供養
ワンワンワンキャウーンギャンギャンギャンワンワン
夜中にトイレに起きた私の耳に多数の犬の鳴き声が響いた。
野犬の群れが町の中に入って来たのかと思い、玄関脇の窓のカーテンを開き外を見る。
夕方から降り始めていた雪は止んでいて犬の姿は見えなかったが、後ろにカンテラを吊るした橇が遠ざかって行くのが見えた。
今どき犬橇なんかで移動するなんて酔狂な奴だ。
っていうか、100年以上昔の時代じゃあるまいし、町で休息も取らずに犬を酷使すると動物保護法違反で捕まるぞ。
20世紀の初め頃幹線道路が造られるまでは町から町への移動などに犬橇が使われ、急ぎの便だと1昼夜2昼夜ぶっ通しで走り続ける為に、犬橇の犬が酷使に耐えられず死ぬ事が多かったらしい。
死んだ犬は死んだ場所で供養もされずに放り出され、そのまま放置されたという。
翌朝、仕事場に出かけようとしたら、近所の人たちが道の前に群がりケンケンゴウゴウ意見を交じ合しているのが見えた。
「おはよう! 何かあったのかい?」
彼等に声を掛けると、中の1人が道を指差しながら答える。
「これだよ」
「ん?」
橇が走って行った跡、轍が2本並行して道の向こう側、雪原の果てまで延びていた。
「橇の跡みたいだけどこれがどうかしたのか?」
「良く見ろ!
橇の跡だけで、橇を引っ張っていた筈の犬なのか馬なのか知らんが、それらの足跡が全く残っていないのはおかしいだろ?」
言われてみれば確かにおかしい。
夜半には止んでいた雪の上に付いた跡ならば、橇の跡よりも多数の犬が駆けて踏み荒らされた跡が無くてはならない筈。
「言われてみれば確かにおかしいな、そう言えば、夜中に多数の犬の鳴き声が聞こえたんで外を見たら犬橇がここを通過して行ったのが見えたぞ」
集まっていた近所の人たちは皆で顔を見合わせた後、雪原に延びる轍の跡を見る。
轍の跡を見ながら、昔、曽爺さんが犬橇の御者をしていた向かいに住む男が呟いた。
「雪原で死んだ沢山の犬たちが供養されることを願って、出てきたのだろうか?…………」




