新年の挨拶には
「・・・んぅ?」
目を覚ますといつものベッドで僕は寝ていた。 身体を起こして、辺りを見渡す。 カーテンは閉まっているが向こう側から陽の光が差し込んでいるので朝か遅くてもお昼くらいだろう。 昨日、もとい今日寝て起きたのならば、この時間になってもしょうがない。 僕は部屋があるので、そのまま寝ていたが他のみんなは下で寝ているだろう。 なのでまだダルさの残っている身体を起こして、部屋を出て階段を下りる。 そしてリビングの扉を開けるとそこには・・・
「・・・あれ? 父さん、みんなは?」
そこにいたのは正月にも関わらずコーヒーで一服している父の姿ただひとつだった。
「光輝。 今は何時か分かるかい?」
そう聞かれ、壁にかけられている時計を見てみると、11時を指していた。 そんなに遅くまで寝てたのか、僕。
「あ、もしかして神社に行ってお参りに行っちゃったとか? あー、それならすぐに追いかけないと。」
「いや、そう言うわけでは無いのだが・・・ むぅ。」
なんだろう? 珍しく歯切れの悪い父さんに疑問を持つ僕。 当たり障りの無いことをしているのだろうか?
「もう、駄目よ昇さん。 そこは何でもいいから言うのが得策なのよ?」
そう言ってキッチンの奥から現れたのは母さんと僕の友達。 男子は昨日と一緒だが、女子の方は晴れ着に切り替わっていた。 母さんはそれなりに年配の方との交流があるので着なくなったお古を毎年どこかしらで使っている。 なのでそれを借りて着ているのは分かる。 というかなにしてんの?
「館! お参り行くよ! お参り!」
「いや、それはいいし、みんなが晴れ着なのは似合っているから気にしてないけど・・・なんでこんなことを?」
「お前が起きるのが遅かったもんで、色々とやってみたかったんだよ。 それにしてもお前の親父さん。 本当に素直な人だよな。 嘘をつこうにもつけない辺りはお前そっくりじゃん。」
「親子というものはそういうものではないか? 小舞君。 個人差はあるけれど、遺伝は受け継がれていくものだからさ。」
「そもそもそんなに大袈裟に嘘をつく必要もなかったんですよ?」
「え? どういうこと? 江ノ島さん。」
「館君。 あの時計、時間を早めて、いるんです。 携帯の、時間が、正しい、時間です。」
円藤さんにそういわれて携帯を見る。 そこには「8:10」の数字が書かれていた。 どうやら壁の時計は3時間も先に進んでいるらしい。
「ま、そういうこった。 今から行くならなんら不思議はないだろ? 俺達だって泊めてもらってはいるが、親戚も集まるからな。 早めに帰りたいんだよ。」
そういうことなら普通に起こしてくれたら良かったのに。 そんなことを嘆いても遊ぶことを優先的に考える彼等にとっては虚しいだけだ。
「まあいいや、それなら早く行こうよ。 僕も準備して・・・」
「あれ? 安見?」
濱井さんが声をかけてようやく気が付く。 そういえば朝起きてから安見さんの姿を見ていない。 僕らと同じ様にこの家に来て、みんなのいるリビングで一緒に寝たはずだ。 その違和感に気が付くと同時にある疑問が浮かぶ。 それは安見さんも晴れ着姿なのかなと言う安直な考えだった。
「あ、ほーら安見。 なんで隠れてるの。 別に恥ずかしがることないでしょ? 今さら。」
そして濱井さんが後ろに回って、おそらく座っていたのであろう安見さんを立ち上がらせる。 他のみんなと同じ様に晴れ着姿の安見さんはとても綺麗に見えた。
「館、感想は?」
「・・・綺麗だ。 とても。」
そんな純粋な答えをポツリと唱える。 安見さんも恥ずかしそうに、でも嬉しそうに顔を赤らめていた。
「じゃあ新年のお参りも済んだと言うことで、みんな解散だな。」
「次は3学期の始業式といったところか。」
「中々に濃い去年だったけど、今年もよろしくね。」
「それではみなさんごきげんよう。」
「また、新学期に、です。」
「学校で会えることを楽しみにしている。」
数時間前までいた神社に改めてお参りをして、現地解散となる。 僕と安見さんは家が比較的近いので、僕らだけは取り残された形になる。
「それじゃあ安見さん、僕たちも」
「挨拶しに来てくれますよね?」
そう言って安見さんは僕の腕にしがみついてきた。 その仕草にドキリとしたが、考えてみれば僕はまだ安見さんのご家族に挨拶をしていない。 そういったのはやるのが一般的・・・なのかな? とにかく安見さんがして、僕がしないと言うのもおかしな話なので、僕は帰る前に安見さんの家に寄ることにした。
「明けましておめでとう、安見。」
「光輝君もわざわざありがとうね。」
「新年もよろしくね。 安見。」
「お兄さんも明けましておめでとう!」
来さん、天祭さん、音理亜さん、味柑ちゃんと次々と声を掛けられる。
「明けましておめでとうございます。 みなさん。」
「今年もどうぞよろしくお願いいたします。」
僕も安見さんも挨拶を交わす。 今まではそんなこともしてこなかったので、新鮮味は感じられた。
「それにしてもお姉。 なんで晴れ着姿なの?」
「陽子さんから借りたんです。 本当は着る予定はなかったのですが、せっかくだからと言われて。」
「よく似合っていますよ安見。」
「そうねぇ。 浴衣に水着に晴れ着に・・・あと見ていないのはウェディングドレスかしら?」
「お母さん!」
天祭さんの一言で顔を真っ赤に染めてしまった安見さん。 ウェディングドレスは・・・いくらなんでも早すぎるのでは? まだ僕達高校1年生だよ?
そんな冗談も聞きながらも挨拶は済ましたので、僕は本当の意味で帰ることにした。 あれだけ高かった陽もいつの間にか西に傾き始めている。 ちなみに安見さん達が着ていた晴れ着についてなのだが、母さんがそのままあげることにしたようだ。
「光輝君。」
そんな安見さんの家の去り際、来さんから呼び止められる。
「あのような娘で色々と世話を焼くことになるかもしれないが、改めてよろしく頼むよ。」
「はい。 僕も安見さんに嫌われぬように精進します。」
男の友情らしきものを感じながら、僕は自分の家に帰るのだった。




