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文化人ごっこ

作者: 白 玖郎

 白鳥という男は、自身のやることなすことを、何かにつけて「文化人ごっこ」と呼んでいた。

 結局、白鳥がどういった意図からそのような表現を選んだのかは、未だにわからない。

 しかし、「文化人ごっこ」らしさともいうべきものが、白鳥のあらゆる言動の規範となっていたことは間違いなかった。

 私にとって、「文化人ごっこ」に殉じることが白鳥の全てであるようにすらみえた。


 白鳥は「文化人ごっこ」を定義しようとはしなかった。定義しなかったというよりは、定義できなかったという方が正しいのかもしれない。

 その表現は何を意味しているのか、と一度問いただしたことがある。すると、あいつは机の方から私の方へと身体を向け、わざとらしく首を傾げ、澄ました声で聞き返した。


「君は何だと思う?」

「質問を質問で返すな。その答えが分からないから聞いている」


 この時の会話は終始こんな調子で、結局、「文化人ごっこ」の意味するところを私は知ることができなかった。

 白鳥にやりこめられてしまったような気がしてたまらなかったので、後日、回答を用意してもう一度彼につっかかった。話しやすいようにと酒とつまみまで用意して、白鳥を出来上がらせてから、質問をしたあたりに、当時の私の執念がうかがえる。


「お前のいう『文化人ごっこ』っていうのは、つまるところ、自分たちにはなれそうもない身分のやつらを真似て悦にひたる遊びのことだろうか」


 以前と同じように誤魔化されないよう、用意してきた回答を口にした。


「悪くない。とても教科書的だ。君らしい。とくに、悦にひたるためにやっているというあたりは正しそうだ」

「正しそうだ、ってお前、自分でも分かってないじゃないか」

「自分の言動に、いちいち合理的な説明をつけなければ納得できないというのは『文化人ごっこ』に命をかける者としては恥ずべきことなのさ」


 このときの会話がその後にどういう経緯をたどったのかはもうほとんど覚えていない。

 おぼろげだが、酔ったのもあって、白鳥はいつも以上に中身のない話を展開したような記憶がある。彼に言わせれば、このときの会話もまた「文化人ごっこ」だったのかもしれない。

 要するに、私の執念はいつもより少し饒舌になった白鳥から、いつも通りに中身のない話を引き出すことしかできなかったのである。ただ、最後に白鳥が放った言葉は、その抑揚まで含めて、今に至るまで私の胸に刻まれている。


「もうここらへんにしとこう。意味のない会話を楽しむの自身体は素敵だけど、万が一にでも、ぼくの理想を解身体されたらたまったものじゃない」


 声を段々と小さく、低くしながら言い終えると、白鳥は身身体を大きく震わせた。

 そして、私の方から自分の机の方へと身身体をひねった。


「これはよくない。そろそろ帰らせてもらうよ」


 数分してからそう言って、白鳥は千鳥足で自分の家に帰ってしまった。

 酒盛りの最後にそんなことがあったものだから、白鳥と私の間で「文化人ごっこ」が何なのかを話すことはタブーじみたものになってしまった。


 ほどなくして、白鳥は大学を辞めた。理由は分からない。


 私のせいだったのかもしれないと、悩まなかったといえば嘘になる。けれど、白鳥が大学を辞めたのは、もっとどうしようもなく、理解の及ばない理由だったんじゃないか、今ではそう思う。

 私は、自分にとって都合のいいように考えているのかもしれない。けれど、彼の言葉を思い返すと、どうしても彼のことを私が影響を与えられるような人物だとは思えなかった。


 白鳥という男が、どのような格好をしていたのか、私は覚えていない。

 白鳥という男が、今どうしているのか、私は知らない。

 私がはっきりと思いだせるのは、彼の紡いだ言葉と、いくつかの奇妙な『文化人ごっこ』だけ。


 願わくは、彼が今でも『文化人ごっこ』を続けていられますように。

この物語はフィクションです。登場する人物は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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