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4.「こっそりゼニの稼ぎ方を教えてやろう」

「松茸が生える場所は誰も教えてくれやしない」と、丁次は言った。「――そりゃそうだ。なまじ教えちまったら、たちまち根こそぎ採られちまう。だから教えてくれと、誰かに尋ねられても、しらばっくれるにかぎる。その相手がたとえ親兄弟だろうが、わが子ですらな。お宝は独り占めってやつだ。せいぜい家族にふるまい、親しい知人におすそ分けし、隣近所の人間にはナイショで売りに出すのさ。身内には、どこで採ったかは伏せて。その稼ぎを何年も蓄えて、この二世帯住宅の資金にまわした。おかげで月々の支払いも楽になったろう」


 立膝たてひざでビールを飲みながら話を聞いていた宗教むねのりは姿勢をただし、


「まあな。おかげさまで」


 と、鼻の頭をかいた。


「株取引で成功している人間は、どういう銘柄で稼いでいるのか口にしないもんだ。うまい稼ぎ方をしている人間は、へたにライバルを作らん。眠れる獅子はそっとしておくにかぎる。人より先んじるにはコソッと出し抜く。年末ジャンボ宝くじで高額当選したとしても、シレッとした顔して職場に行く人間がいちばん賢い。そうしていつの間にか富豪の仲間入りだ」


「なるほど。仲良くお手々つないで、みんな幸せになる気はないと」


「そこでだ」と、丁次は身をのり出し、声をひそめた。「おれも年も年だ。まだくたばるつもりはないが、いつ何時なんどき、ばあさんみたいに、ある日突然逝かないともかぎらない」


 と言って、床の間のかたわらに据えた仏壇を見た。祖母の遺影が置かれていた。

 六年前、農作業中に棚田から転げ落ち、頭を打って帰らぬ人となっていた。死因こそ、段差二メートルからの落下による頭部打撲とはいえ、祖母も病気知らずだった。享年八十二歳。


「お義母かあさんも、お医者さまにかかっていなかったのに、あのときはあっけなかったですね」


 と、しんみりした口調の佳苗かなえ

 丁次が身をのり出したまま、息子夫婦と孫に手招きした。


「そこでだ――いままでおまえたちにはナイショにしてきたが、こっそりゼニの稼ぎ方を教えてやろう。この長田家おさだけならではの伝統ってもんがある」


「ゼニの稼ぎ方?」


 治彦はるひこは興味をひかれて聞き返した。


「まさに松茸の自生するポイントだ。もちろん山の至るところにあるアカマツの近くから少しずつ見つけ出すのが基本だが、もっと効率よく大量に、そして毎年安定した数が稼げる場所を知っておるのだ。おれだけが知る秘密の猟場だ」


「秘密の猟場」


 と、宗教が生唾を飲み込んだ。


「先祖代々から受け継いできたんだ。――おかしな話さ。松茸の生える場所を『シロ』と言う。アカマツの根もと付近の地中に、松茸の菌糸が輪っかのように『シロ』を形成するわけだ。本来、年月とともに『シロ』は衰えていき、しまいには松茸は生えなくなる。その寿命は長くない。ご先祖数代にわたって受け継いだ猟場のそれが、枯れないなんてありえないんだが……ふしぎとその場所の『シロ』は絶えることなく、毎年のように松茸を生長させておる。どんなカラクリがあるのか、皆目見当もつかん。だが、そんなのいいじゃないか。いただけるものはいただく。それだけさ」


「『シロ』の話は聞いたことがあるけど、まさかお義父さんがそんな場所を確保してたなんてね」


 と、佳苗が正座したまま言った。

 丁次が息子を真っ向から見た。


「ついに世代交代だ。宗教、おまえに譲るときがきた。その猟場を教えてやるから、こんどの土曜、おれに付き合え。山へつれてってやる」


「……やだよ、おれ」と、宗教が身体を反らした。「親父に教えてもらって、それから一人で行かなくちゃいけないんだろ? でもって、その場所を人に教えちゃいけないと。……おれの悪友に責められてみろ。口を割らない保証はない。責任が大きすぎる」


「ふやけた奴め。他人に教えちまうなんざ、言語道断だ!」


「それにおれ、山歩きが苦手だし、だいいち方向音痴だ。ガキのころ、山で迷子になってからトラウマになってるから……」


「ダメだ。おまえは論外だ」と、丁次は羽虫を追い払うかのような仕草をした。となりの治彦を見た。「だったら、ハル坊はどうだ。これは長田家、男子にしか教えてはならないことになっておる。佳苗さんには悪いが、山へは入れない。というのも、秘密の猟場は女人禁制の山にあるからだ」


「ま。ずいぶんな話ですこと。――女人禁制の山ですって? まさか六人行者岳ろくにんぎょうじゃだけのことじゃないでしょうね?」


 六人行者岳は長田家の持ち山であったが、古来より修験者が修行するのに提供してきた歴史ある山であった。


「そうだ。絶好の猟場はそこにある。不謹慎な場所だからこそ、誰も手をつけなかった。どうせ自分とこの土地だ。遠慮することはあるまい」


「じゃあおれ、立候補しよっかな」と、治彦が割って入った。長田家が秘密裏に伝えてきた猟場というのは、ふだん臆病な治彦をもってして、興味をそそられた。「父さんにかわって、おれが受け継ぐよ。て言うかさ、父さんが断るなら、おれしかいないじゃん」


 丁次は相好そうごうを崩した。孫には弱かった。


「よしきた、ハル坊。どこぞの小心者とは、えらいちがいだ。おれとしても、長田家の貴重な財産を人に奪われたくない。おまえなら口も堅かろう」


「こんどの土曜だね」治彦は壁のカレンダーを見た。「明後日だ。スタンバイしとくよ。ついでに心の準備も」


「そういうわけだ、二人とも。土曜、ハル坊を貸してもらうからな」


「それはいいんですが……気をつけてくださいね。修験者が修行するようなら、急な斜面もあるんでしょ? くれぐれも怪我だけは……」


「あいにくこの孫は誰かさんに似ず、運動神経もよさそうだ。山歩きは子供のときからおれが仕込んだし、サバイバルの知識もある。度胸もそこそこな」 


 宗教が手をさし出し、待ったをかけた。


「水を差すようだが、この世においしい話なんかないぞ、治彦。人間堅実に生きるのが一番だ。自分ひとりで危ない橋を渡り、一攫千金を夢見るのはいい。しかし、失敗して身内に迷惑かけるのはどうか。ましてや他人さまを陥れたり、傷つけてまで大金をせしめようとするなんざ、人としていかがなものかと思うぞ」


「まだ松茸を採ってもないのに、そういうの、実感がないよ。いっぱい採ってくることができたら説教してったら」


 と、治彦は反論した。


「あのブドウは酸っぱいにちがいないか」丁次は皮肉っぽく笑いながら言った。「ま、なんにせよ、長田家の誰かが知らねばならん場所なんだ。家伝に記されてあるのだ」


 夫婦はたがいに顔を見合わせたあと、下を向いた。

 丁次にはかなわない。

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