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鄙積木  作者: 後木夜明
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第八章

【悪夢 ~記録と、記憶~】


 PIF・西暦二〇〇〇年一月五日。

 アメリカから日本へ渡る旅客機が、何らかの故障により、日本のある山中に墜落。

 乗員乗客に生存者はいないと思われる、近年最大の不幸となった。

 機体は大破している為、原因の究明は困難を極め、また、完全に死亡が確認されているのも乗客のごく一部のみ。


 ネットロアのようになった話によると、この事故には唯一人、生存者がいたらしい。

 『いた』というのは、今も『いる』のか定かではないからである。勿論、生存者がいたのかも定かではないが。

 事件の数年後にそこを訪れた男がいて、突然の大音声に驚き、そちらを見た。

 それはあたかも狼の遠吠えのようだった。だから、早々に立ち去ろうとしたらしいが。

 一瞬ではあったが、男が見たその影は、まるでよくある、宛ら『オオカミに育てられた少女』のようだったという。


 『いた』のか『いない』のか、結局真相ははっきりしないまま、今日も、その森では狂ったような笑い声が響くと云う……。





 月明かりに照らされた小さな部屋。

 少女はお気に入りの熊の縫い包みを抱えて立ち尽くす。

「ぱぱ……まま……」

 外側から鍵の掛けられた扉の方を、ずっと見ていた。

 その外側から聞こえてくるのは、不穏な声と音。

 怒声や罵声、打撃音や何かが割れる音。少女は既に恐怖も感じなくなっていた。

 いつからだろう。こんな風になってしまったのは。

 もう少し小さい頃は、幸せだった記憶がある。

 この縫い包みも、その時に与えられたもの。

 ……あぁ……寒い。……何か温かいものが食べたい。

 ……外に出たい。

 でも、今、外に出ることは出来ない。

 あの扉に鍵が掛かっていなかったとしても。

 ……さむいね……。

 少女は縫い包みを抱き締め、小さなベッドに横になり、深い眠りに就いた。





「え……」

 少女の心は揺れた。

「ごめん、俺さ……」

 その心はまるで、電車の中に置き去りにされたボール。

「どうして……」


 それは、もう断片的な記憶。

 こっちに来てもう短くないんだから、忘れきるのももう少しだった。

 ……筈なのに。


「他に好きな娘が出来て」


 ホカニスキナコガデキテ。


「そんな! どうして……!!」


 あたしは? あたしはどうなるの?


 彼だけが頼りだったのに……


「ごめん……」

「……そっか……」

「……じゃ、な」

「うん。……さよなら」



 ナクナッテシマエバイイ。

 コンナセカイ。



 知ってる?

 この地球という駅から、思い切って一歩を踏み出せば、それはそれは可愛い列車が迎えてくれるの。

 どこへ行ったっていい。もうこんな世界つまらない。

 そうだ、折角だから、ちゃんとおしゃれしていこう。

 お気に入りのピンクの帽子も被って。

 さよなら。私の生きた世界。

 さぁ、勇気を持って。いや、もう勇気なんかいらなかった。最初からそうするしかなかったように。

 一歩踏み出す。

 跳ぶ。


 よろしくね、車掌さん。





 扉を開け、一瞬、皆の形容し難い視線を受けた後、自分の席へと向かう。

 自分に視線を投げかけた皆は何事も無かったかのように駄弁り合っている。

 自分の机の前まで来て、立ち尽くす。いつものこと。

 斜め後ろから冷笑が聞こえる。いつものこと。


 中学生の頃、弱気だった私は、高校に上がる際、甞められたら駄目だと思って、思い切って髪を染めた。

 それが裏目に出た。

 近寄り難いとか、浮いてるとか。裏で何やってるか解らないとか。

 追い討ちは自身の名前だ。

 音的にはそんなに変じゃないと思うし、もう少し小さい頃は特に気にしていなかった。

 でも、やはり名簿なんかで見ると、明らかに浮いている。

 こればかりは、名付け親の婆ちゃんを恨むしかなかった。


 そんな私の中身が至って普通と知れ渡ると、途端に私は傷付けられた。

 毎日、毎日。

 家族も、まして教師なども当てにならない。

 兄か姉でも居れば良かったのに、兄弟は頼りにならない弟が一人。……人のことは言えないけど。

 せめて、あと、私の心を慰めてくれる可愛い妹でも居れば、僅かでも未来は変わっていたかもしれない。


 自分の心が壊れる限界まで達した、最後の瞬間。

 婆ちゃんが付けた私の名前の意味がやっと解ったような気がした。

 ……ああ、まだ見ぬ可愛い妹よ。

 どうか、この悲しみを……切り裂いて。





【悪夢 ~悲歌~】


 そこは……私の髪の色そっくりの、白い花咲く海岸で。


「お父様にそっくりの……綺麗な髪ね? ヒナ」


 ……お父様……?

 解らない、解らない。この女の言っている意味が解らない。

 ――普通の子供にはお母様とお父様がいるという事を知ったのはいつだったか。

 お母様に訊いてみても、

『……そうね……遠い場所へ、帰ってしまったの。でも、ずっと信じて、待っていれば、きっとまた会えるわ。きっと……』

 とか言いながら哀しそうな顔をするので、いつしか父のいない寂しさは胸の奥に無理矢理秘めるようにしていた。


「綺麗な瞳……綺麗な髪……憎たらしいくらい……」


 解らない、解らない、解らない解らない解らない。

 この女は私のお父様を知っているの?


「幸せそうね……」


 お母様が、幸せ……?

 私がいるから?


 幸せ? 幸せって何だろう……。

 ――お母様にやっと外に出してもらえるようになって私は嬉しい。

 色々な景色、物、人を見れて、嬉しい。

 それは幸せ? きっとそう。

 でも、この頭巾が無ければ、外をもっと輝かしく見られる。人と触れ合える。友達も欲しかった。

 それを許してくれないのは、私が『チガウ』から……? この髪が、瞳が、体が、普通ではないから……?

 ……そうだ。あと、お父様もいたなら。

 それは、願いすぎ、かな……?


 お母様は、幸せなの……?


「違います、違うんです――!」


 チガウ……? 何がチガウノ? お……かあ、さま……――



 ――それは、少女の瞳の色そっくりの、紅い花散る対岸で。





【悪夢 ~冷酷と温情の狭間~】


 そこは……誰かの瞳の色そっくりの、赤い屋根の家が建つ海岸。


「お帰りなさい、お父さん」

「いつも遅くなってすまんな。ほら、今日はお前の誕生日だったろう? だから……」

「わぁ……人形?」

「こんなものしか買えなくて悪いんだが……」

「うぅん、とっても嬉しい! よく見ると可愛いよ。ピエロみたい」

「そうか……! 気に入ってくれたなら嬉しい」

「さあ、早く来て! 夕ご飯が冷めちゃうよ。今日は自分の為に腕を揮いましたっ」

「わかったわかった。それは楽しみだ」


 少女の部屋に人形が置かれる。

 お気に入りの麦わら帽子は数年前のプレゼント。

 この人形も、彼女のお気に入りになるのだろうか……。



「オイ、事故だぞ」

「やだ……死んでるの?」

「轢き逃げだ!!」

 一気に騒がしくなる海沿いの街。


 あれ……私?

 あそこに寝てるの、私? 家の屋根みたいな色になって……

 それと……お父さん?

 ……やだ、嘘でしょ? だって隣にいるもんね? お父さん……――?


「ねぇ、ヤバイよ! かなりシャレんならない音したじゃん今!」

「うるっせェな、のんびり歩いてる方が悪ィんだ!」


 あの派手な車は……私達を……

 何とも思ってないの? 私達をこんな目に遭わせたのに?!


「大丈夫だよ、こんな田舎街、全速力で吹り切っちまえばいい」

「だ、大丈夫? ナンバーとか……」


 白い……どんなにくるくる回っても白い……

 いない……お父さんがいないよ……?

 同じ目に遭ったのに、どうしてお父さんもここにいないの?!


『ミキ』


 お父さん? ……違う……。


『最初の仕事だ。奴等を……』


「誰も見てねぇよ。大丈夫、運が悪かっただけさ」

「大丈夫、大丈夫だよね。うん」


 運が悪かった……?!

 お父さん……――!!



 許さない




 ユルサナイ。




「ちょ……どこだよここ?!」

「一弥! 誰なんだこの女……」

「一弥……先に帰ってて」

「で、でも」

 こちらに顔を向けたミキの瞳を一弥は見た。今までに見たことが無いその圧倒的な威圧感に、戦慄した。

 一弥は慌てて身を翻し、走り去った。

「ちょっと……なんなんだよそのオモチャ……ど、どこで売ってたんだよ」

 ヒュウッ

 キシィン

「……あ……あ、あ、しゃ、シャレにならねぇって……止めてくださいよ、ね、ね!」

「あ、ちょっと! そこの人! 俺らが見えないの?!」


 ヒョウッ


 グヮシャッ


 シュパッ




 ……なんだ。

 人の命を奪っているのは……私も同じなんじゃないか……。





「……ねえ?」

 少女は目覚めた。目には涙を宿していた。


「やっぱり私は、そんな簡単に……人を殺したり出来ないよ……」

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