二話 予想外は起こる物
東ノ国 港町 塔牙
場所は変わって東の大陸の港町 塔牙。
名前の由来は海岸に建てられた大型の竜の牙を幾つも用いて作られた塔で、観光地としてそこそこ地名が高い。
町の規模自体はそこまで大きいものでは無いのだが、ここは交易が盛んな港町であり、その活発さは近隣の小国にも迫る。
そして今日は……
「さぁいらっしゃい!! 西の大陸から仕入れた飛龍の皮が一枚たったの八十金!! 今なら牙のおまけも付けるよ~!!」
「お酒~、お酒はいかがですか~!? 西の国から仕入れた上物ですよ~!!」
「この西洋の長剣が一本何と八百金!! さらにさらに!! 今なら先着十名様にこの金箔が散りばめられた鞘をお付けしてなんと!! お値段変わらず八百金!!」
「……それで、この機に乗じて一気に稼ぐ、と」
「ま、そういうこった」
そう、今日は月に一度、町を挙げて開かれる大市場の日だったのだ。ムクロたちは二日ほどかけ、この港町にやってきていた。
珍しがられるのも癪なので、具現化させる尻尾を一本だけに減らした七奈は、ムクロが料金を払って借りた煉瓦造りの橋の上の一角で『箱庭』から次々と屋台を作る為の骨組みを取り出し、彼女の操る袖口から出た無数の鋼の糸によって、宙に浮いた骨組みが次々と組み合わさっていく。
「すげぇ……屋台が空中で作られていきやがる……」
「どうせ浮遊魔術でしょ? よくある話だって」
「いやよく見ろって!! お前たちはあの黒髪の姉ちゃんの袖から出てる糸が見えねえのか!?」
気が付けば、その光景の珍しさに大量の観客が集まっていた。
『とりあえず珍しく大胆なことをやって見せては客を集める』。ムクロの商売戦術の一つだ。
七奈はそれを快諾し、得意の鋼糸術で屋台を組み立てるというパフォーマンスを披露して見せる。
本当は現在使っている糸の半分以下の細さで同じことが出来るのだが、それでは観客の誰もが糸に気づかずに魔術と勘違いしてしまう。
あくまで糸でやっているからこそ、珍しく、派手な見せ物になるのだ。
そして魔物の骨と皮で作られた簡易的な屋台が完成するとゆっくりとそれを下ろし、一連の流れを終えた七奈は観客に振り向き、蠱惑的な笑みを浮かべて一礼すると、盛大な拍手が上がる。
「さて、こっからは俺の出番だな……さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 遥か遠い遠い西の国の妖怪の素材で作られたクロガネ印の品々はいかが!? 例えば竜の牙を削って作られたこの煙管キセル!! 見た目はこの通り白い煙管ですが一部を取り外すとあら不思議!! そこには独自製法で研磨された刃が!!」
ムクロは深呼吸すると声を張り上げ、この日の為に寝る間も惜しんで作った商品を宣伝する。
見た目は様々な模様の焼印が施された小奇麗な白い煙管だが、その内部には極薄の骨製の刀身が仕込まれており、十分に暗器として役立つものだ。
しかし、これだけでは観客の反応はいま一つである。
「嘘つけ、絶対その辺の獣の骨で作った偽物だぞ」
「そうよ。大体、こんな子供が西の国の竜骨なんて仕入れられる訳無いじゃない」
「しかもクロガネって……あの、人も妖も幽霊もってのがウリの?」
「小遣い稼ぎ乙」
「まぁまぁ、確かにそう言われるのも無理はないよな。だから!! この俺自らが実演するぜ!! と言うことで、この中に剣の腕前にそこそこ自信のある奴はいるかい?」
突然のムクロの申し出に戸惑う観客。
しかし、ここで七奈に相手をさせなかったことで観客からの一定の評価は得ていた。
彼女はムクロの仲間であるが故に、手抜きなどでいくらでも商品を良く見せる事が出来るからだ。
しばらくどよめきが続くが、その中で名乗りを上げた者がいた。
「フォッフォッフォッ、そいじゃあ、ちと試させてもらうとするかのう」
「ほいほーい!! ご協力ありがとうございまーす!!」
名乗りを上げたのは、白い口髭を蓄えた老人だった。
にこやかな笑顔を浮かべているが、しかしそれでいて背筋の曲がりは無く、体つきも年の割にはしっかりとしている。
それ以外の観客が離れるとムクロは手に持った煙管から短刀を抜き放ち、老人もそれに合わせて腰に下げていた打刀を引き抜く。
「それで若いの。ワシはどうすればええかの?」
「そうだなぁ……二、三撃ほど本気の一太刀を頼みたい。それなら皆も納得するだろうから」
「……ほぅ」
ムクロの言葉に、老人の目がうっすらと開き、口角もほんの僅かに上がる。
観客のほんの一部がやたらあたふたしているようにも見えるが、多分決闘と勘違いしているのだろうか。
「ちょうど息子たちにお土産を買っていきたくてのう。もし、それが本物ならば三つほど頂きたい所じゃ」
「安心していいぜ、じっちゃん。ちゃんと本物だからさ」
「期待しておるぞ。では……」
両手で打刀を構え直す老人と、逆手に持った骨製短刀を構えるムクロ。
一触即発の沈黙した空気が広がり、次の瞬間、老人は信じられないほど洗練された一太刀を浴びせにかかる!!
「キエエエエエエエエエッ!!」
「っ!!」
その見た目からは信じられない程の気迫を纏って襲い掛かる老人の一太刀。
実際、観客たちはその気迫に押され、怯んでいるのが窺える。
しかし、ムクロは怯まず、それをかわすのではなく受け止めるべく短刀をぶつける。
一撃、二撃と重い攻撃を刃で受け止め、そして三度目の衝突が起きた瞬間―――――――
———————ガキィン!!
お互いの攻撃がぶつかりあった直後、折れた刃が宙を舞い、その破片が地面に突き刺さる。
その破片は、金属質特有の鈍色の光を帯びていた。
ムクロの放った一撃が、老人の打刀を折っていたのだ。しかも、彼の握る骨製の短刀の刀身には傷一つ付いていない。
「あぁ!? やっちまった!? 悪ぃ、じっちゃん。この剣はタダで鍛え直し――――――――」
「アーハッハッハッ!! あっぱれじゃ若いの。この剣も安物じゃからのう。お前さんの様な業物に折られるのなら、さぞ満足じゃろうて」
「っ……もう少し上質な剣だったら、こっちがやばかったぜ……」
ムクロが打刀を折ってしまったことを謝罪するが、老人は快活に笑ってそれを許す。
しかし、そのムクロの表情がどこか苦々しいのを見て、七奈と観客はようやく気付いた。
ムクロの着物の右肩が裂け、そこから血が出ていることに。
老人の洗練された一太刀に乗せられた剣圧が、受け止められて尚、衣服ごと彼の肩を切り裂いていたのだ。
一応は体格、雰囲気から実力を鑑みて本気で来るよう頼み込んだのだが、ここまでの達人だったとは予想外だったようだ。
「ムクロ様!? 血が!?」
「痛てて……大丈夫だって、七奈。これくらい唾でも付けときゃ治るっての」
「どれ、ちいと見せてみぃ」
老人がムクロの肩に手を置くと、一瞬にして傷口が閉じていった。
魔力を使った、標準的な治癒魔法だ。
しかし、ここまで速攻で効くのは珍しい。かなり高い技量を持っていると予想できる。
「すげぇな、じっちゃん。こんな高度な回復魔法も使えるのか」
「なに、孫には負けるよ。それに、こちらこそ済まんかったのう、若いの。ところで、一つ幾らかの?」
「あ、一つ二百五十金だぜ。三点お買い上げで合計七百五十金ってところで」
老人がムクロの傷を治すしたのを見届けると、七奈が三つ分の簪の包装を始める。
ムクロは折れた刃を拾い上げ、老人は言外に構わないとは言ったものの、やっぱり自分が鍛え直そうかと聞こうとしたその時、二人の男が人込みをかき分けてこちらに駆け寄る。
「あ、いたいた!! やっぱり先生じゃないか!!」
「おぉ、お前たち。そんなに慌ててどうした?」
「どうしたって……今日は寺子屋で剣術の特別指導をなさるとおっしゃっていたではありませんか!!」
「おや、もうそんな時間かの?」
老人はムクロにお詫びなのか若干色を付けた代金を渡し、七奈から簪入りの包みを受け取ると、二人の男に急かされてその場を後にした。
だが、去り際にこう一言付け加えていく。
「皆の衆!! その若いのの品は確かに本物じゃ!! この鳴無 厳十郎が保証するぞい!!」
その言葉を最後に視界から消える老人と二人組の男。
一瞬静寂が訪れるが、ムクロを含めた人々はどよめきだす。
「鳴無 厳十郎って……あの『無音撃』の使い手の!? 本物かよ!?」
「そう言えば、今日この町の寺子屋で特別講習が開かれるって話があったような……」
「て言うことはあの煙管、現役を引いたとはいえあの厳十郎さんの一太刀を受け止めて無傷って事か!? それが二百五十金って超お買い得じゃねぇか!!」
「すいませーん!! 私それ買います!!」
「俺もそいつを装備するぜ!!」
「ちょ、あんた禁煙してたんじゃないの!?」
「はいはーい!! 慌てず騒がず順番に!!」
あまりの剣速に音が付いてこず、音が聞こえた時には既に対象は斬られている事から由来される奥義『無音撃』。
対峙した者が生きている間には絶対にその音を聞くことは出来ない、必殺の一撃から名付けられた奥義だ。
先程の人物はその開祖だったことに驚くムクロや客だが、それによって『剣聖の一太刀を受け止めた仕込み煙管』という思わぬキャッチコピーを得てしまい、三百個近く用意していた煙管は飛ぶように売れていった。
数か月ほど前に西の大陸から来た商人から格安で竜骨を仕入れ、それをコツコツと加工していたムクロだが、その努力は十二分に報われたと言えるだろう。
全ての品を売り終えて店仕舞いを終えたムクロは、算盤で既に計算を始めている七奈に今日の儲けを尋ねる。
「……七奈、今のでいくら儲けた?」
「少々お待ちを……煙管が一つ辺り四十金の利益として三百十四個、端材で作った首飾りと腕輪が一つ辺り二十金の利益としてそれが五十二個。これらを合わせて……計一万三千六百金ですわ」
「船の券は確か一人六千五百金だったよな? と言う事は、儲けた分だけで船には乗れる訳か」
参考なまでに示すと、城下町の守衛の月当たりの給与が大体三千金程度である。これでもかなり上流な方であり、ごく一般的な職では精々千五百金弱がやっとと言った所だ。
つまり、ムクロはこの一瞬だけで一般人の月給の十倍近く稼いだことになる。
「船は一番早いもので今日の夕方に出られますが、そちらに乗られるのですか?」
「当たり前だぜ。善は急げって言うからな!!」
屋台を収納し終えた『箱庭』を閉じ、それを片手で担ぐムクロ。
まだ見ぬ新天地を想像して遥か彼方の水平線を見やるその翡翠色の瞳は、純真無垢な子供のように輝いている。
誰かが言った。『男はいつまでもどこか子供である』と。今のムクロは、まさにそれを体現していた。
こうして、旅費を確保したムクロたちは船着き場へと足を進めていく。未知なる大陸への期待をその胸に秘めて。