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15.不法侵入者

 おれならば、秘伝の技を教える自信がある。孫はそれを吸収する素地が備わっていると思っている。おれの血を引くならば、きっと受け継いでくれるはずだ。

 ゆくゆくはジビエの獣肉調達から料理までこなし、オーナーをつとめるまでに育ってくれたら、言うことはない。

 このご時世だ。都会に出たところで、終身雇用が約束される時代は終わった。ならば、祖父の手が届くところにおいておき、命続くかぎりサポートしてやれば、少なくとも食いっぱぐれる心配はない。


 ――おいおい、おまえはいつまで長生きするつもりだ?

 孫が成人を迎えるまで、あと五年はかかる。料理の修行に、さらに数年を費やすことになろう。そもそもこの老いぼれの言うことを、素直に従ってくれる保証はない。いまでこそ従順だがやがて反抗期がきて、孫を変えてしまうかもしれないんだぞ。


 そうじゃなくとも、男子たるもの、えてして押しつけがましいやり方には逆らいたがるものだ。

 かく言うおれもそうだった。そうやって親を乗り越えてきた。人間誰しも、大なり小なり似たようなものではあるまいか?


 縁の下の力持ちに徹するのもいいが、そんな話がうまくまとまり、軌道にのるまで、おれは日本最高齢を記録して生き続けるつもりか?

 この件は、いったん脇にどけておこう。ただちになんとかせねばならぬほどの死活問題でもない。


 それはそれとして、今日こそ秘密の猟場を孫に教え、そこで稼ぐのだ。最優先すべき課題だった。

 すぐそこまで近づいていた。じきにたどり着ける。

 ただし、ここへ入るには特殊な(、、、)手続き(、、、)を踏まなくてはならない。そういう(、、、、)猟場(、、)なのだ(、、、)


 そこで景気をつけたならば、一気に『入らず山』をめざし、例のモノ(、、、、)かすめ取ってやる。

 おおとも、おれはやる。長田家の矜持きょうじにかけて、この孫たちが幸せに暮らせるためなら、マタギの禁を犯すこともいとわない。たとえ山の神を冒涜ぼうとくしようとも。


 あれほど山の神を敬ってきたこのおれが、あえて神のふところに潜り込み、貴重なお宝を奪うか。――おれも悪党に落ちぶれたものだ。

 ここは悪名高い山伏伝説が残る六人行者岳。仏門からはずれた山伏たちの毒気にあたったのかもしれない――。




 丁次と治彦は杉の巨木が立ちならぶ奥深いところまでたどり着いた。

 折り重なった朽ち木が行く手をはばみ、こけで足もとがすべって五メートル前進するのも難儀した。

「じいちゃん、これ見て」と、先を歩いていた治彦がしゃがみ、地面を指さした。


 六人行者岳の奥まで分け入ってきたというのに、先客の足跡はここでも見つかった。

 岩場に張りついた苔が、複数の爪のついた靴底ではぎ取られている。

 山伏のものだろうか?

 彼らのいで立ちは鈴掛すずかけと呼ばれる麻布をまとい、脚絆きゃはんをすねにあて、草鞋(わらじ)をはいているはずだ。


「どうも、修行僧ではなさそうだな」と、丁次は険しい顔で吐き捨て、あたりを見渡した。

 苔を踏みつけた足跡は、あきらかにスパイクがついたものだ。草鞋ではない。

 地下足袋じかたびか、もしくは長靴だろう。長靴なら川のなかを歩く場合を想定した防水用だ。そうじゃなくとも、獲物を追ううちに足をぶつけるのを保護する意味もある。


 丁次は違和感を憶えていた。

 これら人が分け入った痕跡は、一週間まえにつけられたものではない。もしかしたら、一、二時間、ともすればついさっき歩いた跡ではないか。

 山の所有者をさしおいて、山菜採り名人や茸狩り師たちが、こんな奥地まで入り込んでいるのだろうか?


 まさか、秘密の猟場を突きとめられ、先を越されているはずはあるまい。

 あそこ(、、、)への道のりは丁次にしか知り得ないのだ。特殊なやり方で道を開く瞬間を盗み見されていたとしても、まねできるものではない。長田家の血筋でないと道は開かないのだ。

 この世の一般常識が通用しない道なのだ。それは丁次が案ずるまでもないが――。


 そのときだった。

 空気をふるわすような大音響が山中に響いた。

 治彦は飛びあがる思いをした。


 聞きまちがえるはずもない。――銃声だ。

 なにか獣の苦鳴が近くであがった。鳥があわてて飛び立つ羽音が頭上でした。

 がさがさと下生えをかきわけて、なにかが動きまわる気配が前方でする。


「なにやってやがる、不法侵入者め! 誰の山だと思ってる!」と、丁次が虚空に向かって吠えた。

 向こうでなにかが、藪をかきわけて遠ざかる音がした。

「なにがどうなってんの?」

「追うぞ、ハル坊」

「まじで?」


 丁次は朽ち木を軽々と飛び越え、杉の大木が立ちならぶ森に入った。

 森は暗く、いたるところに墨をこぼしたような闇がかかっていた。

 しばらく二人は横にならんで腰を落とし、息をひそめながらしずかに前進した。

 いち早く、治彦が異変に気づいた。


「わ、わ、わ……。なんだよ、これ! じいちゃん!」 

 思わず腰が引け、うめいた。

 倒れかかった朽ち木に血がべったりとつき、得体の知れない管状の肉がからみついて垂れさがっていたのだ。

 つやつやと光沢を放つ消化管の端は、壁時計の振り子みたいに揺れていた。


 なにか生き物の大腸やら小腸だろう。くすんだ白色をしていた。

 腰ほどの高さに張り出した杉の枝に引っかかり、そこから離れた別の木の枝にからまり、ちょうど立ち入り禁止を示す規制ロープのようにつながっていた。

「こっちへ来い、ハル。とにかく隠れろ」と、丁次は別の木の裏に隠れ、手招きした。治彦はすかさず祖父の背後にまわり込んだ。「ありえんことだが、いまのは鉄砲シロビレ持ちの銃声だ。散弾だろう。人さまの山で獣を撃ちやがった不届き者がいる」


「まさか、修験者が入る山だよ? 人に当たったらどうすんだよ」治彦はしゃがみ込み、声をひそめてささやいた。もし相手に位置を知られたらと思うと、ぞっとした。


「行者岳全域は銃猟禁止地域だ。仮にそうじゃなくとも、今日は九月三十日。日本全国どこを探しても猟期に入っちゃいない。二重三重の違法行為だ。怒鳴りつけてやったら一目散に逃げていったようだが、これほどの神経の図太い犯罪者だ。おとなしく山をおりてくれるとはかぎらん。相手は飛び道具を手にしておる。どんな手段に出るかわからんぞ。用心しろ」

「ヘタに関わらない方が……」


 鳥獣保護管理法に定められた狩猟期間については、安全面から農林業における作業時期や、山野での見通しのきく落葉期などを考えて、毎年十月十五日から翌年の三月十五日と定められていた。


 もっとも猟期外であったとしても、『有害駆除従事者』の資格を所有していれば、年中ハンティングが可能だ。しかしながらこの場合、行政から「鹿と猪を一〇頭駆除してください」と、地元猟友会へ要請が入ったときにのみ限られている。あくまで有害駆除はボランティアの一環だ。私利私欲のために狩るのは禁じられている。


 二人は横にならびながら、背をかがめ、さらに森を探索した。

 木から木へとつながった小腸と並行しながら進む。小腸のほかに赤褐色せきかっしょくが眼にもまぶしい肝臓をはじめ、色とりどりの臓器が散らばっていた。

「ここで死んだ(サジドレ)らしいな」と、丁次は別の大木の根もとでしゃがんだ。足もとを示している。


 治彦は散乱した臓物には近づかないように注意しながら、それを見た。

 地面には灰色の皮状のものが、くたびれた雑巾のように横たわっていた。ビリヤード台に張られたラシャのようなつややかな毛に覆われている。

★13部から丁次のモノローグが続いている。三人称に一人称を混ぜるのは、視点のブレというのはわかっていながら、こうするより他なかった。少なくとも作者の技術のなさからこんなことになってしまった。すみません^^;。

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