部活動正式入部
「前に説明はしたと思うけれど、この裁縫室での家庭部の活動は主に各自、思い思いに作品を作ってもらう。 道具は借りることも出来るけれど、ここにいる人たちは基本的にはみんな自分の裁縫道具を持っているよ。 その辺りは館君も大丈夫そうだね。」
先輩に改めてこの裁縫室での家庭部の活動について説明を受けていた。 前に説明は聞いたこととほとんど変わっていないし、前に来たときよりも色々と僕も裁縫道具が増えているので、それを使いたくて疼いている。
しかしそれはそれとして、確認しておきたいことが1つだけあった。
「ここで作ったのってどうするんですか? 持って帰るんですか?」
「いや、それだと自己満足として学校が認めなくなっちゃうから、何個かの幼稚園や保育園、養護学校に僕たち自身で届けにいくんだ。 消費者を見るのも、製作者としては大事なことだからね。 ちなみに隣の調理部も同じようにしているよ。 元々は家庭部っていうくくりだから、自然とそうなるんだけどもね。」
施設の貢献だったのか。 ならしっかりしたものを作らないといけないね。 子供って、意外とそういうのに敏感だから。
「どうだい? なにか作ってみたいものでも出来たかい? この部屋に置いておけば少なくとも盗難の心配はないよ。」
「それなら・・・・・・ 家でも少し練習しているのですが、中に綿などを入れてある物を作りたいと思います。」
「ふむふむ、綿が入っている物となると、まず簡単なのはクッションかな? なら、まずは型を作った方がいいね。 ここに丁度あるから、それを参考にすればいいよ。」
庭木島先輩が手に取っていたふっくらとした正方形の型を借りて、布を被せて、作業に入る。 形が決まっているもので縫うのでその点に関しては簡単だと感じる。 端の部分をサクサクと縫っていく。
「中々に速いよね。 そこまで速く縫えるのって相当時間がかかると思うんだけれど。」
「昔から色んな物を作ったりしてましたから、これくらいならすぐに出来ますよ。」
隣で作業をしている女子の先輩に声をかけられるが、クッションを縫っている手は一切止めない。 布を縫うのはペースとリズムが大事だと、独学でこの手芸の世界に入って感じたことである。 なので少しの変化が、作品の乱れを起こす。 ぶっきらぼうと思われても、これが僕のやり方なので、許してほしいところである。
「そっか。 でも手芸が趣味って言って、男子から笑われたりはしなかった?」
どうやら素っ気なく返したことに怒りはないらしい。 むしろそのまま対話を望んでいるようだ。 別に僕も話しかけてくれる人に対して、距離を起きたいわけではない。 ただ手芸に集中してしまうと、他の事を蔑ろにしやすいだけで、会話をしたくないわけではないのだ。
「そうですね。 「男が手芸なんて・・・」みたいな感じで笑われる事は少なからずありましたね。 まあ、自分の趣味なんで、笑われようがバカにされようが、やれれば良かったので気にはしてなかったんですけど。」
「けど?」
「手の器用さを見て、文化祭やら何やらの時にそういった編み物関係の飾りの時は全部僕に回ってきたこともありましたね。 しかも大抵が女子が出来ないような編み物関係で。 やたら作らされて、バカにしてた奴等の目の色が変わっていたのは、こう言ったらあれですけれど、心のなかで勝ち誇ってましたね。 柄にもなく。」
「そうね。 そういうときは思いっきり見下してやればいいのよ。 「自分達がバカにしていた事がこうして優位に立つこともあるんだぞ」って。」
「女子にモテたくてやっていたことでは決して無かったですけれどね。」
そんな会話をしていると、クッションのカバーの部分が出来た。 ここからアップリケでデコレーションをしていく。 一応男の子と女の子、どっちでも使えるように表と裏で色を変えている。 なので、それぞれの色にあったアップリケを使う必要がある。
「いやー、早いものね。 もう周りが出来ちゃった。」
「いつも練習しているのに比べたら、比較的簡単なので。 そういう先輩はなにを作られているのです?」
「これ? これはね、幼稚園とかってお遊戯会とかやるじゃない? だからそれのためのお人形をね、作ってるの。 ほら、こうして手を入れれるから、簡単な動作なら出来るのよ。」
そういって作っている人形の下から手を入れて、そのまま動かす。 どうやら作っていたのはパペット人形のようだ。 剣を持った男の子のようなデザインなので、多分勇者とかそんなのだろう。 しかしパペットかぁ・・・ まだぬいぐるみを本格的に作れている訳じゃないけど、作れるようになったら、ああやって動けるようにするのも面白いよね。
「興味ありげな目をしているね。 私でよかったら、作り方をレクチャーしようか?」
「本当ですか!? ありがとうございます! ええっと」
「あはは、そうだよね。 自己紹介もしてないのに知るわけないよね。 私は篠田見 八千代 みんなからは篠ちゃんとか、やっちゃんって呼ばれてるわ。」
「じゃあ僕は八千代先輩って呼ばせて頂きます。」
「そういうところは普通なのね。 名前呼びには抵抗無いのに。」
「あんまり凝ったアダ名とか、考えるのも呼ぶのも面倒なんですよ。」
「アダ名は私が考えた訳じゃないんだけど・・・ まあいいや。 クッションのカバーでそこまで出来るなら後は応用だったりするから、それを教えてあげる。 それの見返りって訳じゃないんだけど・・・」
そんな言葉で紡いでくると、不意に甘い香りが漂ってきた。 どうやら隣の調理室で、なにか作っているようだ。 バターと砂糖が混ざりあっている、焼けた匂い。 恐らく作っているのはカップケーキかなにかだろう。
「調理部の子に、失敗作でもいいから、お裾分けを貰えないかしら? 確か、知り合いがいたわよね?」
「え、ええ。 居ますけど・・・ なんでそこまで?」
「調理部の料理やお菓子って、私たちと同じで幼稚園の子や施設の人達に振る舞われるの。 だから中々にもらえる機会が無いのよ。 ね、ダメ元でもいいから、お願い。」
そう懇願してくる八千代先輩。 まあ聞いてみるだけなら問題はないか。
「分かりました。 あんまり期待しないで待っててください。」
「オッケー。 後輩を見れるって、意外と無かったりするからね。 こういう機会は欲しかったのよ。 とりあえず今日はクッションをある程度完成させようか。」
そういって自分の作業に戻った。 最終下校時刻のチャイムが鳴るくらいになると、ほとんど完成していたが、綿を入れてないのと、複数個作ろうと思ったので、また後日ということにした。
なんだかんだ部活は楽しめてるな。 子供達が喜んでくれるようなものを作らないと。 そんな新たな目標が生まれた。
よく恋愛物の小説だと、距離を縮めるために部活動とかに入ってない話が多いと思いますが、部活に入りながらでも恋愛は出来ます。
同じ部活内という限定的な場所になりますが。




