腹を撫でる
寝袋に身体を半分入れたままテントのファスナーを少しだけ開ける。
ビューゥゥゥー!
少しだけ開けたファスナーの隙間から雪混じりの風が吹き込んで来た。
『駄目か、今日も吹雪は収まって無い』
吹雪が収まって無いけどファスナーを開けた序に、テントの入り口の前に吹き溜まっていた雪を飯盒の中に詰め込む。
飯盒に詰め込んだ雪を、前に雪を溶かして作った水を入れてある片手鍋の中に入れる。
それから固形燃料ストーブに火を点け片手鍋の中の雪を溶かす。
片手鍋の中の雪が全て溶けた後も温め続け、沸騰させてから火を消し片手鍋の中のお湯をステックのココアが半分ずつ入った2つのマグカップに注ぐ。
此れが最後のココアのステック。
「オイ、景子、温かいココアだ飲みな、最後のココアだから味わって飲めよ」
テントの奥にいる恋人の景子に声を掛けマグカップを差し出す。
アレ? 返事が無い。
差し出したマグカップを床に起き、景子の寝袋を揺すろうとして中に景子がいない事に気がついた。
え? 何処に行った?
狭いテントの中、寝袋の中にいないって事は外に出たのか?
でも入り口側にいる俺が気が付かない筈が無い。
寝袋を逆さにして中の物を全て掻き出す。
丸められた景子が着用していた登山服一式が転がり落ちて来ただけ。
俺が気が付かないうちに素っ裸で外に出たのか? 否あり得ない、首を振ってその考えを否定する。
俺と恋人の景子は3週間前、山の上で初日の出を見たいっていう景子の我儘で極寒の冬山に来た。
だけど山の初日の出が見えるスポットにテントを張って数時間後に天気が急変して、初日の出を拝むどころか吹雪の所為で身動き取れなくなってしまう。
そして吹雪は3週間経った今も吹き荒れている。
吹雪に閉じ込められた翌日の昼頃までは電池が残っていたスマホで、救助を求める事は出来た。
救助を求めた後はスマホの電池もモバイルバッテリーの電池も無くなり、救助活動の状況を知る事が出来ない。
救助を求めて1週間程の間は、ほんの束の間吹雪が止み晴れ間か覗いた時に、捜索してくれているのかヘリコプターの爆音が微かに聞こえていた。
でも2週間目になるとヘリコプターの爆音はマッタク聞こえなくなる。
その頃食い延ばしていた食料が無くなった。
最初のうちは自分の我儘で冬山に来た事を詫びていた景子だったけど、食料が無くなった頃から自分の事は棚に上げて俺を批難するようになる。
「アンタが詳しく天気予報を調べなかったのが悪いんだ」とか、「私の我儘を受け入れ無ければ暖かい家で正月を過ごせたんだ」などと、罵詈雑言を浴びせて来るようになった。
だから俺はカッとして景子を力いっぱい殴り黙らせる。
あ! そうだ、思いだした。
殴りつけたあと怒りが収まらなかった俺は、気絶している景子の首を絞めたんだ。
そうだ、そうだ、思い出したわ。
俺は景子に話し掛ける。
「お前は此処にいたんだよな、此れからもずっと一緒だよ景子」
俺は俺自身の腹を撫でながら景子に話しかけ続けた。




