七話 酒場でのひと時
「まさか、あいつが負けるとはな……」
その決闘をギルド付近の広場ではなく、やや遠くから見ていた男がいた。
白衣にも似た耐魔法コーティングを施した白いコートを羽織ったその男は、アメジスト色の瞳と白色の髪を持ち、顔立ちは美形の部類に入るだろう。
男は広場での決闘の様子を見て、能力が低い者をいつも甘く見ている『あいつ』にはいい薬だと思う一方、その心中ではムクロの使用していた武器への興味や疑問が次々と沸いてきていた。
(それにしても、あの武器の性能は何だ? 突きを防いだ瞬間爆発が起こり、あの『氷の盾』にあそこまでの傷を負わせ、その挙句に剣に魔力を吸収していると来た……どの工房でもあのような品は見たことが無い。となれば、もしやあれが噂に聞くあのエビル・クラーケンを凌いだという俺の知らない東の大陸の武器なのか……?)
ムクロの使う武器は、その男の目にはかなり異質な物に映った。
当然だ。爆発する盾も、衝撃波を放つ篭手も、魔法を吸収する剣も、そんな物は今まで見たことが無いし、あったとしてもその全ては人間のもつ固有魔法やスキルを使うことで、初めて実現する物だとばかり考えていたのだから。
男もここ最近で盛んになった交易をフルに活用して『資料』として東の大陸の武器を仕入れている為、武器に関しては非常に精通していると言えるが、そんな彼でもムクロの持つ武装は初めて目にするものばかりだった。
この男の持つ固有魔法は『冷酷なる調律者』。本来はある用途に長けた固有魔法だが、この能力の中には俗に『鑑定眼』と呼ばれる、対象の特性をある程度見切る魔法も含まれる。
男は『鑑定眼』を使って、ムクロが何らかの変質した微量の魔力こそ宿してはいるものの、固有魔法を持っていないことを知った。
つまり、人の作り出したもののみの力で、ムクロは『あいつ』に勝ったのだ。
「素晴らしい力だ……」
男は、その装備の強さを称賛した。
ただ一言、だがその一言にはとてつもない強さの興奮が込められていた。
久々に胸躍る『作品』に巡り合えたことが余ほど嬉しいのか、ここ最近感じる事の無かった昂ぶりが、男の心を支配する。
そして、男のその昂ぶりは欲へと昇華し、彼は笑みを浮かべてこう思った。
「あの力、いつか俺の手にしたいものだな」
「どうしたぁ、大将? 妙に嬉しそうじゃねぇか」
一人野心を抱いていると、その背後で乱暴な口調の少女の声がする。
男が振り向くと、そこには彼よりも一回りも小さい少女が、どこかの売店で買ったのか串に付いた肉を頬ぼっていた。
背丈はやや低めで赤髪をツーサイドアップに纏めた少女だが、可愛らしい見た目や声とは裏腹に獰猛な猛禽類を連想させる釣り目気味の瞳は、金色に爛々と輝いている。
服装は男のコートと同じく耐魔法コーティングが施された緋色のへそが覗き出る程度に短い裾のジャケットと、もはや裾があるかどうかも怪しい程短いローライズで、ブーツや左腕を丸ごと包む緋色の武骨なガントレットとの隙間から覗く白い肌が目に眩しい。
また、低身長の割には出る所はしっかり出ているなどスタイルも良く、彼女の本質さえ知らなければ、並の男は放っておかないだろう。
中でも一際異彩を放っているのがその背中に背負われた、彼女の身長並みにある両刃の剣だ。
とある工房の試作合金で鋳造されたその剣は、まるで板のような形状をしている。
「何だ傭兵か。『もう一つの仕事』の方は良いのか?」
「まだ探してる途中さ。それに、腹が減っては戦は出来ぬって言うしよ」
そう言って、赤髪の少女はもう片手に持っていた包みから二本目の串焼きの肉を取り出し、男に食うか? と訊ねると、男はそれを受け取りつつ、七奈に引きずられていくムクロを見やる。
傭兵と呼ばれた少女は彼の視線を負い、その先を見て訊ねる。
「なんだぁ? 今度はあの獣人族の女に目を付けたのか?」
「いや、確かにあの者も『異質の力』を持ってはいるようだが、今はそちらはさして重要ではない」
「じゃあ、あの引きずられてるガキの方かぁ? どー見てもタダのガキにしか見えねぇが……おっと、失敬」
少女は左腕のガントレットに取り付けられた通信用の魔石に耳を傾け、二、三言受け答えするとニタァ……、とその口角を釣り上げる。
「獲物が見つかった。ちょっくら行ってくるぜ」
「そうか、では明日の朝までには終わらせておけ。次の仕事に差し支える」
「あいよ」
赤髪の傭兵少女は男に包みを預けると、そこからまた一本串焼肉を取り出し、それを口に咥えながら猛ダッシュでどこかへと走り去っていった。
それを見届けてから視線を戻すと、そこにはもうムクロと七奈の姿は見えなかった。
「奴の持つ武器の性能、どうにかしてもう少し見てみたいが……」
「あら、何か悪だくみ?」
一人ぽつりと呟くと、今度は別の方向から声を掛けられる。
視線だけ動かして見えた先にいた女性は、青い瞳とやや赤みの掛かった長く美しい銀髪を持ち、その一部が右サイドで纏め上げられている。
その表情は傍目にはやや悪戯っぽい笑顔だが、見続けるとまるで全てを見抜かれそうな不思議な感覚に陥る。
背も女性にしては比較的高めで、ラフな服装から窺えるすらりと伸びた脚が美しい。
その背中には、細長い道具の入った黒いケースを背負っていた。
「これはこれは、元『王都聖歌隊』のあなたが自分に何の用事ですか?」
「いいえ、ただ私。結構他人の悪意に敏感だったりするから」
「中々手厳しいことで……」
「ま、仮に貴方達が何しようと、『王都の名に懸けて』とか言って干渉する気は無いわ。ただ、明後日は夕方の4時から6時まで演奏をするつもりなの。その間だけは止めて頂戴ね?」
「僕もあなたのファンの一人ですからね。仮に用事があったとしても、絶対に見に行きますよ」
そう言って、二人はすれ違った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あー、もうっ。何なのよアイツ……」
あたし、エリナ・クロイツバーツは今日何度目かも分からないその言葉を口にした。
年は18で冒険者を始めて今年で3年目、冒険者養成機関である『ギルドスクール』を首席で卒業したあたしは、この三年でAAランクにまで上り詰め、周囲からはメイン楯だの神童だのとはやされた。あ、『壁』って言ったやつは問答無用ではっ倒すから。
確かに冒険者は常に死と隣り合わせの稼業、だけどその分高ランクの依頼を受けられるようになれば高い報酬が手に入る。
そのカネがあれば、あたしはあの子たちを養える……優秀な力を持っているのに、親が故人だったりで身寄りが無く、ギルドスクールに通うことも出来ないあの子たちを。
生かせない実力ほど惜しいものは無い。あたしもそうやって教えられてきたし、その為の環境も『ママ』が作ってくれた。
だと言うのに、アイツは無能力者の身でありながら、武器と道具だけであたしに勝ってしまった。
正直、油断していたのは否定しない。
何か『圧縮収納』がどうとか聞こえた気がするけど、収納魔法の類が使えた所で戦闘に役立つとは思えなかった。そして、実際アイツは使わなかった。
かと言って、あれが聖剣や魔剣の類だったのかと思えばそうでもない。
あれは間違いなく『技術の塊』だ。
一応、あたしの使っている大槍にも隠し玉として魔水銃と似たような縮退術式が組み込んであるから、多少なら分かる。
だけど、所詮そんな物は補助に過ぎない。
あたしは確かに恵まれた。
Sクラス固有魔法である『氷点下の守護者』を持ち、スキルも『槍の極め手』や『詠唱短縮』など、珍しい物ばかり。
勿論それを妬んでくる奴もいたわ。けど、あたしはその実力と実績でそいつらを黙らせてきた。
結局、どれだけ道具や優秀な武器を使ったって、才能スキルや固有魔法が弱いんじゃ話にならない。
それに頼って死んでいく低能力者を、今まで嫌と言うほど見てきた。
それなのに、今日あたしはその武器と道具の前に負けた。今まで馬鹿にしてきたそれに、負けた。
「あー、もうっ。何なのよアイツ……」
「おい、エリナ。それ聞き飽きたぞ。それと、いくら弱めのやつとは言え少し呑み過ぎじゃないか?」
カウンターに突っ伏しながら呟くと、あたしの頼んだつまみを置きながら、マスターがしがれた呆れ声を出す。
今あたしがいるのはガルグイユのギルドハウス二階の酒場。あたしは基本パーティーは組まないが、その場その場で組んだ連中との打ち上げや、こうして自分に悶々としている時はここで過ごす。
そう言えば今日何杯呑んだっけ……六杯目から数えてないな……
「あのクロガネとやらに負けたこと、まだ気にしてるのか?」
「そーね。今まであたしが誇りに思っていたこと、全部覆されちゃったもん」
「道具や武器頼みにはならないってあれか? 確かにお前の槍術はスゲェけどよ」
実際、私はポーションやエーテルの類は使ったことが無い。
簡単な回復魔法しか使えないが、それだけでやっていくつもりだった。
それに比べてアイツは、あたしと全く逆の戦い方をしていた。
無能力であるが故に、あの見たことも無い形の剣や楯、篭手に付いていたエーテル入りの瓶をフル活用したあの戦い方。
確かに能力が無いから道具に頼っているだけ、と考えればそれまで。
だけど、アイツのその一挙一動は、とても自信に満ち溢れていた。
『でもすごいだろ? あんたらの言う無能力者が武器一つでここまで戦えるんだぜ!?』
アイツの言葉が、頭の中で反芻する。実際使ってたのは三つだけど。
自分に能力がないのに、しかもそれが分かっているのに、どうしてアイツはあんなに堂々としていられるの? ……分からない。
「隣の席、よろしいでしょうか?」
答えも出ない問いを頭の中でぐるぐるさせていると、誰かが隣に座って良いかと訊ねてくる。
気の抜けた声でどーぞと言いながら横を向くと、あたしの酔いが幾らか冷めてしまった。
まず目に入ったのは、この辺りでは見たことも無い構造の黒い衣服と大きな袖、更に目を見開くと黒い獣の耳と尻尾も見える。
そこにいたのは、アイツの付き人(?)の獣人族の女の人だった。
「おぉ、あの時の嬢ちゃんか。そこに一人潰れてるのがいるが、まぁ気にしないどいてくれや」
「いえ、お酒も少々嗜みに来ましたが、そこの潰れている方に用がありますので」
用? このあたしに?
「今は止めといた方が良いぜ? エリナの奴、昼間の決闘で負けてから機嫌悪いからよ」
「構いませんわ。それとわたくし、西側の字が読めませんので、店主様のおすすめのおつまみとお酒を一つ頂けませんか?」
「おう、任せときな」
マスターが彼女の注文を受けて厨房に引っ込むと、獣人族の女の人は私の隣の席に座り込む。
何やら下の階が騒がしいが、その音を聞き取ってか頭頂部の耳が微かに動いたのが見えた。
こうして近くで見ると、とても昼間にあのような殺気を放っていた人物と同じだとは思えない、物腰柔らかそうな人だ。
昼間見た時は一瞬尻尾が七本に増えたように見えたが、今は一本しかない。多分見間違いか何かだろう。
その赤い瞳が、カウンターで突っ伏しているあたしを覗き込んだ。
「少し、お話を宜しいですか?」
「なに? 昼間アンタのご主人様にケチ付けたくせに、勝負に負けたこのあたしに嫌味でも言いに来たわけ?」
「そう言った関係では無いのですが……別にそのような事を言いに来た訳ではありません」
「じゃあ何よ?」
「ムクロ様は見ての通り不器用で技術馬鹿なお方ですが、決してその武器や道具で驕り高ぶっている訳では無いのです。どうか、それだけは分かって頂けませんか?」
一体何を言い出すのかと思えば。そんなことはもう分ってる、いや、分からされた。
あたしが道具頼みな所を取り上げて挑発しても、あいつはただ笑っているだけ。ただ、その笑いに驕りや嘲りは感じない。自分の作った武器だから持てる自身なのか、そこにはある種の真摯さがあった。いや、『信頼』、とも言うべきか。
「んなこと分かってるわよ……あと、悪かったわね。あなた達の生まれ故郷を馬鹿にして」
「過ぎたことはお互い忘れましょう? それに、山の中の部族と言う意味ならあながち間違いでもありませんし……あ、ありがとうございます」
彼女が許しを出した直後、コトンッ、と彼女の前に皿とグラスが置かれた。
皿にはニードル・オクトパスのマリネが盛られ、グラスにはこの店のオリジナルカクテル『運命の赤い糸』が注がれていた。
やや大きめのグラスの中に梁の様に架けられた塩で作られた細い棒を壊さずに飲み切ると恋愛運が上がるという、女性に人気の赤いカクテルだ。
残った場合は塩の棒がカクテルを吸って赤い糸の様に見えるらしい。
「この白い棒は何でしょう……?」
「それ、壊さないように飲むと恋が成就するらしいわよ」
「あら、そうなんですか。では……」
そう言って、彼女は『運命の赤い糸』をクイッと一飲みした。が、一気に大量のカクテルを吸った塩の棒はその一瞬で崩壊し、姿を消す。
「これは……意外と難しいですね」
「まぁ、あたしも何回か試したけど全部失敗したわ。恋愛とは無縁に生きろって事かしらね?」
「迷信の様ですし、そこまで気にすることも無いのでは……?」
あぁ、なんだろう。今日のあたしは自分でも不思議なくらい弱気だ。
自分の誇りを失ったから? 無能力者に負けたから?
分からない。その分からないに分からないが重なって―――――
「あの……大丈夫ですか?」
「へ?」
気づけば、カウンターに幾つもの水滴が落ちていた。どんどん増えるそれは、もう飲み終わったあたしのグラスから落ちる結露の筈が無い。これは……あたしの涙……?
「あれ? あたし、何で泣いて……?」
「強いて候補を挙げさせて頂くなら……『悔しさ』では無いでしょうか?」
悔しがってる? あたしが?
「恐らく、あの決闘でムクロ様が無意識にあなたの何かを壊していったのでしょう。貴方はそれが悔しくて堪らない。違いますか?」
それかもしれない。
あたしは道具に頼らず、自分の力だけで上り詰めてきた。
でも、それなのに武器と道具しか使っていないアイツに負けた。
それがどうしようもなく許せなくて、やるせなくて……だから、あたしは―――――――
「ふー、やれやれ。部屋にいないと思ったらここにいたのか」
突然聞こえてきたのは、アイツの声だった。
どこから聞かれていたのかは知らないが、アイツに泣き顔を見せるのが何故だか癪で、急いで袖で拭って後ろを向く。
そこには中に大量の紙とインクの瓶を詰めたかごを持ったアイツが立っていた。
隣の人と似たようなデザインの黒い服と、額に付けられた傷入りの黒い額当て、けれど、何故か頬には真新しいあざが出来ている。
「ムクロ様、わたくしが加勢しなくても良かったのですか?」
「なーに、七奈の手を借りる間でもないさ。野郎のじゃれ合いに女の子呼んでんじゃ、カッコ付かないだろ?」
一体何を隠しているのだろう?
頬のあざから見て、つい今しがた誰かに殴られたのは明白なのに。
アイツはそれを気にも留めずにナナの隣に座り、メニューをじっくり見てから注文した。
どうやらアイツは西側こっちがわの字が読めるらしい。
「おっちゃん。このチーズピザってのを一つ頼むぜ」
「おぉ、今度はクロガネ本人か。ちょいと待ってろ」
再び厨房に引っ込むマスター。
一方、アイツは鼻歌交じりに何かを手帳に記していた。日記を付けるのが趣味なんだろうか?
しかし、頬のあざを見た途端、無意識に聞いてしまう。
「あんた、その頬のあざは……?」
「あ? こいつか? 昼間の決闘で賭けの胴元やってた奴らが、あまりにもあんたを馬鹿にしてたもんだからぶん殴ってやったのさ。三対一ぐらいなら武器無しでどうにか出来ると思ったが、ノワが止めてくれなかったらちいとばかし不味かったぜ」
そう言えば、今日はやたら周囲から白い目で見られていた気がするが、考えてみればそうか。
昼間の決闘で賭けが行われていたのはあたしも知っている。
しかし、こっちはAAランクに対し相手はほぼ無能力者。普通に考えれば勝って当然負ければ大恥の勝負だ。当然オッズは自分に多く賭けられている筈だろう。
確実に儲かると思って賭けに乗った方の自業自得ではあるが、文句の一つや二つ言いたい気持ちは分からなくもない。だって、自分が逆の立場なら絶対そう思ってるから。
けど、だとしたらアイツはあたしの為に怒ってくれたの? 能力が無い事も、道具頼みな所も馬鹿にしたのに?
「全くだ。最初と言い、昼の決闘と言い、そしてついさっきの乱闘と言い、本当に君は退屈させない少年だよ」
皮肉を混じえながら向かって来たのはノワだった。
今日の営業は終了したのか、いつもの剣をモチーフとしたあのドレスではなく、ゆったりとした寝間着用のローブを羽織っている。
いつもどこか余裕そうな笑みを浮かべている彼女も、この時ばかりは珍しくどこか疲れが見えた。
「好奇心は猫を殺すらしいが、退屈は俺を殺すってのが座右の銘でね」
「皮肉で言ってるのだよ」
「分かってるって。まぁ……悪かったよ。今日は色々と世話になったし、何か奢ろうか?」
「そうか、ではこいつを頂くとしよう」
ノワは私の隣に腰かけると、メニューの中から一番高いつまみを指した。
アイツは『ちぇっ、安請け合いするんじゃなかったぜ』と言いつつも、マスターにそれを注文する。
厨房の奥からマスターの返事が返って来た後、ノワが私に声を掛けた。
「しかし、少年の力説は面白かったぞ。そうだな……確か、一部抜粋すると」
「ちょっ、ノワ。そいつは勘弁だぜ!? あれ今になって結構恥ずかしいんだぞ!?」
「『あいつの氷は透き通ってて綺麗だった。お前らの様な下種野郎には絶対に出せない輝きだ。俺はあいつの氷に惚れた。それでも文句があるって奴はかかってこい。俺が片っ端から第一衝撃をぶち込んでやる』だったか?」
声音をアイツに似せたノワのその言葉を聞いて、ナナがクスッと笑い、アイツは情けない声を上げてカウンターに勢いよく突っ伏した。
アイツが惚れた? あたしの氷に?
ちょっとだけ意味が分からなくなって、ちょっとだけ変な期待をして、あたしはアイツに視線を送る。
するとそれに感づいたのか、はたまた観念したのか、アイツは唸り声を上げながら起き上がり、バツが悪そうに頬を搔きながら白状した。
「……あぁ、そうだよ。確かに俺はお前の氷が気に入った。あそこまで綺麗に透き通ってて、しかも強度も高いのは初めて見たからな。あれを評価できない奴らの気が知れないぜ」
「でも、あんたは固有魔法やスキルが嫌いなんじゃ……?」
「誰がんなこと言った。俺は固有魔法やスキルでしか人を見れない奴が嫌いなだけで、別にそれ自体が嫌いな訳じゃねぇよ。使い手の能力に合わせた武器を設計するのも楽しいし。ま、そんな指標も無きゃ冒険者にさせて貰えないってのも、気に入らねえ話だけどな」
アイツはそう言ってから、机に置かれた小さなチーズピザを美味しそうに頬張った。
……能力でしか人を見ていない、か。
あたしは道具や武器に頼っている奴らを馬鹿にして、弱いと決めつけていた。
自分に力が無いから道具で補わなければならない、弱い存在と、そう馬鹿にして生きてきてしまった。
でも、アイツは違う。スキルや固有魔法じゃなくて、ちゃんと『その人』を見ている。
だからあの時も、性格の割にと言ったのだろう。
そういえば、アイツは東の大陸から来たって言ってたっけ?
この三年でいろいろ渡り歩いたつもりだったけど、世界って、まだまだ広いんだなぁ……
「それに……俺も一つ謝らないとな」
「謝るって、何を?」
「いくら頭に血が上ってたとは言え、流石に板呼ばわりは言い過ぎた。その……済まねぇ」
「なんだ、そんな事か……もういいわよ、ただ、次は容赦しないから」
あたしが許しを出してやると、アイツはホッとした表情で『肝に銘じる』、と言った。
それをを横で聞いていたナナは、『運命の赤い糸』を再び呷ると、どこか可笑しそうに微笑む。
「良かったですねムクロ様。三時間ほど悩んだ甲斐があられて」
「ブフゥゥゥッ!? 七奈、お前見てたのか……?」
「えぇ。ムクロ様ったら図面を書いてくると仰ったきりずっと部屋に閉じこもっていましたから、お夕飯をどうするか聞こうと、窓から様子を窺ってみれば……エリナさんにどう謝ればいいんだ、ってずっと呻きながら床の上を転がっていたんですよ?」
アイツの制止も聞かずに、あたしに囁くようにそれを教えるナナ。
……本当に何なのよ。あたしなんかより強いくせに、堂々と生きているくせに、何でそんなことで悩んでるのよ。いや、気に食わなかったのは事実だけど。
けど、今の謝り方考えるのに三時間も考えちゃう? そこまで悩む必要あったの?
考えれば考える程、それがとてもおかしくて、それがとても馬鹿らしく思えて、あたしは久々に心から笑った。
「ぷっ……アッハッハッハッ!! 」
「おいおい、流石に心外だぞ……」
「いや、ゴメン。けどやっぱアンタ馬鹿よ……ククッ」
酔いのせいもあってか、抑えようとしても笑いが止まらない。まるでワライキノコの胞子にでもやられた気分だ。
いや、毒にやられたという意味では、あながち間違いではないかもしれない。
あたし……コイツの馬鹿がうつっちゃったかも。
「じゃあ、そこまで悪いと思ってるならあたしも奢って貰おうかしら。マスター!! あたしにもピザ一枚!!」
「では、わたくしも頂きましょう」
「ふむ、では私ももう一品頂こうか」
「あ、お前らまで!! えーいチクショウ、今日の戦犯は確かに俺だ!! 払いは全部俺が持つ!!」
その日、ギルドの酒場であたし達四人は夜遅くまで語らいあった。
何を話したかはベッドに潜る頃には殆ど忘れてしまったけど、ムクロ・クロガネ……それがアイツの名前だと言う事だけは覚えた。
そして一つ分かったことがある。多分あたしは―――――――
―――――――少なくともアイツの事、嫌いじゃないと思う。