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標
雪降る夜、1台の馬橇が極寒の地を進んでいた。
馬橇に乗っている行商人はこの地に不案内で道に迷い、日が暮れる前に着く筈だった町に向けて夜道を進む。
道が二股になっているところで行商人は途方にくれていた。
「町はどちらの方向だろう?」
途方にくれる行商人に声がかけられる。
「何処に行くんだい?」
行商人が声のした方に目をやると、道の脇に男が立っていた。
「町に行きたいのだが、どっちに進めば良いのだね?」
男は右腕を伸ばし道の片方を指し示しながら答えた。
「町はこちらの方向だ」
「助かった、ありがとう。
あんたも町に行くなら乗せて行くよ」
「否、俺が行きたいのはそっちじゃ無い」
「そうか……それじゃ此を受け取ってくれ」
行商人は荷台に積まれた箱の中から火酒の瓶を1本取りだし、男に差し出す。
「ありがとう」
行商人は男に手を振り、町に向けて馬橇を走らせた。
降り続いていた雪が止み、極寒の地にも朝日が差して来る。
二股の道の脇に立ったまま凍りついた罪人の死体が道標の代わりに置かれ、右腕で町の方を指し示し左手には火酒の瓶が握られていた。