8話 ~森での暮らし、ピアノに出会い~
ん~、することがない…俺は今、森にいる。更にいえば、ここは俺のテリトリーみたいになった。1本の大樹を基本に、小さくも立派に根を張る色とりどりの花に、大きくも流れの緩やかな川。
とてもいい環境だな。だからこそ刺激が足りない。隠居しましたっていっても、本当に隠居だからな~。これが日本とかだったら読書し放題なのに…この世界には本が少ない!いや、あることにはあるんだが、つまらなすぎるのだ。まるで赤ちゃん専用って本しかない。
……ん?俺閃いちゃった!《創造魔法》というものはあらゆる物を虚無から生成する、いわば無限生成機だ。小さい石から大きなダイヤモンドまだ、魔力の限りなんでも生成できる。そしてそれは無機物に限らず、意思のある有機物を作ることも可能だ。まぁ、ホムンクルスだけだけど…
そこで楽器を作ろうと思う。作るものはピアノ。
前世からの記憶でピアノは弾ける。それもコンクール金賞並のね。ピアノは学力などを必要としない、いわば感覚学習ってやつだ。もしも何かがあり、記憶がなくなったり頭が悪くなった時のため、親を養うためには頭を使わない特技が必要だと考えた。そこで思いついたのが楽器だ。感覚が覚えていれば、椅子に座るだけであとは体が弾いてくれる。そんなレベルにまでピアノを馴染ませた。それに加えて思いつく限りの楽器を必死に覚えた。それもコンクールで賞を狙えるレベルまで昇華させて。
今回作るのは『スタインウェイ&サンズ』というピアノメーカーでも指折りのブランド品だ。このピアノを使いたくて、毎日お母さんにオネダリしていたのを思い出す。今考えると、その値段の高さに舌を巻くけど。
だが、聴いたことくらいはある。
お母さんに連れて行ってもらったピアノコンサートで、その美しい音色に心を打たれた。聴こえてくるのはピアノの音ではく、美しい鳥のさえずり。弾く鍵盤の一つ一つに職人の魂と思いが込められ、そのピアノで弾いた音楽は天にも聴こえる、そんな話があるほどなのだ。実質、制作期間は全て合わせて約1年だ。鍵盤の一つ一つや脚のラインなど、芸術的観点から見ても有無を言わさないその美しさは、目にした人の心に残るものになる。そんなピアノを創造して作る。集中したからこそ聴こえてくるのは森の音。自然と一体化し、この森に響く音を想像する。そして創造する。その音をベースにドレミを作っていく。そしてその音を鍵盤に一つ一つに記憶させていく。これだ!
すると、虚空からピアノが出て来た。そしてゆっくりと地面に向かって降りてきた。自分でもなんだが、素晴らしい出来だと思う。ふむ、コンサートで見たまんまだな…そのピアノをじっくりと鑑賞した後に、取り敢えず音を確認してみる。鍵盤から玄には繋がっておらず、その盤の一つ一つに記憶の魔力が込められている。俺の聴いたピアノの音を記憶させた。
まず手始めに『猫ふんじゃった』からだな。
テレレンテッテン、テレレンテッテン、テレレンテンテンテンテンテッテン、テレレンテッテン、テレレンテッテン、テレレンテンテンテンテンテッテン、テレレ~ン、テレレ~ン、テレレ~ンレ~ンレ~ン、テレレーン、テレレーン、テレレーレーレーン、テレレンテッテン、テレレンテッテン、テレレンテンテンテンテンテッテン、テレレンテッテン、テレレンテッテンテレレンテンテンテンテンテッテン…
む、おぉ、気付いたらアレンジまでしていた。全く、体が忘れてくれん。
困った困った、あははは…はは…は…っしゃぁあぁぁ!やるかぁぁああああああ!!!
久しぶりのピアノに興奮した俺は、覚えている限りの音楽を脳内再生していく。ふむ、ふむふむ。
いい!いいぃいいい!素晴らしい!ふむ…
ん?俺の周りに動物達が集まってきた。鹿や馬、リスや小鳥、さらに魔獣までもが集まってきていた。流石に驚いたな~、どうしよ…これはピアノに釣られたんだよな?
んー、それなら仕方ない。動物達にも分かるようにテンポのいい曲を弾くか…そこからの俺は凄かった。
『革命のエチュード』『フィガロの結婚』
『ハンガリー舞曲・第5番』『剣の舞』
『トルコ行進曲』『小犬のワルツ』
などなど、片っ端から弾いていった。弾いている最中にも動物達が集まり、途中からは一緒に鳴いていた。まさに自然の演奏会だね!これはいい機会だった…
そしてこの音を聞いた人間も来るに決まってる。しかし、来たのはただ1人だ。それもとても小さい少女。白のワンピースを身につけている。その金色の髪はとても長く、地面に引きずるほどの長さだった。顔は大きな目に人形のように整った鼻と口、計算したかのようなその顔は、人形だと言われても疑えない、そんな子だった。しかしおかしい。ここは木漏れ日の森だ。自然こそ豊かだが、その広さは常人では入ることさえ躊躇わせる。しかし、こんな深いところに人が来るのか?
「きれい」
そうただ鈴のような綺麗な声で一言だけ呟いたあと、木の幹に寄りかかって座り、目を閉じて俺の音楽を聴いていた。
それだけでも絵になった。
俺が弾き終わったあと、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「きれい」
ただ、それを再び述べた後はじっと俺を見つめてくるだけだった。
「あの、君の名前はなに?」
とりあえず身近な情報から聞き出そうか。
「名前無い」
「え?どうして?」
「親いない」
「え、えと…それは捨てられたってこと?」
無言でコクリと呟いたあと、なにか求めるような目で俺を見てきた。
「え、えとなにかな?」
「名前」
「え、えと名前…?」
「うん」
「それがどうしたの?」
「付けて」
「ま、マジ!?俺でいいのか?」
「うん」
マジか、名前をつけろ、と。流石に初めての経験だな~…ピアノの音色が好きなんだよな?ピアノから取ってくるか!じゃあーーー
「アノ…っていうのは?どうかな」
「アノ…アノ…アノ……アノ?」
「あ、アノって言うのはこの楽器の名前から取ってきたんだよ。これはピアノって言う楽器。知ってるかな?」
「フルフル」
と口にしながら首を降る。なんか可愛いな。保護欲が湧いてくる。
「でもいい」
「それは良かった!俺はエルニアって言うんだ!よろしくな」
「うん」
あ、少し笑った!表情が隠れているけど変化は変化だな。それに謎の多いい女の子だし…何歳だ?フーム…どうしたものか…
「どこに住んでるの?」
「家ない。移動してる」
「それは毎日ってこと?」
「ふんふん」
マジで!?うわ、可哀想…
「ここに住みたい?」
「いいの?」
「そりゃ勿論!でもアノはいいの?誰かに育ててもらってたりはしないの?」
「しない。動物達が教えてくれる」
「じゃあそのワンピースは?」
「森の精霊さん」
「精霊がくれたの?」
「ふんふん」
なるほど、精霊に好かれる体質か。ちなみに俺も精霊に好かれる性質だ。というか妖精族だ。
「じゃあここに住むか~!本当に何にもないけどね」
「なにもない」
「ん~、じゃあ作るか~」
想像する。大樹のうえに聳える大きな木の家。木にかけられた螺旋状の階段を上り、その中へと入る。部屋はこれくらい。大きさもいい。トイレやお風呂は空間魔法で排水。小さいけど2階には辺りを見渡せるウッドデッキ。
うん!よし、《創造》!
ーーーズドン
っしゃ!成功!お?アノも驚いている。
これで楽しくなるな!アノも居れば話し相手にも困らないし
そしてこれから森での生活が始まったのだ。