死の森の日常 ~『死の森』に来て一年が経ちました~
世の中何があるのか分からない。
例えば、王国騎士団として働いていたのはいいが、急に異動されてしまうとか。
その異動を強いられた場所から最寄りの町まで百キロ離れているとか。
その場所は猟師や国の強者共が恐れをなす『死の森』と呼ばれているということとか。
その死の森のずっと奥の奥深くには魔女がいるとか。
その魔女の本当の姿は――俺にとってメチャクチャタイプの女の子なんだけどな。
これは人が入ってこない森の中に住まう二組の男女の物語である。
やあ、俺のことを覚えている人いるかな? 別に覚えていなければ、どうってことないんだけれどもな。
改めて自己紹介だ。俺の名はクラウディオ。王国騎士団で働いてはいたが、ひょんなことから『死の森』に異動になってしまった。言っておくが、俺が仕事中にヘマをしたという訳じゃないぞ。決して、上司のことを『散らかったカツラ』と言って、怒らせたわけじゃないんだからな。多分、任期による異動だ。多分な。
さて、そんな可哀想な俺はと言うと――。
「何やってんだ?」
茂みの中から現れた全身毛むくじゃらの魔物が怪訝そうにして、こちらを見ていた。現在、俺は木の上に上ってのんびりとしている。
本来ならば、この森の中での異常はないかの見回りをし、尚且つ下にいる魔物を倒さなければ、いけないのだが――そんなことはしないのさ。自由奔放ってか? 生憎、ちゃんとした見回りなんて、一年経たずして止めたよ。まあ、ごくまれに国境付近をちら見しに行く程度なんだけどな。
だって、サボったとしても、誰も咎める奴はいないからな。この森に居るのは俺と魔物、そして精霊に女神。最後に一人――。
「暇そうにしているな。だったら、ベティの手伝いでもしに行けばいいのによ」
そう、ここでの人間は俺とベティという少女しかいないのだ。因みに彼女はもろ俺のタイプ。可愛いよ。渡さないけど。
手伝いに行け、と促す魔物に俺は渋った顔を見せた。
「……手伝いって言ったってさ、あれ――ベティにしか出来ない芸当だろ? 俺が行ったとしても、邪魔になるだけじゃないか?」
「けど、人間とやらは魔石が欲しいんだろ?」
この毛むくじゃら君の言う通りではある。人間の中には魔法使いが存在する。そして、その魔法使いたちにとって、必要な物。それこそが魔石なのだ。これが無ければ、魔法は使えない。本なに凄腕の魔法使いでもだ。
だが、俺は魔法使いじゃない。ただの一介の兵士だ。捨て駒に近いようなものだろう。なんて俺は魔物にそう言うものの、そこで逃げられるほどではない。言ったとしても、こちらの方をぎょろりと大きな目玉で見てくるのだ。それはもう、穴が空くほどに。無言で手伝いに行け、と言っていた。
ここでいざこざがあっても勘弁である。だって、前に対峙した時なんてベティが助けに来てくれなければ、俺死んでいたからね。死にかけの時に「ダメっ!」って助けてもらったからね。今でこそ、月夜の下で酒を飲み交わすほど仲がいいけど。
元より、上司が俺に異動命令を下したのはここで魔物たちに会って、死ねと言っているようなものだからね。移動と言うのは建前。本当は「誰が『散らかったカツラ』だ」と怒っているからね。
えっ? 上司が酷いって? ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな。まあ、上司と言っても、国王なんだけどね。
という訳で、俺は乗り気じゃなくとも、ベティがいる『魔法の泉』の方へと向かった。そこに行けば、彼女はそこで魔石を作っているからね。
それで、実際にやって来てみれば、彼女は精霊と楽しく歌を歌いながら、魔石を作っていた。ベティは泉の水を手ですくって――そこから石へと変える芸当を持っている。何でも触れるだけで変わるんだってさ。そんな力を持つ彼女、これは彼女にしか出来ない芸当。だから、俺が手伝うと言ったところで、出来るのは作り上げた魔石を持ち運び出す事。
何より、ベティは一日に少量の物しか採らない。彼女曰く、採り過ぎると、泉の水が枯れてしまうそうだ。だが、そんなのを見たことがないから「そう」としか言えないんだけど。
俺がこちらに近付いて来ていることに気付いた精霊たちはド下手くそな歌声を披露してくる。
「へ~んたいクラウディオが~き~た~よ~」
「その歌止めてくれない? 地味に傷付くぞ、オンチめ」
「とか言いつつ~傷つ~い~て~いな~い~」
ああ、もう。これだから音痴は。聞いているだけでイライラするぜ。
えっ? 何? 精霊の歌声は美しいはずだって? 何を言っている。そんなのただの錯覚に過ぎないぜ。だから、その錯覚にハマった人間は怪しい場所に誘われて、死が眼前にやって来るんだよ。みんなも森に入ったら、多分綺麗な歌声が聞こえてくるはずだから、それを下手くそと思うんだ。そしたらば、音程が外れた歌が聞こえてくるだろうから。
いいな、絶対に惚れるなよ。その後の人間がどうなるかなんて、悲惨としか言いようがないからな。
なんてどこかの誰かさんに念押しをした俺に対して、ベティはにこにこと可愛らしい笑みを見せてきた。
「どうしたの、クラウディオ。見回り?」
「いいや? グロッケル (魔物の名前)がベティの所に手伝いに行けと言うからよ。何かあるか?」
「うーん、特に無いかな? ――あっ、そうだ。これをさ、女神様の所に持っていってくれないかな? 欲しいって言っていたのが採れたから」
そう言って、ベティから受け取った物は透明な石である。これは魔石であるが、人間が滅多にお目にかかれないレア物である。大抵は市場に出回ることなんて無いからな。何だったらならば、取引の奴が懐に入れてしまうのがオチにもなるぐらいだ。
まあ、俺としては、魔法なんてこれっぽっちも縁が無いから感動なんて薄いけどね。
「分かったよ」
俺は彼女に返事をすると、その場を離れた。そして、何故か着いてくるオンチ精霊。耳元で歌いながらいるから余計に腹が立つな。
「ラララ~、クラウディオは~パ~シ~リ~」
「止めろ、その歌」
いい加減にしてくれ、と言ったところで「しょうがないなぁ」と普段の口調になった。
「どこが美声なんだよ。聞いているだけで張っ倒したくなるほどの雑音じゃねーか」
そう言うと、精霊は「失礼な」とぷりぷり怒り出す。
「あーあ、やっぱり歌になるとダメだなぁ、クラウディオって。ちっとも落とし穴に引っかかってくれやしない」
「最低だな、おい」
なんて言っているが、これが日常茶飯事である。元より、精霊は妖精としても言われているし、彼らはいたずら好きなのだ。それ故に、間違ってこの土地に足を踏み入れた人間にいたずらを仕掛けるために何でもする。
俺だって、罠にどれだけ引っかかったことか。しかも、落とし穴になると、性質が悪いんだよな。
何故って、簡単な話だ。トマタっていう果物を知っているか? 見た目が真っ赤な丸い形をしていて、それは木に生る果物なんだけどね。これがまた果汁や果肉が赤い、赤い。それにちなんだことわざもあるんだぜ。「馬鹿にトマタを食わせるな」って。意味は馬鹿が食べると、服とかの全体に真っ赤な染みが出来ると言うから、そう言われているんだ。それだけ凄いんだよ。それが。
それなんだよ。腐っているそれをさ、落とし穴の底に入れてよ。落とし穴にハマるでしょ? そしたら、もう悲惨。身体的苦痛より、精神的苦痛に満ちてしまうって訳さ。俺、酸っぱ臭いのを全身に浴びてさ、誰もが遠巻きで『近付くな』って目で訴えてくる訳よ。酷くね? ってな具合に。
とにかく、他の連中はしてもいいから、自分とベティにいたずらを仕掛けるのは止めろと念押しをしているんだよ。言う事を聞いているのは彼女だけなんだけど。
「ていうかさ、普通にクラウディオの反応が面白いからそうしているんだけど」
「俺はおもちゃじゃねーの。普通にベティと同等に扱ってくれ」
「ええ~……」
そう精霊が嫌そうな顔を見せた時、女神様が住まう祠へとやって来た。実のところ、女神様はこの森の主でもある。それだからこそ、この祠が家でもあるが、森全体が自分の家とも言えるのだ。なので、基本的に彼女が登場するのは神出鬼没。どこで何をしているかなんて、その気になれば見られてしまうんだよな。
「すみませーん、女神様~」
俺は祠前に立って、女神様を呼んだ。精霊が遊ぶようにして「女神様~」と俺の真似をしているではないか。まあ、こんなところで争っていても、無駄なのは十分に承知しているから、何も言わないんだけど。
そうこうしていると、祠の扉は開かれて、美しい女性が出てきた。そして、何より彼女は全裸である。しかし、残念ながら局部は髪の毛に隠れてしまうと言うご都合主義のようだ。いや、別に見たいという訳じゃないんだけどね。本当だよ? まさか、見ようと思って屈んでみたりとかした事ないからね。断じて。
「どうしたんですか、人の子よ」
「どうも。ベティからこれを預かっていますよ」
と、俺は女神様に透明な魔石を渡した。それを受け取った彼女はとても嬉しそうな様子で、それを食べ出す。これにびっくり。
「た、食べるんですか?」
思わず、質問しちまったぜ。だって、魔石を食べるなんて想像つく人いる? いたら、いたでごめんなさい。この質問に彼女は「もちろんですとも」と頷いた。
「私はこの森でしか生きられません。それにはここで採れる良質な魔力が込められた何かを口にしなければ、死にます。だから、ベティにはたまにこの石を見掛けたらでいいから持ってきてくれ、と頼んでいるんですよ」
「そ、そうだったんですね」
何も驚いているのは俺だけでは無かったようだ。精霊もだ、って見たことなかったのかよ。
「人の子よ、彼女からのお使いありがとうございました。これを彼女にお渡しください」
なんて俺が受け取ったのはキラキラと輝く髪留めである。散らばった石が美しい。散らかった物がこんなに綺麗なのは初めて見たぞ。これまで、油ぎった何かしか見たことが無かったからな。それが何のことであるかはご想像に任せるぜ!
俺は髪留めを受け取ると、その場を後にした。そして、ベティがいる『魔法の泉』へと――いや、もう家に帰っているかな? だから俺は自分の家の方へと歩を進めた。――ん、ああ。実は俺たち二人は一つ屋根の下で暮らしているのさ。羨ましいと思った諸君、そういう楽しみは俺がしておくから安心してくれたまえ。えっ? うざいって? 分かったよ、話を戻すよ。
それからというものの、いつまでも着いて来そうな精霊を何とか追っ払い、家に着いた。うむ、既にベティはお帰りのようである。俺を待っていてくれたのか、椅子に座っていた。
「お帰り。ありがとう、クラウディオ」
しっかし、彼女女笑顔を見ていると、気持ちが和らぐぜ。こういう時だけ、散らかったカツラには感謝だな。
「おう、これ――女神様がベティにってさ」
「私に?」
俺は彼女に預かっていた髪留めを手渡しした。それおw見て、ベティは嬉しそうである。
「わぁ、これって……!」
「お礼じゃないか? うん、ベティって髪の毛長いし、きっと似合うと思うぜ」
お世辞じゃない、本音だ。彼女は俺の言葉が嬉しかったのか、もう一度「ありがとう」とはにかんだ。くぅ、この子が後二、三歳年がいっていたらな。
ベティは早速髪留めを着けようとした。薄い金色の髪に目立つ髪飾り。それに「どうかな」と言ってくる。
「に、似合ってる?」
「ああ、似合っているよ」
ここでいつも思うんだよな。あーあ、本当に俺たちが恋人同士ならな、って。
俺のその感想に彼女はくるくると踊り回った。そんな彼女を見ていると、この邪な考えが吹き飛んでしまうんだよな。
別に嫌じゃないさ。むしろ、俺はこんな現状も悪くないと思っているんだ。
そう思えるこの世の中は何があるのか、本当に分からない。これがこの『死の森』での日常だ。
この『死の森の日常にて ~『死の森』に来て一年が経ちました~』を読んでいただきありがとうございます。
本作は以前に投稿した『死の森の日常』の続編となります。けれども、その内容を知らなくても楽しめる作品にはしています。
もし、お時間があれば、そちらも読んでいただけると幸いです。
さて、最後になりましたが、ここまで読んでくださった皆さんの貴重な時間をありがとうございました。
池田 ヒロ