六話 氷の槍を従えし少女
~ 一時間後 ~
「逃げずによく来たわね。そこは褒めてあげるわ」
「そりゃどうも」
随分ありきたりの挑発だなぁ……もうちょっとマシな文句は無かったのか? そんなんじゃ頭に血が上りもしない。
いつの間にか冒険者ギルドの前には騒ぎを聞きつけた通行人や野次馬による人集りが出来ていた。
どこの誰だかが賭けまでやっているらしく、即席で作られた看板にはどちらが勝つか予想した票まで記されていた。当たり前だが殆どはエリナに賭けられており、声援も全て彼女に向けての物だ。
そんな声援に応えるように、エリナが左手に持った自身の武器である大型の突撃槍を掲げると、一際歓声が大きくなる。試合前のパフォーマンスって奴かね。つーか、よくもまぁ自分の身長と同等かそれ以上の物をあんなに軽々と振り回せるな。これがスキルの力か。
俺も対抗して何かやりたい所だが、今は『箱庭』しか持ってないからなぁ、何か武器を……あぁ、そうだ。
「なぁ、一つ良いか?」
「何よ、降参ならもう遅いわよ」
「そうじゃねぇよ。アンタの好きな数字を4つ聞きたい。1から135の間で」
「はぁ? 何でまたそんな微妙な数を?」
「俺の作った武器は、どれを使っても戦える力があるのを証明するためさ。それに、ここで性能を見せつけりゃ、今後の売り上げに繋がるかもしれないだろ?」
「商魂逞しいことで……そうね、じゃあ」
その後、エリナが口にしたのは17、37、42、そして100だった。
うーん、大きさからしてこの場で『百式』は流石に使えないなぁ。まぁいいや。
俺が空中に手をかざすと、そこに現れた紋から三つの装備が降ってきた。
それぞれ『箱庭』から呼び出した十七式機動篭手、三十七式魔力吸撃剣、そして四十二式魔力解放盾だ。 それらの出現を確認してからこれからの決闘に不要な『箱庭』を外野に向けて投げると、七奈が鋼糸を使ってそれを受け取ってくれる。
「一応俺は圧縮収納ってのが使えるんだが、そいつを使っちゃ意味がねぇ。俺は『無能力者』としてこの武器たちこいつらだけで戦うぜ」
「ふん、自分からハンデを背負う気? アタシも随分と舐められたものね」
ハンデか……確かにそうかもな。
だがな、ここで俺が能力を使ってたんじゃ、『無能力者』でも俺の武器さえあれば能力者と戦えるってことの証明にならねぇ。
だから俺は、無能力者として戦って見せると決めた。
全ての装備を終え、一度四十二式に納刀した三十七式を抜刀して構えると、またもエリナが挑発を仕掛けてくる。
「決闘の機会が貰えたことをノワに感謝することね。ま、そんな物を使った所で無能力者がこのアタシに勝てるとは思わないけど」
「目の前に立ち塞がる『壁』があるのなら、全力でぶち破りたくなるなるのが男ってもんだろ?」
「どうやら、よっぽど死にたいらしいわね……」
逆に挑発を返してやると、突然彼女が左手に持っていた槍が氷を纏い始めた。
さっき七奈には女には体の特徴を使って挑発するなと言われたばかりだっつうのに、俺も俺でどこか血が上っているのかね。
氷がその巨大な槍全てを覆うのに一瞬と掛からず、その外見は美しくもさらに凶悪なものに変化している。
氷系の魔法による武器の強化と見た。
「良いわ、半殺しで止めとく予定だったけど、完膚なきまでに叩き潰してあげる!!」
刹那、地面が爆発したかのように盛大な土煙を上げた。否、上げられたの方が正しいか。
エリナが氷を纏った大槍を構えたまま地面を蹴って、15m程開けられた距離を一瞬にして詰めてきたのだ。俺が物理転換帯を使ってようやくできる動きだってのに。これが天賦の才能スキルの有無の差って奴か。
「貫け!!」
透き通るような氷と速度をも纏った巨大な突撃槍の一突きが、俺に目掛けて襲い掛かる。
その攻撃を受け止めるべく四十二式を構えるが、エリナは不敵な笑みを浮かべたまま、槍を突き出す。
恐らくは盾ごと貫けると思ってのことだろう。だが―――――――
バァン!! ギィン!!
衝突と同時に小規模の爆発が発生し、遅れて四十二式と氷を纏った槍のぶつかる音が、広場中にこだまする。
しかしそれだけだ。氷の槍が四十二式を貫くことは無く、装甲に破壊力の無い側面が押し当てられる。
そのエリナの顔には、驚愕の表情が浮かんでいた。
「そんな……防がれた!?」
「ちぃ!! 軽減させてこの威力かよ!! アンタ、すげぇな!!」
防ぐ事こそ出来たが、その威力は素直に称賛できるものだった。予備弾倉を付けなければ早々に弾切れを起こすかもしれない。
この四十二式こと、四十二式魔力解放盾はその名通り魔力を『解放』することで相手の攻撃の勢いを相殺する盾だ。
様は盾の内部に仕込まれた運動エネルギーを封入した魔水エーテルを盾の表面から外側に向けて放つことで威力を減衰させて防ぐわけだが、攻撃を減衰させるための爆発の発生に利用した瓶一本分のエーテルは蒸発してしまい、結果、防げる回数には限りがあるのが欠点だな。
また、こいつは今右手に持っている三十七式魔力吸撃剣とのセット運用を考慮して、専用のプラットフォームとしても使えるよう設計してある。
裏に鞘が付いていたり、その横に大量に瓶をしまえるケースが付いていたり、納刀すればカラクリで瓶の装填を行えたりするのはこの為だ。
勿論、それらを外した軽装型も設計はしてあるが。
「こ……のっ!! さっさとダウンしなさいよ!!」
受け止められて尚、強引に槍の質量を駆使して押し込みを仕掛けるエリナ。
その小さな体のどこにそれだけの力が詰まっているのか、徐々に押され負け始めた。一歩、二歩と後ずさりをせざるを得ない。
恐らくはスキルかいつの間に使った自己強化系の魔法による物だろう。物理展開帯があれば魔水エーテルの続く限り対抗することも可能だが無い物は仕方ねぇ、だったら―――
「強制起爆!!」
四十二式の持ち手部分に取り付けられた三つあるうちの一つレバーを引くと、再び表面で爆発が起きた。
本来は外部からの強い衝撃に反応してエーテルを放出させるよう作ってあるのだが、この様にどうしようもない鍔競り合いに持ち込まれた時はレバー一つで強制的に放出させることも出来る。
空になった瓶が側面から排出されると同時に、爆風に煽られて体勢が崩れたエリナに向けて、四十二式の先端に取り付けられた杭を叩き―――込む!!
「しまっ―――――――」
「食らいやがれ!! 初撃のぉぉぉっ!! 第一衝撃ファースト・インパクトォォォッ!!」
エーテルによって指向性を持たされた運動エネルギーを宿した鉄の杭を打ち付け、その余波で突風が発生する。
この四十二式は魔力を『解放』するという特性上、オプション次第ではこんな使い方も出来るのだ。勿論この鉄杭は別売りである。こりゃ量産化の暁には追加部品代でウッハウハだな。
だが、今の攻防で『物理瓶』を三本も使ってしまった。
オプションの一つである予備弾倉を付けて使用回数を増やしているとは言え、残り物理瓶は七本しかない。この継続戦闘能力の低さだけが今の課題だ。
『箱庭』を使っていいのならそこから予備の瓶を取り寄せるのだが、先程不要だと場外に投げた以上その手は使えない、使っちゃいけない。
しかし……無念ながら手応えが無い。まるで何か固い物に受け止められたような、そんな手応えが伝わる。
「こいつは……氷の盾か!?」
「そうよ!! 伊達に『氷点下の守護者』持ってる訳じゃ無いってこと!!」
四十二式の解放機能を用いた俺の必殺技『初撃の第一衝撃』はエリナが咄嗟に展開した氷の盾によって防がれていた。
ヒビこそ入ってはいるが、貫通にまでは至らない。しかもそのヒビさえ徐々に消え始め、再生しようとしている。それどころか、鉄杭にまでその氷結が伝播してきた。
流石に凍らされて盾ごと使えなくなるのはかなりこちらの勝機が減るので、仕方なく鉄杭部分を強制排除、下がって距離を取る。
「中々やるじゃない。けど、スキルも無いアンタじゃここらが限界ね」
「そいつはどうかな? まだ俺は武器たちこいつらの一部分しか見せてないぜ?」
「じゃあ、アタシも少し本気を出そうかしら。本当はこの槍だけで倒すつもりだったけど……」
エリナが左手に持った氷の盾を放り投げると、空中でそれが砕け散った。
しかし、粉々になった直後に幾つもの破片が別の破片と合体、巨大化し、彼女の周りには宙に浮いた六本の小さな槍が形成される。
氷魔法は造形の幅が広いことで有名だが、エリナの場合はそれを制御するのも得意なようだ。
「突き崩してあげる……雪崩の如くね!!」
クルッと一回転してから順次突撃してくる六本の小さな槍と、飛び込んでくるエリナの持つ大槍を含めた計七本の槍。
同時に絶え間なく襲い掛かる重い連撃は、まさに彼女の言う通り『雪崩』を想起させる。
だが、決して対応できない訳じゃない。大槍は四十二式の爆発で防ぎ、小型の槍は三十七式魔力吸撃剣で叩き切って防ぐ。
山の中で一噛みされただけでも死ぬ恐れがある毒蛇の群れと戦った時に比べればまだマシな量だが、それでも同時に防げるのは精々三撃が限界で、後の四つは回避しなければならない。しかし当然避けきれる量には限界があり、何発かが掠って血が出るのが分かる。
その激しい攻防の間、エリナは独りでに叫ぶ。
「あんた本当に無能力者なの!?」
「あぁ、ほぼそうさ!! でもすごいだろ? あんたらの言う無能力者が武器一つでここまで戦えるんだぜ!?」
「今三つ使ってるでしょ!?」
おっといけね、冷静にツッコミを返されちまった。
その後に突然攻撃が止んだかと思うと、エリナは六本の槍と共にバックステップで距離を離し、再び突撃を仕掛けて来る。
どうやら破壊力を一点に集中させて四十二式を貫く気なのか、六本の氷の槍は大槍の先端に集中している。
この位置、この距離……今ならアレが使える!!
四十二式を地面に突き刺し、三十七式も一度納刀。
十七式機動篭手に懐に一本だけ持っていた物理瓶を装着してから右腕を後ろに構え、左手でスイッチを……押す!!
「必殺……目からビィィィィムッ!!」
ガコンッ、と龍の頭を模して造った四十二式の装甲の一部がスライドし、そこから赤い閃光が漏れる。
外から見れば、それは正しく龍が目を開けたように見えるだろう。
光は即座に臨界に達し、次の瞬間、膨大な量の熱線を吐いた。
『ほんとに何か出た―ッ!?』
あまりにも衝撃的な事態だったのか、観衆が異口同音に叫ぶ。
と言っても、機構的には魔水銃エーテル・ガンを組み込んだだけなんだがなぁ。威力が桁違いの。
だが、俺はそこで重大なミスに気が付いた。この場には観衆がいるのだ。
この熱線の発生には火属性の魔水瓶を使用している。直撃すれば氷の槍を熱線の熱で溶かした上でダメージが期待できるが、かわされたりした場合は観衆にまで被害が及んでしまう。完全に失態だ。勝ちに焦って判断を誤った……!!
「舐めるなぁぁぁぁぁっ!!」
しかし、現実は俺の考えの斜め上をいっていた。
何と、エリナは熱線を槍の先端に形成した楯で防ぎながら突っ込んできていたのだ。真正面から。
しかも、その盾は熱線の大きさに合わせて形成したようで、防ぎ漏らしは一切無い。
あの突撃娘、こいつも突き破れるってのか!? 無茶苦茶だぜ!!
だが、狙い通り魔力の加護をも溶かした熱線は槍に纏った氷を溶かし、直撃して爆発が起きる。
ちょっとやり過ぎた気もするが、流石にこれなら――――――――
「どぉぉぉりゃあああああああっ!!」
甘かった。
爆発の中から現れたエリナの槍は氷による強化こそ失ってはいたが、彼女と槍そのものは健在だった。
爆風を背に受けて飛び上がり、空中で体勢を整え、落下の勢いを乗せた突きが襲い掛かる。
だが、攻撃に対する備えが無い訳では無い。その為の準備は済ませておいて正解だった。
「反撃のぉぉぉっ!! 防御衝撃!!」
魔水入りの瓶の付いた十七式機動篭手を装備した右腕を、槍に向けて突き出す。
右腕ごと槍に貫かれると誰もが思った瞬間、拳から発生した衝撃波が槍の勢いを殺し、エリナの体勢をも崩し、攻撃を中断させる。
この十七式機動篭手は四十二式の原型とも言えるもので、篭手でありながら後部に装着した瓶の中の魔力を拳部分から解放する機能がある。
小型故にその他の機能、装備の付与は困難だが、反面構造は至ってシンプルで、しかも軽量だから女性でも安心。しかも安い。
俺の場合は『目からビーム』の反動を打ち消すのに使うのだが、勿論こうして衝撃波で相手の攻撃を迎え撃つことも可能だ。と言うよりは、こちらが本来の用途なんだが。
「そんな隠し玉まであったなんてね……けど、アンタの手の内はそれで全部ね!!」
しかし、着地をしたエリナは速攻で体勢を立て直し、追撃を仕掛けて来るが、魔力の消費が激しいのか最初よりは心なしか速度が遅く、氷による槍の強化も無い。
こっちも瓶の残りはあと二本、どうやらお互いに長期戦は出来ないらしい。
だったら―――――――――
「先手必勝!! 追撃のぉぉぉぉっ!! 第二衝撃ォォォォッ!!」
地面に突き刺したまま弾切れとなった四十二式から三十七式だけを抜き取って左手に持ち、そのままダッシュで詰め寄りながら十七式に取り付けられた残りのエーテルを消費して衝撃波を纏ったパンチを放つ。やっていること自体は『初撃の第一衝撃』と大差は無い。
流石に鉄杭ほどの破壊力は出せないが、近距離での小回りならこっちの方が利く。
同時に突き出される拳と槍。
お互いが衝突した瞬間、再び周囲に突風が吹く。
「届けええええええええっ!!」
「こんのおおおおおおおおおっ!!」
両者の押し込みは留まる所を知らない。だが、右腕に取り付けた物理瓶のエーテルが物凄い勢いで減っている。これが切れてしまえば、無能力者の俺に成す術はない。
それに対して、エリナは槍の先端に更に魔力を集中させているのが見えた。
「くらいなさい!! 『凍華砲』!!」
刹那、槍の先端から放たれる氷属性の光。どうやらこれがエリナの隠し玉らしい。
今この目で見て気が付いたが、エリナの持つ大槍には幾つもの魔法陣が彫られていた。恐らくはこれによって放った攻撃だろう。
だが――――
「———————予想通り!!」
隠し玉を何か抱えているのは正直予想していた。氷の光が自分の体に当たるよりも前に体をずらし、射線軸から逸れつつ懐に飛び込む。
同時に十七式に取り付けた物理瓶の魔水エーテルがついに底を尽き、未だ冷気の残る槍に触れた表面の一部に霜が降りる。
しかし、攻撃を避けられたことに驚きつつも、エリナはその右腕に付いた空の瓶を見て不敵に笑う。
「『氷の盾』!!」
即座に彼女の右手に展開される氷の盾。構わず左手に持った三十七式を打ち付けるが、ヒビが入るだけに留まり、再び自己再生を始める。
この光景を見た瞬間、誰もが後は剣しか持っていない俺をエリナがいたぶって終わり、と予想しただろう。彼女もその一人か、透き通った氷の盾越しに揺るがないであろう自分の勝利を確信して笑みを浮かべる。
「ここまで飛び込んできたことは褒めてあげるわ。けど、これがアタシたちと『無能力者』の差よ」
「あぁ……確かに、俺の様な無能力者だけの力じゃあ、ここいらが限界みたいだな。だがな、こんな話を知っているか?」
再生が完全に済んだ氷の盾に三十七式を押し付けながら、持ち手に取り付けられたレバーを強く握ると、刀身に埋め込まれた水色のエーテルが刀身全体に染み渡り、氷属性を纏う。
この氷属性のエーテルは、先程六本の槍の相手をした時、接触する度に槍を構成している魔力を少しづつ吸収して作ったものだ。この機能こそが、三十七式が吸撃剣と銘打たれる所以である。
そして、今度はレバーを反対側に倒し、もう一度瓶の中に魔力を収めようとする。
するとどうだろうか。何と、刀身が盾を侵食していくではないか。いや、正確には盾の氷を巻き込み、それすらも瓶に吸収している。
使用者が同じ魔法を媒体として間に入れてやれば、防御魔法をも吸収できるのではないかと考えたが、賭けには勝った様だ。
「そんな!?」
「————————先に勝利宣言した奴は、何かしら逆転負けするっていう『お約束』があるのを!!」
そこからは一瞬だった。エリナは切断間際の氷の盾を放り、再び下がって間合いを取ろうとするが、それは俺が許さない。
レバーを握って融合しかけた氷の盾を完全に吸収させると、瓶に吸収しきれずに行き場を失った氷属性の魔力が刀身を凍らせ、氷の剣を作り上げる。
再び詰め寄り、氷を纏った三十七式による刺突を試みるが、それはエリナの放ったカウンターの突きによって弾かれ、阻止される。
宙を舞う三十七式を見て今度こそ勝利を確信したエリナだったが―――――
「な……!?」
「これで、勝負ありだぜ」
エリナが三十七式に気を取られている隙に槍の間合いを抜け、氷の盾の発生すらも許さず、俺は彼女を地面に押し倒し、弾き飛ばされる前に三十七式から外しておいた氷属性の魔水瓶をその白い首筋に押し当てた。
攻撃魔法の陣の発生の仕方や詠唱を習っていない俺では、氷属性の魔術をこの状態から放つ事が出来ない……つまり、俺ではここから止めを刺すことが出来ない。
これが命を懸けた殺し合いなら、ここから逆転負けだろう。だがこれはあくまで決闘、この辺までできれば十分の筈だ。
彼女の顔には、いかにも今起きていることが信じられないと言った表情が浮かんでいる。
「ありえない……アタシが……無能力者に負けた……?」
「その慢心が、アンタに敗北を招いたのさ。もうちっと構えてりゃあ、負けてたのは俺の方だぜ」
実際、最後の攻防は彼女があと少し注意していたら全てかわされていただろう。相手はたかが無能力者とタカを括らなければ、この勝負で負けていたのは確実に俺の方だ。
この光景を見て勝負ありと判断してくれたのか、ルノワールが拡声魔石で周囲に結果を伝える。
『両者そこまで!! エリナ、そして観戦している冒険者諸君、少しはいい勉強になっただろうか? 世の中には彼の様に無能力者であっても希望を捨てずにいる者もいる。彼女の様に油断すると、君たちも足元をすくわれかねないぞ? そしてクロガネの少年、よくぞエリナを打ち破った!! 君の冒険者の資格取得は、この私が保証しよう!!』
その勝利宣言と共に、数舜前まで静寂を保っていた観衆が一斉に叫ぶ。やれ、『いやー、最初から勝つのは分かっていた』だの、『よっしゃー!! 大量の賭け金ゲット!!』だの。
お前ら手の平返し過ぎだ、それと少しは賭け事以外を考えやがれ―――――
「あ――――」
しかし、ここで想定外のアクシデントが発生した。
十七式機動篭手に接続されていた筈の空になった魔水瓶が足元に転がっていたらしく、それによってバランスを崩した俺は転んだ。エリナの上に覆い被さる様に。
左半身には服越しにひんやりとしたプレートアーマーの感触が伝わり、僅かに触れ合った頬からは彼女の体温が伝わる。
同時に、野次馬の歓声が一気にうるさくなった。
「ちょ!? あなたこんな所で一体何を……っ!?」
「悪い悪い。どうやら瓶で躓いたみてぇだ……あぁ、やべぇ。なんか脱力して立てねぇ」
気が付けば、右腕が思うように動かない。恐らくは『反撃の防御衝撃』と『追撃の第二衝撃』の連続使用による反動だろう。
多少時間を空ければ治るとはいえ、あの短時間に最大出力を二回も放てばこうもなっちまうか。伝達が良すぎるのも問題物だな、使う側の人間が負荷に耐えられねぇ。やっぱり『アレ』用か、この装備は。
加えて、両足にも力が入らない。
この状況で緊張してたってか? 情けねぇぜ……
「にしても凄かったぜ、お前の固有魔法。えーと、何だっけ……」
「……『氷点下の守護者』よ、覚えときなさい」
「あぁ、覚えたぜ。それにしても……」
それでも何とか動く左腕を使って体を起こし、エリナと正面から向き合う。
雲一つない晴天の様な空色の髪と、こちらをじっと見つめる大きなアメジスト色の瞳、そして、ややあどけなさを残したその顔の雪のように白い頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
加えて、この状況、この体勢のせいなのか、先程までの気の強さが今では嘘のように消失している。
それら諸々を踏まえて何というか……
「お前、性格の割に結構かわいい顔してるんだな」
「ひゃ、ひゃい!? か……かわっ、いい……っ!?」
素直にそう思った。確かに性格はかなり強気な上に自信過剰だが、見た目だけなら七奈とはまた別のベクトルで美少女と言えるだろう。
同時に、彼女の顔の赤みがみるみる増していく。まさか風邪引いたまま戦ってたとかじゃないよな?
と言うか、この背中に感じる殺気はもしかして――――――
「ムークーローさーま-? わたくしという者がいながら、目の前で別の女性を口説くのですか?」
首筋に触れるヒヤリとした感触。そして聞き覚えのある声。
恐る恐る振り向くと、そこには笑っていない笑顔としか表現できない表情を浮かべた七奈がいた。片手に『箱庭』を持ち、もう片手で月夜羽々斬の切っ先を俺の首筋に添えて。
「七奈!? いや、これはその……そう、事故だ事故!!」
「釈明は宿屋で聞きましょう。武器の回収は済ませましたが、ムクロ様は動けないようですので、ここはわたくしが仕方なく運んで差し上げます」
「ちょ、それってどう言う――――」
七奈は月夜羽々斬を納刀したかと思うと、再び俺の首根っこを掴み、そのまま片手で俺を引きずって行った。地面に擦れて尻が痛いが、いかんせん左腕以外が動かないので抵抗も出来ず、抵抗した所で妖怪である七奈に只の人間である俺の力が通じる筈が無い。やれやれ……
そのまま俺を引きずって決闘の場として使われた広場を去ろうとする七奈だが、すれ違ったルノワールに声を掛けられる。
「おやおや。あの程度で妬くとは、君も随分と可愛らしい所があるではないか」
「別に、わたくしは妬いてなど……いつもムクロ様は素直すぎますから、それでは今後の商売する際に差し支えるかもしれないと何度言っても直さないんですもの。それに、どうせならわたくしにだって……」
「それを妬いているというのだよ」
「っ……」
おぉ……あの七奈が婆ちゃん以外相手に気圧されている。こんな光景見たの、里にいた頃ぶりだぞ……。
引きずられている俺を見かねてか、ルノワールは俺にも声を掛けてくれた。
「クロガネの少年も大変だな」
「まぁ、今マジで動けないし、こんな形でも運んでもらえるならありがたいぜ」
「そういう意味では無くてだな……いや、何でもない」
ルノワールは何かを言いかけるが、途中で中断すると肩を竦め、苦笑した。
どういう意味なのか聞きたい所だが、女性の独り言に近い呟きの内容を問いただすのは良くないとおやっさんに教えられたので聞かないことにする。
だが、引きずられても運んでくれるだけまだ良いな方なのは本当だ。
七奈とは昔、一回だけ大喧嘩をしたことがあるんだが、その日はこっちが反動で動けないのに放置して行かれたからな……怪鳥の巣の傍に。あれはマジでやばかった。
「ところで、君たちは今夜の宿は決まっているのか?」
「いや、これから探しに行くところだ。一部屋空いてりゃそれで良いんだが」
「ほ~う、これはこれは……君も中々粋な真似をするものだ」
「……?」
俺が首を傾げると、ルノワールはまた笑う。しかし、その笑いは苦笑や常に浮かべていた自信のあるあの微笑ともまた違う笑みだった。
こう、どこか悪戯っぽいというか、弄り甲斐がある相手を見つけた時の様というか。
そして、さっきから首筋に当たっている七奈の手がほんのりと熱を帯びる。
「良いだろう。あのギルドは実は二階が酒場、三階には小型ながら宿泊設備が整っていてね。しかも丁度一部屋空いていると来ている。少々料金は頂く事になるが、如何かな?」
「ほんとか!? じゃあありがたく使わせて貰うぜ!! やったな、七奈!!」
「……やっぱりムクロ様は馬鹿ですわ」
「馬鹿って何さ……うおっ!?」
俺の発言も許さないまま七奈が力を込め、持ち上げられたと知覚した瞬間には既に米俵の様に肩に担がれていた。相変わらず恐ろしい腕力だ。
力も入らないので両足と右腕はぶらつかせたまま顔を横に動かすと、七奈と目が合う。
その顔もまた、ほのかに赤かった。慣れない船旅で疲れでも出たか?
「ですが、宿の方については感謝しますわ。ルノワールさん」
「ハハッ、ノワで構わんよ。親しい者は皆そう呼ぶ。何でも君たちは船旅を終えたばかりだと聞く。今夜はゆっくりして行くと良い」
何故か『ゆっくり』の部分だけ妙に意味深な言い方だった気がするが、多分考え過ぎだろう。それに宿の確保の手間が省けたのは良い事だ。今の戦闘で浮かんだ反省点と改良案を忘れずに図面に記す暇が出来る。
こうして、俺は七奈の右肩に担がれたまま、彼女の心なしか軽い足取りと共に再びギルドへと向った。