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鄙積木  作者: 後木夜明
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第一章

2006年から2008年6月まで個人サイトで連載していた作品を再公開します。

とても拙い物語ですが一度、改稿せずに投稿します。

【白い部屋】


 ……うぅ……いたいよ……

 お母様、助けて、おかあさま……



 目を覚ますと、見知らぬ空間。ただ一つの色だけが、少女の視覚を支配した。

 少女が居たのは、立方体状の部屋の中。

「っ! ここは……?」

 ただ、その空間を部屋と呼んでいいものかどうか。

 なぜなら、その空間を囲う物は真白い正方形の面のみ。物体など、そこには存在しなかった。

 床も天井も、壁とほとんど変わった所はない。

「おかあさま!? どこなの、お母様ぁ!」

 少女は、生まれてから唯一……最期にもう一人いたのだが、会話をした人物を呼ぶ。

 だが、いくら周りを見回しても何もなかった、白い箱。その中で叫んでも、返事は無い。

 少女の呼び声は不思議な響き方をして、自分の耳に返ってくる。

 ……少女はすぐに、こうして声をあげることに意味はないのではないかと不安を覚えたのだが、すぐに何者かの気配を感じた。

 しかし、安堵は出来なかった。その気配が自分のよく知るものではないと、少女は直感していた。

 そして、このような不可思議な空間に、新たに現れた存在が、普通の人間であるとは思えなかった。

「……誰!?」

 少しばかり、未知に対する恐怖を感じながらも、それしか選択肢を思いつかなかった少女は、戸惑いを押し切り振り返る。

 そこには、黒い人影があった。

 周りを囲う無機質な白に対し、より一層その存在を際立たせている。

 その存在は、背丈などからすると男のようである。

 少女にそれは暗く霞んで見え、詳細に認知する事は困難であったが、帽子を被っている事だけが解った。

「ここはどこなの?! 早く元の場所に帰して!!」

 幼い白髪の少女は我を忘れ、男に掴みかかる。と言っても、男の背丈とはとても違うので、少女はしがみつく形になりながら、問い詰める。

 目を覚ましたなら、こんな辺鄙を超えた空間に居たのだ。

 まして幼い少女である。保護者が傍にいないという途轍もない不安、恐怖を隠すことなどできようもない。

「まぁまぁ……。落ち着け、ヒナよ……」

 初めて聞くはずのその声は、不思議と、少しだけ少女を落ちつかせる響きを含んでいた。

 しかし、――どうして、自分の名前を知っているのだ。

 少女はそう思い、言葉にするよりも早く、男はこう告げた。


()()()()()()


 絶句した。

 少女の表情に浮かぶのは、驚きと哀しみ、ただそれだけ。

「嘘……――!!」

 ……少女はへたり込み、脱力する。

 そして、その言葉の意味を考えようとする。少女はその思考回路に違和感を覚えた。

「無理もない……目覚めたら何も無い白い箱の中だ……そうだろう?」

 男は周囲の状況を改めて知らしめてくれる。

「しかし……この状況を受け入れるしかない事も解っている……そうだな?」

「っ…………」

 その通りだった。微かな頭痛を覚えながら、少女の思考はその結論に至っていた。

 男が何度も確認をしているのは、単に確証が持てないからなのか、ただの口癖なのか。

「ここに来る前に少し記録を弄らせてもらったからな……」

 男は淡々と、冗談とも受け取れそうな事を言う。

 しかし、それはどうやら最初から決められている事のようであり、何か言っても、何も変わらない事は少女には解っていた。

「今の君の頭の中にはあらゆる知識、基本情報を詰め込んである……よって、基本的な説明は不要だな?」

 労力の無駄だしな、と独り言のように付け加える。

「だが……、まぁこれだけは敢えて言っておこう。……()()()()()()()()()

 少女は確信を得る。……薄々とは解っていた。頭の中に嫌でもその概念が浮かんでいたから。

「精々頑張って働いてくれる事を願うが……。死後をどう過ごすか決めるのも死神の特権だ」

 ある程度は好きにするといい、と付け足すと、男は消えていった。

「あ、待って――」

 この空間は、何処から出るのか。それだけではない。具体的な事は何一つ教えてもらっていない。

 いや、甘えてはならない。少女の脳はそう告げていた。

 脳内に詰め込まれた情報による論理に従う。

 少女は霞んでいく男の後姿を追って歩き始めた。

 不思議な感覚で、あれだけ異常で不思議な壁が囲む空間を、どうやって出られたのか。

 白い靄のかかる道を歩いていると、いつの間にか広い世界にいた。

 少女は、突然の解放感に、更なる眩暈を覚えた。



【俗世魂魄流浪街道】


 不思議な事に、既に彼女は不安や恐怖といった呪縛から解放されていた。

 そして、微かにあった頭痛や眩暈も消え、頭はすっきりとしていた。

 全てはあの閉鎖された空間を出たからなのか。情報を詰め込まれていた事に慣れたからなのか。両方とも該当するのかもしれない。

 それにしても、そこは不思議な世界だった。

 空を見上げると、ちゃんと、青い空が広がっていた。

 しかし、その青色はどことなく暗く、そしてどちらを向いても雲ひとつない。

 それは、ただ単に『快晴』と楽天的に考えられるものではなく、不気味なものだった。

 だって、こんなに明るいのに、太陽が見当たらない。

 ……少女は、目の前に存在する、街のような風景に目を移す。

 一見、寂れた商店街のように見える集落。古い縦長の家屋。しかし、所々に綺麗な緑の植物、そして芝生が露出していた。

 本当はそんなメルヘンチックな場所だったのに、その上から無理矢理、そんな出来損ないのセットを被せたような。

 そして、そのメルヘンチックな場所だったら似つかわしくない、セットに合わせたような雰囲気の人々が、そこには屯していた。

「あぁもう畜生、やってらんねぇよな」

 街道の真ん中をぼうっと歩いていると、不意に下品な声が耳に入った。

「なんだって死んでまでこんな事やんなきゃいけねぇの? 無作為に選ばれたんだろ」

「お前みたいな奴が居るんだからそうなんだろうなぁ?」

 片方の男と目が合った。

「お、あれ見ろ、女だ。なかなか可愛いぜ」

「女ってもありゃどう大き目に見たって小学生くらいだぜ。ロリコンかよお前」

「うっせえな。死んでりゃあんまし関係ねぇだろ」

「はは、まぁな……。しかしあの子か? 今度のホーリータナトスってのは」

 ホーリータナトス? 埋め込まれた情報にそんな語句はない。

「いくらなんでも小さすぎっだろ。選定人こそロリコンなんじゃね?」

「バカ、そんな事言ってっと消されるぞ」

「俺はそれでもいいけどね、別に。消えるってどうなんの。タマシイ浄化されて生まれ変わったりすんの? 本当に何もなくなんの?」

「知るか。知ってる奴が居るとしたらそんなの上層部だけだろ」

「だろうね。まぁ消えたら消えたで俺はもうどうでもいいさ。どうせもう死んじまってるんだし」

「それ言っちゃお終いだろ」

 ハハハハ、と乾いた笑い声が響く。談笑は止まない。よく周りを見渡してみると、似たような連中が其処彼処に蔓延っている。

 総合して言うなら、今見た二人はまだマシなほうだったかもしれない。

 ……何故なら、いきなり、如何にも人相の悪い連中に追いかけられたのだから。


 必死に走る自分の息遣いに、後方からの荒い息遣いが重なる。

 体格差から考えても、少女に追いつくのは余裕のはず。だとしたら、荒い息遣いは違う理由のよう。

 何故、自分が追いかけられているのかは、何となく直感的に分かった。自分が死んだ時よりも、若干大きな恐怖を感じた気がした。

 しかし、気力の消費が限界に達し(なんで死神になったはずなのに疲れるの……?!)、一瞬、足が浮きかけた感覚がした。

 その瞬間、冷徹な印象の声が響くのを聞いた。

「やめなさい、アナタ達」

 その追いかけっこを終わらせたのは、先の曲がり尖った棒状のものだった。

 その物体は次々と追いかけてきた連中を凪ぎ、次の瞬間、そこに動く存在は二つしかなかった。

「……って、もう反応があるわけないよね。あちゃー、またやっちゃった」

 台詞の割に全然悪びれてない言い方だったが、さっきの冷徹な雰囲気とは別人のような、明るい言い方だった。

「まぁいいっしょ。ここの人達は殲滅許可出てるし……。だからいいってワケでもないけど……そう、あんな事してたから!」

 ヒナを助けた帽子の少女は、たった今、自分が助けた少女の事を思い出したように振り返る。

「大丈夫……だったよね?」

「え……、え……と……」

「襲われちゃったり、してないよね? まったく、男はほとんどロリコンみたいなもんだから」

 頭の中を探ってみると、なんだかその手の知識ばかり詳細に解った。……どういう選定基準の基本情報とやらなのだろうか。

「はい、大丈夫です……」

「よかったー。一応迎えに行ってやれって言われてたんだよね。自分でそのまま連れてくればいいのにさ」

 最初に現れた男の事を言っているのだろうか。

 埋め込まれた情報には、ここで本当に役立つ項目は殆ど入っていないようだ。

「ここは死神界で一番治安の悪いところだよ。悪の溜まり場っていうか。まぁ、人間のイメージになら一番近い場所かも……」

 少女は、赤い液体に塗れた凶器を仕舞いながら、可愛らしいといった表現が当てはまる桃色の帽子を被り直した。

「えっと、キミ、名前は?」

「あ、ヒナ、です……」

「ヒナちゃんね。えっと、じゃあとりあえず第四宮に行こっか……」

 少女はヒナの不安そうな表情を読み取る。自分だけ名乗っていない事を指摘したいのだと受け取った。

 少女は、半ば態とそれを試していたのだが。

「あたしはナツミ。今のアナタには怖い事なんて何にもないんだよ。解んない事があったらなんでもあたしとかに訊いてね!」

「は、はい……」

「じゃ、ついて来て。もうキミにも死神の力が宿ってるハズだから、滑るように移動できると思うんだけど……」

 いきなりそんな事を言われても、感覚としてはまだ普通の子供のままだ。

 知識は頭に埋め込まれても、実際にどう動くかという感覚的なことは、何回かやってみないと解らない。

 ナツミはすぐに移動を開始してしまった。彼女の身体は脚のほうへゆくに従い透けて見えるようになっていた。

 みるみるうちに彼女の姿は遠ざかっていく。折角、味方と言えるような人物に出会ったのに、置いて行かれてはたまらない。

 ヒナは焦り半分で、走り出した。そして、彼女に追いつきたいと必死で願う。

 すると、いつの間にか彼女の姿はすぐ前方にあり、横に見える景色は、目に止まらぬ一歩前、といった、

 普通の人間の限界を軽く超える速さで、移り変わっていっていることに気付いた。

 黒い大きな建物が見え、それが目の前に近付くまで、先程のチェイスほどの時間はかからなかった。



【第四宮にて】


「宮長、本当に宜しいのですか? あのような幼子で……」

「あぁ。あのような逸材はもう、簡単には現れぬだろう」

 暗い部屋の中、初老の男と、付人らしき男が会話していた。

 部屋が暗いのは、一つしかない窓のカーテンが完全に締め切られており、その上、室内に光源が何もないからだ。

 その為、二人の顔は窺い知る事が出来ない。

 また、その部屋は少し小さかった。狭い、というよりは、余計なものが無い為、広くても仕方が無い、と言いたげな印象の内装だった。

「お言葉ですが、そう思われになるのは何故の事で……?」

「今までにここに招いた少女の中で、生前、最も幼く、純粋で、尚且つ、人間の思念を理解できる知能を持った年齢の子だ」

 その台詞だけを聞いていたなら、かなりの狂気を感じただろう。

「そして、死の瞬間、人間の負の思念で一気に魂を傷つけられた。ホーリータナトスの器としては最高だ」

「なるほど……そういう者でしたか。確かにそれならば、聖なる死神としては丁度いい魂です」

 付人の男は納得したようで、いつものように人畜無害そうな微笑を浮かべた。

「さて……まもなく四宮集会が始まりますが……どう致しましょう?」

「あぁ……、いつもの様に進めておけ。伝令はこの文書だ」

「畏まりました」

 付人の男は文書を受け取り、部屋から出て行った。

 その直後、窓の外に小さな黒い影が現れた。



「なっちゃーん! こっちこっちっ」

 ヒナ達が第四宮(だいよんぐう)と呼ばれる建物に着くと、ナツミを呼ぶ声がした。

 それは淡いピンクのワンピースを着た少女だった。髪は後ろで二つに纏め、少し古びた麦藁帽子を被っていた。

「やっ! 四日ぶりくらいじゃない? 今回の任務大変なの?」

「んー、まぁね……。……んん? そのコかな? 我が部隊のホープって……」

「うん、ヒナちゃん、だって。あ、ヒナちゃん、この子、ミキちゃんね」

「よろしく、ヒナちゃん?」

「は、はい……」

 ナツミと、ミキという少女の第一印象は、性格が読み取れない事にあった。

 見たとおり、明るいと言えば確かに、明るそうな性格なのだが、その性格には裏があると確信が持てる。

 根っからの明るい性格ではない。心の何処かに暗い影の部分を持っているのだ。

 ヒナには、何となくそれが感じ取れた。ふとした瞬間にだけ、同じような目をする。

 生きている間に知った、僅か二人の人物の目に。

「どう、この世界慣れた?」

「え、あの……」

「ミキちゃーん、今日来たばかりなんだよ。たった今つれてきたトコ」

「あっ? そうなんだ、ゴメンゴメン」

 そう言ってミキはカラカラと笑った。

「でも、基本情報はもう持ってるんだよね? じゃあ、ある程度、話にはついて来れるかな?」

「は、はい多分……」

「はいオッケー。ほら、普通に敬語使ってるじゃん? 喋り方も拙くない。七歳前で特別な教育も受けていない、のに」

「な、なんで歳とか知って……」

「ごめんね、この文書に書いてあって……ハイこれ、なっちゃんの分ね」

 ミキはいつのまにかその手に、数枚の紙を纏めたものを二組持っていた。その内の一組をナツミの手に渡す。

 確かにヒナは、生前、意識して敬語など使った事は無いはずだった。

 しかし、今のヒナの喋り方は、声質こそ幼いが、喋り方は大人のそれと全く同様であった。

「それも、もう立派なホーリータナトスになったことの証。私だってここ来た時は同じ様なもんだったし」

「えー? あたしは割と明るく来れたけど」

「なっちゃんはキモが据わり過ぎー!」

「だって、あたしが来た時はあの白い箱無かったもん。魚列車に乗って来たし、可愛いコたちが皆出迎えてくれて遊びながら来たし」

「なにそれっ! そんな楽しい所だったココ?」

「地獄から入ったしねー」

 妙な沈黙が走る。何にせよヒナには、黙っている以外の選択肢を選ぶ気は毛頭なかったが。

「……えぇと何だっけ、そうだ。つまり、ちゃんとヒナちゃんの精神年齢は私たちと対等になってるってこと。だから、なんなら私たちには敬語なんか使わなくてもいいよ?」

「そうそう、うん、タメで話してもいいよ?

 それに、基本的に現世と時間軸はバラバラで、ここじゃ時間の感覚なんてあってないようなもんだから」

「え……、で、でもやっぱり先輩ですし……」

 やはりまた一時の間。その後、二人は笑い出した。

「……あっはは! よし、あんた気に入った!!」

 ミキはヒナの白い頭をぽんぽんと叩く。

「あれ? 私ってこんなキャラだっけ? まーいいや。ヒナちゃん、よろしく!」

「あたしからも、改めてよろしく! 友達になろっ! あ、もっと仲良く出来る人見つけるまででもいいけどね」

「友達、友達!」

「と、ともだち……?」

 その言葉に、ヒナの赤い瞳からは涙が滲み出ていた。

 ……陳腐な展開と思わないで頂きたい。生前、ヒナには、話した事のある人は二人しかいなかったのだから。

「ん? どしたの?!」

「えぇ? 私たち何か嫌な事言った?!」

 突然涙を流しだしたヒナに、露骨に戸惑う二人。

「っく、わたし、みんなと……、この瞳とか髪の色とか、他の子と違う外見が嫌で……。多分、その所為で、最近までお外にも出して貰えなくて、うく、この髪と瞳を、見た、女に、殺され、ちゃうし……ともだちなんて、考えた事も、なかった、から……」

 嗚咽交じりに告げるヒナ。

 自分たちに負けず劣らず、いや、かなりのヘビーな境遇に、「そっか……」と呟く事しか出来ない二人だった。

 ヒナは、少しだけ落ち着いた様子で、また喋り出した。

「えぅ……あと、そ、その……死神って言うから、もっと怖い人たちかと……。だから、安心、しちゃって……」

「なななななーにをぅ? イメージで決め付けちゃダメだよー。まぁ怖い人たちもいるけどねーここが特殊なだけ」

「ってかもう自分も死神じゃん! ってありがちなツッコミは……置いておきますね。さっきも言ったけどもう今のヒナちゃんに怖いことなんてないって。いやーむしろ死神モードに入ったヒナちゃん想像すると……」

「ゾクゾクする?」

「どういう意味でだ!」

 ここぞとばかりにシリアスな空気を換えようとする二人であった。

 そんな様子を見て、いつのまにか笑い出すヒナ。既に笑い泣きとなっていた。

 ひとしきり笑いあい、落ち着くと、また妙な静寂である。しかしそれはギャグ的なもので、苦痛を感じるようなものではない。

「そういえば……これからどうなるんですか?」

 ヒナが口を開き、とりあえずの疑問を述べる。

 それに、ナツミが答える。

「あぁ、えっとね、これからここで集会があるんだ。ヒナちゃんの就任歓迎の意味もあるんだけど」

「……でも……誰も来ないよね……」

 ミキが遠慮がちに呟く。

 その通り、その第四宮本殿の入口前、屋根付き広場にはその三人以外、閑古鳥すらいなかった。代わりに変な黄色い鳥が鳴いていたが。

 このまま駄弁りあっていても誰も文句を言いに来そうにない。

「…………」

「……」

「……」

「お待たせ致しました」

「きゃあっ!?」

 背後にしていた大きな扉が唐突に開き、男が出てきた。ヒナは、少々大袈裟に聞こえてしまうほどの悲鳴をあげた。

「あ、申し訳ありません、ヒナ嬢」

 一瞬、申し訳ない表情になった男は、少し砕けたデザインのスーツを着ていた。

 爽やかなショートカット、ハンサムに分類されるだろうその顔に、見る者を安心させるような微笑を浮かべる。

 でも、なんとなく、その笑顔を無闇に信用してはいけないんじゃないかと思った。

「は、はひ……」

 胸が激しく動悸していた。不安だらけではなくなったとはいえ、突然の刺激には弱い。

「う~ん、初々しくて可愛いなぁ……」

「コトさーん、ヒナちゃん驚いちゃったじゃないですか」

「いやいやすみません、悪気はありませんで」

 他の二人とは顔馴染らしい。まぁ、この宮殿から出てきたのであるから当然と言えば当然だが。

「あぁ、申し遅れました、私の名はコトル。この第四宮の副宮長を務めております」

「あ、はい……よろしくお願いします」

「嗚呼……なんと、滅相も御座いません。

 ホーリータナトスを束ねる第四宮の副宮長と言いましても、身分的には全く以って下で御座います。どうかご謙遜なさらず」

 そちらこそ謙遜なさらないで欲しかった。なんか少し気持ち悪い。

『実はこの人が一番謎なんだよねー』と、ナツミが耳打ちしてくれる。

 どうやら、この笑顔を信用してはいけない感じがしたのは間違いではなかったようだ。

「さて、それでは早速、第四十二回・四宮集会を開会したいと思いますが……」

 コトルは周りを軽く見回すと、手にした文書に目を落とした。

「まずは、定時報告からですね」

「この人の少なさについては?!」

 心の中でズッコけ、思わず突っ込んでしまうヒナ。

「いつもの事です。酷い時など誰も居ませんでしたよ。宮長に報告するのが辛かったです」

 そりゃあ辛いでしょうね。頑張れ中間管理職。でもそれって集会になってないんじゃ……と心のツッコミ。

「色んな意味で小難しい人ばっかり集めたような部隊だからねー。自分で言うのもなんだけど」

「あたしも、今ここに居る人の他には三人ぐらいしか知らないなぁ」

 それでいいのか死神界。というか第四宮。

 四という数字が付いているからには他の宮もあるのだろうか。今、他の宮の様子がとても見てみたくなった。

「とりあえず……、まぁいつもの事ですが。そこの二人、定時報告をお願いします」

 ヒナ以外の二人の少女は少し身を引き締め、言った。

「任務コードM‐37、監視待機中。任務継続中ですっ」

「任務コードN‐62、さっき完了した所でした。特別任務の件で、この子連れて来ましたー」

「はい。了解しました。えーそれでは次に……」

「あの……」

「はい、何でしょうヒナ嬢」

「あ、まず嬢って言うのやめてもらえますか」

「……一人称、また名前の呼び方というのは文章の中でのアイデンティティーを確立するのに必要不可欠なものです。その変更を強要されるというのは命の半分を絶たれてしまうのと同じ事。ですがヒナ嬢が仰られるのならそれも仕方のない事とこのコトル、二度死ぬ覚悟でございますがそれでもと」

「あの、三人しか居ないのにこんな形で続けても虚しい感じがするんですが……」

 何やら早口でまくしたて始めたコトルの台詞を退け、当初の意見を言う。

「だよねー。最近なんかあたし達とコトさんの三人でやる事がほとんどだったんだ。宮長滅多に顔見せないし」

 今だに何やら語っているコトルを黙殺し、少女たちは喋りだす。

「宮長って、あの……もしかして帽子を被った黒い男の人ですか?」

「そうだよ。白い箱の中で会ったでしょ。行くの見かけたから。なんかスゴイ人らしいよ。今言ったとおり、滅多に姿見せないからよく解んないけど」

「ふぅん……」

「なになに宮長の話? あのねー、ホーリータナトスの選定人もしてるらしいからロリコンなんじゃないかって噂も」

「噂を鵜呑みにするのは善くない事である。偏見、そして差別を生み出す元凶だ。稀にそれが真実であったりするから、尚更、な」

 空気が凍りついた。唯一、コトルだけはパッといつものニュートラルスマイルに戻っていた。

「ぐ、宮長……出てくるなら前触れを入れてくださいよ。ミキちゃんまだフリーズしてるほら」

「何時であっても気配を探る事が出来ぬなら、お前らもまだまだだ……」

 しかしヒナは、宮長の言った説教に反応していた。

「んむ? ヒナ、お前は驚いてはいないようだな」

「はいっ、宮長、噂はいけませんよね。よろしくお願いします!」

「……? あ、あぁ」

 宮長は怪訝そうに眉を顰めた。

 こいつ、もしや本当に大物なのかもしれない……と宮長は思った。自分で連れて来ておいて何だが。

「フフ、ついでだ。名乗っておくか。どうせ死神としての仮の名だしな」

「名乗る前に言っちゃ白けちゃいます」

 宮長と呼ばれている男は、ヒナの不平を無視し、黒い帽子を取って言った。

「私はネイティヴタナトス、マウケニー・ルルフ。第四宮宮長だ」

 ルルフは、白髪(銀髪というのかもしれない)の、初老の男性であった。

 コトルと同じように、微笑んではいたが、目は笑っているように見えない。

 ヒナは、何でこの人だけフルネームで、外人っぽいんだろうと思ったが、その疑問を口に出すのは止めておいた。

「へー! 私も初めて聞いた!」

「あたしも」

「私もです」

「コトルさん知らなかったんですか!?」

「まぁ……第四宮の者に、こうして口に出して名乗るのは初めてだな。今日真面目に集まった者への特権と言えよう」

「……少ない!」

「ラッキーだね」

 どうでもいい話題で盛り上がる、異色な取り合わせの五人であった。

 しかし、宮長の死神名を聞いていた人物がもう一人居たのだ。ヒナはその気配に一瞬だけ早く気付いていた。

 カタ、という音がした。それは小さな音だったが、ここに集まっているのは皆、色々な意味で只者ではない。すぐに其方を振り向いた。

 そこには人影があった。すぐに柱の影に姿を隠したため、よくは見えなかったが、少女のようだった。年は、ナツミよりも上に見えた。

 一瞬だけ見えた紫色の髪が、ヒナの印象に残った。

「やっぱり来てたんですね。おいでよ、アザミさん」

 ミキがその方向へ声をかける。しかし、すぐにその気配は消えた。

「……今の人は……?」

 ヒナの質問にルルフが答える。

「あれはアザミという。ホーリータナトスの……まぁ割と古参者になる。あぁいう性格だからこの集会になど正式には参加しないがな。まぁ……寧ろ、お前等のように明るく振舞っているほうが珍しいぞ」

 やっぱり珍しいんだ。

「えへはー。生きてる時は明るかったもので」

「どうせ死神なら普段ぐらい楽しくやりたいじゃないですか。ミキ、今の笑い方微妙」

「あはぁはー。そうそう、初めて親友って呼べる友達も出来たことだし」

「ありがとね。でも今度はなんか気持ち悪い」

 ヒナは、二人を見ていると、自然に笑いがこみ上げてきた。

「フ……まぁお前らのような者も必要だな。来るべくして来たのだろう。自由に振舞って結構だ。ヒナよ、お前も自分の楽なように振舞うといい」

「いえ、でも……こんなに何人もの人と話したの初めてだし、多分このままでいいんです。……ここ……楽しい所なんですね」

 よもや死神の世界でそんな事を言われるとは思っておらず、ルルフは目を細めた。

「……そうか。気に入ってくれたなら良かった。では、私はこれにて失礼する」

 ルルフは身を翻し、門扉の中へ入っていった。

 一瞬の間の後、コトルは小さく咳払いし、言った。

「……では、今回はこれで解散としましょうか。あぁ、ヒナ嬢には第四宮内・居住区の女子寮に部屋が割り当てられています。……やはり仲間と一緒の方が良いでしょう。お二人には、宮内の案内をお願いします」

「はーい」

「よし、ヒナちゃん、行こっか」

 ヒナは、二人について浮走し、居住区棟入口へ向かう為、第四宮正門を後にした。

 ……後ろには、小さな黄色い影がついて来ていた。

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