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頭の中の車庫

作者: 小沢とも

放課後の校庭に、吹奏楽部の音出しの音が響き渡る。

ぷわ〜ん、ぴー、ぶぉ〜。

緊張感もまとまりもない音は、いつの時代も変わらず、それだけにノスタルジックだ。

机を1つ挟んで向かい合う男子中学生。

白紙の作文用紙を前に頬杖をつき、つまらなそうな顔を窓の方へ向けている。

その横顔が、10年前の自分の姿に重なって見える。

背格好も制服も、性別さえ違うのに。


「なぁ、コムギ」

緊張感のない、吹奏楽部の音出しに負けないぐらい緊張感のない声で、担任でもない古文の教師が私を呼ぶ。

コムギじゃないし、ムギコだし、と言い返すのも面倒になるような、怠い声。

ムギコがコムギなら、ウチの母親はトモコだからコトモか、と、朝、喧嘩してきた母の顔を思い出す。

ああ、だからあの人、いつまで経ってもコドモなわけね、と思うと、少しだけ朝のイライラが下がって行った。

「お前の頭ん中にさ、緊急車両基地を作ったらどうだ?」

「は?」

頭のかたい教師なんかと話すもんか、と、若干、意固地に思っていたのに、思わず声が出た。


「わぁーっと悪いことをしたくなったらさ、パトカーの出番さ。悪もん捕まえんのはプロだろうからよ。本物の警察に捕まる前に、お前の頭ん中で、悪もん、逮捕して牢屋に入れてもらうのさ」

「…どこよ、牢屋って」

子供の頃に絵本で見たような、ちゃっちいパトカーの絵が頭に浮かぶ。

「そんで、腹が立って頭が煮えたぎったら、消防車だな。根こそぎ消火してもらえ」

こちらの言葉を聞く気がないのか。

のんびりした教師の声に、再び絵本の消防車が頭に浮かぶ。今度は顔つきだ。ライトが目になって、爽やかな顔をして。

「そんで、悪もんにやられたり、ヤケドしたりしたら救急車さ。今のお前に一番必要なもん」

「…パトカーの方が必要じゃね?」

反省文、と一行目に書いたきり白紙のままの作文用紙に目をやって、呟く。

悪いんでしょ、私が。全部、私が。だったらそれこそ誰か、サッサと牢屋にでも突っ込めよ。

そんな思いが、喉元まで込み上げてくる。

「痛いだろ?そんだけ色んなもん詰め込んで」

熱くてトゲトゲしたデカいものが詰まったような、私の喉元をアゴで指す。

「だったら、まずは救急車さ。痛いの治ってからなんだよなぁ、本当はそれ」

同じ顎で、机の上の作文用紙を指す。


小難しい言葉で、色んな人が色んな説教をした。

少し大人になって、自分でもまともにならなきゃ、と思って心理系の本も読みあさった。

でも、心に一番残ってるのは、あの放課後の教室。

急に下らないことを言い出した教師の言葉と、その時から不思議と頭に居座る、出来の悪いイラスト版の緊急車両たち。

「ねぇ、桜庭」

こちらに横顔を向けたままの男の子に、そっと声をかける。

伝えられるだろうか。

あの時の、あの教師のように。

良い加減に、下らなく、柔らかな言葉で。

ほんの少しでも、逃げ道を作ってあげられるようなことを。


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