11.松茸を見つけるコツ
「山が荒れてしまうのは、この時代、どうにもならないとして」と、治彦はひざに手をつき、地面をつぶさに観察した。祖父とは山へいっしょに登ったことがあるとはいえ、松茸狩りに関しては初めてだった。いまのいままで、この孫にさえ松茸狩りの極意を教えなかったのはもとより、猟場まで秘密にしてきたのだ。「その少なくなった松茸を見つけるコツを教えてよ、じいちゃん」
「松茸を見つけるコツ」丁次は斜面に片ひざをついて、孫を見た。そして地面すれすれまで目線をさげた。手にひらを地面にかざす。「同業者のあいだじゃ、国産松茸が豊作になる条件は、梅雨時に雨がたくさん降ることと、夏の猛暑だと言われておる。そして秋に入ってから、昼夜の急な寒暖差によって、豊作が期待できるとか。山の地面の温度が十九度以下になると、生えはじめる。だからいまごろが伸び盛りってわけだ。とくに松茸に限らず茸類は、夕方から夜にかけて雨が降った、明くる日が絶好の収穫日和になる」
「なるほど、できるだけ斜面を下から上へ見あげるんだったね」
「さっきも言ったように、土地の養分が少なく、乾燥した場所を好んで生える傾向がある。こういった斜面や、尾根の向きでは、陽当たりのいい南東向きがベストだ。逆に言えば、北西側にはほとんど生えない。思いきって北西側の尾根は無視してもかまうまい。探すだけ時間の無駄だ」
「メモメモ……」
「アカマツ林の樹齢に関してだが、二〇から三〇年の木に生えやすいのではないかと思っておる。立木の密度も、このへんが理想なんだが……。あまりスカスカに開いてるわけでもなく、さりとて密集してるほどでもなくだ。その方が太陽の光が入り、土が乾燥しやすい。つまり中庸こそ理想ってわけだな」
「中庸ね。ムズカシイ……」
「基本的にアカマツの根もとに生えるが、そこから一、二メートル離れた場所にも生える。幹まわりが直径三〇から四〇センチほどの木なら、周囲四、五メートル離れたところにも、ニョッキリ顔を出すこともある。アカマツの根の張り具合と連動すると思っとけ。もし一本見つけることができたら、そのまわりに複数生えていることもあるので、周辺をくまなく探すことだ。高い確率で二、三本目を見つけ出せる」
「そうなると、コンボだね。踏みつぶさないよう注意しないと」
「そうだ。傘の開いていないものは、たいてい地面の下にもぐり込んでる。ましてやこんなに松葉が積もり重なっていれば、なおさら見つけにくい。初心者がなかなか収穫できない点がそこだ。せっかくの獲物を踏みつけて台なしにしてしまうほど、間抜けなことはない。とにかく姿勢を低くし、山の斜面から上へ向かって探すこと。眼だけでなく、嗅覚まで使え。近くに松茸があれば、あの香りを放っているはずだ。犬になれ」
「狙うのは、傘の開いたやつじゃなく、傘が開いてない松茸だね」と、治彦は慎重に松葉をどけながら言った。
「傘が開ききったものは、収穫したとしてもせっかくの香りが二日ほどで逃げてしまう。素人目には、大きく見えて食べ甲斐があると思いがちだが、商品価値としては傘の開いていない状態には、はるかに及ばない。これを『つぼみ松茸』という。ちょうど、ホレ、おまえのペニスみたいな形が理想だ。いやらしいDVD観て、勃起したときのような」
「またまた、じいちゃん。まさか部屋をのぞいたんじゃあるまいし」と、治彦は内心冷や冷やしながら丁次を見ると、祖父の手には、まさに隆起した男根にも似た物体が握られていた。「……すげ、じいちゃん。いつの間に一本目ゲットかよ!」
丁次はまんざらでもない様子で、節くれだった自身の親指サイズのそれをかざした。
「軸の硬さも申し分ない。全体的に乾燥しておる。これはまずまずの松茸だな。反対に、軸がフカフカして柔らかいものは、虫に食われていることがある。こうなると食感も期待できない。市場に出したところで、ほぼ商品価値もない」
丁次は言い、やさしく治彦の背負いかごの底に入れた。
「さすがだね。この調子で行こう。おれにもコツを」
「地中にもぐったやつの場合、松葉が積もった場所がわずかに盛りあがっているところを見つけ出すことだ。ちょうど、おまえの若さあふれるペニスがパンツを押しあげ、テントを張ってるかのような塩梅だな。よく見れば、不自然に突起物が下から突きあげるようにモッコリしておる。モッコリしてるとは言っても、素人目には、ほんのわずかな盛りあがりにすぎんのだが……。とにかく、その下を探してみろ」と、丁次は涼しい声で言い、いましがた調べたアカマツの裏手で、別の一個を探り当てた。地中に手を突っこみ、ぐいと引き抜くと、やや傘の開いた『中つぼみ松茸』をつかんでいた。
「ス・ゴ・イ!」と、治彦は感嘆しつつも、無意識のうちに股間を押さえていた。まさか部屋でシコシコ陰茎をこすっているところをのぞかれていたのではあるまいか?
治彦は恥を忘れて、地面を注意深く見つめた。さっきから芳しい匂いが鼻を刺激するのだ。きっと近くにある。
斜めに傾いだアカマツの根もとに、針状の松葉が盛りあがり、暗い空洞が口を開けているのを見つけた。かまくらみたいな中には、茶色い柱のようなものが見える。匂いも強くなった。もしや――。
そっと手を突っこんだ。
「あった! じいちゃん、おれも見つけたよ! ついに人生初の松茸ゲット!」
治彦は立派な『つぼみ松茸』を誇らしげにさし出した。攻撃的な亀頭そっくりの、黒々とした傘。たくましい巨根ぶりに、興奮せずにはいられない。
「みごとだ、ハル坊。はじめて採った松茸が、欧米人顔負けのジャンボサイズか。やはりおまえは将来性がある。文字どおり大物になるかもな」と、丁次は目尻をさげ、白い前歯を見せた。「よいか、ハル。肝心なのは、採ってからそのあとだ。人はお宝を手に入れると、つい浮かれて、そのあとのケアが疎かになってしまう。釣った魚に餌をやらないとは、よく言ったもんだ。そんな男はえてして女から総スカンを受けるから、気をつけないとな」
「どゆ意味よ」
「松茸をグイッと引っこ抜いたはいいが、地面にはポッカリ穴が残っておるだろ。ちゃんと土をかぶせ、埋め戻しておくのがマナーってもんだ。男と女の間柄もそうだ。そういったケアが行き届いていないばかりに誤解を与えてしまう。――つまりだ。松茸が生える菌糸帯である『シロ』(松茸本体である菌糸とアカマツの根が一緒になった塊)をさらしてしまうと、他人に『ここに松茸が植わってました。残念ながら今年はお先に失礼しました』と、言ってるようなもんだ。松茸は『シロ』の同じ場所に翌年も生えるようになっておるのだ」
「ふーん」
「なまじその誰かに『シロ』の居場所を憶えられてみろ。明くる年はリベンジしに、一足早く同じところに来て、先に持ってかれちまう。そうなると、先に採るか採られるかの争いだ。断じて『シロ』は教えちゃならない。おれが秘密の猟場を知られたくないのも、『シロ』の在り処を知られたくないのと同じことだな」
「そういうもんなんだ。『シロ』の奪い合いか」
「『シロ』が生きていればまだいい。なまじ素人が松茸狩りに挑戦すると、手当たりしだい地面を引っかきまわすもんだから、繊細な『シロ』が壊されてしまうこともある。そうなると、松茸は二度と生えてこない。おれに言わせると、自然破壊にもひとしい野蛮行為だ。無知もたいがいにしとけってやつさ。無知ゆえに年間生産量の減少につながってるなんて、あってはならんことだ。それも人さまの山に土足で入り込み、持ち主をさしおいて獲物を奪っているなんて、こんな腹立たしいことがあるか」