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45.覚悟を決めるしかない

※33部から続いた、長い長い回想シーンからのご帰還です^^;。

 長田 治彦と丁次のまえに禍々(まがまが)しい忌み木がそそり立っていた。植物学史上、類を見ないアカマツの巨木である。樹齢は数千年規模であろう。

 その枝の上で長田 和弘に羽交い絞めにされたひなたは、治彦たちを追って山へダイブしたことを説明した。


 にわかに信じがたい話だったとはいえ、現にひなたはそこにいた。苦しまぎれにたどり着いたにせよ、よからぬ野心を燃やす和弘に捕らえられたのは失敗だったが。


あの山(、、、)に行っちゃいけないの! あの山には山姫がうろついてるんです! それに」と言葉を濁し、烈しく取り乱した。散弾銃の銃口を突きつけられても怖気づかない。丁次に眼を向けた。「……おじいさん、あなたはマタギがやってはいけない禁を破ったでしょ! あなたは人じゃない! 『入らず山』へ入ったばっかりに命を落とします! もう年だから仕方ないとして――お願いだからハルくんまで巻き込まないで!」


 痛いところを突かれ、丁次は眼を見開いたままうめいた。

「マタギの禁を破っただと? ――まさか」 


「あなたは撃ってはいけないクマを撃ったはずです! あの白いクマは山の神の化身だった。しかもそのクマを殺して、内臓を取り出した――。その熊の胆をいまも隠し持ってましたでしょ? いずれ山姫に仕返しされます!」


 和弘はけたたましく高笑いし、

「こいつは驚いた。伯父貴、どうやらこんな長野の山んなかでアルビノと遭遇したらしいな。伝説のミナシロか。しかもそれを仕留め、熊胆を抜き取っただと? マタギのタブーを冒して、よくもいけしゃあしゃあと……。業突く張りのあんたらしいな」と、吐き捨てた。


 治彦は身体をのけ反らせ、横目で祖父を見た。まさか丁次がそんな過去を隠していたとは意外だった。孫をもってして、軽蔑の感情が沸き起ってくる。

「ごく稀に、首に輪っかのないツキノワグマや白いクマが見つかるって言ってたけど、まさかじいちゃんが獲ってたなんて初耳だ……」


「信州の山で当たる(、、、)とは思わんかった。かれこれ十年まえの話だ。巻き狩りの最中に出くわし、あっという間に狩り仲間が殺された。やらなきゃ全滅だったんだ」丁次は弁解がましく言った。


 和弘がひなたの首に手をかけたまま、

「なんにせよだ。この娘を返して欲しくば『入らず山』へ連れていけ。罰を与えに山姫が出ようが出るまいが、どうせあんたはルール違反をしてる。いまさら二重の罪を犯してもたいした差はねえだろ」


「だから、これ以上罪を重ねるべきじゃないんです! きっとロクでもないことが起きます! いまなら引き返せば助かるんですって!」

 と、烈しく抵抗したが、和弘はひなたの腰に腕をまわし、無理やり持ちあげた。

「小娘が! これ以上しゃべるな。伯父貴のやる気がしぼんじまうだろ!」

「きゃっ!」


 不安定な巨木の枝の上で、和弘は軽々と少女を抱えた。まかり間違って転落すれば、ただでは済まない。枝から突き落とさなくても、散弾銃でひなたの頭を半壊させることも容易だ。

「どうだ、伯父貴よ。迷ってる暇はねえ。さっさと決断しないと、この娘の命はないと思え。おれは容赦しねえ」


 ひなたは脚をばたつかせたが、和弘の片腕からは離れられない。

「私、どうなってもいい! 『見た』ことがうまく伝わらないかもしんないけど、せめてハルくんだけは信じて!」


 アカマツの真下で治彦が一歩、前に進み出た。

「おれ、信用してるよ。皆川が見たのは、ぜんぶ本物だ!」と、和弘に向かって叫んだ。こんどは丁次を見て、「じいちゃん、さっき言った油絵を描いた子だよ。山伏にさらわれた子供が、袋のなかに閉じ込められたシーンを描いたっていう……。皆川の力はマジだ」


「人間離れした千里眼の持ち主か。おれの考えが及ばぬほど世間は広いようだな」と、丁次は苦々しげに和弘たちを見あげ、観念した様子で両腕をかかげた。「……おれの負けだ、和弘。その娘のしゃべった話は本物のようだ。『入らず山』では山の神の化身がいて、今度こそおれは罰をうけるのかも……。だがな、娘まで危ない目にあわすわけにはいかない。それだけは勘弁してくれ」


 和弘はにんまりと唇を吊りあげた。ひなたの身体をおろし、わめいている口を塞ぐ。

「だったら、一緒に行くか、『入らず山』へ。これ以上、四の五の言わせねえ」


 ひなたは首をふり、いやいやをしたが、丁次は悲愴感たっぷりの表情を見せ、

「……やむを得ない。わかった。たとえおれが死ぬことがあろうとも、おまえに従う。関係のない若い娘を犠牲にするのは、おれの本意ではない。だからその娘を離してやってくれ」


「そうこなくっちゃ。なら、『行者転ばし』でのお遊びは終了だ。次こそ一攫千金めざして遠征に行こうぜ!」

 治彦と丁次はおたがい顔を見あわせ、力なく頷いた。覚悟を決めるしかなかった。

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