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レアメタリック・マミィ!  作者: 陽澄すずめ
第1章 日常
1/48

1ー1 その女、スパイダー・リリィ

「“オペレーション”」


 芯のあるハスキーボイスが、その言葉を紡ぐ。

 それを合図に、彼女自身の纏ったスカイスーツが起動し、腕や脚、ボディ部分に施された電導ラインが白く発光する。

 同時に、目には見えない電磁防護膜が全身を覆う。


 荒れ果てた大地に空いた、直径三メートルほどの穴。これが本日最後のターゲットの巣である。

 彼女はそれを背にして立った。身体がゆっくりと後ろへ傾き、底の見えない穴の中へとダイブする。


 ヘルメットのシールド越しに彼女の目が捉えた空は、ごくごく淡い橙色に染まっていた。透き通るようなその色に、研ぎ澄まされた意識の向こう側を見る。

 だが、視界はすぐさま闇にとざされてしまう。

 引っ張られる。重力の導く方へ、光の届かない深部へ。


 ダイブしてから、僅か一秒。

 彼女は大腿部の飛行装置を駆動させ、落下速度を徐々に落とし、空中でホバリングした。

 そして無重力状態となった刹那、彼女は肩に担いだ複合型電磁銃マルチレールガンをライフルモードで真下に向けて構え、トリガーを引いた。


 バチンという、ごく小さな発砲音。銃床から肩へと伝わる軽い反動。電磁誘導によって超加速した弾丸が闇の底へと注がれる。

 穴の中に反響する着弾音。彼女は続けて二発を撃ち込み、即座に体勢を立て直すと、次は背中と大腿部の飛行装置を同時に駆動させた。

 リュック型バッテリーの真下に四基、両脚に各四基。合計十二基搭載された円筒形の小型電動ファンがコンマ数秒でフル回転し、噴出口から最大出力の空気が高圧噴射された。


 彼女の身体が、急上昇を始める。

 見上げた先には、薄橙の小さな丸い空。それが凄まじい速度でぐんぐん迫る。

 暗闇から一転、眩い光に視界が白く塗り潰される。

 彼女はなおも加速を続けていた。青白いエネルギー光が残像となって長く尾を引き、一気に上空十五メートルの高さまで昇り詰める。


 さぁ、来い。


 ゴゴゴ……と地鳴りに似た音が聞こえる。足元から、正確にはつい先ほどまでいた穴の底から、響いてくる。

 次の瞬間。

 穴の直径とほぼ同じ太さの何かが、勢いよく這い上がってきた。

 突風が巻き起こり、砂埃が立つ。


 塵芥を振り切って姿を現したのは、錆びた鉄屑でできた巨大な芋虫だ。

 旧時代の廃棄物から成る擬似生命体、通称スクラップ・ワーム。

 彼女を追って、ぴんと垂直に伸びたそれはさながら、荒れた大地に突如生えたいびつな柱のようだった。


 真上に推進していた彼女が、大きく背を逸らして一回転し、虚空に一瞬留まった。

 不恰好な芋虫が、彼女を喰おうと大きく口を開ける。

 その喉の奥、シールドで覆われた視界の上に、敵のコアを示すターゲットマークが現れる。

 すぐさまそれに照準を合わせると、彼女は弾丸を二発、三発と撃ち込んだ。

 命中こそしなかったものの、無防備な部位を攻撃されたスクラップ・ワームは、金属の軋むような耳障りな咆哮を上げる。


 無駄なく鍛えられた長い手足を翻し、彼女は水平方向へと飛んだ。ワームの身体から分離して向かってきた大きめの廃材を、すんでのところで躱す。

 ワームは更に穴から身体を伸ばし、再び彼女を追い始めた。


 彼女はわざと相手に接近し、自らをエサにして口を開けさせては、ピンポイントに銃弾を喰らわせることを繰り返していた。

 そのたびワームは咆哮し、砕けた鉄屑の破片を撒き散らす。

 鋭い破片の一つが彼女の身体を掠める。だがそれは、電磁防護膜によって僅かの衝撃もなく弾かれていった。


 巣穴に縛られた状態で悶え暴れるワームとは対照的に、自由に空を駆ける彼女はまるでダンスでもするかのように優雅だった。

 沈みゆく夕陽を反射する、鳥の頭を彷彿とさせる形状のヘルメット。前面から後方にかけての広範囲にあかい花の絵があしらわれている。

 側面には、こんな文字が入っていた。


『SPIDER LILY』


 此岸と彼岸を結ぶ花(スパイダー・リリィ)

 それが彼女のハンターネームだ。


 そうこうするうち、スクラップ・ワームの動きが緩慢になってきた。

 彼女は手早く銃をリロードしながら、ひときわ高く舞い上がる。再び直立の姿勢を取った相手の口に、ホバリングしつつ真上から銃身を突っ込む。

 ターゲットマークと照準が、ぴたりと合う。

 そして彼女は、にやりと不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「さぁ、さよならの時間だよ」


 トリガーを引き絞る。銃弾が、うろのごとき喉の奥へと吸い込まれていく。

 電流の放たれたような、バリバリという破裂音。

 コアを砕かれたスクラップ・ワームは、大気を震わす断末魔の叫びを上げ、根元から崩折れた。


 芯を失ってばらばらになった廃材が、一斉に地面へと降り注ぐ。

 それが収まった頃、空中で待機していた彼女はふわりと地上に降り立った。


「“オペレーション終了”」


 その言葉で、スカイスーツの電導ラインの発光が消えた。

 ヘルメットを取ると、赤茶色のショートボブの髪が現れる。遮るものがなくなった視界に、彼女はアーモンド型をしたやや吊り気味の大きな目を細めた。


 少し離れた大きな岩の陰から迷彩服姿の青年が駆けてきて、ぴしりと敬礼する。


「シュカさん! お疲れさまでした!」

「おー、エータくんお疲れー」


 シュカと呼ばれた彼女がにこやかに応じる。

 エータという名の青年は自らのうなじに埋まった電脳チップ端末を脳波操作し、シュカの体内データをチェックした。


「血圧、心拍数、共に異常なし。今回も見事でした! あんな大きなスクラップ・ワームをあっという間に! すごいです!」

「いや、そんなに大きくなかったよ。せいぜい中型ってとこかな。間近で見ると大きく見えるよね」


 エータはハンターチームの配属となってまだ日が浅い。オペレーションに帯同するのもこれが三回目だ。


 シュカは辺りに散らばったゴミをぐるりと眺め回した。よく見れば、電子機器らしきものもかなりある。中型程度のサイズではあったが、残骸の量はかなりのものだった。


「意外と大漁だったね。これだけあれば、そこそこの量のレアメタルが取れるはずだよ」

「ですね。この後なんですけど、回収班を呼んで、残骸の仕分けと積み込みの予定になってます」

「あー……そうだね」


 既に太陽は西の地平線の下へと沈んでいる。

 シュカは自分の端末をちらりと確認した。現実の景色に重なって視界の片隅に表示された時刻は、十八時四十五分だ。


「あのさ、すっごく言いづらいんだけど——」


 そして申し訳ない表情を作り、顔の前で両手を合わせて言った。


「ごめん、そろそろ保育園に子供を迎えに行かなきゃいけない時間なんだ」

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