※※
前世の私は橋本奈緒と言う名前の唯のOLだった。会社と家を往復する毎日で楽しいことは何一つない。けれどそんな私の唯一の楽しみが、漫画とゲーム。縁も勇気もなく生涯独身だったけど人並みに恋愛には憧れており、それ系の漫画や乙女ゲームにハマっていた。
『ドキラブ学園』とは私がハマっていた、イケメンと送る学園生活を舞台としている乙女ゲーだった。
その中の悪役令嬢の1人がノア=パンドュース。
彼女は攻略対象者の1人である第1王子の婚約者である。王子ルートの場合ヒロインと婚約者が仲良くしているのが気に入らず、様々なことをしてヒロインを追い詰め、最終的に王子に婚約破棄される。それだけでなく、元婚約者の王子がヒロインを妃にと選んだため、次期王妃の暗殺未遂や暴力・暴言が罪となり国外追放か平民落ち、最悪死刑に処される。
そして、ヒロインはというと王子と結婚し、王妃として国王になった王子と仲良く暮らしましたとさ。というありガチなエンドだった。
そして、今私はその悪役令嬢に転生してしまった。
「なんでこんなことに…」
もしこれが夢なら、次起きた時は見慣れた部屋の天井かもしれない。まぁ、きっと夢だろう。こんなライトノベルみたいな転生モノ普通は起きることはないのだから。
「って思ってたのに…」
今日も最初に見たのはメイドの顔だった。
やっぱり私は死んでしまったのだろうか。死んだ時の記憶は一切ないが。
「おはようございます、お嬢様。」
「おはよう、ココリア。」
「今日はお茶会の日にピッタリの天気ですね。」
「そうね。」
今日は王宮にて王子の婚約者を決めるお茶会がある。
そのため、王子と似た年齢の令嬢が沢山集まるのだ。
もちろん私も行く予定になっている。
確かゲームでは、初めて会った時から王子に惚れていたノアが父を説得し、無理矢理婚約者となる形だった。王子は表面上ではノアのことを大事に扱っていたが、完全にノアを好きになることはなかった。それでもノアは一途に王子を思っていた。王子の心は自分に向けれていないことなど気づいてはいたけど。今思えばノアには感動する。私は誰かをそこまで好きになったことなんて1度もないから。
「さぁ、こんな感じでどうでしょう。」
「悪くないわね。ありがとう、ココリア。」
ココリアにセットしてもらった自分を鏡でみると、なんと美しいことだろうか。艶やかな黒髪、鼻は高く、くっきり二重、頬と唇は薄ピンクで化粧なしでも美しい。少しつり目なのが気になるが完全なる美少女である。前世は冴えないタイプだったから、尚更嬉しく自分に見とれてしまう。
「さぁ、お嬢様、旦那様とリュート様がお待ちで
す。」
「わかりました。」
茶会に参加するのは私だけだけど、国王陛下と王妃に挨拶するため父と兄も一緒に王宮に向かうらしい。
「ノア、調子はどうだい?」
「問題ございませんわ。お兄様。」
「本当に!?無理してはダメだよ。やっぱり今日のお茶会は不参加にさせてもらったほうが。」
「ノア、本当に大丈夫なんだね。」
「えぇ、お兄様は心配症ですわね。」
リュート=パンドュース。1つ上の兄であり、ノアのことを溺愛している攻略対象者の1人であり、イケメンである。第1王子が正統派王子が売りならば、リュートは頼りになる魅惑のお兄様タイプのイケメンである。
「だって、頭を強く打ったんだよ。心配しない訳ないだろう。僕のせいでもあるし。」
そう、私が記憶を取り戻したきっかけにもなったのが2日前のことである。剣術の稽古をしていた兄と教師の様子を傍で見ていたノアに、兄の持っていた木刀が吹っ飛んで頭に直撃してしまったらしい。夜中まで眠り続けていたノアは、夢の中で自分が誰かを思い出した。
目を開けると美少年が泣きながら手を握っていたのだからビックリして、「だ、れ?」と聞いてしまったことはよく覚えている。
その言葉を聞くと、兄は泣き崩れてしまい、メイドに連れられて自室に戻った。そして父と侍医の話を聞くことで、私がノア=パンドュースであることや兄のこと、ここがゲームの中だということを悟った。
「あの時は頭がこんがらがっていたのです。でももう大丈夫ですから心配しないでください。」
「なにかあったら早めにいうんだよ?」
「わかっております。ご心配おかけしました。」
そうこう話しているうちに王宮についてしまった。
(大丈夫、私が頼まなければ婚約者になることはないはずだもの。)
本当は休みたかったが、簡単に休めるものではないらしい。侯爵令嬢ともなれば尚更。
父と兄とは分かれ、会場である庭へと案内された。既に多くの令嬢が集まっており華やかだった。
「殿下、本日はお招きありがとうございます。」
「ノア嬢、こちらこそご参加ありがとうございます。頭を強く打ったと聞きましたが大丈夫ですか?」
「えぇ。なんともございません。ご心配ありがとうございます。殿下にとって良きパートナーが見つかりますように願っておりますわ。それでは後ろが立て込んでいますので失礼させていただきます。」
挨拶だけ済ませればあとはこっちのものだ。殿下に話かけたいご令嬢は山ほどいるため、いい口実となり殿下の傍を離れることができた。
茶会というだけあってケーキやゼリーなど甘いものがズラーと並んでいる。折角きたのだから楽しまないと。1人スイーツを楽しんでいた。
(さすがに食べ過ぎたかも…)
食べることにも飽き、だからといってすることもない。話すような友達もいない。という訳で天気もいいと言うことで庭に散歩に行くことにした。
王宮の庭だけあって、色鮮やかな花が綺麗に咲き誇っている。
「ここでお昼寝できたら良いんだけど流石にね。」
「あんた、王子に手をとってもらったからって調子のってんじゃないわよ!王子があんたみたいな男爵令嬢相手にするわけないでしょ。」
「わ、たし、調子にのってなんか。」
ドン
「あら、ごめんあそばせ、ぶつかってしまいましたわ。」
曲がり角の向こうで、1人の令嬢が3人の令嬢に囲まれているのを見つけた。
「あら~ジュースが零れてしまいましたわ。」
といい、手に持っていたグラスからオレンジの液体を零し、男爵令嬢の服に染み込んでいく。色こそ付かないが、青い服には液体のあとが残っている。
「早く地方に帰りなさい、芋男爵令嬢。」
完全に男爵令嬢は泣きそうだ。
記憶の戻る前のノアは使用人や自分より地位の低い令嬢を見下したり、時には手を上げたりしていた。けれど今の私はイジメは反対である。
「あら、良かった。他にも人がいたわ。実は私、道に迷ってしまいまして。戻り方を教えていただけないかしら。私としたことが自己紹介を忘れていたわね。ノア=パンドュースと申しますの。あら、まぁ、大変!大丈夫かしら?ドレスも汚れてしまって。」
「私とぶつかってしまい、その際ジュースが零れてしまったのです。申し訳ございませんわ。」
「あら、そうだったのですね。良かった、イジメが行われていると思っておりましたが違うようで安心しました。さぁ、立てますか?落としに行きましょう。」
「いえ、私の責任ですので、私におまかせください」
「あら、責任感が強いことで。でも大丈夫ですわ。私、シミにならない落とし方を知っていますの。早く落とさないと大変だわ。さぁ行きましょう。」
「は、はい。」
いい感じの理由を並べてその場を去る。さぞ、残された令嬢は悔しい顔をしているのだろう。私は公爵令嬢。大抵の人より身分が高いということは知っている。身分を盾に使うのは好きではないけれど、使うべきタイミングを間違えなければ問題ないはずだ。
肩を貸して歩いているのだが、右足を引きずっているようだ。どうやら、先程押されたときに足を挫いてしまったのかもしれない。
「少し止まります。」
「は、はい。」
腰を下ろし、おんぶの格好をする。
「さぁ、乗りなさい。」
「え?!いや、でも。」
「足を挫いていらっしゃるのでしょう?悪化しないように気を付けないと。それにドレスの汚れも落とさなくては。」
「そんなことより貴方様のドレスが…」
おんぶの格好をすることで地面にドレスの裾がついてしまっている。が、泥でもないしそんなことどうでもいい。
「これくらい直ぐに落ちます。」
黒い服なのでどうせ目立たないし。
「あ、りがとうございます。」
素直に背中に乗る令嬢。普通なら令嬢が令嬢をおんぶなんて有り得ないだろう。しかし、しょうがない。青いドレスだったら良かったものの、白いドレスなんてきていたら確実にシミになっていた。
「あの、助けていただきありがとうございました。」
「助けただなんて思わなくて宜しくてよ。
イジメは嫌いなの。それだけだから。」
「お嬢様方、どうかされましたか?」
燕尾服をきた初老の男性が声をかけてきた。
「私、執事長をやっている者です。なにかございましたか?」
「この方が足を挫いてしまったみたいで。ドレスも汚れているし、早く落とさないと落ちなくなってしまうと思い、急いでいるのです。」
「まぁ、それは大変でございました。良ければ私がご令嬢をお連れしてもよろしいでしょうか?」
これにはなんて返事をしたらいいか分からない。おじいさんという年齢だが、男性は男性だ。嫌がるかもしれない。
「お、お願いします。」
「かしこまりました。そちらのお嬢様もよろしいでしょうか。」
「えぇ、この方が良いのであればお願いするわ。」
「では失礼致します。」
と軽やかに私の背中がスっと軽くなり、気づけば執事長がお姫様抱っこをしている。
「お客様の安全を守るのが務め。ありがとうございました。ノア様。」
ニッコリ微笑む姿に見とれてしまった。何故だろう、胸がドキドキしている気がする。
「では行きましょう。」
「あ、あの。」
「何でございましょう。」
「名前を教えてもらっても…」
「マルベスと申します。ではこれで。」
自分でも分かる、心臓がドクドクと早くなっていく。顔が熱い。これは完全に…恋である。