3話 ~絶望、そして~
ーーー結局は、この世界に来ても同じだった。
ーーートラウマは繰り返される。
ーーー闇が僕を1人にする。
ーーー抱かされた絶望は、まるで僕を誘っている。
ーーー人になれなかった僕は、最後まで独り。
…っ!
悪い夢を見た…この世界…この世界?正夢?変な気分だ。まるでそれを知っていたかなような。
また一人になるのか?どういう意味だ?理解が追いつかない。トラウマは繰り返される?暴力か?それとも孤独?存在すら忘れ去られるのか?いやだ…そんなの…どうして僕は?そもそもこの世界に来た理由は?意味もなく俺を転生させるのか?それとも前世の俺があまりにも無様だったからか?意味がわからない…せっかく新しい家で、家族と一緒に幸せに過ごせるはずだったのに…これは夢だ。こんなの、俺のトラウマが生み出させた虚像に等しい。信じる方が馬鹿げている。
『エルニア?』
あぁ、母さん?どうしたの?
『い、いや、エルニアの気が揺らいだのを感じて…つい心配になってね…』
あぁ、そういう…気にしなくてもいいさ。
僕は大丈夫だから。人1倍耐えるのには慣れてるんだよね…あはは
『エルニア、一つだけ言っておくわ。
2歳になったらこの家を出なさい。どんな形でも 構わないわ。とにかくこの家から離れるのよ。』
ど、どうしてさ!?折角、折角新しい家族と…
『詳しくは言えないけど…まぁいいわ。新しい家族が生まれるわ。そしたらあなたは無下にされる。それに加えてあなたは種族の力に目覚めてしまう。今は抑えているようだけど、いずれ限界がくるわ。その時は潔く解放しなさい。溜め込んじゃだめよ。前世の二の舞になるわよ。』
……わかった……
『そう…じゃあそろそろ行くわね。それと最後に。どんなに辛くても、絶望と闇の誘惑が美味しそうに見えても、絶対にその手を握ってはいけないよ?諦めちゃダメだよ。君には私の加護がついているんだから!それじゃあね!』
えっ!?う、うん…それじゃ…
彼女の最後の言葉の意味がよく分からなかった。
2歳…これが僕にいったいどんな形で影響するのか、それに新しい家族の誕生だけでそんなに無下にされるものか?今は僕のことをとても大切そうにしているけど。この愛は偽物なのか?その新しい兄弟はヤバイのか?
そんな疑問を胸に抱きながら、眠れぬ夜を過ごした。
はぁ、相変わらずつれない…あの日、あの夢から…僕はどうすればいいのか、さっぱり分からないのだ。因みにもう歩けるようにはなった。両親とメイドは喜んでいたけど、僕は正直、嬉しくなかった。このまま僕が大きくなるにつれて両親は、僕を子供として見てくれなくなるのでは?と考えてしまう。そんな自分に反吐がでる。けれど、それを認めてしまっている自分がいるのも事実なのだ。このままでいいのか、それとも行動を起こさなくてはいけないのか。また、その行動とは何か。それすらも見えていない。一寸先は闇の状態で、ただ進めと命令されたようなものだ。壁があるかもしれないし、ハマったら戻ることの叶わない沼地かもしれない。一歩踏み入れたらドロドロになるマグマかもしれないし、大きな化物の口かもしれない。そんな恐怖が僕を蝕んでいくのだ。言いようのない恐怖は、僕を駄目にするのだろうか。
そんな恐怖を抱きながら、結局一年がたった。今日は誕生日だ。僕は多分、窶れていると思う。まだまだ赤子だから分からないだろうけど、心は相当 病んでしまった。日増しで増えていく恐怖に耐えるには、どうしてもほかのことをしなければ気が済まない。そこで打ち込んだのが魔法だ。とにかく魔法に打ち込んだ。歩けるようになると、こっそりと抜け出して森に行った。そこで練っては放ち、練っては放ち。それを淡々と繰り返していた。森の中では感覚が鋭くなる。獣族の特性なのだろうか。川の音、風の匂い、木々の擦れる音、鳥の囀り、虫の鳴き声に美味しい空気。その全てが僕を落ち着かせてくれた。加えて風の妖精にもあった。いつでも力になると言ってくれた。森すべてが精霊、そんなことを聞いた覚えがあるが、的を射た言葉だと思った。
誕生日パーティーは滞りなく進んだ。
正直に言うと楽しかった。美味しい料理にプレゼント、さらに周辺の貴族も来た。恐らくだが、この家との関係を持ちたかったのだろう。辺境伯爵だし、そこら辺は顔が立つんだろうな。
けれど、事件は起きるものだった。
小さい子供はみんな寝ている時間、僕は尿意で起きた。僕の家はなかなか広く、トイレの施設もそれなりに充実していた。そのため、料理をよく食べるリビングキッチンの向かい側にあるのだが、そこのトイレに行く途中にリビングから人の気配を感じた。最近は訓練で並立思考を常時発動しているのだが、その察知に引っかかった。
扉を薄く開き、中を覗いて見た。
すると、お母さんとお父さんがいた。お母さんはどこかくらい面持ちに対して、お父さんはどこか嬉しそうだった。獣族の特性で地獄耳なのだが、その効果で話を盗み聞きしてみる。
「ねぇ、本当に捨てる気なの…?」
「あぁ、そうすればこちらにもお金が入るし、なにより私達の地位向上に繋がるのだ」
「もう辺境伯爵でしょ?これ以上、何を望むつもりなの?」
「平和と英智…かな?」
捨てる?一体何を?捨てるだけでお金も入るし、地位向上に繋がる?そんな高価なものなら捨てるんじゃなくて売るなりなんなりした方が…
「それはエルニアに気の毒だわ!」
「気の毒?どこがさ、あいつは人間じゃないんだぞ。化物だ。見たのさ、私は。森の中で魔法を放っているアイツをな。今何歳だ?1歳だ。さらに言えば『今日』でだ。普通は6歳からだろ?それだけじゃない。アイツの目は何かにおかしいんだよ。まるで、なにかに失望したかのような。悪魔でも乗り移っているんじゃないのか?」
「馬鹿なこと言わないで!エルニアは大切な家族よ!たとえこの家に失望していたとしても『違う!この家じゃない。世界に、だ。』っ!?」
「あいつはそんな目をしていた。」
「それでも…それでも…どうせ捨てるんなら、私も捨ててちょうだい!どうせ許婚なら、私から願い下げよ!」
「ふ、勝手にしろ!私には相手くらいいくらでもいるわ!」
そういうと、ラスはズカズカとこちらに歩いてきた。急いでトイレに入ったが、今でも状況を理解できない。
僕を捨てるのか?
ーーーあいつは人間じゃないんだぞ。化物だ。
それを『才能』で片付けないのはなぜだ?
ーーーアイツの目は何かおかしいんだよ。
あぁ、そういうことか。なぜなら世界の全てに失望したからな。そして新しい世界での希望も砕かれた。最後は独り。そんなフレーズが頭の中で繰り返されている。なんで?なんで?なんで?なんでなの?どうして何度も僕を苦しめるの?
ーーー悪魔でも乗り移っているんじゃないのか?
っ!?悪魔…?僕は悪魔なの…?
なにがいけないの?なんで僕は何度も苦しむの?耐えられないよ。どうすればいいの?ねぇ?誰か助けてよ…僕は消えた方がいの?存在すら忘れ去られるの?いらない子?それとも孤独の中でしか生きられないの?あぁ、それだったらもあ、一層の事闇にでも葬ってくれ。僕はそっちの方が楽だ。最終的には死ぬんだ。それが早くなっただけなんだ。そうさ、きっとそうだよ。正夢もなにも、きっとこれは未来の僕からあの頃の僕へのメッセージなんだ。
ーーー結局は、この世界に来ても同じだった。
ーーートラウマは繰り返される。
ーーー闇が僕を1人にする。
ーーー抱かされた絶望は、まるで僕を誘っている。
ーーー人になれなかった僕は、最後まで独り。
ーーー人になれなかった僕は、最後まで独り。か。そうだね。僕は化物。《孤独の化物》だ!地球でもこの世界でも、童話で勇者達に倒されていった化物たちもこんな気分だったんだ。はは、やっと分かったよ。
頼れるものなどいない。みんな無意識に僕を避ける。絶望に打ちひしがれる僕を見て、闇は笑い転げている。
無慈悲にも救いの手は差し伸べられない。伸ばされたのは、闇へと誘う誘惑の手。その手を掴んだら、きっと楽になれるんだろうな~。何も考えず、ただひたすら人間どもを葬るだけの殺戮マシーンに成り果てるだけ。それもそれでいいかも!
きっと楽しいだろうな~!
ーーーどんなに辛くても、絶望と闇の誘惑が美味しそうに見えても、絶対にその手を握ってはいけないよ?諦めちゃダメだよ。君には私の加護がついているんだから!
……知らない間に涙が出ていた。
心の中で話している。僕と俺が…絶望と希望が。
ーーーそんなに諦めたくないの?もういいんじゃない?潔く諦めないの?その方がきっと楽だよ。
ーーーそれでも、それでも僕は…いや、俺はそれを背負っていく、その覚悟はない。けれど、きっとそれは後々大切な何かになるはずだから。
ーーーそうか。それなら僕は反対しないよ。君は僕で、僕は君だからね。どんな道を進んでも、それは僕も歩むことになる道さ。
ーーーでもきっと、何時かはぶつかるはずだ。その時は、お前も俺に力を貸してくれ。生きていく上で闇が必要になることは、俺達が一番理解できるはずだ。
ーーーもちろん。それは当たり前だよ。
ーーーそれじゃ、またね僕、俺…ーーー
知らない天井でじゃなくて、いつものベットだった。
ん~…はぁ、昨日のことは鮮明に覚えている。
やっぱりヘレンの言葉が僕を救ってくれた。僕を思う大切な気持ち、それが伝わってきた。思わず泣いていた。嗚呼、これが愛なんだな~、なんて思ったっけ?
ーーーコンコン
「エルニア?お話があるの」
そういって母さんがはいってきた。顔色は優れないけれど、どこかスッキリした感じだった。
「実はね、私達 遠くにお出かけすることになったの。もう戻ってこられないわ。きっと大丈夫だけれど、もしも何かあって守れなかったらごめんね。お母さんはね、心配なのよあなたが。って、あなたにはまだ分からないか。物心が付いていなくて良かったわ。」
自嘲気味に語った彼女の目には、強い希望の炎が灯っていた。