第二章
2006年から2008年6月まで個人サイトで連載していた作品を再公開しています。
当時は各章ごとに後書きも載せていました(影響を受けた個人サイト小説リスペクト)が、今となってはとても再掲できません。
【使い魔と死神考察】
案内された自室のベッドに寝転がり、ふぅと溜息をつく。
なんか、疲れた。でも、楽しくなりそう。そんな充実感で溢れていた。何でだろう、死神になったというのに。
心を落ち着けると、今までの、死神として、いわば生まれ変わってからの事を整理する。
そして、あの白い部屋で目覚めるまでの間に頭の中に埋め込まれた、基本情報というものを改めて引き出す。
それに、他の人から聞いた話を付け加え、この世界の死神について総合して整理すると、こういう事になる。
死神<タナトス>というモノは、元々、この地獄に隣接する死神界に古くから数百人ほどが存在しており、その起源は不明とされている。
人口の増加に比例して、死神も人手不足になってきたので、地界に来た魂から無作為に選出し、下等代替死神として使ってきたそうだ。
しかし、やはり地界(地獄)に来た魂しか使えないので、真面目に仕事などする者は殆どいない。(つまり、最初の街で見た人たちだろう。)
その為、ネイティヴタナトス達は、どうにかして有能な死神を、効率的に増やせないかと模索した。
そこで最終的に考案されたのが、後に名づけられる所の、聖なる死神<ホーリータナトス>だった。
死界(死後に来る世界)に来る魂の中から、様々な条件のものを選出し、着々と実験は進められていった。
その結果、優等な死神になる魂には、条件がある事が判明していったのだ。
処女の少女であること。なるべく精神が幼く、純粋であること。(それは死ぬまで、あるいは死の瞬間まで。)
また、悲しい死に方をした者、待つ九十九神の憑いた物が居るもの、などのパターンも有能な死神になるとの報告もあった。
そのような有望な魂を、天界や地界へ行く前に秘密裏にコピーし、死神として自律行動する為の基本情報を埋め込み、死神界へ招くのだ。
そのようにして、三分の一ほどの確率で成功し、誕生するのが、ホーリータナトス、聖なる死神少女だった。
ナツミやミキも、過去にそのようにされてここに存在しているのだ。
このような営みは、死神界歴で百五十年程前より実行されているらしい。
しかし、一番初めに、マシな成功例として確認されたものは、僅か六十年前の子らしい。名前は記録に残っていない。
残っていないというより、その少女が死神界に来た時、名前を忘れてしまっていたらしい。
その場合、新たな名前を安易につけるわけにもいかないらしく、名無しで通していたのだそうだ。
そして、現世時間で数年前に、現世で消息が途絶えた。もし、その際に現世で何かが起こり、転生しているのだとしても、
それは天界の領分なので、こちら側から正確な情報を得る事は出来ない。
しかし、死神界情報部の調べによると、現世西暦二〇〇一年に、現世への特別転生記録があるらしい。真偽は不明。
そして、ナツミやミキのような、割と真面目に仕事をする者が何人か定着し、第四宮としての体裁が整ったのは、死神界時間で、ほぼ十年前……。
まだ事項はあるけど、要点をまとめるとこんなところだ。無駄な歴史ばかり登録されてる気がするけれど。
あぁ、まだ解らない事だらけだ。
最初にいた白い部屋はなんなのだろう。そういえば、ナツミはあの部屋を通らなかったと言っていた。
基本情報とは、このような考察を可能にする最低限の精神年齢を与えるもののようだ。
まだまだ、この世界のことを受け入れることは出来ても、当然、全貌を知ることはできない。
……でも、どうせ知ることは出来ないのかもしれない。知らなくても、いいのかも。……ただ、与えられた任務を遂行していれば。
……ん……眠い……死神でも睡眠は必要なのかな……。
考えと意志ははどんどんあやふやになり、その死神は初めて、睡魔に敗れた。
「くぁ!? しまった、ワタシまで一緒に寝ちゃってどうするのヨ!」
「ふわッ!!?」
突然、耳に響いた大声に、ヒナは驚いて飛び起きた。
「ちょっと、アナタ! 今すぐ頭を叩き起こしなサイッ! 大事なお話ですヨ!」
「え? え?!」
ヒナは声の主を探そうと周りを見回した。すると、自分の左方、つまり壁側のベッドの上に、黄色い物体が鎮座しているのを発見した。
よく見ると、それはヒヨコによく似た姿をしていた。しかし、それにしては少しだけ大きい。
それに、デフォルメされていた。
硬質的なのだ。本物の羽毛のようなふわふわした見た目ではない。見た感じでは、プラスチックのよう。どことなく輪郭はぼんやりとしているが。
それが微動だにしなかったら、それはまさに貯金箱のように見えたであろう。
しかし、その物体はこちら側に向き直り、嘴を開閉させ、甲高い声で怒鳴ったのだった。
「さぁ、まず目の前の現実を受け入れなサイッ! ヒナさん!」
「き、きゃあぁあー!! 鳥がしゃべった!!」
「鳥ですけれど!! えぇ立派に鳥ですけれども! それは姿だけの話、ワタシはアナタの使い魔でありますが故に!!」
「つ、使い魔?!」
劈く高音に、ヒナは軽く耳を塞ぎながら、どうにか、またまた現れた未知の存在とコミュニケーションを取ろうとする。
んん、と軽く咳払いをし、その使い魔さんとやらは説明しだした。
「まず、アナタは、ワタシという存在について、受け入れられていますネ?」
「はぁ……」
死神になってしまった今、ヒナは、もう例え何が来ても受け入れられるようになってしまえていた。どんとこーい。
そのため、初期遭遇の驚きはあれど、目の前に謎の喋る存在があっても、一応は落ち着けていた。
ただ現在は、睡魔に正確な思考を邪魔されてはいるが。
「ダイジョウブ? 頭に入る? 使い魔について最初に説明するのは己が使い魔の役目ヨ。落ち着いて聞きなさイ」
「は、はい……」
「えぇ、まず、死神には、死神になったと同時にみんな使い魔が憑くワ。そのタイプは本当に様々だけどネ」
「はあはぁ」
「使い魔っていうのは、様々な特殊能力を使って、死神をサポートするのが仕事。あと話し相手も兼ねるワ」
「ふんふん」
「えぇと使い魔は、可視・不可視モードを切り替えられて、でも主神には必ず見えて……」
「うんうん」
「やっぱりみんな何故かお約束的に浮遊できて……」
「んー、んぅぅ……」
「寝なイッ!!」
「はぅっ!」
説明があやふやになりだした使い魔の一喝に、ヒナの頭はガクンと落ちてから振り子のようにぱっと戻った。
「アナタ、寝てたでしょ!」
「寝てないでしゅっ!」
「ウソオッシャイ! 口調が怪しイッ! 今更、外見の年相応になってるワヨ! 寝てないってんなら何か質問はありまスカ!?」
「えぇと……、なんで今まで私にはあなたが見えなかったんですか?」
「それはネ、えー……、く、ご・ガーー!! 予想に反してちゃんとした質問をしてきたモノだから咄嗟に答えられない!」
「そうなんですか?」
「絶対寝てたように見えたのにちゃんと聞いてるのネ……! やっぱり凄いのカシラ? アナタって……」
「わかりません」
「ソクトぉ!」
「だってまだ死神になったばかりですし」
「それもそうネ……。え、えぇと、さっきの質問に答えまショウ。それはネ、諸事情により、死神になってから、使い魔を見る事ができるようになるまで半日かかるからヨ」
「なんか……肝心な所が適当ですね」
「仕方ないでショ! それぐらいしか知らされてないのヨ!」
「あ!」
「なナ、なにッ?!」
「でも、そういえば、集会の時に鳥さんのこと見かけた気がしますけど」
「ぇえッ?! ウソォ!! ッテカナニよこの支離滅裂な会話進行! あとワタシには一応、浮雛って名前がついていマス!」
「うきひなさんですか……呼びにくいですね」
「あァー!! 疲れる! もうなんかバカらしくなって来たワぁ! 詳しい事はまた後デ! サヨナラ!」
人間離れした甲高い声でまくし立てると、浮雛という黄色い鳥は窓からぽーんと飛び出していった。
「……なんかハイテンションな鳥さんだったなぁ……」
微妙にズレた感想を呟くヒナ。突然叩き起こされた上での遭遇だったため、今まで思考がハッキリしていなかったのだ。
「『うきひな』って……私の名前となにか関係あるのかな……。うぅ、さむい……」
しかし、そんなことをぼーっと呟きながら、開け放たれたままの窓を閉めようと立ち上がり、外を見た瞬間、脳はバッチリ目を覚ました。
「うわぁ……すごい……」
今更だが、死神界にもやはり朝と夜はあるんだと認識した。
外は暗く、しかし月の光によって、仄かに明るかった。
赤い。
大きな赤い月が、頭上に存在していた。
――生きていた頃、夜中に目が覚めてしまい、眠れなくなった時は、母を起こすのも悪いと思い、こっそり窓から空を見ていた。
その時見ていたのは、綺麗な星空に、少し欠けた黄色い月。つまり、人間界における、普通の夜の空。
その夜空を見ながら、母が教えてくれた唄を静かに口遊んで、眠くなるのを待ったものだ。
――それとは違う。
今見ている、赤い月は、普通の月に比べて、はるかに大きい。
そして、その横にちょこんと、普通の黄色い月が並んでいた。しかし、かなり小さい。
赤い月が大きいから、対比して小さく見えるのではなく、実際に、生前に見た月の大きさよりもかなり小さい、と思う。
その周りには、星も見えた。しかし、それも心なしか、生前に見た星よりも、必要以上にぼやけて見えた。
だがヒナは、薄赤く染まるその夜空を、不気味に感じたりはしなかった。
それどころか、美しいとさえ思った。
それは、今、死神としてここに存在する彼女の、本能のようなものだろうか。
とにかく、ヒナはこの夜空を、もっと広く感じたいと思った。
どうせ目も冴えてしまったことだ。外に出てみよう。
まだこの建物には慣れていないが、一応、先輩達に大体は案内してもらったから、きっと大丈夫。
ヒナは、ルルフが用意してくれた外套(微妙に古びているのだが、何か特別なものらしい)を羽織り、自室のドアを開けると、
等間隔で設置されているランプの僅かな明かりを頼りに、暗がりを歩いて行った。
【管理人さんと夜のお散歩】
扉を開けると、夜の冷気が小さな体を包んだ。
そこは、程好い具合に二つの月明かりで満たされていた。
第四宮内・居住区棟の中庭は、芝生が手入れされ、程好い間隔で木が植樹されており、
遊歩道、ベンチなどもあったりする。まるでどこかの豪邸のガーデンのようだ。
そんな風景を薄赤い月明かりで堪能しながら、道を進み、ヒナは、近くにあったベンチに腰を下ろした。
薄い黄土色をした、曲線的なデザインのベンチだった。
深く腰掛け、後ろにもたれかかると丁度よい快適さになるのだろうが、ヒナには幾分大きかった。
それでも、何とかくつろげる体勢に座り直し、空を仰いだ。
真上に見上げる夜空は、先ほど見たものとは別物のように、迫力があった。
その視界の半分を占める、赤い月を見つめていると、その中に吸い込まれそうになる。不思議な魅力が、あった。
世界が、赤に変わる。
……? 今、赤い月の模様が、少し、動いたような……
「いい夜ですね」
背後から女性の声が聞こえた。ヒナは不意を衝かれ、ベンチから滑り落ちそうになった。慌てて後を振り向く。
後には、小さな衝立状の生垣があり、その後ろに、対になるようにベンチが設置されているようだった。
生垣を回り込んでみるため、立ち上がろうとすると、先に、声の主と思われる女性が、こちらに姿を現した。
「こんばんは。ヒナさん、ですね」
「え、はい……。あなたは……」
女性は、穏やかな亜麻色の髪を揺らして、答えた。
「私はアマヤ。第四宮全棟の管理人ということになっています」
「アマヤ、さん……?」
夜風が、周りを覆う木々を揺らした。
アマヤは、終始微笑んでいた。優しげな、あるいはちょっぴり怪しげな目で。
……あ、とりあえず、コトルのそれよりは信用できそうなことは確か。
「あなたのことは聞いていますよ。ようこそ、第四宮へ」
「はぁ……えぇと、どうも……」
ヒナは、ぺこっと小さくお辞儀した。
「ん……とりあえず、この建物の中で解らない事があったら、遠慮なく訊いてくださいね?」
「あ、はい……ありがとうございます」
少しの間、木々のさざめきと、虫の声だと思われる小さな鈴音だけが、音の世界を支配した。
「隣、いいかしら?」
「は、はい、どうぞ」
ヒナは少し緊張しながら、端の方へ体の位置をずらす。
そして、アマヤは落ち着いて、ヒナはぎこちなく、奇妙で綺麗な、夜空を見上げた。
「綺麗な月ですよね」
「そうですね」
生返事になってしまった。
しかし、同じ事を思っていたというのは少し嬉しく、緊張が解けていく切欠になった。
「この世界の月が、なぜ赤いのか、もう知っていますか?」
「いえ……さっき、初めて見たばかりで……、綺麗だなって、思っちゃって……」
「それで、出て来てくれたんですね」
先を読まれたようで、アマヤはヒナの答えの最後を紡いだ。
「じゃあ、簡単に、お話しますね。――あの赤い月には、……悪魔が棲むと云われています」
「あ、く……ま……?」
死神がここに実在しているのだから、悪魔が存在していても全然おかしくはない。寧ろ、いないほうがおかしいだろう。
「といっても、その、ある場所を映しているのが、あの大きな赤い月だと言われているんです。地界なんですけど、この世界とはちょっと違う、悪魔界。その更に下の、罪人の牢獄と、そして、罪の重さに応じた、耐え難い責めが行われる場所です」
「せ、せめ……?」
具体的な内容を聞かずに想像しても、恐ろしい。自分が死神になったとはいえ、そんな所には逝きたくないと思った。
――あの女は……ちゃんとそこに逝くのだろうか……――
「その罪人たちが流した血や、血の涙が、あの月を紅く色付けているんだそうです……。……ちなみに、横にあるのが、本当の月。あれだけは、距離による大小はありますが、雲の無い夜空を見れば、どこからでも見ることができます」
「どこからでも、ですかっ?」
「えぇ、死後の世界でも、月だけは変わらずに、見えるのですよ。小さく見えるのは、この地界が、生物が存在する地上の、異次元地底にあたるからです」
「いじげん……」
「これくらいでいいでしょうか?」
「は、はい……。やっぱり寝起きなんで、それ以上難しい事を言われると……」
「基本情報にも限界がありますからね」
「ごめんなさい」
アマヤはくすっと微笑んだ。
「……うん、恐怖や不安はないみたいね」
「え……?」
「今の状況、寧ろ……ちょっと楽しんじゃってるくらいでしょう?」
「はわ……」
確かにそうだった。
今、自分が存在している世界が死神界だと、そして自分が死神にされたと言われても、受け入れるしかなかった。
そして、どうやら自分は、望まれてここに来たようで、今のところ苦痛も感じていない。
それどころか、生前の小さな世界で過ごした日々に比べれば、多くの人に知り会えて、話をすることができている。
まだ、普通なら信じられない転機を迎えてから、一日も経っていないが、ヒナはこの状況を確かに楽しんでいた。
「そうかも……。何でもわかっちゃうんですね。すごいな……」
「まぁ……実際に、私、人の心が読めるんですよ。ほんのちょっとだけですけど」
「ぇえッ!??」
ヒナは、無意識にアマヤから離れようと仰け反り、今度こそ豪快に芝生の上へ転げ落ちた。
死神界という非常識な場所なのだから、そんな能力を持った存在がいても全然おかしくはない。
と、いうことは、寮内と部屋を案内された後、自室で先輩二人と交わした
ぷらいべーとな会話その他諸々などなどアンドモアの数少ない秘密も、既にバレバレなのだろうか。だめです、そんな。
「そんなに驚かないで……。その時、強く思ってる事しかわからないし、簡単に言いふらしたりしませんから」
「え? そうなんですか……そうですよね……はい」
ヒナは安心して、お尻を手でぱんぱんと掃うと、ベンチに座り直した。今更恥ずかしさが募ってきた。
「ふふ、あなたもいい子みたいでよかった。面白いですし」
「むー……散歩に戻ります」
「待って待って、謝りますから」
拗ねたヒナが立ち上がって、遊歩道を歩き出すと、アマヤは苦笑しながらそれを追いかけ、ヒナの隣を歩いた。
「じゃあ、どうせ読まれるんだし、質問攻めします」
「どうぞ」
ヒナの、皮肉交じりの前置きに、アマヤは快諾した。
二人は、薄赤く染まった中庭を歩きながら、問答を中心に、色々と話をした。
「――『管理人』さんって……ここ全部管理してるんですか? 大変じゃないですか?」
「部下も何名かいますし、庭師もいますから」
しかし、それほど広い中庭でもない。やがて、中庭を一周し、出入口の扉が見えてきた。
「じゃあ最後に。なんで微妙な敬語使ってるんですか?」
「これはキャラ付けとか……いえいえ。実はね? 最初、わざと下手から接してみて、相手の性格を試してるんですよ」
「じゃあ、普通のお姉さんみたいにも喋れるんですか」
「…………うん。こんな風にも喋れるわよ?」
「じゃ、これからはそんな風に喋ってくださいね? 少なくとも外見的には私のほうがずっと年下なんですから」
「いいわよ。でも今のセリフ、私がずっと年食ってるみたいに聞こえるぅー」
「すみません、お姉さん」
「よろしい」
「…………」
「…………」
「アマヤさん」
「はい?」
「やっぱり半分は天然なんですね……」
ちょっとお茶目な管理人のお姉さんも、脳内に新設された、親しい人リストに入れておいた。
【死神界の朝】
朝起きたら、全裸だった。
「――――――――っ!!!!?」
幼い死神少女の声なき絶叫。絶叫も度を超えるとミュートされてしまうのだ。
「やっ……わたし……なんで……??!」
半ば涙目のヒナ。
姿は幼き少女のままとはいえ、起き抜けからこんな刺激的なシチュエーションでは、
曰く、ソノ手の情報ばかり無駄にインプットされている基本情報によります脳内データベースに、ビンビンヒットしてしまいます。
しかも、ここは自室ではないようだった。間取りは同じだが、かなり相違点がある。追い討ち!
「誰の……ぃいやーーーーーーッ!!」
「とうっ!」
バタンっ!!
「あっ、やっぱ起きたんだね」
勢い良く開け放たれたドア。
……………………
「きゃーーーーーーッ!!」
「あーもうっ、女同士なのにきゃーきゃー言わないっ! くぁあいいけど!」
「とりあえずシーツでなんとかすればいいんじゃない?」
「それもそうですね」
ささっとシーツに包るヒナ。順応も早くなったものだ。
「で、でもなんで私……こんな……」
「いい? ここは私の部屋。昨日の深夜、寝ぼけて、部屋間違えて入ってきたヒナちゃんが、ここで寝ちゃったの! 代わりに、私がヒナたんのベッドで寝といてあげたからね、プラマイゼロ!」
「なにが+-0なんだろ……」
「ふ、服は……」
「服? ここに散らばってるよ、ほら」
「あ、ほんと……」
ベッドの近くに、着物と帯が散らばっていた。
ちなみに、サラシがちょっとだけ体に絡まっていた。それはそれでやらしーふいんき。
「あつい、あついの……、って、自分で勝手に脱ぎ始めたんだよ? そりゃもうストリ」
「もう今時そういうのないんじゃない?」
「……かと」
ミキのセリフを遮りナツミが言う。
「シャンパンにおけるアルコール度数の割合ぐらい僅かに残った良心でなんとかヒナちゃんの部屋に避難したけど!」
「プリンにおけるカラメル部分の割合ぐらいは残しておこうよ」
「な、なんで私そんな、実際にはあんまり言いそうにない、お酒に弱い女性が酔っちゃった時のような、そのままイケナイ展開にできそうなセリフをっ?!」
よく解らない例えでマシンガントークを続けてしまった二人に、ヒナは遅くなってしまった反応を返す。
「あー、それねー、多分」
「地界の、特殊な気候の所為だね」
ナツミ解説、死神界の気候常識。はじまるよ~。
『えっと、地界には、太陽の力がほとんど届きません。そのため、基本的には、永遠に暗く、寒い世界です。
死神界の場合、技術が発達してからは、できるだけ地上の気候に近づけようと研究が重ねられてきました。
現在は、人工的に、地上でいう大気圏あたりの高度に、ガスプロジェクターという特殊な気体の膜を張っており、
それにコアフラッシュというものを当てて反射させ、異様に雲ひとつない、限りなく透明に近い青空を造り出しています。
コアフラッシュの詳細は上層部、第零宮・気象管理部しか知らないそうです。発動は地界時間、毎日午前0時。
まず、熱のみが、リミットバリアによって緩和された上で、瞬間的に死神界全体に広がります。
その時の最高気温は約二十七℃。四時間ほどで約十℃下がり、それから二時間毎に約一℃ずつ下がっていきますので、再発動直前の最低気温は約七℃。
光は、ガスプロジェクターが約三時間かけて吸収した後、徐々に広まります。午前八時頃には、ほぼ完全に死神界全体に広がります。
そのエネルギーは、徐々に失われていき、午後四時頃から、段々と闇に戻っていきます。
ちなみに、ある条件が揃うと、稀に午後四時頃から六時前頃にかけて、地上でいう夕焼けのような現象が見られます。
赤い月の光との化学反応の所為と言われていますが、よく解っていません。』
「えぇっと、こんなところかな」
「………………えぅ……」
くらくら。さらに混乱するヒナ。渦巻き。ほら、目がウズマキになってるよ。
「そんな、一度に説明したら絶対呑み込めないって」
「え、えぇとまぁ、要は……夜中の午前0時に急に暑くなって、また0時になるまでに、段々寒くなっていくの」
「だから、暑いって感じたのはその所為。だから寝る時はこんな特殊素材のパジャマ着るんだけど、ヒナちゃんのはまだ支給されてなかったからねー」
「で、太陽とか雲とか雨とかはないけど、毎日、地上と同じような明るさが再現されてるんだよ」
「んん……なんとか解りました……」
「良かったー……説明苦手なんだよねー私」
「ごめんなさいねーあたしのはわかりにくくて」
「いえ、そんな……私が混乱してたから悪いんです」
謙遜しあう三人。仲が良さそうで羨ましい限りである。
「あ、とりあえず、服着たら?」
「はヲぅるッ!!」
全裸の自分を再確認。どうでもいいが、どう発音したらいいんだろう。
「昨日着てたのまた着るのもなんだと思うから、私の服貸すよっ?」
「ええっ? でも、そんな、悪いです……」
ヒナは恐縮したが、ミキはこれくらいでは折れない。
「お言葉に甘えなよ~。どうせちょっと小さくなったヤツだし」
「え……は、はい……じゃあ、甘えさせて頂きますっ」
ヒナはミキの部屋に連れて行かれ、かなり大きいクローゼットが開かれ、コーディネートが開始された。(お古をくれるんじゃなかったのだろうか。)
しかし、内心、ヒナは嬉しかったのだった。今まで、おしゃれとか、そんなの全然したことがなかったから。
「よしっ、こんな感じでどう?」
最終的にヒナが着ていたのは、吊り型スリップに、肩出しの白いアウターウェア。下は、黒のロングスカート、といった具合だった。
「幼いヒナたんに大人しめの色と取り合わせでギャップを狙ってみましたっ」
「オシャレなのはいいけど、ミキのコーディネートって、な~んか、どっかズレてる気がするんだよね~……? いつも思うんだけど」
「しょうがないでしょー? 死神界にファッション誌なんてないんだから」
「でも、でも、私、洋服なんて着たの初めてだから、それだけですごい感激です」
「あー……そうだったね」
「コーディネートのほうはー?」
「んー……よくわからないけど、別に悪くないと思いますよ?」
「ほらー」
「はいはい」
「まっ、それにしたって、ちょっとぐらい、誰も気にしないでしょ」
そう、実際の所、ここでのファッションなど、ある程度はどうでもいいのだ。好きな人に見られるとか、そういうわけでは全然ないし。
「さて、と……」
「いっちゃいますか?」
「え? なに、何が始まるんですか?!」
一時的に不安がるヒナを前に、ミキは高らかに宣言した。
「これからヒナちゃんに、第四宮死神部隊としての、ここでの一日の生活をレクチャーするっ!」
「と思いますが、どーでしょうか?」
「ふぇっ?! い、いいと思いますよっ?!」
急に承諾を迫られたヒナは、勢いで答えた。
「まぁ、声高らかに言うほどでもないけどね、当然のことだし」
「というわけで、オーケー?」
「はいっ!」
ヒナの気持ちよい返事に戸惑いの色は僅かもないが。
「あ、まずは、着替えさせて!」
「ちょっと待っててね!」
ヒナとナツミは各室へ駆け戻り、三人ともドアを閉めた。
ばたん