表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/47

20.六人の荒くれの山伏たちと『行者転ばし』

「しかし、なんだよね」治彦は帰る支度をしながら言った。スマートフォンを見た。あいかわらず圏外となっている。十四時を少しまわったところだった。どうりで腹が減るわけである。「たしかにメチャメチャ立派な松茸ばかりだと思うよ。素人目にも高値で取引されると思う。味や香りも申し分ないはず。――けど」


「けど、なんだ?」と、丁次が素っ頓狂な声を頭の先からあげた。「そりゃそうだ。最高級の山のダイヤだろ? 惚れ惚れするようなデキだ。それのなにがいけない?」


「けど、こんな――骸骨だらけの猟場で生えてる松茸だよ? おれは食べたくない! なんだか、骨からイヤな成分が染み出して、松茸に吸収されてるかもしれないじゃん! それを売りさばいて、なにも知らないお客がそれを買って食べるわけだよ。まさかこんなとんでもない場所で採れたとは露知らず。それって、ちょっとひどいんじゃない?」


「そりゃ、リン酸の働きでよく育つだろう。リンは作物にとって生長が盛んな部分――根っこがよく育つようになる成分じゃないか。ほかにも細胞核のタンパクを作る効果がある。細胞がとくに増える生育初期のころに、ほどよい量のリン酸を与えてやれば、作物は丈夫に育ち、おまけに病気に対する抵抗力もつける。いいことづくめじゃないか」


 治彦は口を開けたまま祖父を見あげた。あきれてものも言えない。話がかみ合っていない気がした。

「いやいや……お客さんは、高いお金を払ってまで国内産を買ったんだから、きっと自然豊かな場所で採ったと思ってるって。そんな情景を想像しながら、料理しておいしく食べるはずだよ。おれが言いたいのは、なんだかだましてるみたいに思えてくるってわけ。かご一杯に採っておいて、いまさら言うのもなんだけどさ!」


「知ったこっちゃない。大量の人骨からリン酸が流れ出そうが、それで松茸が肥えればいい。願ったりかなったりじゃないか。消費者をだましてる? 微塵みじんたりとも、そんなつもりはない。こんな特上の松茸は、まっとうなやり方ではなかなか手に入らんのだぞ。おれとしてはだ。採れる場所は問題ではないってことだ。ちゃんと正規のモニタリング検査はうけてる。――ま、検査会社にゃ、どこで採れたかっていう産地は適当にごまかしてるがな。毎回、食品放射能セシウムの基準値は下回ってる。現にいままで出荷停止を言い渡されたことはない。一度たりともだ。それだけは自信をもって言える!」


 丁次のエゴイスティックな理論に圧倒され、治彦は口をつぐんでしまった。なまじ年齢差七十四歳。らちが明かなかった。

 こうなったら、怒りにまかせるしかない。


「だったらさ」と、治彦は両腕を広げた。「そもそも、この窪地くぼちはなんなの? 死体捨て場や姨捨山おばすてやまじゃなかったら、いったいなんなのさ? もったいぶらず、ここの歴史を教えてよ! おれが仮に長田家の猟場を引き継ぐにしたって、過去にここでなにがあったか知る必要がある! じゃないと、来年からたったひとりで、こんなところに来れないって!」


 丁次は視線をそらし、窪地の中央にそそり立つ規格外のアカマツを見た。屋久島の縄文杉もかくやと思われるほどの巨木。しかも太い幹が、途中からドリルの刃のように何重にもねじれており、異様な生長ぶりだ。しかも真上の突端で大きなコブを形作っている忌み木だ。まさか自然界に、これほどのアカマツが存在するとは植物学者も夢にも思うまい。


「『行者転ぎょうじゃころばし』の歴史か……。そうだな。ハル坊には、一から説明せねばならんな」と言い、背負いかごを担いだ姿勢で、そばの岩の塊に腰をおろした。胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。足もとに転がった子供らしき頭蓋骨が邪魔になったので、横に蹴り飛ばした。緑色の頭骨はカポーンと音を立てて、サッカーボールみたいにバウンドしながら遠くに転がっていった。


 治彦も丁次のまえに腰を落とした。尻の下で人間の上腕骨がつぶれる音が聞こえたが、気にしなかった。もはや木の枝ぐらいにしか思っていない。

「それにしたって、この山が、なんで六人行者岳ろくにんぎょうじゃだけっていうネーミングなの? まえから行者が六人っていうのが気になってたんだ。それと『行者転ばし』。――なんか関係あるの?」


「ある。その六人の行者――修験者しゅげんじゃ、あるいは山伏たちだな」と、丁次はタバコを吸い込み、苦みばしった顔で煙を吐いてから言った。「――いや、『行者転ばし』そのものは、この六人が来るまえからあるにはあった。まっとうな山伏たちが、まっとうな修行をするために使われていた場所だ。それを六人が別なものに変えてしまった」


「別なもの?」

「誤解を招くといけないので先に念を押しておくが――。山伏は本来、断食だんじき、滝打ち、火渡り、座禅、南蛮なんばんいぶしなどの修行をくり返して、霊験を身につけていくもんだ。人間はもともと、仏さまと同じ本性ほんしょう、すなわち仏性ぶっしょうを持ってるそうな。ところが誰しも煩悩ぼんのうという迷いを抱え込んでおる。この煩悩があるからこそ、悪いことをしでかしてしまい、本性を曇らせてしまうんだと。その迷いを断ち切るため、修行して曇りをみがき、清らかな心を取りもどそうとする。徳を積むことが修験の意味であり、これを行う者を修験者というわけだな」


「うん」

「しかしだ。その六人の山伏たちはまっとうじゃなかった。はじめは真剣に修行してたのだろうが、道を踏み外した。……そいつらは破戒者だった」

「ハカイシャ?」

「戒律を破ったってことだ。あまりにも厳しいルールと修行に耐えきれず、ときには脱落する者もいた。女犯にょぼんを犯し、酒を食らい、欲や快楽に負けたんだ。その六人が、どこからともなくやってきた」




 昔、一一〇〇年もまえの平安時代。荒くれの山伏たちがこの信濃の地に流れてきた。六人組だった。

 六人は仏門の破戒僧であった。欲に打ち勝つことができず煩悩に溺れ、魔道にちたのだ。

 やがて厂原がんばら村の西に広がる山に根城を築き、居座るようになった。


 ときおり里におりてきては食料品を略奪し、付近の婦女子まで山に連れ込んだ。女たちを慰み者にしたという。

 六人はやりたい放題だった。

 やがて山は、負の歴史が刻まれた名を冠されたのである。六人行者岳と。


 山中にはもとから『行者転ばし』という窪地があった。六人がやってくるまでは、真摯な山伏たちにとって神聖な修行場だったのだ。すでにアカマツがそびえていた。

 山伏たちは窪地の縁にならんで、眼下に据えた不動明王像に向かって祈祷きとうしたものである。


 長時間におよぶ厳しい修行のため、疲労や恍惚こうこつ状態に陥った男たちは頭から窪地に転げ落ちるほどであった。打ちどころが悪く、そのまま命を落とす者もいた。そこから『行者転ばし』と名付けられたのは言うまでもない。

 時は移ろい、いつしか不動明王像はなくなった。ここでの修行もいつしか忘れ去られていった。中央のアカマツだけがすくすくと育った。


 六人の破戒僧たちは山を練り歩き、ついに伝説の窪地を見つけた。そして首領格が思いついたのだった。

 誘拐してきた婦女子を口封じするため、あるいは女に飽きたりすると殺害した。はずかしめられたがゆえに自害される場合もあった。いずれにせよ、女たちの遺体をここに投げ捨てた。


 なかには純粋に修行しに訪れた同胞の山伏や、山越え途中の商人を斬り殺して金品を奪ったうえ、その遺体をも放り投げた。

 居ついたやくざな六人が、あたかも人間のゴミ捨て場に使ったのだ。


 そのうち、ますます悪行に拍車がかかった。

 女のほかに、男女問わず子供までさらってきた。胎児さえあった。

 『行者転ばし』のなかは、地獄絵図のような惨状と化した。

 子供たちを凌辱りょうじょくしたあと、絞め殺し、解体した。胸を切開し、なんと肝臓や心臓を取り出したのだ。


 子供の生き胆は業病の良薬として重宝された時代。とくに京の人々のあいだでは、そうした『児肝取こぎもとり』のうわさが流布していた。人が不治の病にかかると、山伏や易者などの祈祷師のみならず、迷信を信じる医者までもが、子供の生き胆を食べると効果ありと、まことしやかに広めたのだ。


 子供や胎児の生き胆はゼニになる。

 六人の山伏は里へくり出し、方々からさらってきては、子供たちの身体を裂いて臓物を取り出した。血に飢えたけだものの所業であった。残った肉体は調理して食べてしまうことすらあった。ときには生血を飲み干し、生食もなされた。

 この生き胆をめぐって、遠方の洛中洛外から、『人商人』や『人さらい』がこぞって買いにきたほどだった。

 当時、京にあまねく知られるほど、この山は生き胆製造工場として機能していたのである。


 このまま厂原村の人は見すごすはずがない。

 怒った村人たちは武器を手にし、総出でおしかけ、これと小競り合いになった。

 どうにか山伏たちを捕らえ、窪地に生き埋めにしてしまった。


 男たちは呪詛をまき散らしながら土中に埋められ、村人たちによって踏み固められた。

 この悪鬼のごとき蛮行を後世に伝えるべく、石碑を刻み建てたが、これに触れると病気になったと言われる。

 だがいまとなっては、その石碑も姿を消した。

 『行者転ばし』とは、悪名高き魔所だったのである。

     ★ここでネタバレ。および創作の神の降臨。


 松茸ネタの物語を描くにあたり、舞台は産地でも日本一を誇る長野県にした。国産松茸のおよそ80%を占めて、次いで岩手県産が約8%だから、いかに圧倒的であるかわかろう。異様に採れるなら不自然ではあるまい。

 言うまでもないが、厂原がんばら地区は架空の村だ。白状すれば、長野北西に位置する北安曇郡小谷村きたあづみぐんおたりむらをモデルにしている。


 プロットを立てず進行させているのは以前も活動報告で言ったとおり。

 したがって、肝心の秘密の猟場『行者転ばし』さえ、よく練っていなかった。いかんせん『夏ホラー』の締め切りに間に合わなかったので、グズグズ考えてから行動するより、行動しながら考えるしかないと思ったのだ。

 窪地のカラクリというか歴史については、当初いろんな案があった。和ホラーのテーマを盛り込むべく、妖怪の話を絡めようとしたが、いずれも気に食わずボツとした。この際、プラン①と②を紹介しよう。


①かつて窪地には妖怪ノヅチが住んでいて、人々は里で人死にがあるたびに、遺体を運んできては棺桶ごと投げ込んでいたという伝承。じつはこれは、大量の松茸を他人に奪わせまいとして流した偽装の伝説にすぎない。だから古い人骨がゴロゴロ転がっている。

 ……が、ここから物語が広げることができないと思い断念した。


野槌 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E6%A7%8C



②窪地にはヒダル神が住み着いているという設定。


ヒダル神 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%80%E3%83%AB%E7%A5%9E


 急激な血糖値の低下や二酸化炭素中毒が、ヒダル神に憑かれたときと同じ症状になるとされている。植物の腐敗で発生する二酸化炭素、または食事をとらずに山中を長時間歩いたことによる低血糖状態をヒダル神の正体とする説もある。


 たしかに窪地の底には腐敗性の二酸化炭素がとどまりやすい。

 ずいぶん昔に、どこかの駐屯地の自衛官が山中でのサバイバル訓練で、窪地のなかで待機していたところ、8人かそこいらの隊員が死亡した事例があったはず。

 このハンガーノックと結び付けようとしたが、ちょっとパンチに欠けるため、ボツとした。



③魔道に堕ちた破戒僧たちの人さらい。


 ……で、これで確定した。

 物語を書き進めていくうちに、古い資料を引っ張り出してきて、いろいろ調べてみた。

 柳田国男監修・日本放送協会編『日本伝説名彙(めいい)』である。『なろう』で発表している拙作で、よく使っている僕の心強い味方である。


 この資料は昭和25年に刊行されたもので、柳田国男氏は同志とともにこの方面に尽力し、全国津々浦々に伝わる伝説を蒐集しゅうしゅうしたものである。

 まさに人類の叡智の結晶といってもはばからない。その記述のすべては、たった2~10行でまとめられた話にすぎない。が、同氏による名著『遠野物語』と同じく、短ければ短いほど、かえって読者の想像力をかき立てるものだ。


 民俗学好き、各地に残る数多の伝説マニアには欠かせない資料である。僕は離島マニアを公言しているが、そのじつ日本全国の伝説にも、かなりうるさい。

 この本1冊あれば、向こう10年はネタ切れに悩まされることはないと言いきれるほど。付箋を貼りまくっているので、まさにネタの宝庫だ。

 この『日本伝説名彙』の350ページ目に、興味深い一篇を見つけた。たった3行の記述である。引用してみよう。



>『滝沢の七五三掛神社の宮の西下の畠中にある。昔、どこからか山伏が来て神社の森に住み、付近の婦女子に悪戯をしたので村人がこれを生き埋めにしたという。この塚に触れると病気になるといわれる。(北安曇郡郷土誌稿)長野県北安曇郡会染村(現池田町)』



 奇しくもモデルとした北安曇郡小谷村のご近所、池田町の伝説である。

 僕はピンときた。これは使えると。

 で、さっそく『行者転ばし』の伝承として、神隠しの話と絡め、デッチあげた。


 ちなみに、作中、『山伏たちは窪地の縁にならんで、眼下に据えた不動明王像に向かって祈祷きとうしたものである。』とある。じっさいに山伏の世界でこんな荒行があるのかは知らない。

 これは、最近書いたエッセイ『子供のころに殺されかけた騒動と、恐るべき罪の告白【実話】』で登場する、松茸狩りが得意だった僕の叔母(故人)と、別の用事で山中に出かけ、ふしぎな体験をしたことから、このエピソードが浮かんだ。

 端的にいえば、心霊体験か? どちらかというと懐疑的な僕はあまり認めたくないのだが……。まあ、この話には言及せずともよかろう。僕の空耳だったかもしれない。そういうことにしておこう。


 ……とにかく、このように創作の神は、ときおり奇蹟を与えてくれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ